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ポテト&シェイク ―レナとマコトの探偵日誌―  作者: おんもんしげる


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2-3 星の降る海に行きたい(3)

「……こちらの事情を少しお話しします、あなたたちだけに。

 ただし、学校には話さない、という条件ならね。

 ……守ってもらえる?」


 インターフォンの向こうから、森野凛(もりのりん)とおぼしき女子の声が、そうぼくたちに言ってきた。

 玲凪(れな)はそこで声をつまらせ、インターフォンをじっと見つめていた。

 

 それはそうだろう。

 もし、彼女が森野凛だとして、これから彼女から聞ける話を学校に報告することができないとしたら、ぼくたちがここに来た意味がない。

 ふつうに考えたらそうだ。


 玲凪はぼくに顔を向けて困ったように、どうしよう、という表情を浮かべた。


 ぼくは黙って、ものすごい勢いで頭脳をフル回転させていた。

 これから起こりうる可能性、そしてそれに対してぼくたちが取れる選択肢はなにか。

 それを考えていたのだ。


 しびれを切らした玲凪は、ぼくに声をかけようとした。

 しかし、ぼくはそれを手で制止し、黙ったままインターフォンの前に近づいた。

 そして、向こうにいる森野凛であろう人にこう答えた。


「わかりました。

 ……約束します。

 あなたから聞いたことは、学校には一切話しません」


「えっ!?」


 玲凪が思わず小さく叫び声を上げた。

 そりゃそうだよな。


「……だって、まことくん、そうしたら学校にはなんて話したら……」


 続けようとする玲凪をぼくはふたたび手で制して、森野凛に言った。


「……ただし、こちらも森野さんに理解してほしいことがあります。

 

 ぼくたちも学校からの使いで来ています。

 ですので、森野さんが学校に来られない理由を報告する義務があるんです。

 ですので、学校に報告できる説明をぼくたちが考えるのを助けていただけませんか。

 

 事実でなくてもいい。

 学校側が、そういう理由ならありそうだ、しょうがない、と思ってくれそうな内容でありさえすればいいのです。

 ……どうかお願いします」


 玲凪は突っ立って硬直したようになっている。

 そして、混乱し戸惑ったような表情で、ぼくをじっと見つめている。


 でも、ぼくには考えがある。

 そして、ぼくの予想のいずれかが当たっていれば、ことはぼくの期待する方向に行くはずだ。


 また一分ほどに近い沈黙があった。

 やがて、森野凛の声が答えてくれた。


「……いいわ。

 その条件、受け入れることにします。

 なので、あなたたちも絶対、秘密を守ってね」


「わかりました、了解です」


「……じゃ、これで取引成立ね」


 すると、鈍い機械音を立てて、入口ドアが開いた。

 ぼくは玲凪を目で促し、二人でドアの向こうに足を踏み入れた。


 廊下を歩きながら、玲凪がぼくにくっつくほど思いっきり身体を寄せてきて、ささやき声で、しかし調子はどなるような激しさで抗議してきた。


「……ちょ、ちょっと、まことくん!

 どうするつもり!?

 学校に事実をちゃんと報告しなかったら、あとでバレたときにマズいでしょ!」


 もっともだ。

 彼女がそう言うだろうとも思っていた。

 だから、ぼくは全然動じていない。


「ああ、そうだな」


「ああ、そうだな、じゃないよ!

