後処理
「書士の具合はどうですか?」
大ぶりの字柄を腰の吾妻袋にしまいながら館浦がよみねに尋ねる。館浦は三十二歳の闘書士だ。今の位階は鋭だが、実質もう突に近いと言われている。よみねも何度か一緒に仕事をしたことがあった。
「‥少し、時間はかかりそうですがおそらく治せそうです。‥随分無茶をしたようですから」
館浦は黒く瘴気に灼かれた辺り一帯を見回した。
「確かに、この様子ではかなりの数の異生物が発生していたようですね。通報の時には、小さい個体が十体未満という報告だったようなのですが、書士が現着するまでに増えたのか‥」
そこへ封書士である浦岑もやってきた。浦岑は三十五歳、環の封書士である。書士歴が十五年以上あるベテランであるにもかかわらず、位階が未だ環に留まっているのは、彼が家族を優先して昇段試験を受けていないからだ。腕はかなりいい。
浦岑は真秀の身体の様子を見ていたようだ。
「観音寺、あの封書士は‥『混じり合い』か?」
少し戸惑いながらそう尋ねてきた浦岑に、仕方なくよみねは頷いてみせた。ため息をつきながら説明をする。
「私も詳しく事情を聞いているわけではありませんが、十年以上『混じって』いるようです」
浦岑が目を瞠った。
「そんなに長く‥それで普段は書士として普通に動けていた、と‥?」
「そのようです。彼はどうでしたか?」
よみねに問い返され、浦岑は目を倒れている真秀の方に向けた。
「一応、保護の封字陣で包んでおいたが、おそらく外傷はない。彼を包んでいる白い光は少しずつ弱まっていっているようだからそのうち消えるだろう。その正体が掴めないままだが‥」
よみねは息を一つ吐いて俯いた。とりあえず身体が無事ならそれでいい。精神の方にダメージがあるかもしれないが、今はそれを測ることはできない。
書士の二人から意識を離し、読真の身体へ再び祈念を向ける。熱傷の数がとにかく多い。読真の身体全てを癒すには、まだ時間がかかるだろう。
「よみね!まだ終わらねえか?!」
辺りを検分していたシダが遠くからそう叫んだ。
「移動しながら癒字を書くわ!このまま車に乗せて!」
ここには対異生物特務庁の車両四台で来ている。そのうちの移動用車両に、まだ意識の戻らない二人を乗せた。闘封の二人は、瘴気の取りこぼしがないか最終チェックをして、別の車両に乗り込んだ。
「すまねえが他にも救援要請が来てる。一番近い医療施設でお前たちを降ろして別れることになる」
「大丈夫」
シダの言葉によみねは頷いた。同行していた闘封の二人も、ここからまた別の現場へ向かう予定であることを聞いている。
シダがぐしゃぐしゃと頭を掻きながら呟いた。
「闘封二人だけでの封殺には無理があるぜ・・しかもこんな人のいないところなんてよぉ」
よみねは読真の身体に祈念を込めながら、低い声で応えた。
「仕方ないわよ‥異常事態なんだから。こんな異生物の発生なんて、数もパターンも今までなかったものだし」
シダはガン、と後頭部を車両の壁にぶつけた。
「何が起きてんのか、わからねえのがな‥」
よみねは黙って、祈念を続けた。
頭が酷く痛む。
重い瞼を少し開けると、目の前に誰かがいるように見えた。
「流文字、気がついたの?」
顔の前には、よみねの心配そうな顔があった。
「観、音寺‥」
身体を起こそうとするが、全く思うように動かない。よみねが動くなというように手で制した。
「ああ、まだ動けないと思うわ。あんたの身体の力はほとんど癒字で使っちゃったから」
「癒字‥?」
まだ頭がすっきりしない。自分は何をしていたのだったか。
「‥‥真秀!」
がばりと読真は跳ね起きた。反動で頭がぐらりとかしぐ。ギリギリと絞めつけるような痛みで身体が重い。
「真秀、‥字通は、無事で、すか?」
何とか言葉を絞り出す。よみねは頷きながら読真の背中に手を添えて、横になるよう促した。
「とりあえず無事と言えるわね。身体に外傷はないの。まだ意識は戻ってないけど」
「外傷、が、ない‥?」
読真の脳裏に、身体の半分以上を赤黒く灼け爛れさせた真秀の姿がよぎった。あれだけあれだけの外傷が、なかったことになっている‥?
「今は、何時ですか‥?」
よみねに促されるまま、横になった読真はそう尋ねた。よみねは軽く首を振って答える。
「心配しないで、そんなに時間は経ってない。あんたが救援信号を出してから‥そうね、四時間くらいかな。だから字通のこともまだそんなに心配しなくていいわ」
そこまで時間が経過していないことを聞き、とりあえずホッとする。急に体が重くなったような気がした。
「俺の、身体‥は。どうなって‥?」
よみねがにやりと笑った。
「あたしが癒してあげたわよ。ただし、あんたの傷を治すのに使えるのはあんたの体力だからね。根こそぎいただいてるから随分身体が重いはずよ。‥そうね、丸一日は寝てた方がいいわね」
「封殺、は」
「とっくに鋭環の闘封が片付けていったわ。心配いらないわよ」
その言葉を聞いて、心底安堵した。重い瞼が目にかぶさってくる。
よみねが読真の身体に布団をかけてやりながら尋ねた。
「通報時には異生物は小型が十体以下、ってことだったみたいだけど‥実際にはどのくらいいたの?」
藤間は目をつぶったまま答える。
「数、は、わかりません‥半径で言うと、およそ三百メートルくらい、の範囲に、広く存在していました」
長く話すとどっと疲れる。息を荒く吐きながら答える読真に、よみねが気まずそうな顔をした。
「ごめん、話すと体力使うわね‥もう寝なさい」
その言葉が合図であったかのように、読真は深い眠りに吸い込まれていった。
まほろ
「何‥?」
まほろごめん
「何、が‥?」
まほろいたい
「痛く、ねえよ‥」
まほろいたいだった
「痛く、ねえ、って‥」
もっとつよい いい
「あ?何だ‥?何、言って」
もっと つよい ほしい
もっと まほろ いたいない
「ああ‥鍛錬して‥強く、なんねえ、とな‥」
まほろとってごめん
まほろいきる
いきるできる
「ああ?‥何言ってっか、わかん、ねえ‥」
まほろ
「だぁから、何、だよ、って‥」
まほろ
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