1-5 不思議な出会い(5)
ぼくと玲凪は、文芸部の部室に向かっていた。
そう、まずは「あの子」からの証言を聞きたいからだ。
玲凪には、「あの子」とはだれか、なぜその子が犯人と、動機も知っているはずだとぼくが思うのか、そのすべてをすでに話した。
そのとき玲凪はたぶん、とても衝撃を受けたと思う。
初めは、それを信じたくないというそぶりも見せた。
でも、彼女はすぐに落ち着いた。
いや、落ち着いたようにふるまっているだけかもしれないが。
玲凪は聡明な子だ。
秋野仁美へのインタビューの一件、あれを経験してから強くなったような気がする。
あのあと、玲凪は自分から進んで、角田郁人から証言を取ってくれた。
おかげで、もう外堀は埋まったようなものだ。
今、ぼくの隣を並んで歩く玲凪の横顔は、もう覚悟ができているという表情だ。
二人とも、無言で学校の1Fの廊下を歩いた。
そして階段を上り、2Fの部室へつながる廊下に進む。
その途中、玲凪が口を開いた。
「……本当に、話してくれるかな?」
小声で、少し震えた声のように聞こえた。
ぼくは、笑顔を見せずに、しかしなるべく穏やかな調子で、
「だいじょうぶ。
必ず、話す」
とだけ答えた。
文芸部の部室に着いた。
ぼくが鍵を開け、扉を引いて二人で中に入る。
そして、玲凪が奥まで行って、窓を開けてくれた。
初夏の生暖かい風が、静かに吹き込んでくる。
文芸部の部室は、空いている教室を使わせてもらっている。
中にあるのは机と椅子のセットが数組と、隅にそれほど大きくない本棚。
夏目漱石、太宰治、クリスティー、横溝正史など、何冊かの小説文庫本や解説本が全部で数十数冊入っているだけの、質素な中身。
今は、ぼくしか使っていない部室だし、ぼくはいつも読みたい本は自分で持ってくるので、これらの本に触れることはまずない。
きっとうっすらと、ほこりをかぶっていることだろう。
ぼくが椅子を持ち上げて部屋の真ん中に運び始めると、玲凪も手伝ってくれた。
「並べるの、3つ?」
ぼくは一瞬考えて、
「5つ並べよう。
ぼくたちと、プラス3人、同時にここにいてもらう必要がある」
「……明美と……紗英……。
それから、彼も?」
「そう、犯人だ。
……彼には、二人の前でやったことを認めて謝罪してもらわないと……」
玲凪は表情を硬くして言った。
「……それは……。
……明美にも紗英にも、残酷過ぎない?
それに、彼がそれを受け入れてくれるかな……」
「受け入れさせる。
そうしなければ、この事件を終わらせることができないから」
ぼくはきっぱりと言った。
冷徹に思われるかもしれない。
けどな……。
玲凪は、少しの間無言でいたが、納得したのか、それともぼくが一歩も引かない様子と見えてあきらめたのか、視線を床に落としたまま静かに、
「……わかった」
とだけ言った。
ぼくは玲凪に尋ねた。
「まだ、信じられないか?」
「ううん、最初はびっくりしちゃったけど。
でも、滝浦くんの話してくれた推理が、いちばんつじつまが合ってるって、今は思う」
「うん。
……まあ、本当にそのとおりだといいけどな」
「きっと、そのとおりだよ」
玲凪は寂しい笑顔をぼくに向けた。
そのとき、部室の扉を小さくノックする音がした。
玲凪がぼくに目を向ける。
ぼくがうなずくと、玲凪は扉に駆け寄って、扉を開けた。
鮎原明美だ。
そう、「あの子」とは彼女。
硬い表情をして、玲凪を一瞥し、部室の中を見回す。
そしてぼくの存在を確認すると、無表情のまま部室に一歩、二歩と歩んで入った。
「……ごめんね、明美、わざわざ来てもらって。
今回の件、前に話したように、滝浦くんにも協力してもらってるの。
