表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

第4話・補助魔法<鋼鉄化>

 電車に乗る、大学卒業以来だ。一年だけ社会人を経験したが、行きも帰りも組織の社用車で送迎されていた。自宅前だと両親が新卒の契約社員如きが何事? となりかねないので最寄り駅前までにしてもらっていた。


 ということで、俺は電車通勤の経験がない。大学時代は一・二回生の頃は要領悪く一限目の授業を取ってしまい、朝早めの電車に。


 その頃の記憶によると、朝の電車はエグイ。通勤ラッシュで体力を削り取られてしまう。


 大学終わりからのダンジョン攻略にも影響しかねなかった。


 いつも送迎の拠点となっていた最寄り駅。今日はその最寄り駅から電車に乗る。正確にはこれから乗る。駅が混んでいる。知り合いはいない。ホッとした。


 近鉄電車で丹波橋乗り換え、ここまでは大丈夫だった。そこから京阪電車で北浜までだ。終点淀屋橋のひとつ前、朝八時、大混雑ラッシュが予想される。快速急行よりも、飛行魔法を使う方が早いとは思うが、そもそも魔法の使用は禁止されている。何度か人助けで魔法を使ったが、私利私欲となれば組織は決して許さないだろう。人助けでも許さないかもしれないが。


 考えるに、要はバレなければいいのではということだ。それに、誰かに迷惑をかけなければいいのでは、さらに、魔王まで倒して封印したんだから、ちょちょっと生活を便利にするぐらいの魔法使用はいいんじゃないか、そんなセルフルールが随分染みついていた。


 ハローワークでの回復魔法、バスジャックでの時間魔法、あのあたりは対象がいる。そういった魔法がバレていないのだから、私的に使う方がなおバレないだろう。



 ということで、俺は近鉄丹波橋改札を抜け、京阪丹波橋改札へと流れるように歩き、ホームに降りた。電車がちょうど入線してきた。すでに扉の前は長蛇の列だ。


 俺は押し込むように、身体をひねりながら乗車した。流されるように、流れるようにと、連結部の手前にたどり着いた。進行方向に対して、右がわの連結部。つまり右手には誰もいない。リュツクは前抱えにし、俺は小さい声で魔法を詠唱した。


 鋼鉄魔法、いわゆる補助魔法。両手が吊り輪を握り損ねても、下半身だけ鋼鉄化することで、電車の揺れの影響を受けない。


 魔物との戦闘でも、立っての殴り合いみたいな泥仕合の場合は、有効だった。下半身は物理攻撃を一切受けない。バランスを取らなくても倒されない、動きが極端に遅くなること以外は弱点はない。


 電車の中はぎゅうぎゅう詰めで、目の前の優先座席は三人シートがみっちり埋まっている。もちろんどの車両も空席などないだろう。


 俺が電車に乗る理由、今日はセミナーだ。既卒生・第二新卒向けの就職セミナー。気乗りはしなかったが、父の取引先が主催ということで、参加者ノルマがあるらしく、エントリーしたという経緯だ。


 鋼鉄魔法は補助魔法の類であり、ソロでダンジョンを攻略していたものとしては、非常に使いどころに困る魔法だと思っていた。


 たとえば、バスジャックのときのような時間魔法。戦闘中に詠唱しているヒマはあまりない。詠唱完了すれば勝ち確定みたいなものだが、その間に攻撃されると話は変わる。途中で途切れれば再び詠唱しなおしとなるのだ。


 だが俺はこの補助魔法の使いどころ、使うタイミングがわかったのだ。各補助魔法の効果がなくなる時間を割り出す。そこから逆算し、敵と遭遇するまえに補助魔法をかけてしまうのだ。戦闘前に準備する。これが大切。


 ただ今回の鋼鉄魔法は戦闘前に詠唱してしまうと、動けなくなり敵とも遭遇できなくなる。だから、敵が油断している・背後・隠密こういったときに、先んじて詠唱し戦う。もちろん、逃げられた場合は追いかけることはできない。身体が重すぎるからだ。体重の五倍ほどの重量になる。質量保存の法則を無視しているが、そもそも魔法が科学の領域に収まると考える方がどうかしているのだ。


 ちょうど、中書島あたりで下半身の鋼鉄化が完了した。鋼鉄魔法は三十分ほどの効果、目的の駅・北浜に着くころには魔法効果も切れるだろう。


 向かいの女性が爆音で音漏れをさせて音楽のようなものを聴いている。漏れる音は、周りの人間からすると屁のようなもので、不快にして迷惑。ニオイがしないだけマシだなんて思おうにも、ニオイがしない分悪いことをしているみたいな感覚もなく、タチが悪い。


 揺れは思ったよりもひどくはないが枚方あたりでの乗り降りの激しさは辟易とした。父も毎日この路線を使っているらしいが、俺よりも一時間も早く家を出た。


 八時台なんてお子様だ、大人なら七時台。これは苛烈だぞ、と父はそう言って家を出たのだ。この電車でさえ大混雑と思うのだが。


 改めてこの路線に三十年以上乗って来た父に感謝だ。頭があがらない。


 俺は前抱えしているリュックから、今日のために持ってきた読みかけの推理小説を取り出そうと、チャックに手をかけた。


 ん?頭が上がらない。下向きにリュックを覗き込んだままで、鋼鉄化が始まっている。どういうわけか、時間差で上半身にも鋼鉄魔法が効き始めている。


 しくじった。今日は満月だ。魔法効果が倍。ダブルポイントデーのように二倍の日。クソ。いらんときに、いらんことを!