 いったい、どうするつもりなの……!?」


 ぼくは立ち止まって、玲凪を正面から見つめた。

 玲凪も立ち止まると、ぼくを見た。

 不安と緊張、そして心配で、どきどきしているような表情で。

 ぼくは玲凪に声をかけた。


「落ち着くんだ、玲凪。

 たぶん、彼女がいま置かれている状況は、学校に知られたくない内容なんだ。

 だから、学校には話してもらいたくない、という彼女の要求をこちらが飲まなければ、永遠に真実を知ることはできない。

 そうぼくは思う。

 なにか事故みたいなことが起こって、事実が明るみに出ない限りはね。


 学校側が児相(児童相談所)とか福祉関連の施設と協力することで、森野さんの家庭環境に介入して事態を改善する、という方法も選択肢としてはあり得るかもしれない。

 だけど、その方法がうまく行くとは、ぼくには思えないな。


 だから、ぼくたちはまず彼女から事実を聞き出す必要がある。

 その上で、ぼくたちが彼女の力になれることがあれば、協力する。

 ぼくたちが力になれるかどうかか、それを見極めよう。


 彼女の置かれた状況によっては、ぼくたちではできないことだとしても、ほかに手を借りることで解決できる方法があるかもしれない。

 そしてうまくすれば、もしかしたら彼女はまた学校に通えるようになるかもしれない。

 それが、少なくとも学校にとってはいちばん望ましいことだろう。

 もし、それはむずかしかったとしても……。


 いずれにしても、ぼくたちができることが、なにかはあるはずだ。

 だからまず、森野さんの状況をぼくたちが聞こう。

 それがぼくたちのやるべき最優先事項だと、ぼくは思うんだ。


 まずは、彼女の置かれた環境。

 そして彼女に困っていることがあるか。

 あるとしたらそれはなにか。

 森野さんから聴いてみよう。

 ……すべてはそれから考えればいい」


 真剣な顔でぼくの話を聴いていた玲凪は、ぼくから目をそらすと、少しの間逡巡する様子で考え込んでいた。

 ぼくの考えに妥当性があるか、それが本当に森野凛のためになるのか。

 そして、学校に対してこれからするであろうぼくたちの行動をどう説明できるか。

 それを考えていたのだろう。


 玲凪は、やがて意を決したような表情になると応えた。


「……わかった。

 まことくんの考え、わかった。

 それに、あたしも森野さんを助けたいと思う気持ちは同じだから。

 やろうよ!」


 ぼくは無言でうなずいた。

 よし。

 理解してくれたならOKだ。


 ぼくと玲凪は、無言で廊下を歩き、エレベーターの前に来た。

 昇降ボタンをぼくが押し、やがてエレベーターが来てドアが開くと二人で乗り込み、中の2Fボタンを押した。

 静かにドアが閉まり、エレベーターが上がる。

 

 2Fに着いた。

 ドアが開くと、ぼくたちはエレベーターを出て206号室に向かった。


 横を歩く玲凪の顔を、ぼくは横目で見た。

 206号室に近づくたび、どんどん緊張感が増していくのがわかる。

 それはぼくも同じだ。

 玲凪とちがうのは、たぶんぼくのほうが、将棋でいうところの20手ぐらい先までの選択肢が見えている、というところか。

 その分、起こり得る事象をある程度予見できていて、気分が若干落ち着いている。

 ちがいはそれぐらいのことだろう。

 ぼくだって予想できないことばかりのはずだ。

 緊張していることには変わりない。


「まあ、気持ちを落ち着かせよう。

 森野さんを警戒させてもマズいからね」


 ぼくは玲凪の緊張をちょっとでもやわらげてあげようと思い、平静を装って言ってみた。


「……うん」


 玲凪がぼくのほうを向くと、こわばった笑顔を浮かべてうなずいた。


 206号室に着いた。

 ぼくがドア横にあるインターフォンのベルを押した。

 数秒後、さっきと同じ声がした。


「はい」


 そしてまもなく、ドアが開いた。

 

 ひとりの女の子が、ぼくたちを迎え出た。

 それは、インターフォン越しの声から想像していたよりも明るく活発そうな外見の、なかなかに整った顔立ちの美少女だった。

 この年頃の女子としてふつうの身長、ミディアムの黒髪。

 肌は白く、室内の照明が暗かったせいか、青白く見えた。

 肌荒れが頬や手の甲に認められ、それらが若干健康そうでない印象を与えている。

 服装はクリーム色のスキニージーンズにグレーのパーカー。

 おそらく部屋着なのだろう。

 

「どうぞ、お入りになって。

 ……片付いてませんけど。

 片付けてる暇がなくてね」


「あなたが、森野凛さんなんですね?」


 玲凪の問いに、彼女はちょっとあきれたような表情を見せた。


「そうね、この部屋、基本的にあたししかいないから。

 ……って、あなたたちはそんな事情とか、知らないか。

 ごめんなさい、言い直す。

 そう、あたしが森野凛。

 ……きょうは、わざわざ学年通信持ってきてくださってありがとう」


 そう言って、森野凛は少し照れたような表情を浮かべて、くすっ、と笑った。


 玲凪が自己紹介した。


「はじめまして。

 あたしが、関口玲凪(せきぐちれな)です。

 そしてこちらが……」


滝浦真(たきうらまこと)です。

 はじめまして。

 やっとお会いできて、ひと安心しました」


 森野凛は再び、くすっ、と笑って言った。


「あなたたち、どんだけあたしに会いたかったわけ?