彼、とても推理能力高いし、それに信頼できると思ったから……」
玲凪がそう言うと、鮎原明美はそれを聞いているのかいないのか、わからない無反応な様子で、ぼくに近づいてきた。
「……滝浦くんは、そういう趣味、あるんだ」
鮎原明美は一言、そう言うと、ぼくの目の前に置かれた椅子に座った。
「趣味、ってわけじゃない。
今回、関口さんに協力を頼まれたので引き受けただけさ。
ここで鮎原さんから聞いたことの秘密は、絶対厳守するよ」
ぼくはそう言って、鮎原明美を見つめた。
まだ、ぼくに警戒心を持っているようだ。
「じゃあ、端的に始めようか。
……鮎原さん、きみは今回の菊池さんのぬいぐるみキーホルダー窃盗事件の犯人、すでに目星がついているよね」
鮎原明美は黙ったままだ。
表情が一層固くなったように見える。
「ぼくから言っていいかな。
……犯人は、高光啓」
鮎原明美の顔が、ぴくっ、と動いた。
ぼくは続けた。
「なぜ高光がそんなことをしたか。
それは、高光が本当に好きなのは、菊池さんではなく、きみだからだ」
鮎原明美の、ひざの上に置いた両手の拳が震えている。
ぼくはかまわず、話を続けた。
「高光は、最初鮎原さんに告白して、失敗した。
それで、別の方法できみに再び近づくことを考えた。
菊池さんが鮎原さんと仲がよいことを知っていたから、中学のときから親しかった菊池さんにまず近づいて、そこから鮎原さんとの関係を作ろうと、ね。
そして、まず菊池さんが好きなふりをして、菊池さんとの恋人関係をこしらえ、そこで菊池さんとシェアしたぬいぐるみのキーホルダーがなくなったように見せかけた。
そして、鮎原さんが犯人と疑われるような状況をわざと作り出し、つらい思いをしている鮎原さんに接近してなぐさめることで、きみに近づこうとした。
……ぼくはこう推理したんだけど、合ってるかな?」
鮎原明美は、拳を、ぎゅっ、と握りしめた。
そして、静かな調子で言った。
「……だいたい、合ってると思う」
そして、ぼくをにらみつけるような目で見て、
「……なんで、わかったの」
ぼくは鮎原から目を離して、窓の外から見える青空を眺めた。
「関口さんから相談を受けて、高光をめぐって鮎原さんと菊池さんの間にあった話を聞いた。
きみが菊池さんと高光がつき合い始めたとき、反対したということ、だけどきみと高光との間には今まで接点がなく、高光のことをよく知っているはずがないのに反対するのがヘンだと思った、そう聞いて、ピンときたんだ。
……菊池さんと高光がつき合い始める前に、鮎原さんと高光との間になにかあったんじゃないか、とね。
あとはすべて、そこから組み立てた推理だ。
キーホルダーがなくなった状況から、実際にキーホルダーを盗んだ実行犯も推測できたので、彼らから証言も得ることができた。
最後のピースを埋めるのが、鮎原さん、きみの証言なんだ。
きみの証言がぼくの推理と一致するならば、高光にすべてを突き付けることができる。
動かぬ証拠として、ね」
鮎原明美は、はぁ、とため息をついた。
「……滝浦くん、たいしたもんだね。
そんなするどい能力があるなんて、人は見かけによらないものね。
感心したわ……」
玲凪は一瞬、鮎原の言葉に少々引っかかったような表情をしてから、真剣な表情でぼくを見つめた。
ぼくはどうとも思ってなかったが。
事件のことに集中してたし、それどころじゃなかったから。
「全部、滝浦くんの言うとおり。
高光くんが最初にあたしに告ってきたのは事実。
そんときは、あたしは断った。
だって、高光くんとまともにしゃべったこともないし、どんな人かもわからなかったから、当然でしょ?
