東京都郊外での封殺 5
読真が渾身の力で引きずり出した黒い異生物らしき膜が、勢い余って真秀の身体から剥がれそのままぶわりと空に広がった。とはいえ、細い線のようなもので未だ真秀の身体とはつながっている。
ただ、空中に広がった黒い膜が、結果的に読真に降りかかろうとしていた白い網をはじく形となった。シュウシュウと鈍い音を立てて白い網は霧散し、合体異生物が少し離れた場所でその身体を震わせている。
白い網を霧散させた黒い膜は、しゅわっ!という音とともに読真の目の前から消えた。
(真、秀の、身体から、抜けた‥?)
全身の痛みをこらえながら、ゆっくりと身体を動かし、真秀の方を見れば、
真秀の身体全体が白く光っていた。その輪郭も薄っすらとしか見えなくなっている。
「真秀、」
どうなっているのか、よろりと足を一臂踏み出した時、そこから低い声が聞こえた。
「‥封字‥昇結‥」
「真秀!」
「‥昇結だ、読真」
はっきりと、低い声だが真秀の声が聞こえる。ほっと安堵しながら、読真は体内の祈念を練り上げた。
「闘封!」
読真の祈念を受けて真秀が封字陣に念を込めるのがわかった。
「封殺!!」
ふおおおん!という、大きな音がして、辺り一帯を埋め尽くしていた異生物がふっとかき消えた。
そして、読真の目の前でどさりと真秀が倒れた。
「真秀!」
駆け寄ろうとした読真の足も、その時ぐらりと揺れた。
全身を、耐え難い痛みが襲ってくる。鎮痛剤の効き目が切れたのだろうか。
「く、そ、‥っ」
全身を刃物が駆け巡るような痛みが襲ってくる。指一本でさえ、動かせる気がしない。
だが、ここにいる異生物は全て封殺されたわけではない。まだ向こう側にもっと数がいるはずだ。
‥しかし、封書士がいなくては封殺もできない。
このままでは二人とも異生物に呑まれて死ぬしかなくなってしまう。
それを避けるならば、
禁じ手を使うしか、方法がない。
ぐぐっと歯を食いしばりながら、何とか身体の向きを変えた。今封殺した範囲の向こう側‥真秀は半径百メートルはいける、と言っていた。確かに、そのくらい向こうまでは地面も見え、異生物の姿は見えない。だが、その向こう側にはまだ異生物が蠢いているように見える。
今上空から見れば、読真と真秀がいる場所を中心として円状に封殺がされた状態だろう。その縁の外側にいる異生物たちが、封殺の残滓が消えたらすぐそこに入り込んできて、読真たちを襲うに違いない。
読真は、倒れている真秀を見た。ここからでは動いて息をしているかどうかまで確認できない。‥だが、もし生きているなら異生物に襲わせるわけにはいかない。
全身を奔る痛みを、奥歯を噛みしめてぐっとこらえる。深く息を吐いて、祈念を整えた。刀身が消えた字柄の、小さな刃をぐっと押し当て、左の掌を深く横一文字に斬り裂いた。じゅわりと血が滲んでくる。
足りない。
読真は、もう一度字柄を掴んで左の掌をぐいっと斬り裂く。先ほどの傷に対して直角になるように斬った。
だらだらと血が流れ、左の掌に溜まる。字柄を口に咥え、闘筆にたっぷりと血を吸わせた。穂先の根元まで真っ赤に血で染め上げられる。
頭が割れるように痛む。だが、精神力の全てを注ぎ込んで、この闘封字を書かねばならない。
闘書士が唯一、その生涯で一度だけ使えると言われる封字。
禁じ手の闘封字だ。
全身に祈念を巡らせ、自分の身体の力を全部振り絞るようにイメージを固めていく。
「‥換、」
読真の目の前に、深紅の文字が書かれていく。腕が大きく振れないので書かれる闘封字は小さいはずだが、空に書かれた瞬間、ぶわんと大きくなって浮かび上がる。
「対、」
ぶわっと深紅の闘封字がまた大きく浮かび上がった時、遠くから悲鳴のような声が聞こえた。
「やめなさい、流文字!!」
巡らせていた祈念がふっと途切れ、精神が緩むのを感じた。
誰だ、邪魔をして、これではまた祈念を練り上げるのに時間がかかってしまう、真秀が、m秀を早く助けなければ死んでしまうかもしれないのに
‥誰、だ?
そこで初めて、誰か人がいる、と認識できた読真は、霞む目を凝らして声のした方を見た。
対異生物特務庁の隊服を着ている集団が見える。何人か、対異生物特務庁ではない人影も見えた。
ああ、救援信号が、届いたのだ。
そう思い至った瞬間、脚の力ががくりと抜けて読真はその場に頽れた。意識が少しずつ薄らいでいく。張りつめていた緊張の糸が切れ、身体と精神が限界を迎えたのだ。もう目も開けられない。頭が重く、何も考えることはできなかった。
「流文字!字通!」
よみねは二人の名を叫びながらその傍に駆け寄った。読真は身体中を瘴気に灼かれており、あちこちに酷い状態の熱傷が見える。唇をぎゅっと噛んで、すぐに少し離れた真秀の傍にも寄ってみた。
真秀は不思議な状態だった。身体にまとっている対異生物特務庁のつなぎ自体は、左半分が灼けたようにちぎれていて無くなっている。だが、真秀の身体全体を白っぽい光が包んでいて、その状態で見る限り、真秀には特に目立った傷は見られなかった。
その状態を確認して、とりあえずよみねは読真の方に引き返す。見た目だけなら明らかに読真が重傷だった。
よみねが読真の身体に癒字を書き、その傷を癒している間に、対異生物特務庁の隊員と闘封書士が残った異生物の処理と封殺に当たった。この異生物も通常攻撃が効くタイプのものだったので、対異生物特務庁のチームがエネルギーを削ぎ、闘封書士が封殺をする。
何度かの連携で完全に異生物が封殺され、少しずつ瘴気が拂われていった。
「よみね、読真はどうだ」
やってきた対異生物特務庁のチームはシダのものだった。シダは心配そうな顔で読真の身体の状態を見た。
「酷いけど‥内部の臓器にまでは到達してないから時間をかければ癒せるわ。ぱっと見、字通の方は大丈夫そうに見えるんだけど、あの隊服の感じからすると一度は大きなダメージを受けてるはずよ」
シダは頭を掻きながら真秀の方を眺めやった。
「うーん‥まだあいつ光ってるなあ‥こういうのは、見たことがないから判断がつかんな」
そこへ闘封書士の二人がやってきた。ともに下から二番目の鋭環の組だ。闘書士、鋭の館浦藍佳、封書士、環の浦岑海の二人だ。ともに書士歴十年以上のベテランである。
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