 ……まあいいや。

 そんなに他人に気にしてもらったことなんて、あたし、いままでになかったから。

 とにかく、入って」


 ぼくと玲凪は凛に案内されて中にお邪魔した。


 アパートは2LDKぐらいか。

 思っていたより中は広いし、凛の言葉に反して意外と片付いていた。

 というより、家電もエアコン、冷蔵庫、電子レンジ、電気ポットを除けば、ほかに見当たらない。

 TVはあるが、編み物でできているらしいカバーが上から被せられ、使われている気配がない。

 とにかく、ものが少ない。

 普段、ここでだれも生活していないだろうことがうかがえる。


 凛は、部屋のほぼ中央にあるダイニングテーブルにぼくたちを案内し、


「座って、どこでもいいので。

 あ、お茶かコーヒー、紅茶ならあるけど、どれか飲みます?」


と笑顔で尋ねた。

 ほとんどない急な訪問客に、ちょっとうれしそうさえに見える。


「いえ、あたしはけっこうです。

 …まことくんは?」


 玲凪が訊いてきたので、ぼくはせっかくの凛のお誘いだからと思い、


「じゃ、ぼくはお茶をいただきます」


と応えた。


「はい、お茶ね。

 ……何年ぶりかな、お客さんなんて。

 あたしもこの近辺に人付き合いがないしね、何年も」


 そう言いながら、凛は緑茶のティーバッグを箱から取り出すと、あまり使われた形跡のなさそうな、新品のように見える湯呑みに入れ、電気ポットでお湯を入れた。

 そして1分ほどおくと、その湯呑みを、


「はい、どうぞ」


と言ってぼくの前に置き、自分もぼくの斜め隣りの席に座った。


「文字通りの粗茶ですけど」


「いえ、ありがとうございます」


 玲凪が、学年通信をリュックから取り出すと凛に手渡した。


「これ、学年通信です。

 どうぞ」


 凛はまた、くすっ、と笑ってそれを受け取った。


「ありがとう。

 こんな夜中に来てまでして持って来てくださったんだから、あとで大切に見させてもらうわ」


 玲凪がちょっと恥ずかしそうに言い訳した。


「いえ……。

 確かにさっき言っていただいたとおり、夜中に来てまでして届けるほどのものではないですね……」


 凛は、当然というような表情ですらっと言った。


「そうでしょうけど、要は口実でしょ、学年通信を届けるというのは。

 本当の目的は、あたしの状況が知りたいのよね。

 なんで学校に来ないのか、家庭状況はどうなってるのか。

 で、できれば学校に来てもらいたい。

 そうでしょ?」


 玲凪が答えに窮しているようだったので、ぼくが代わりに答えた。


「まあ、そのとおりです。

 なので、本当のことを教えてもらえませんか。

 これはお約束したとおり、学校には言わないという前提でお聞きします」


 凛は、ふぅ、とため息をついた。

 それはあきれた様子ではなく、これからひと仕事を始める人間が心の準備にするような呼吸だった。


「わかった。

 ……まあ、その前にまず、お茶をどうぞお飲みになって。

 ひと息ついていただいて、それからよ」


 凛の言葉遣いは、基本的に丁寧だ。

 それにお茶を勧めたり、他人への心遣いも心得ている。

 いまは生活が荒れているかもしれないが、かつて家族がそろっていたころは、しっかりした家庭だったのだろう。

 きちっとした教育を受けていた、そんなことがうかがえる。


 「はい、ありがとうございます。

 いただきます」


 ぼくはお茶を一口すすると、部屋の中を見回した。

 隣を見ると、玲凪も同じようにあちこちを見ている。

 