そしたら、彼は言ったの。
『鮎原、絶対、きみに好きになってもらう!
なんとしてでも』
あたしは、正直言って、こわかった。
彼はとても強引で、好きになれなかった。
だから、紗英が高光くんから告られた、付き合い始めたと聞いたときも、あたしは、それは本当に紗英のことを好きになったんじゃない、きっと紗英に近づいて、紗英をとおしてあたしに近づこうとしてるんだ、とすぐ気づいた。
でも、高光くんが本当にターゲットにしてるのは、あたしなんだよ、なんて、とても紗英に言えなかった。
それは紗英を傷つけてしまうから。
それで、とっさにその逆……あたしが高光くんを好きなんだ、ってうそをついてしまった。
そう言えば、もしかしたら紗英があきらめてくれるかも、とそのときは思って。
でもあたし、バカだよね……そんなこと言われても、あきらめるわけないよね。
だから紗英と言い合いになって。
それで、彼女にどう言ってあげたらいいのか、わからなくなって。
それからは、静観することにした。
……紗英のために、自然に別れてくれたらいいな、と願ってね」
鮎原明美はそこまで言うと、はーっ、と、今度は深い息をついた。
「でもさ、まさか、こんな手の込んだことをするなんて、思ってなかった。
あたしはキーホルダーがなくなったことを聞いたとき、あ、彼だな、って直感したよ。
根拠はなかったけど、彼ならそういうことしてもおかしくないな、って。
でも、紗英はあたしを犯人と疑ってきた。
悲しいよ、ね。
仲のよい友だちから疑われるなんて……。
紗英もそれだけ、高光くんに入れ込んでしまってた、ってことじゃない?
それがうそだ、って紗英に理解させるのは、むずかしいだろうな、って……」
玲凪は心配そうに鮎原の顔を見ている。
ぼくが話そうとすると、玲凪が先に声を出した。
「明美。
でもやっぱり、真実を紗英に話すべきだと、思わない?
それを先延ばしにしてると、あとで真実がわかったときに紗英がもっと大きく傷つくことになるんじゃないかな……」
玲凪は鮎原の顔を見た。
泣きそうな顔だ。
しかし、その顔のまま、だまってうなずく。
そのとき、扉ががらっと開いた。
菊池紗英だった。
「紗英!」
玲凪も鮎原も、同時に叫んだ。
菊池紗英は、顔を歪めて後ろ手で扉を閉めると、かすれたような声で言った。
顔色は青白くなっている。
「……ごめん、ドア越しに全部聞いちゃった。
そういうことだったんだ……あたしが、いちばんバカだったね……」
玲凪も鮎原も、そしてぼくも、返す言葉がなかった。
菊池紗英は扉の前に立ったまま、こちらに近づくのを躊躇している様子だった。
それを玲凪が促し、前に案内して鮎原の隣の椅子に座らせた。
「明美、ごめんね……あたしがバカだったばっかりに、明美を疑ったりして……。
ほんとに、あたし、明美にひどいことをしちゃった……」
鮎原は菊池の左肩に手をかけ、やさしく声をかけた。
「紗英、そんなことないよ。
紗英は絶対にバカじゃない。
……いちばんバカなやつは……」
そのとき、扉を強くノックする音がした。
紗英も明美も、そして玲凪もみんな、びくっ、として扉を見る。
驚かなかったのは、たぶんぼくだけだろう。
ぼくは声を上げた。
「どうぞ。
鍵開いてるから」
扉をがらがらと開ける音がした。
そこに立っていたのは、高光啓だった。
ビビっているらしい女子三人に対して、ぼくは寸分も驚くことなく言った。
「おう、高光。
……待ってたぞ」
高光啓は、疑い深い目つきでゆっくりと入ってきた。
扉を右手で閉めると、ぼくら、ここにいるメンバーを眺めてぽつっと言う。
「……なるほど。
そういうメンツか」
ぼくは言葉を返した。
「そう。
関口さんとぼく以外は、今回の事件に関係する二人だ。
……二人とも、おまえの身勝手さに迷惑してる」
「なんだと!」
高光は威嚇するような鋭い目つきでぼくをにらんだ。
