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1-3 不思議な出会い(3)

 翌日。

 学校の中、休み時間。

 教室でぼくは自分の席の斜め向こうの席にいる関口玲凪(せきぐちれな)に目を向けた。

 

 玲凪もこちらを見た。そしてうなずく。

 ぼくもうなずいた。

 そして、共に席を立って教室を出る。

 

 ぼくは廊下の先を右に曲がって、人のいない階段の踊り場で玲凪に会った。


「最初は……秋野さん、だったよね?」


 玲凪が言う。

 ぼくは答えた。


「うん。

 ……きょう、話できそうかな?」


 玲凪はこぶしを目の前に立てて言った。


「だいじょうぶだと思う!

 必ずきょう中に話を聞くようにするよ」


「お願いするよ。

 ……まあ、きょうは無理なら、別にあしたでも大きな問題はないけどな……」


「いや!

 こういうのは早め早めが肝心です!」


 玲凪はいやに張り切っている。

 はじめての探偵仕事だからか。

 それはそれで頼もしい気はするが。

 

 ぼくは玲凪に言った。


「質問する内容は、きのう打ち合わせたとおり。

 ……OKかな」


「うん!おぼえてるからOK!」


「じゃ、放課後にまた」


「じゃね!」


 ぼくは玲凪と別れて、玲凪が先に教室に戻った。

 ぼくは校舎内をぶらぶら一周してから戻った。

 二人が共同で行動していることが他人に知られないため、いちおう。

 

 授業時間はいつものように過ごした。

 今は数学Ⅰの時間。

 退屈な時間だ。


 ぼくは勉強が好きではない。

 好きな本やマンガを読むことは大好きだし、いつも自分から進んでやってることだけど、教科書とか参考書って、なんでこうつまらないのか。

 わざわざつまらない文章を書いて、つまらない構成にして作り上げられたものって気がする。

 どうしたらこんなくだらないもんを読めて、頭に入れることができるってんだ。

 こんなのをすらすらと頭に入れられる秀才とか、どういう人間なんだ……。


 そういう意味では、玲凪はその「秀才」に分類される子、ということになる。

 別にうらやましいとか、逆に嫌いとかも思わないけど……。

 

 ……でも、玲凪はちょっとちがうな。

 いわゆる「秀才」とか「優等生」ってだけのタイプじゃない。


 なんていうか、一風変わってる。

 あんな子、いない。


 だいたい、ぼくのような人間に興味を持って、初めて会話をしたばかりの状況でこんな頼みごとをしてくる時点でふつうじゃないだろ。

 ……まあ勉強はできるし、クラス内でも行儀はいいというか、模範的と言っていいふるまいの優等生だと思うけど……。

 でも同時に、どこか頭のねじが外れてるんじゃないか、とも思えてくる。

 ってのは言い過ぎか。

 不思議な子、というか。


 なんか相反するものがいろいろ、玲凪の中には同居してるみたいだ。


 ふふっ。

 なんなんだろうな、あいつは。


 思わず手の甲で口を隠して、忍び笑いをしてしまう。

 とにかく、関口玲凪という人間に対する興味が強まってきていることは否定できない。


 はたして、ぼくも彼女と関わりを持ったことで、これからなにかが変わっていくのか、それともさして変わらないのか。

 そのことにも興味がある。


 さて、ぼくは聞き込みをすべて玲凪に丸投げするつもりでいるわけではない。


 玲凪には話してないが、実はぼくもひとりの人間にインタビューをしようと考えているのだ。

 その人間とは、角田郁人(つのだいくと)

 そう、秋野仁美(あきのひとみ)と恋仲にあるという、2年C組のイケメンチャラ男。

 ぼくがこれからすることは、「聞き込み」といういささか物騒な響きを持つ言葉ではなく、あえて「インタビュー」と言わせていただく。


 なぜぼくが、角田にインタビューをしようと思ってるのか。

 それは、彼の人間関係、もう少し具体的に言うと、彼とある人物との関係を確かめたいからだ。

 これは今のところ、ぼくの仮説だから、合ってるかどうか確信はない。

 だから玲凪にではなく、ぼく自身で聞き出したいのだ。


 それと、玲凪が秋野さんに聞き込みしているのと同時進行で、ぼくが角田へのインタビューを済ませておけば、早くて放課後には玲凪とぼくの二人がそれぞれ聞き出した内容を突き合わせて、つじつまの合う点、矛盾点を明らかにすることができる。

 それをとっとと済ませたい、そういう希望もある。


 昼休み。

 ぼくは弁当を早々に済ませて席を立った。

 C組の教室を覗きに行く。

 教室奥の後ろ側、数名のチャラい系男子が騒いでいる一群に、角田はいた。

 よし、いるなら話は早い。

 

 ぼくはC組の教室にすたすたと入っていくと、無表情に、


「角田。

 ちょっと話したいんだが、できる?」


 角田も含め、チャラ男軍団全員が、一瞬静まり返った。

 角田がうっすらとした敵意のような表情を浮かべて答える。


 「……おう、B組の滝浦、だよな?

