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第7話・状態異常魔法<混乱>

 面接室にひとり、ずいぶん待たされている。かれこれ十分ほど。そういうモノなのかと諦めつつ、父から教わったとおり俺は立ったまま面接官を待つ。


 ドアが開くなり座ったままだと印象が悪い、と父が教えてくれた。就活をせずに、魔王討伐の流れでそのまま組織に就職してしまった。というわけで、こういった正社員採用の面接は初めてなのだ。


 株式会社縦横、読み方がわからない。タテヨコ? ジュウオウ? 調べておけばよかった。


 壁に掛けられた社訓と創業者らしい女性の写真。八十歳ぐらいか。どこかで見たような気もするし、よくいる顔のような気もするし。社訓はどれもどこにでもあるような、新しい仕組みを開発し云々やら、地域社会の一員として云々やら、自分の成長を通じて云々やら、とあるが最後の一つが気になった。

“力を持つ者は、持たざる者に、分け与えよ”


 なんともわかるような、わからないような、精神論ともちがうような。


 時計の針がカチッと移動音を鳴らし、そのタイミングでドアが開いた。面接官は二名。ドアを開けて入って来たのは若い女性。もうひとりは、創業者か。写真の人物と同じだ。写真の方が少し若いが。

「お待たせしました、おかけください」


 若い女性が言った。どこかで見たことがある。だからといって、慣れ慣れしく、どこかでお会いしましたっけ?なんて言えない。ナンパじゃないか。


 創業者と思わしき女性、分類上老婆としてもいいと思うが、本人に老婆と面と向かっては言えないものだ。

「社長の、春日井です」

 老婆の顔もどこかで見たことがある。同じく、どこかで見たことがある、なんて言うとこれはナンパと思われるのか?面接で会話の糸口を作り出そうとしているとでも思われるのだろうか。

 「おかけください」

 若い女性の面接官は繰り返して言った。すっかり座るのを忘れていた。俺は慌てて椅子を引いて、腰をおろした。



 面接は父からの紹介というか、父のスマホに一件の留守電が入っていた。あなたの息子さんをどうしてもわが社で雇い入れたいのでよければ、面接いや面談をしていただけないかと。父は願ったり叶ったりと思ったが、昨今のオレオレ詐欺的なものを疑い、母にも留守電を聞かせた。そのあと、俺の部屋に父母が押し込んできて、留守電を聞かせてくれた。

 父は自分のスマホからじゃ嫌だと言ったので、その面接をしたいという電話番号に俺から連絡をした。という点で父からの紹介と言うのは違う気もするが。父からの連絡と言った方がいいかとも思う。兎にも角にも、その番号の先にいたのは実在する会社であり、地元じゃそれなりに知られている和菓子屋だった。厳密に言うと、メーカー兼小売。だがどうして父の電話番号を知っているのかはわからなかった。俺が面接に来た理由はふたつ。


・どうやって父の電話番号を知ったのか?

・俺とどういった接点があるのか?

だった。


 さらに面接官と社長を見ると、この二人の女性はどこかで見たことがある。会ったというのではなく、見たことだ。声を聴いたことがあるなら“会った”が妥当だが、二人の声は今日初めて聞いた。だから、見たことがある程度なのだ。テレビに出ているような有名人なのか? それともネットで見かけたのか?


 面接官の若い女性は俺の名前を確認し、年齢や住所など、履歴書を渡してもいないのに言い当てた。というか、クイズみたいにしてもいないのに、勝手にスラスラと言い始めたのだ。

「あなた方は、誰なのでしょうか?」

 おおよそ面接と言う類でこういった質問をした求職者はいないだろう。俺が人類初なのかもしれない。


 その若い女性の面接官と老婆の社長は顔を見合わせた。二人の答えは驚くほどでもないが、そんなこともあるのだなという、どちらかというと非日常側の話だった。


 若い女性は、俺より先にハローワークで救命活動をしていた人物だった。何かつぶやいて手かざしをすると、心臓が拍動したということで俺に興味を持ったらしい。見られていたのだ、何かわからないまでも回復魔法を見たということだ。


 この老婆にして社長の春日井さんは、バスジャックで居眠りしていた人物だ。春日井さんとこの面接官は、親子ということだ。先日テレビでも報道された“スーパー前の老人たち熱中症事故”、あのとき、大行列のなか二人とも並んでいたらしい。庶民的すぎて好感が持てる。そこで、俺が藪医院長に大量の氷と塩を持ち運んできたのを見ていたそうだ。それも、俺が路地裏で精霊魔法を使ったり、魔法式で塩を作り出したところまで見たようだった。


 父のスマホの番号は藪医院に行って、子との一部を話しをして、俺の父の電話番号を聞き出したらしい。俺の父の行きつけの病院だから、スマホの電話番号は病院も管理していると思うが、個人情報をそうやすやすと教えるとは。

「人助けを躊躇せずにできるあなたのような人をぜひわが社にと思いまして」

 社長はそう言うと

“力を持つ者は、持たざる者に、分け与えよ”

 と面接官の娘が言い出した。

「どういう意味ですか?」


 俺の問いに

「あなたの持っている力をわが社で役立てていただきたいという意味です」

 と意味深に、探りをいれるように若い面接官は言った。組織のことがバレているのか。

 そう言えば、藪婦人が妙なことを言っていた。


―――「あの人、塩作れない方の人だったのよ。この意味わかるなら、わかるでいいのよ。わからないなら、忘れてね」―――

 と、それに別れ際に

―――「ありがとう、冒険者さん」―――

 とも言っていた。


 面接ならぬ面談と言っていたのはこういうわけだったのか。面接は採用選考を行い、合否の判定を結果とする。一方、面談は相互理解を深めることが目的であり、採用における合否を結果とはしない。つまり、面談は雑談と同じだ。

 と腑に落ちそうになる。ん?ということは、面談でこの場合は、俺はもう既に合格ということか?



