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第9話・戦闘報酬<ゴールド>

 戦闘終了後の喜びを分かち合う、ダンジョンをソロで潜っていたぼっち勇者としては、ここ未経験のアオハルだ。わー、勝った!と戦利品を取りあったり、ゴールドを戦果に応じて配分したり、できない。全部ひとり占めだ。一人っ子ならわかると思うが、兄弟げんかに憧れる。それと同じ、日々のいざこざがない分平和だが、つまらない。


 十八から二十三までそう言った経験を積み重ねてきた分、ゴールド、つまり金への執着がほぼない。ちなみに、ダンジョンで手に入れるゴールドは、小さな枝のようなもので、金色に輝いている。これをダンジョンから生還し、組織に戻り日報とともに提出すると、お金にしてくれる。歩合の給料みたいなものだ。一応、すべて銀行口座に入金してくれていたから、そこそこの預金額になっている。


 こういう背景もあって、俺はあまり金に執着がないのだ。


「なにしてる、そこ、ラインが乱れてるだろ。ちゃっちゃと箱詰めしろよ」

 小さなせんべい工場の包装ライン、ベルトコンベアでいくつも袋菓子が流れてくる。検針機を通り、異物混入がないのを確認して、アソートセット用の箱に指示通りに詰めていく。ごませんべい二枚と塩せんべい三枚、ザラメがかかった海苔せんべい五枚にを細長い箱に詰める。


 隣で、ベトナム人とおぼしき技能実習生が何度もライン長に叱られている。ベトナム人とおぼしきといったのは、彼の苗字がグエンというからだ。


 休憩時間にスマホで調べたところグエンという苗字はベトナム人に多いらしい。もっと驚いたのは、九千万人ぐらいの人口に対して、四千万人ほどはグエン姓らしいのだ。

 だから、ベトナムでは苗字で呼ばずに、名前で呼ぶのが一般的らしい。誰を呼んでいるのかわからなくなるからだ。


 コンビニを経営している健二おじさんに取引先であるこのせんべい工場を紹介してもらった。人手が足りないらしい。


 失業手当を給付される身、アルバイトはご法度だと思っていたが、二十時間以内なら問題はないらしい。金額によっては失業保険が減額されるらしいが、まぁそもそも金に困っているわけでもないからと、アルバイトを引き受けた。三十一日以上の勤務はダメらしいから、三週間に限定した短期アルバイトというわけだ。


 グエンくんはベトナムからやってきた技能実習生で、せんべい工場で製造工程を学んでいる。だが、どういうわけか、人手が足りないということで箱詰めのラインに置かれ、何かを学ぶといったところにたどり着いていないのだ。休憩時間に缶コーヒーを自分とグエンくんの分買って、一緒に飲んだ。おごるってのは、どうにも卑怯なコミュニケーションのような気もする。


 お金が介在するからだ。たとえ百二十円の缶コーヒーといっても、それを介してコミュニケーションは自然発生的な友情が芽生えるものとちょっと違うと思うのだ。


 俺にもパーティーを組む機会はあった。組織がセッティングしてくれた、マッチング冒険者の会だ。魔法使いに僧侶、賢者に忍者、戦士に騎士とさまざまだった。だが、組織ってやつは腹黒いというか、パーティー参加費やマッチング成功につき報酬を要求してきた。


 お金で仲間を集めるのは、ということで俺はマッチング冒険者の会を辞退し続けた。そのせいか、俺は単独・ソロでダンジョンを潜ることになったのだ。

 アルバイトも十日ほど経つと、グエンくんが缶コーヒーを奢ってくれた。俺があげた缶コーヒーよりも高い種類のロングボトルだった。百六十円もする缶コーヒーだ。どうして?と聞くと、この前奢ってくれた分のお返しと、助けてくれたお礼だと、グエンくんは言った。


 この前のお礼、何だったか。すっかり忘れていた。連日の仕事で疲れ果てていたグエンくんに代わって、俺が倍の働きで箱詰めライン二つを担当したのだ。先日、三重県の踏破したダンジョンで、運を体力に振り分けしなおしてもらったおかげで、恐ろしいほど力がみなぎっているのだ。ただでさえ、疲れにくいこの身体、いつも絶好調になっているといっても過言ではないのだ。


 休憩室は人、一人分が通れるほどのロッカールームのような場所で、身体を休めることもできない。俺みたいな一日四時間以内でしかも体力オバケならまだしも、グエンくんのような勉強もして仕事もしてとなると、訳が違う。


 俺はグエンくんに、回復魔法をかけた。落ちた体力が少しでも回復すればと思ったのだが、それが災いした。翌日アルバイトに来たら、グエンくんがケガをして休んでいると聞いたのだ。


 回復魔法は体力の前借とは違う、身体の組織体を有効に働かせ、無理なく機能再生させる魔法だ。聞くところによると、顔色が良くなってはつらつとしていたグエンくんに、あのライン長が残業を押し付けたのだ。しかも、タイムカードを定時で勝手に切られたらしい。残業代ナシで、働かされ、ケガをしたのだ。


 俺が軽はずみに回復魔法なんかかけなければ、こんなことにならなかったのだ。

 アルバイトが終わったあと、グエンくんの住むアパートにお見舞いに行った。個人情報の概念がないから、事務のおばちゃんは何事もないように、グエンくんの住所を教えてくれた。


