錬地5号にて 1
そんな読真の思いを知ってか知らずか、真秀はせっせと封字紙を書いている。闘筆の穂先をぐっと噛むように舐め、祈念しながら封字を書いていく。想像していたより繊細で細い字体だ。額にふつふつと小さな汗を浮かべながら書いている。書き終わり陣の形に整えてもう一度祈念する。ふわっと封字紙が小さく光り、少しだけ空に浮く。そしてすぐに床に落ちた。それを取り上げて「よし、一枚」と小さく呟くのを聞き、読真は真秀の腕を掴んだ。まだ闘筆を握っている。
「もうやめてください。それ以上はこれからの鍛錬に支障が出ます。‥そこまで体力があるわけではなさそうですし」
そう伝えてから腕を離した。真秀は、え、と少し躊躇うそぶりを見せる。
「でも、何かここの方が困ってたようだったけど‥」
「本当に困っているならきちんと申請を出して書字士会に頼めばいいんです。‥‥あなたは上手く使われているんですよ。一枚でも書いてあげれば上等だ」
掲示板は一分前を示し、赤く点滅し始めた。
「さあ、鍛錬が始まります。‥準備はいいですか?」
真秀は起き上がり、身体にかけていた弓字幹を左手に持ち替えた。
「大丈夫だ!」
「では闘筆を持って。‥入ります」
ピ、と無機質な音とともに目の前の扉が開いた。
扉の向こうは開けた荒れ地になっている。ところどころに壊れかかった廃屋があり、またあちこちの地面が隆起して小高い丘になってもいる。場所によっては木々が茂っているところや草が丈高く映えているところもある。
ぱっと見では敷地の囲いが見えないほどには広い。
平らなところを選んでさくさくと進みながら真秀に声をかける。
「今回は衛門という酷似次元異生物が出てきます。かなりの高次異生物です。低次異生物を使役して変化させ襲ってくると思います」
「そうなんだ‥」
気後れすることなくすたすたと読真の後についてくる真秀。読真はぴた、と立ち止まり、真秀の方を向いて少し低いところにあるその顔を見つめた。
「研修闘で何体倒しましたか?」
「え」
「疑似異生物、何体封殺した?」
真っ直ぐ問われ、素直に答える。
「三体」
「封字昇結までかかった時間は全部でどれくらい?」
「…一時間」
その数字を聞いて少し読真は眉を開いた。悪くない数字だ。
「期待しています」
「‥ありがとう」
そしてまた歩き出す。
そこへ異生物が襲ってきた。
やってきたのは大型犬ほどの大きさの異生物だ。ここにいる異生物は、対異生物特務庁の研究所が作り出した疑似異生物か、酷似次元異生物の作り出した異生物である。ただ見た目は何も異生物と変わらない。黒や灰色、茶色などの入り混じったような淀んだ色合いが身体の中でゆらゆら動いているところもそのままだ。
大型犬ほどの異生物は、そのまま四つ足で犬のようなもの、二本足のダチョウのようなもの、ムカデのように数え切れぬほどの触手のような足をざわざわ動かしているものなど様々だ。それらはあっという間に読真と真秀を取り囲んだ。その数、五体。
読真は闘筆を取り出しながら真秀に問いかけた。
「さて、どうしますか?」
問われた真秀は、五体もの異生物に囲まれたことで多少顔色を悪くはしているがしっかりと闘筆を構えている。
「えーと!‥ちょっと大きな陣を書く!」
「‥この後も長くなると思いますが‥体力は大丈夫ですか?」
そう問われて真秀が返した言葉に、読真は少し驚いた。
「今日は初めてだから、無理をしてみる!読真がフォローしてくれるんだよな?」
そういうなり、ぐっと闘筆を噛んで封字を書き始めた。封字が長い。本当に大きな陣を書くつもりのようだ。‥このように全面的に信頼されて後ろを任されたのは、初めてのことだった。
「では‥俺も行きますか」
そう言って読真も闘字を書き始めた。小さな闘字を五つ書き出す。
「動制!」
五つの文字がゆらりと揺らめくのを見て祈念する。そして手を異生物の方へかざし、闘字を投げつけるように振った。しゅっと闘字はほどけて白い縄のようになり、しゅるしゅると異生物の方へ伸びていく。四体はその闘字にからめとられたが、ダチョウのような異生物は高く飛んで闘字を躱した。
「くそ」
四体をからめとっている闘字へ祈念し、気力を載せて縛る。そしてダチョウのような異生物に向き合おうとした時、異生物が大きな木の枝に一度着地してそこを足場に飛びかかってきた。斜め後ろから飛びかかってくる異生物を身体をひねって躱す。そのままもう一度闘字を書く。
