21、溶け込む
新展開に向けて改訂作業中です。読みづらい箇所がありましたら申し訳ございません。
そして同じ頃、再び安西に呼び出された二人は、また小さな会議室にいた。安西は遅れてやってきて、有名珈琲店の袋に入った珈琲を二人の前に置いてくれた。
「お二人とも、この三か月随分頑張ったみたいですね」
にこ、と笑う安西に二人は何といえばいいかわからず、揃って珈琲を口に運んだ。その様子を見て安西はまたふふっと笑った。
「観音寺が何か言ったみたいですが‥まあ、あまり気にしなくていいですよ。あの子はちょっと、口が悪くて厳しいところがありますから。あの子がしょってる事情も事情だからなかなか責めることはできないんですが」
そう言って安西は自分も珈琲を飲んだ。そして持ってきた書類を机の上に広げた。
「あなた方は、今のところ書字士会から出向で対異生物特務庁に所属している形にしてあります。だからうちのチームに参加してもらう。参加するチームは二つ。チームはそれぞれ単独で行動するけど、異生物が大型だったり厄介な時だけあなた方に参加してもらうという形になります」
そう言いながら安西は、そのチームの所属らしき人物ファイルをてきぱきと机の上に並べていく。一チームは四人で組まれているようで、安西は四人ずつのファイルと別に一人のファイルをきれいに並べた。
「まずは第六チーム。本名は明かしませんが、隊員はこちらです。シダは訓練で一緒でしたね」
並べられたファイルを見れば
第六隊長にシダ、他にレン、キョウ、ソネとある。
「え、シダさん隊長?」
「新人じゃなかったんですね‥」
声を上げた二人に安西は悪戯っぽく笑った。
「まあね。あなたたちの資質を見極めたい、って言ってた人にはこっそり新人訓練に加わってもらったの。シダの経歴はあなた方が聞いた事と変わりないわ。それから第九チームはこっち」
並べられたファイルには
第九隊長にツメ、他にシン、クウ、サキとある。
「ツメさんもか‥」
「ツメは今回、初めての隊長なの。昇進したばかりだけど周りを見る力には長けていると思うわ。ツメもあなた方を見たいと言ってきたから訓練に参加させたのよ」
三か月の間、二人の隊長に見極められていたということだ。今さらながらに二人は背中に嫌なものが走るのを感じた。
「そしてこっちは、もう今更かしらね」
そう言って差し出したファイルに載っていたのは、観音寺よみね。
「基本的にはあなた方と一緒に行動してもらうわ。だからチームとしては六人で動いてもらうことになる。あなたたち用の装備品も今日支給されるはずだから」
そう言って安西は二人の顔を交互に見つめた。
「何か質問でもあるかしら?」
「出動の時は携帯で連絡が来るんですか?」
「そう。対異生物特務庁から専用のモバイルも支給します。腕時計型だから」
林檎時計的なやつか。ちょっとかっこいいかも、と真秀はこっそり思った。読真は重ねて質問をした。
「現場での判断や指揮系統は全部隊長に任せる形ですか?」
「基本的には隊長に従ってもらうけど、封殺に関してはあなた達の方が判断できることもあるでしょうから、現場に合わせて打合せしてもらう形になるでしょうね。瞬時の判断力が試されるわよ。‥‥うちのメンバーに、大けがを負わせてほしくないしね」
最後の方は安西からは聞いたことのないような低い声が出て、念を押すようにちらりと目を見られた。
衛門は久しぶりにしっかりと自分の次元に出現した。それでも衛門の次元はかなり読真たちの次元と重なっており、自分たちの次元と認識していてもあちこちに酷似次元のものが見える。
精神体をふわりと漂わせ思考の波の中を揺蕩っていると、ふと大きい精神波を感じた。そちらへ注意を向けると、酷似次元での仮の姿のまま佇んでいるものがいた。
<中将>
精神波を飛ばせば、中将は仮の姿のままふっとこちらを見た。