「なんにもないでしょ」


 ぼくら二人の挙動に気づいたのだろう。

 凛が言って、ふふっ、と笑った。


「この部屋、いまはあたし以外には、だれもいないから。

 そのあたしも、きょうみたいに夜中に帰ってきて、昼前にはまた外出して、そんな生活だしね。

 父親は、むかし、あたしが小学生のときに出て行っちゃった。

 母親も、父親が出ていってから、なんかおかしくなっちゃって。

 いまはどっかに男作って、そっちに行っちゃってるからここにはいない。

 何か月に1回かだけ、急にここに顔を出すことはあるけど。

 いちおう、あたしのことがちょっとは心配みたいね。


 母親は、家は出ていってるからあたしの世話はなにもしてくれないんだけど、学費と生活費、ここの家賃は口座に振り込んでくれてる。

 なので、あたしも学校に籍だけは置き続けてるってわけ。

 だけど、あたしのほうが学校に行きづらくなっちゃって、行かなくなった。

 いまは、ほぼ毎日バイト行ってる、コンビニのね。

 学校の人たちに見つかりたくないから、ここからは少し離れた街のほうでね。

 ……あと、弟がいるんだけど……」


 そこで凛は口をつぐんだ。

 言いづらそうな表情だ。


「……弟さん、どうしてるんですか。

 お元気でいらっしゃるんでしょうか?」


 玲凪がすぐ尋ねた。

 凛の表情から、なにか事情があるのを察したのだろう。

 こんなふうに、ひとの心のうちをすぐに洞察するのが、玲凪はうまい。


 凛はしばらく黙っていた。

 やがて、こう一言だけ答えた。

 それ以上は言いたくないと思っているのは明らかだった。


「……元気にはしてる。

 別のところに住んでるんだ」


 ぼくは、彼女が言いたくないことを無理に訊き出すつもりはなかったので、黙っていた。

 だが、なにごとにも積極的な性格の玲凪は、いつものそつのない調子でやさしく訊いた。


「弟さんは、おいくつなんですか?」


 凛は下を向いていた顔を少し上げて答えた。


「10歳。

 ちょっと歳が離れてるんだけど、いい子だよ。

 あたしの、たったひとりの兄弟だし……」


「ということは、小学4年?」


「そうね」


「学校には行ってるんですか、弟さん?」


 凛は玲凪の方を向いて、きっ、とした顔で答えた。


「行ってるよ。

 ……福祉関係の人みたいに次々と質問してくるのね、あなた」


 玲凪がそう言われて、はっとした表情になると謝った。


「……す、すみません!

 そんなつもりじゃなかったんですけど、つい気になってしまって……」


 しかし凛は、そんなに気にはしていないようだった。


「ふふっ、別に責めてるわけじゃないけど。


 いや、前にだれか近所の人かだれかが連絡したのか、福祉関係NPOかなんかのひとが来たことがあってね。

 そんときに、いろいろ根掘り葉掘り質問されたりしたときのことを思い出しちゃったんで。

 ……もちろん、あなたたちがそんなんじゃない、ってことはわかってるよ。


 まあ、気になるよね。

 学校に全然来ない生徒。

 父親はいない、母親も家にいない。

 弟は小学生で、別居中。

 ってなれば、どんな家庭なんだろう、心配だ、って、そう考えるのが普通だよね」


「いえ、ごめんなさい……」


 玲凪は続けて謝ったが、凛は気にしている様子もなく立ち上がった。


 凛は、キッチンのシンクの前に来て、上に置かれた水切りラックからマグカップをひとつ取り出した。

 そして、インスタントコーヒーを瓶を開け、スプーンでコーヒーを1杯すくってカップの中に入れ、そこにお湯を注ぐとスプーンで軽くかき混ぜ、そのマグカップを持ってテーブルの席に戻って来た。

 しばらく黙ったままで、部屋の中をどこともなく見つめていたが、やがてマグカップのコーヒーを、ぐっ、と3口ぐらい一気に飲んだ。

 そして、ふーっ、とまた息をつくと、続きを話し始めた。


「あたしの弟はね、叔父夫婦に引き取られたの。

 母親の弟夫婦ね。

 もともと母親とそんなに付き合いがあるわけではなかったみたいだけど、さっき言った福祉関係の人たちが来たとき、いちばん近い親類に叔父夫婦がいるってあたしが言っちゃったもんだから、向こうに連絡が行ったみたいで、あたしたちをさすがにほっとけない、と思ったみたい。