ぼくは内心かなりビビったが、そんなチキンな内面を決して表に出さず、平静な態度を装うのは、前にも言ったとおり自分の経験値から獲得した得意技だ。
今も、高光のその脅すような勢いになんら動じてないふりをして、話を続けた。
「菊池さんのぬいぐるみキーホルダー、実際に盗んだ人物はすでに特定した。
証言も聞いている。
……おまえに脅迫されて、しかたなくやったって、言ってくれたよ」
「……」
高光は変わらぬ、刺すような目つきでぼくを見つめている。
「しかし、その実行犯はそういう事情なわけだし、それがだれなのかをほかの人に知られてしまうと、今後窃盗の犯人と見られ続けることになってかわいそうだと思う。
現時点でその実行犯を知っているのはおまえとぼく、そして関口さんだけだ。
菊池さんと鮎原さんも知らない。
……このままで、秘密を保ってくれると約束してくれないか」
高光は噛みつくように叫んだ。
「おれがやらせたって証拠はどこにある!」
ぼくはまだまだチキンな心を隠して、冷静な様子で返した。
「おまえには動機がある。
それは鮎原さんが話してくれた」
「くっ……!」
高光はくやしそうに表情を歪めて肩を落とした。
「認めるな?
……つまり、おまえが菊池さんのキーホルダーを盗んだ主犯だということ。
その動機とは、こういうことだ。
本当は鮎原さんに好意を持っているおまえが、告白して失敗したため、今度は以前から顔見知りである菊池さんに好意を持っているかのように装って近づき、キーホルダーを紛失させることで菊池さんと鮎原さんの仲を壊し、それをきっかけに鮎原さんをなぐさめる、というかたちで再度彼女に接近しようと考えた。
……これで合ってるよな」
「くそ……なんでわかった」
高光はくやしそうにつぶやいた。
菊池紗英と鮎原明美は、顔を歪めて高光を見つめていた。
やがて、菊池紗英がすすり泣きを始めた。
鮎原明美が吐き捨てるように言った。
「高光くん……あんたって、最低ね……」
高光は反論もせず、うなだれている。
玲凪は菊池と鮎原のそばに立ち、なぐさめるように二人の肩に手を置いて視線を落とし、こらえるような表情でいたが、こらえきれなくなったのか、顔を上げると堰を切ったように叫んだ。
「高光くん、あなたのやったことが、どんなに明美と紗英を傷つけてるか、わからないの!?」
高光はうなだれたまま無言だ。
ぼくは深呼吸すると、視線を高光から窓の外、もう夕暮れに近くなってきた赤い空に移しながら、つぶやくような小さな声で言った。
「高光、隠そうとしたってな、どんなことでもわりとたいていのことはわかるもんだ、少しの手がかりがあれば。
そこから、根気さえあれば証拠は次々と引き出せる。
……おまえのやったこともな」
そして、ふたたび高光を見ると、今度は声を大きくしてはっきりと告げた。
「認めるよな」
高光は菊池、鮎原、玲凪、そしてぼくを順々に見て、観念したように声をしぼり出した。
「……おう……認める」
「それなら、まず鮎原さんと菊池さんの二人に、謝罪してくれ」
高光は少しの間ためらっていたが、二人に向かって頭を下げた。
「菊池、鮎原……すまない」
菊池、鮎原はなんとも言えない、当惑したような表情をしてだまっていた。
ぼくは続けた。
「それから、さっき言ったように秘密を守ってくれないか。
すなわち、実行犯がだれかということ。
それと、今から以降、このことも守ってほしい。
……菊池さん、鮎原さんの二人、そして実行犯だった人に、今後一切近づかないこと、そしていやがらせなどを一切しないこと。
……この二つを守れるなら、今回の事件について先生には言わないし、一切公表することもしない。
すべて、今ここにいる五人だけの秘密だ。
……守れるか?」
高光はもう逃げ場がないとわかったのだろう。
静かに答えた。
「……守る」
ぼくは安堵の息をついた。
「よし、それなら、これでこの事件は解決ということにして、いいかな?