 しかもこのジワジワ感。鋼鉄化が遅い。枚方を出た頃に上半身が鋼鉄化し始め、香里園では完全に固まった。鉄だ。俺は鉄。誰からの攻撃も受け付けない。ある意味無敵だ。


 前の座席の女性の音漏れに、頭を突っ込むかの如く聞きこんでいるような姿勢。鋼鉄化しても意識はあるし、羞恥心はある。まもなく京橋だ。北浜まであと二駅。五分程度で到着する。音漏れ女が電車到着前に座席から立ち上がろうとするも、頭を垂れる稲穂の如くの俺の頭が邪魔だ。わかっている。下半身の鋼鉄化は徐々に解け始めている。後ろに下がればいい。しかし、後ろには立ったまま寝ているオッサンがいる。目覚めの魔法をかければいいのか、クソ、音漏れ女が「どけよ」と言っている。


 音漏れ女は日傘を取り出して、俺の頭に押し付ける。直接触りたくない気持ちはわかる。俺も触られたくない。ただ、二人の間にある障壁とはこの鋼鉄魔法なのだ。


 下半身の魔法が解けた。俺は勢いよく後ろに下がった。オッサンがいるのはわかっていたが、下がらざるを得ない。音漏れ女が「ドケ!ボケ!」と叫んだ。


 その拍子に、俺は後ろに重心がかかりすぎて柔道の後ろ受け身のようにオッサンに倒れ込んでしまった。


 京橋に到着したとき、オッサンの上に俺の身体が重なった。しかも上半身は鋼鉄化されたままで、動けずだった。後ろから抑え込みみたいな妙な形になった。


 オッサンの隣に立っていたのは、おとなしそうな男子高校生で、「ありがとうございます。この人、痴漢です」とオッサンを指さして言って、周りに助けを求めた。


 何のことだと、俺は思いながらも体制を整えられずオッサンの上に乗っかったままだった。


 痴漢を取り押さえているかのように見えるがただ、身体が鋼鉄化して重いだけだ。オッサンは俺の重さに失神しかけている。俺の体重が七十キロだから、まぁ上半身を三十キロとしよう。その五倍だとすると、百五十キロか。柔道の無差別級だ。


 ほどなく、駅員がそのオッサンを連れ出そうとするも、俺が重すぎて持ち上げるのに苦労していたようだった。京橋でしばらく電車を停車させたものの、近くの乗客からは拍手をもらうほどで、何が起こっているかよくわからない端の方の乗客は、口づてに何が起こっているのか聞きながら、遅れた拍手や歓声が湧きあがった。


 当の被害者の男子高校生は車両を変えてもこの男が付いてくるそうで、最近は時間をずらしたものの今日また見つかって、痴漢の被害に合っていたそうだった。


 男子高校生からは両親を通じてお礼をしたいと言われたが、俺は丁重に断った。人助けならもっと大きな枠組みでしてきたし、感謝されたくて人助けをすることもないのだ。それに、今日は俺の凡ミスというか、満月二倍デーに補助魔法なんか使うモノだから、こんなことに。


 勇者として魔王を討伐し封印してもなお、誰からも感謝されることはなかった。今日の出来事はとても対象的だったとしみじみと感じたのだ。


 北浜に着くころには上半身の鋼鉄化も解け、俺は無事就活セミナーにたどり着くことができた。肝心の就活セミナーでは、得るものはあまりなかったが、いくつかのブースで説明を聞いて、パンフレットをもらい、昼過ぎに近くの牛丼屋で定食を食べた。定食ならご飯お代わりし放題だからだ。


 何をしたわけでもないが、腹の減る一日だった。「魔王が復活してくれたら、勇者の仕事があるのになぁ」なんて思っていたが、よくよく考えると、卑劣なヤツはこの世の中にそれなりにいるもんだなと感じた。まだ、魔王の方が一対一の戦いを受け入れただけ、潔いというか気持ちいいヤツだったと思う。


 もちろん、悪いヤツではあるのだが。そういえば、魔王はどんな悪いことをしていたから、討伐しなけりゃならなかったのか、組織から聞かされたことはなかったなぁ、と四杯目のご飯をかきこみながら、思い返していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