 叔父夫婦は弟とあたしの両方を引き取りたい、って言ってきたんだけど、あたしは自分だけでバイトとかしながら生きていける、って断ったの。

 母親もお金だけは送ってきてるから、あたし自分だけならなんとかできる、って。


 でも、弟はまだ小さいし、あたしには弟の面倒までみる時間も余裕もない。

 だから、弟だけは叔父たちの好意に甘えて引き取ってもらったのね。 


 そんなわけで、いま弟は叔父夫婦の家にいて、そこから近い小学校に通ってる。

 ……ま、弟のことを考えれば、それが安心っちゃ安心な環境なんだけど……」


 そこまで言うと、凛はコーヒーをひとくちすすった。

 そして、心の中を整理するかのように、もう一度、ふぅーっ、と深い息をついてから続けた。


「……いまもときどき、叔母から電話もらうんだけどさ。

 さみしいってよく泣いてるらしいんだ、弟。

 お姉ちゃんに会いたいってね。

 そりゃそうだよね、まだあの歳だもん。

 さみしいに決まってるよ。


 ……でも、そういう話聞くと、あたしも泣きたくなっちゃってね……」


 そう言いながら、凛は両手で目を覆って、ひっく、ひっくと泣き始めた。

 玲凪もぼくもびっくりして言葉が出なかった。

 どう彼女に言ってあげたらいいのか、わからなかった。


 でも、玲凪が立つと凛のところまで歩み寄って、静かに凛の背中を撫でて慰めた。

 こういうのは、やっぱり女性のほうが気がつくな。

 ぼくは内心、感心して二人を眺めた。


 そのまま、しばらく静かに泣いていた凛だが、やがて立ち直って顔を上げた。

 そして、涙で濡れた顔を隠しもせずに言った。


「あたし、弟と約束してることがあるんだ……」


 そう言ったまま、凛は黙った。

 先が出てこないので、玲凪が思わず先を促した。


「どんな約束なんですか?」


 凛は、テーブルの脇にあったティッシュペーパーを1枚取ると、涙で濡れた両目を拭った。

 そして、淡々とした様子で話した。


「……もう何年も前、まだ父親も母親も家にいて、家族四人で暮らしてたころ、みんなで隣の県の港町に遊びに行ったことがあってね。

 二泊旅行だったんだけど、二晩目の夜、みんなで港町から少し上った丘の上に行ったんだ。

 そこ、夜景を観る絶景スポットってことで有名でね。


 そんときに観た夜空の星が、すごかったんだよ!

 もう、星が無数にあって、その星がみんな、こちらに降ってくるみたいに!


 そのときは、みんなでまた来たいね、って言って帰ったんだけど。

 あとはこの状況でしょ、それが家族みんなで行った最初で最後の旅行になった。


 でもね、弟はまだ言うんだ。

 また行きたい、あの星が降ってくるみたいな海にまた行きたいよ、って。


 だから、あたしは弟に約束したの。

 

 『……わかった。

 お姉ちゃんがまた連れて行ってあげる。

 いっしょに行こう、あの夜の星が降る海に。

 絶対に!』


 弟は喜んで、


『絶対だよ!約束!』


って言ってた。

 

 ……だからね、あたしはこの約束をちゃんと果たしたいの」


 凛は、自分の気持ちを落ち着けようとするかのように、ゆっくりと深呼吸した。

 そしてうなだれると、元気なく付け加えた。


「……でも、いつになるのやら、この約束果たせるの……」


 玲凪とぼくは、思わず顔を見合わせた。

 

 玲凪は困ったような、どうしたらいいか途方に暮れたような表情だった。

 でも、実はぼくのほうは、すでにある考えがまとまっていた。


 ぼくは、ひとつ咳払いをすると、平静さと威厳を持った表情で(と自分ではそのつもりで)森野凛にこう提案したんだ。


「森野さん。

 ぼくたちが、実現させるのを手伝いましょう、その約束。

 準備に何日かは必要になりますけど、ひと月以内には実現できると思います」


 凛も、そして玲凪も、驚いた顔をしてほとんど同時に叫んだ。


「え!?」

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