菊池さん、鮎原さん、関口さん?」
菊池は涙でくしゃくしゃになった顔でうなずいた。
その菊池を両手でしっかりと抱きしめている鮎原も、無言でうなずく。
玲凪も、その二人の様子を見て、力強くうなずいた。
「オッケー。
……じゃ、みなさん、これで事件は解決ということで。
ご協力ありがとうございました」
高光はだまったまま、出ていった。
菊池と鮎原も、それまで肩を抱いてくれていた玲凪にあらためて礼を言いながら、共に泣きじゃくった。
そして二人は玲凪から離れると、力なく手を振った。
鮎原が言った。
「玲凪、またあした」
菊池も、まだ泣き声のままで言った。
「またあしたね、玲凪」
そして、二人はぼくにも頭を下げてくれた。
鮎原が言った。
「滝浦くん、ありがとう。
きみがいなかったら、こんなきれいに終われなかったかも……」
菊池も言った。
「滝浦くん、あなた、いいやつだね。
見直したよ。
……ごめんね、こんな言い方、失礼で申し訳ないけど……」
ぼくは照れくさくて、つい頭に手をやった。
鮎原と菊池の二人は、おたがいに支え合いながらゆっくりと出ていった。
玲凪が、いつの間にかぼくの耳元に来て、半分涙声でささやいた。
「……やったね。
あたしからも、ありがとう!」
ぼくはその瞬間、今までの緊張が解けたこともあり、くらっとした。
***
学校からいちばん近くの商店街にあるマクドナルド。
事件を解決できたので、待望のハンバーガーセット、玲凪の姉である岡本玲香先輩によるご招待だ。
とはいえ、岡本先輩は東京にいるのでここにはおらず、ハンバーガーランチセットのおごりは、玲凪あてにギフトカードのかたちで送られてきた。
というわけで、ここにいるのは玲凪とぼくの二人だけ。
ランチデートのような状態だ。
きょうは土曜日。
学校が休みの日なので、ぼくも玲凪も私服。
私服の玲凪を見るのはこれが初めてだ。
ロックバンドのロゴがプリントされたTシャツの上に、水色地に白縞の長袖シャツ、そして紺のデニム。
シンプルな装いながら、ショートカットですらっと細めの玲凪によく似合っていてかっこよく、可愛い。
ぼくは、この季節のいつもと変わらぬ普段着。
黒のTシャツの上にグレーのスウェットパーカー、ライトブルーのデニム。
しゃれっ気は全然ないと思うが、玲凪は似合うとほめてくれた。
おたがい私服で会うのは、ちょっと照れくさい。
「いかが?
めでたく無事、事件を解決したごほうびとして、姉のおごりでいただくランチセットのお味は!」
玲凪がニヤニヤしながら、いつもどおりに嫌味なほどのそつなさを発揮して言う。
「悪くないな」
ぼくもしゃくなので、いつも以上に冷静な皮肉屋を演じて答えた。
でも、正直に言うと、めちゃめちゃおいしいし、めちゃめちゃうれしい。
「ポテトも食べてよ」
「もちろん。
ポテトは大好物だからな」
「あたしはシェイクも!」
今回、玲凪には本当に助けられた。
彼女の助けがなかったら、解決への道も時間も、もっともっと長かったことだろう。
「……関口さんには予想以上に助けられたな。
捜査上もそうだし、鮎原さん菊池さんへのケアもそうだし……」
玲凪がそこでちょっと不満げな顔をして言った。
「ねえ、もうその『関口さん』って他人行儀だから、やめない?