 なにか用か」


「ちょっと人に頼まれてね。

 ある窃盗事件の調査をしてるんだ」


 角田も、ほかのチャラ男軍団のメンバーも、むっとした表情になった。

 ま、そらそうだよな。

 しょっぱなから人を泥棒呼ばわりみたいな声のかけ方だし。


「……おまえ、おれがその事件に関係してるって言いたいのか」 

 

 ぼくは、できるだけ角田を、いやほかのチャラ男集団も含めて、必要以上に怒らせないように注意しながら冷静な調子を保って言った。


「そんな決めつけはしてない。

 証拠がなににもなければ、問題なしだ。

 単に、その確認をしたい、というだけ」


 角田はしばらく黙っていた。


 周りのチャラ男たちは、


「こんなやつの相手なんかする必要ないぜ、角田!」


とか、


「ふざけやがって。

 オレらにケンカ売ってんのか!」


とか、いろいろ言っているのが聞こえてくる。


 正直、ぼくは心の中ではビビっていた。

 でも、見た目上はなんら動じていないフリをして、そこに立ち続けた。

 ただ角田を真っすぐに見つめたまま。

 こんなふうに、心の中は震え上がっているチキンな自分を隠して、何事にもまったく動じていないように見せるフリは、ぼくの小さいときから無数に重ねた経験によって鍛えられた得意技だ。


「……わかった。

 話、受けようじゃないか」


 角田の周囲のやつらは、おい角田、やめとけよ、とか、相手にすんなよ、とか口々に騒いでいたが、角田は右の手を、すっ、と斜め下に掲げて彼らを制した。

 みなが、しん、となった。


 ぼくと角田は、無言で教室を後にすると階段へと歩いた。


「どこがいい?」


 角田が聞いたので、ぼくは答えた。


「そうだな……ふつうなら校庭の裏とか、ってとこだけど……。

 ……グラウンドの端っことか、どうだ?」


「かまわんが、そんな目立つ所でいいのか?」


「校庭の裏とかだと、かえって怪しい雰囲気が増すだけだ。

 おたがい、やましいことはないってことをみんなに示す意味で、みんなから見えるところで話すほうがいいかと思って。

 もちろん、周りに他人がいないところというのが前提だ。

 会話の内容を他人に聞かれるのは、いやだろ?」


「……滝浦、おまえ、意外に頭が回るな。

 いろいろ考えてるというわけか」


「そこだけが取り柄なんでね」


 ぼくと角田は、グラウンドの校舎からいちばん奥の右端、野球場として使われるエリアの端に当たる柵の前にやって来た。

 当然、放課後にはたいていの時間、野球部がここを使っている。

 しかし、今はだれもいない。

 この時間帯は、ここが使われていることがほとんどないことを知っていた。

 だから、ここを提案したわけだ。


「……さて、おれに聞きたいことは?」


 角田がぼくに言った。

 余裕を持ったふうに見せようとしているが、足のつま先をグラウンドの土にめり込ませてほじくり返すようにしたり、しきりに髪に指を手櫛のように入れてかくようなしぐさを見せたり、落ち着きがない。


 ぼくは角田に尋ねた。


菊池紗英(きくちさえ)のキーホルダー紛失事件のことは知ってるだろ」


 角田は無表情な様子で、自分には特に関係のない話を聞いたかのように答えた。


「ああ。

 菊池が鮎原(あゆはら)とだいぶもめてたようだったのを目撃したからな。

 あれは何人ものやつが見てるだろ」

 