「どうでしょう。あなたの力を…」



 やたらと力推しだ。バスジャックの時に見せた、時間魔法は認識できないはずだが。だが、時間がぶっ飛んだという認識ぐらいはあるか。寝ていたのか、気絶していたのかぐらいの感覚だと思っていたが。それよりも、この娘の方の、ハローワーク・回復魔法事件の方がより印象的に認識されたのかもしれない。


 困った。公然と勇者の力を使って、生活しかも仕事をしようものなら、組織から追われることにもなりかねない。俺が次の魔王認定なんてされたら、両親に合わせる顔もない。



―――魔王を倒し、封印する直前

「どうだ…我と力を合わせんか。さすれば、このダンジョンの半分、そうだな地上から見てちょうど半分を貴様に譲ろう」

 と言ってきた。魔の類の甘言は、何か重要なものと引き換えにされるものだ。たとえば命や記憶、大切な人。そもそも、地上からちょうど半分ぐらいだと、あのマーメイドのいた湖畔が手に入らないじゃないか。と邪まなことを考えた瞬間、魔王が俺の意識を支配した。組織には報告はしていないが、ほんの一瞬の出来事だった。これが狙いだったのだ。封印の呪文を半分ほど詠唱していたこともあり、そのまま強引に意識を乗っ取られかけながらも完全詠唱にこぎつけた。

 

教訓、甘い言葉には罠がある―――


 「どうですか?よろしければ、そこの私の娘の夫、つまり婿入りしていただけるのならば、この会社の半分を差し上げます」

 春日井社長はかすれた声で言った。何も悪びれる様子すらない。娘をモノ扱いにしているのだと思ったが、隣の面接官であり娘はまんざらでもなさそうだった。確かに、美しい女性だし、次期社長なのだろう。ただ、若い若いとばかり勝手に俺が思い込んでいただけで、どうやら年齢は俺の倍ほどあるらしい。ざっと、四十は越えている。


 年齢じゃないとかそういう話ではなく、こんなほとんど初対面の男に、父親の携帯まで探して面談と称して電話してきた。それにのこのこ現れる俺もどうかと思うが、この展開もそれを上回るどうかと思う状況だ。


 面接官の娘は、うつむいている。次期社長がハローワークにいたのは、直接スカウトでもしようと思っていたということだ。なかなか、いろんな意味でコンプライアンスがきわどい崖っぷち感がある。その崖っぷちを落ちれば、いわゆるあっち側の人間になるってやつだ。


「どうですか?どうですか?」


 俺はあの時と同じように、一瞬心奪われそうになったが、春日井社長がしつこく「半分」というフレーズを出して目が覚めた。いかんいかん、教訓を活かすんだ。

 そう決心すると、俺は一礼し、面接室を退席した。一応、出る瞬間に、状態異常魔法・混乱を二人にかけておいた。満月の日ではないことを確認済みだ。軽めにかけておいたから、十分ほどで解けるだろう。


 混乱は、その前後の時系列事実が捻じ曲がる。戦闘中にこの魔法をかけると、事実認識が狂うだけなので、味方を攻撃することもある。魔物同士が自滅する、というのが魔導書にも書かれている大いなる目的・狙いだ。だが、たまに、妙に覚醒してしまい眠っていた力が目覚めるものもいる。戦闘で使うには一か八かの、運試しみたいな魔法だ。だが、そのとっておきの効果は、魔法が解けたあとにある。


 状態異常魔法・混乱が解ける、といってもパッと解けるのではなく、朝目覚めるようにしてグラデーションで自覚が戻る。その際、混乱時に見ていたものや現象は、現実のものと思えないのだ。夢うつつ、寝ぼけているような状態なのだ。


 だから、この二人には混乱をかけたのだ。俺が来たことも、会って話をしたことも、夢か現実か区別はつかないだろう。戦闘に身を置くものでなければ、混乱時は動けなくなりただそこにうずくまるだけだ。俺は一応、混乱が解けるまで、二人をドア越しに見守った。


 しかし、魔王のあの「半分を譲ろう」という甘言と教訓を思い出して良かった。人生無駄な経験などないのだ。


 今日ほど家までの道のりが遠く感じた日はないだろう。この話のいきさつを知れば、父も母もがっかりすることはないだろう。二人とも世の中そんなに甘くない、が口癖だからな。その割には、こんな甘々の危ない話をよく受け入れたものだ。とりあえず、俺は魔王を封印した洞窟の方角に、一礼しておいた。


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