もうあたしのこと、『玲凪』でいいよ。
そのかわり、あたしも滝浦くんのこと『まことくん』って呼んでいい?」
そうはきはきと言いながら、言ったとたんになんか恥ずかしそうに顔を赤らめている。
なんなんだコイツは。
「……んー、そのこころは?」
「……いや、あの、もう親しい仲じゃん。
いっしょに探偵やって事件解決したし。
それに、できれば、今後もいっしょに探偵、やらない?
学校の中で事件が起こったら、いっしょに解決するの!」
「え、まだやりたいのか。
……物好きだな」
「物好きですよ、あたしは」
自嘲気味にそう言って玲凪は、チーズバーガーを両手に持ったまま、前のめりになってぼくを上目づかいで見据えた。
「だから、ね、
や・ら・な・い?
……まことくん!」
たっはー!
なんだこの爆弾投下!!
恥ず過ぎる……。
でも、まあ、なんというべきか、悪くはない……。
「でもさ、なんでぼくは『まことくん』ってくん付けで、きみのほうは『れな』って呼び捨てなんだよ?」
「まあ、いいじゃん。
『れなさん』とか『れなちゃん』って呼ばれるのは、なんか今いちだし……。
『れな』ってシンプルに呼ばれるのが、語呂がいいっていうか……。
そんな感じ」
「わかったようなわからんような……まあ、わかった。
……玲凪。
これでいいか」
玲凪は呼ばれた瞬間、顔がぽーっと赤くなった。
そして両手の拳をぐーっと握って、顔をテーブルの下に沈み込ませるのかと思うほど下げると叫んだ。
「くーっ!!
やっぱ、ちょっと恥ずかしいね、実際に言われてみると……」
おまえもそうだろうが、やっぱり。
玲凪が顔を上げると、表情はすでに平常にもどっていた。
彼女が続けて言った。
「そうそう、話もどるけど、明美も紗英もすごく感謝してたよ、まことくんに。
犯人捜しだけじゃなく、ここまであたしたちのことも考えて解決してくれるなんて、めちゃめちゃいいやつだって。
玲凪、すっげーいいやつ友だちにしたな、絶対離しちゃだめだよ、ってまで言われちゃってさ、へへ……」
ノロケかよ。
聞かされてるぼくが、そのノロケの相手本人なんだが。
まあ玲凪の親友二人に対するぼくの株が上がったというのは、非常に喜ばしいことではある。
ぼくは玲凪に諭すように言った。
「でもな、探偵、って簡単に言うけど、今回はビギナーズラックみたいなもんだ。
学校の中で起こる事件もいろいろあるし、ぼくたちだけじゃ手に負えないことも出てくると思うぞ」
「まあ、それはそうかもしれないけどさ……。
なんかさ、味を知っちゃったっていうかさ、探偵のおもしろみをわかっちゃったっていう気がするんだよね」
そう言いながら、玲凪はチーズバーガーを頬ばった。
ぼくはあきれながらも、もしかしたら自分もそうなのかもしれない、と感じた。
探偵の仕事には、小さいころから興味があった。
でも、今回、実際にひとつの事件を解決してみて、なんか手ごたえを感じたというのは事実だ。
だから、ぼくは将来、探偵になろうとマジに思い始めてしまっている。
「だいたい、本当の探偵仕事って、どんなんだか知ってるか?
浮気の調査とか、行方不明人の捜査とか、そんな地味なものばかりだ。
小説や映画みたいに、殺人事件の解決なんてのは、法律上できない。
そんなんでも、やりたいと思うのか?」
「え、そうなの?