「そうらしいな。

 ぼくは見てなかったんで、その騒ぎようは知らなかったんだけどな。

 ……で、この紛失事件、依頼人から経緯をある程度聞いたんだけど、ぼくはこれ、ただの紛失事件ではないと思う。

 つまり、菊池がうっかり落としたとか自分で失くしたのではない。

 計画的な窃盗だと思うわけだ」


 角田はまだ無表情のまま黙っている。

 訝し気な表情だ。


 単刀直入に入ったほうがいいだろう、とぼくは判断した。


「で、こう考えてる。

 秋野仁美に菊池のキーホルダーを盗ませたの、おまえだろ」


 角田は一瞬、凍り付いたように動きを止めた。

 ぼくは話を続けた。


「いや、先生にチクろうとか、そんなことを考えてるわけじゃない。

 ぼくに依頼されてることは、以下の二つを明らかにすることだ。


 1、キーホルダーを盗んだ真犯人はだれか。

 これは計画した人間と実行犯が別ということもあり得る。その場合はその両方だ。

 2、そして、その目的はなにか。


 それさえできればいい。依頼人もそう言ってくれてる。

 つまり補足して言うと、真実は関係者以外の他人には口外しない、ってことを条件次第では呑んでもいい。

 ……ってことで、ぼくが知りたいのはおまえがなぜキーホルダーを秋野に盗ませたのか、その理由だ」


 角田は下を向いて、地面の土をじっと見つめた。

 頬も少し紅潮しているようだ。


「……おれが秋野に盗ませたって、どうして思ってる」


 ぼくは静かに言った。


「おまえと秋野が付き合ってるって聞いたんだ。

 ぼくは知らなかったけど、知ってる人間は多いみたいだな。

 それを聞いて、ピンときた」


 角田は、ふーっ、とため息をついた。


「ほかに理由は?」


 角田の顔色は紅潮から青白く変わっていた。

 怒りをこらえているようにも、恐怖に耐え忍んでいるようにも見える。


「……おまえ、中学校、高光啓(たかみつけい)と同じだったらしいな。

 クラスも2年、3年と同じだったとか」


「……それがなんだ」


「つまり、おまえは高光と仲がよかった、もしくは近い関係にあったんだろ。

 ……高光がなにか頼みごとをしてきたとすれば、それを引き受けざるを得ないような関係にあった、ということだ」


 角田は、顔を上げるとぼくをじっと睨みつけてきた。

 怖くないと言ったらうそになる。

 しかし、ぼくは自分が持ち駒を握っているという自信があった。


 ぼくは角田に話を続けた。


「高光が、おまえに菊池のキーホルダーを盗ってこい、と頼んだのだろ?

 理由は、菊池と鮎原を仲たがいさせるため。


 しかし、だれにも怪しまれずにキーホルダーを盗み出すタイミングといえば、体育の時間しかない。

 しかも、教室が空とはいえ、昼休み前で廊下に他のクラスの生徒もよく通るこの時間帯に、他クラスの男子であるおまえがだれにも怪しまれずにB組の教室に入り込むのは不可能だ。

 だから、B組に所属しているおまえの彼女、秋野仁美に、菊池のキーホルダーを盗ってくるよう命じた。

 ……そうぼくは推理するが、どうだろう?」


 角田は、ぼくを見つめて黙ったままだ。

 でも、両手が細かく震えている。


「……滝浦、なんでおれがそんなことをする理由があると思ってる?」


 ぼくは、周囲を見回した。

 だれもいないことを確かめてから、空を見上げて、すーっ、と息を吸った。


「それはだな、高光はおまえをパシリのように扱っている。

 だから、おまえは高光の言うことに逆らえない」


 角田は黙っていた。

 このことを彼に直接言うのは残酷なことだ。

 できれば避けたかった。

 でも、この事件の解決のためには、言わなきゃならない。


「角田、おまえは中学のとき、高光にいじめられてたんだろ。

 そして、高光の言うことならなんでも聞くことで、いじめられることを回避しようとした。

 ……だから、今回のことも、高光の命令だよな?」


 下を向いて手を震わせていた角田は、そのとき突然、わっ、と声を上げたかと思うと、すごい勢いでぼくと反対側に走り出した。

 そして、そのまま校舎のほうへと逃げ去って行った。


 ふう。

 ま、こうなるのも想定内だ。


 昼休み時間が終わる5分前に、なんとか帰って来ることができた。

 玲凪があたふたとぼくのもとに駆けて来た。

 ぼくが角田といっしょに出て行ったことを聞いたのだろう。


「……だいじょうぶだったの?

 角田くんとグラウンドのほうに行った、って聞いたから、びっくりしちゃって……」


 ぼくはできるだけ平静を装って答えた。


「まあね。

 角田にちょっとしたインタビューをしてきた。

 収穫はあったよ。70%くらいだけど」


 ぼくがそう言うと、玲凪は驚いたように、


「え!そうなの?

 なんで同時に角田くん?

 まだ事件に関係ある証拠もなにもないでしょ?」


と声を上げた。

 そりゃそうだ。無理もない。


「……これはぼくの見立てだけど、角田と秋野は、今回の事件に絶対かかわっていると思うんだ」


「え、なんで?」


 玲凪は疑問に満ちた顔でそう尋ねてくる。


「……なんでかって?

 ……それは、そのうち必ずわかる」


「えー、なにそれー。

 教えてよ!」


 玲凪は不満げに食い下がった。


「まあそれは、午後の授業が終わってから」


「えーずるい!

 気になるなあ」


 気になっとけ。

 玲凪に今、話すには、時間が短すぎる。


 玲凪が思い出したように言った。


「あ、そうそう!

 秋野さんに、ちょっとだけ話聞けたよ。

 続きは放課後にまた会ってするから。

 ……収穫ありそう!」


「そうか、よかった」


 玲凪の仕事ぶりも楽しみにしよう。


 午後の始業のチャイムが鳴った。


「じゃあ、また放課後に!」


 玲凪は声を落とし気味に、ぼくに小さく手を振った。

 その可愛らしい様子に、ぼくは思わず微笑してしまう。


 二人は離れて自分の席に戻り、それぞれふつうに午後の授業を受けた。

 

 さて。

 玲凪がこれから秋野に聞いてくれる内容が、どうなるかだ。

 そう思いながら向こうの机にいる玲凪を見ると、玲凪と目が合った。

 

 おい、見るな。


 玲凪はぼくに親指を立てて、グッ、とサインしてきた。

 なんだコイツ……。

 ぼくはまた、やっとの思いで笑いをこらえた。

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