「鎮動遅速!」
少し大きく書かれた闘字がふわりと浮かんだ時に合わせて素早く祈念する。その間も左手では縛り上げている四体の異生物への祈念を忘れない。右手に載った気力とともにダチョウ型へ闘字を放った。ダチョウ型もまた素早くジャンプして躱そうとしたが、片足がひっかかって地に倒れた。その横に走り寄って読真は思い切りダチョウ型を他の四体の異生物の方へ蹴り飛ばす。見た目よりも重い感触があり、足に負担がかかった。‥先日、異生物に斬られた方の足だった。
「チッ」
すぐさま軸足を変え、反対の足でもう一度蹴り飛ばす。ダチョウ型が他の四体の異生物の傍に転がった。
五体分の闘字をギリギリ縛り上げ、左手で祈念しながらまた闘字を書く。まだ異生物は弱ってはいない。ただ動きを鈍らせただけだ。少しでも異生物の体力を削っておかなければうまく封殺できない。
「削体玉緒!」
かなり大きく書かれた闘字は、空に浮かんでぐわっと光った。すかさず字柄を取り出して身刀を形成する。字柄の上にぼんやりと光る白い刀身が浮かび上がった。
左手で異生物を縛る闘字に祈念しながら右手で字柄身刀を握って大上段に振りかぶる。五体全体を斬り裂くつもりだった。その時、
「読真!」
ひゅんっ!と読真の横を矢が奔り抜けた。はっとしてみれば、読真の2㎡程後ろにまで別の異生物が迫ってきていた。身矢を受けた異生物はごろごろと呻きながら苦しんでいるようだ。
振り返れば、真秀が封字陣を書きながら途中で別の封字を書き、身矢にのせたようだった。矢を放ったばかりの姿勢でまだこちらに弓を構えている。
それだけ確認すると、まず目前の五体に大きく斬りかかり全体を斬り裂いた。五体はそれぞれ身体に深い傷を受けてごろごろと転がり呻いている。読真はすぐさまもう一度闘字を書き、身刀を形成した。
「削体玉緒!」
浮かび出た身刀を構え地を蹴って後ろに転がっている異生物の方へ飛んだ。そして上から大きく斬りかかる。ざくう、と手ごたえがあり、しゅうしゅうと気持ち悪い音を立てながら異生物がのたうち回る。ついでにもう一つ闘字を書き、それでその異生物を縛る。合わせて六体の異生物を闘字で縛り、祈念し続ける。かなり体力を使う。額に汗がふつふつと浮かんできた。
ぐぐ、と闘字を引き締めて異生物を抑え込む。その間、弓を身体にひっかけて闘筆でどんどん封字を綴りながら、真秀は陣を書いていた。
「字通!あとどれくらいですか!」
「3分!」
すぐさま返ってきた答えに瞠目する。‥この大きさを?‥‥しかも先ほど読真を助けるために別の封字を書いたはずだ。そのブランクもあるのにあと3分で陣を完成させると言っているのか。
転がり呻いていた異生物たちが、少しずつ力を取り戻して来ている。縛り上げた闘字が少しずつほどけようとしている。あと、たった3分。ここで持ちこたえない訳にはいかない。
読真は左手にひときわ大きく祈念してから右手で闘字を書き始めた。六体、一度にダメージを与えるものがいい。
「鋼網削刃線!」
大きく書かれた闘字は、少し歪んでしまった。だが、とにかく3分を持ちこたえるためにそのまま構わず祈念して身刀を形成する。先ほどより、刀身の太いものが出来上がった。大業物だ。
字柄身刀を構え、左手に縛っていた闘字を今一度ぐっと引き締める。六体の異生物をまとめて斬るために、その身体を寄せたのだ。左手の祈念をしながらも身刀に気力を載せ、真横から切り裂くようにして異生物を薙ぎ払った。
じゃくっ!という鈍い音とともに異生物たちの身体が切り裂かれた。が。同時にほどけかかっていた闘字が完全にばらけた。
傷つけられ、呻き苦しんでいる異生物たちのうち、四体は読真に襲いかかろうとし、二体は真秀の方へ走り寄った。舌打ちしながら読真は「動制!」「鋼網削刃線!」と立て続けに闘字を書いた。が、その瞬間に真秀の声が朗々と響き渡った。
「封字昇結!」
何、と足元を見れば、かなり大きな陣が完成して光り始めている。ギリギリ六体全部が陣の上に載っていた。
読真と真秀の目が合った。
「「闘封!」」
陣が恐ろしくまばゆい光を放って輝き始める。大きな光の柱がぶおおっと立ち上がる中で異生物が全て捉えられた。それを確認した真秀が叫ぶ。
「封殺!」
ふぉおおん!という音とともに異生物は全て消え去った。
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