……じゃあコナンくんとか、ホームズとかポアロさんとか、金田一耕助みたいなのは、現実には無理ってことなの?」
「そうだ。
本物の大手探偵事務所がいくつか、やってる仕事の内容をYouTubeとかインスタで発信してるから、そういうの観てみるといい。
アカウント、あとで教えるよ」
「へえ」
玲凪はそう言うと、少し考えるように首をかしげていたが、やがてこう言った。
「……でもさ、今回の事件もそういう、男と女の仲にまつわる事件だったよね」
ぼくはかぶりついていたえびフィレオから顔を上げた。
「そういえばそうだな」
「今回、ほんと不思議だな、って思った。
どうして、女はしょうもない男を好きになっちゃうのかとか、男もどうして自分に振り向かない女を振り向かせようと、必死の努力を重ねるのか、とかね……。
あたし、自分の親が離婚してるからなのかな、そういうことに興味あるのかも。
……男と女の関係とか、人の性格とか、人の考えることの不思議さとか。
だから、きっと浮気調査でも地味な仕事であっても、全然だいじょうぶな気がする!」
重症だな、この子。
ぼくと同じだ。
「で、まことくんも、こういう仕事でもなりたいわけでしょ、探偵に」
「うん、まあね。
ぼくは地味な裏方が性に合ってるんだよ、きっと」
「じゃあ、いっしょにやろうよ!
……将来はいっしょの大学に入って、卒業したらいっしょに探偵になるの!
最高じゃない?」
頭おかしいのか、コイツは。
まあ全然人のこと言えないけど。
「まずは、とりあえず宮村先生に相談してさ、文芸部内に探偵サークルを作るとか、どう?
『探偵同好会』なら、会員二人でも通るでしょ?
そしたら正々堂々とできるじゃん!!
いいアイディアだと思わない?」
「あのな、れ……」
玲凪の携帯が鳴った。
「もしもし……あ、お姉ちゃん?
うん、うん、そう、今マクドナルドにいる。
おかげさまで、ちょうど今、いただいてますよ、
まことくんもいっしょだよ……あ、いや、まあ、いっしょに事件の捜査した仲だしさ、なんとなく流れで、っていうか……」
岡本先輩か。
わざわざ律儀に電話よこすとか、あいかわらずおせっかいなほど世話好きだな。
「うん……あ、いいよ、代わろうか?
……まことくん、姉」
玲凪がスマホをぼくに差し出した。
ぼくはしぶしぶ電話を代わった。
「はい、滝浦です。ごぶさたしてます。
……ええ、はい、なんとか解決できました。
玲凪に……いや、玲凪さんにとても助けられました、はい」
ぼくの言葉を聞いて玲凪が、また腰に手を当てると胸を張った。
だからやめろって。
今はTシャツだからなおさら胸が目立って、ぼくを刺激するから。
岡本先輩に礼を言って玲凪に電話をもどすと、玲凪が二言三言あいさつをして電話を切った。
ぼくはふと気がついて、玲凪に言った。
「……今、気づいたんだけどさ。
ぼくら、はめられたんじゃね、お姉さんに?
この事件を解決させるという名目で、岡本先輩は玲凪とぼくを会わせて、くっつけようって魂胆だったんだよ、始めから。
……さすが文芸部随一のミステリー小説好きの岡本先輩だけあるな。
自分の妹と探偵志望の後輩を組ませて探偵コンビにするつもりで、きみにぼくを紹介したんだよ、先輩は絶対……」
「え……」
玲凪がぼくを見つめて、みるみる顔を赤くしていった。
唇についたままのハンバーガーのソースが間抜けている。
見るからにしっかりとして優等生然とした玲凪の容貌とのギャップがおかしい。
おい、やめろその表情。
こっちまで恥ずかしくて赤くなるだろ。
……ってなわけで、ここからすべては始まった。
ぼくと玲凪の、凸凹探偵コンビ。
このときにはまさか、思いもしなかったけど。
こんなに長く二人で探偵をやることになるなんて。
そんな二人の、これはしょうもない探偵日記。
これから始まる話は、二人のコント自選傑作集みたいなもんだと思ってくれれば。
そして、もしあなたがこれを読んで楽しんでくれるなら、きっと玲凪もぼくと同じように喜んでくれると思うので、これからもどうぞよろしく。