 二階建てのアパートは思ったよりも、築年数は浅く、キレイだった。グエンくんは俺の訪問をこころよく受け入れてくれた。俺は気を遣わせないようにと、差し入れは最小限にしようと思ったが、“お詫びの気持ち”と言って、叔父のコンビニで安く買いまくったカップ麺を大量にプレゼントした。グエンくんは、どうしてお詫び? と不思議がったが、さすがに回復魔法をかけたせいで、とは言えない。来週でアルバイトを辞めてしまうから、グエンくんに申し訳なくて、という感じで取り繕った。


 「でも、こんなにカップ麺をもらうのは、よくないよ」と言われた。たしかに、叔父さんのバンを借りて、カップ麺を箱で十ケースは流石に多いか。


 俺は、叔父がコンビニを経営していて安く手に入れられたのでと説明した。友達のしるしとして、受け取って欲しいとグエンくんにお願いした。グエンくんはすらっとした目鼻立ちで、精悍な体つき。ケガをしたのは左足首らしく、軽い捻挫だということだ。


 グエンくんは、左足首を指さして、「回復魔法を頼むよ」と言った。俺はグエンくんを二度見、いや三度見した。


 聞くところによると、グエンくんは元冒険者らしく、魔法使いだったとのこと。藪医院長といい、意外と出会うなぁと困惑した。グエンくんは俺をどこかで見かけたという記憶はあったらしい、回復魔法をかけられた日、勇者特有の回復魔法術式だったのを見抜いたということだった。本人にはよくわからないクセのようなものがあるみたいだ。


 そう、マッチング冒険者の会、そこで俺とグエンくんは出会っていたらしい。素性がバレてしまうのは、誓約書にはいまいちダメともどうとも記載されていなかったように思うが、俺は元勇者で、西のダンジョンを支配していた魔王討伐し、封印したと告白した。


 グエンくんは、魔法使いだけのパーティーで中京エリアのダンジョンに潜っていた。去年、俺が魔王を倒したと聞いて、パーティーは解散した。

「一緒に、ダンジョンに潜れていたら楽しかったかな」と俺が言うと、

「いや、一緒だと気を遣わせてしまうよ。ソロでよかったのかもよ」

 と流ちょうな日本語で答えてくれた。なんだかサミシイ。


 次の週の週末、俺のバイトは終わり、現金支給でライン長からバイト代を受け取った。明らかに少ない。ゴールドにはこだわらない方だったが、働いたことへの対価は、正当な報酬でのみ評価されると思う。


 こんなしょうもないピンハネをするなんて許せない。怒りがこみ上げる、魔法にしてもその辺の棒を使っても、拳でも、暴力に訴えかけることはできる。でもよく考えてみろ、グエンくんは、どんな理不尽な状況でも魔法を使わなかった。理不尽に暴力で反撃していいことなんて、ない。


 俺は、「これは少ないと思いますが、会っていますか?」とライン長に確認した。ライン長はめんどくさそうな顔をしながら、タイムカードを見せながら説明した。明らかにタイムカードの不正が行われている。俺は毎日四時間を超えないようにして働くが、毎日二時間の勤務時間となっていたのだ。どうりで、ここのアルバイトやパートが人手不足なわけだ。


 くどくどと、つまらないウソとわかる説明を重ねたライン長は、最後に捨て台詞を吐いて、俺の抗議を丸め込んだ。


 それから半年経ったころ、相変わらずの無職の俺の銀行口座に、十万近くの入金があった。叔父経由で聞くと、あのせんべい工場に労働基準監督署の監査が入り未払い賃金が発覚したということだ。通報したのは、あの事務のおばちゃんらしい。本人が名乗っていたということだ。


 ライン長がその後どうなったのかは知らないが、会社としてはライン長の独断で行ったと朝礼で通達を出したそうだ。そのせいで、アルバイト・パートだけではなく、正社員もずいぶん退職したと叔父から聞いた。


 グエンくんの口座にも未払い賃金がたくさん振り込まれているだろうと思う。


 働いた分だけ、お金が手に入る。


 ダンジョンではごくごく当たり前のことが、こっちの世界ではなかなか通用しない。歪んだ弱肉強食のなかで働くということは、とても正気ではいられないんだと叔父と飲みながら話をした。


 叔父は、「いいから、働けよ」と言って酔いつぶれた。


 さらに半年後、グエンくんから手紙が届いた。俺の住所を教えたのは、きっとあの事務のおばちゃんだ。グエンくんはベトナムに帰って、せんべい工場を作ったらしい。タイ米を使っての地産地消のせんべいだ。写真が一枚同封されていた。工場をバックに撮影した写真だった。


 だが、違和感が。工場の前でポーズを取っているのは、精悍でカッコいいグエンくんではなかった。髪が長く、カッコいいというよりも美しい女性のだった。右手には魔法の杖らしきものを持っていた。


 写真の裏には、日本語で

“親友が困ったときに、いつでもはせ、参じます”グエン・ティ・ホアと書かれていた。


 母が後ろから写真を覗き込み、

「あら綺麗なお嬢さん。知り合い?」

「いや、男の友達のはずなんだけど」

「グエン・ティ・ホアさんて言うのね、たぶんだけどこれは女性の名前ね」

 ベトナムのドラマにハマっている母の言うことだ。たぶん間違ってないだろう。


 グエンくんがあとから女性になったのか、もともと女性だったのか、わからない。わからないけれど、そんなことはどうでもいい。


 俺にも仲間ができたってことだ。今度ダンジョンに潜るなんてことがあったら、グエンを誘おう。


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