仮の姿の中将は、美しい女の姿をしている。長く美しい黒髪を緩く後ろで束ね、桜色の小袖を纏った姿だ。顔も美しく整っているが、その目は何を映しているかわからないほど昏い。精神体としての中将の生は長く、いつから存在しているのか衛門にもわからないほどだ。自分たちの次元にいるのに、なぜ仮の姿のままで存在しているのだろうか。この次元で物質体を保持するのには随分なエネルギーを消費する。
<中将、どうしたそんな姿で。‥何を思っている?>
中将は、衛門の精神波を捉えているようだったが、それには答えなかった。この百年ばかり中将はいつもこのような様子で、衛門は不審に思っていた。
だが、このところ手に入った情報を考えているとよくない方の結果に結びついてしまう。それを中将に確認しなくてはと思っていたのだが、なかなか中将の精神波を捉えることができなかったのだ。
中将はふいっと精神体の衛門から注意を反らした。何の応えもない。衛門は少し精神波を強めた。
<中将>
<‥もう、その名で呼ばれ慣れてしもうたわ>
ようやく中将から精神波が返ってきた。何やら疲れたような、投げやりな答えだった。
<‥‥真の名を忘れたのか>
<忘れたな。何者がそれをつけたのか、それすらも忘れた。吾は中将でしかない。衛門よ、お前は真の名を覚えているのか>
衛門は沈黙した。名とは呼ばれて初めて意味を持つものだ。精神体で存在する衛門たちを、名で呼ぶモノなどほとんどいない。
呼ばれるのは、およそ千年ほども前に名付けられた「衛門」という名だけ。
沈黙している衛門に、中将はその美しい顔を向けて疲れたように嗤った。
<我らは名も持たず、思考の波に漂って存在する‥何のために存在するのだろうな?衛門>
中将は長い黒髪を自分の手でもてあそんだ。さらさらと髪が空に舞う。
<‥‥この次元に存在することに、意義はあるのか?こんなに近い次元に生きる者たちは、日々生き生きと様々な感情を持って揺れ動いているというのに>
衛門たちの次元に生きる精神体たちは、深い思考に耽ることを生きる目的としており是としている。そういった者たちからすると、酷似次元へ赴きましてや物質体を作り出してその中に精神を潜らせるなど、信じがたい愚行であるとされるのだ。
<‥‥中将、何を思っている>
中将は衛門に話しているのではなく、ただ自分の思いを吐き出して整理しているだけのように見えた。
だが、その精神波は決して正常でも健全でもない。どんどんと何か淀んだものが澱となって重なっていくような、そんな波だ。
中将は仮の姿をほどいた。ふわりと大きな精神体になって空に浮かぶ。その形の波を久しぶりに受けて、衛門は中将の精神の強さを改めて感じた。
<衛門、私はね。欲しいものは手に入れようと決めた。そしてその手段も‥もう、わかった。邪魔をするなよ。するなら‥お前の存在を消す事も厭わない>
慌ただしく年が明けた。訓練や打ち合わせなどでクリスマスや正月らしきこともすっ飛ばした感じで過ぎていった。安西やよみねに「一緒に過ごす彼女とかいないの?大丈夫?」と聞かれた真秀は無の境地で返事を保留しておいた。読真は単純に「いませんね」とさらりと答えていた。
真秀は彼女が欲しくない訳ではないが、今の状態でそういう事に割ける時間の余裕は全くない。友人は多いのだがなかなか男としては意識してもらえないタイプが真秀、読真は‥実はかなりモテているのだが、本人に自覚がないタイプだった。
今までずっと自分を罪悪感の殻で覆い閉じこもってきたような読真は、顔立ちやスタイルがよく頭脳も明晰である、という絵に描いたようなモテる男の条件を備えている。しかしその他人を寄せ付けない空気は、読真に対して何かアクションを起こそうという気を人から奪い去ってしまっていた。だから具体的に読真に対して行動を起こそうという人は少なかったのだ。
しかし、このところの読真は雰囲気が柔らかくなった。冷たく人を寄せ付けない感じが全て拭い去られたわけではないが、それでも以前よりは表情も豊かになり、時には笑顔も見せるようになってきていた。
だから、勇気を出して少しずつ読真に声をかけてくれる学生が増えてきていたのだった。
「やっぱ俺のお陰なんじゃね?」
「‥何がですか」
「読真がモテ出したの」
「別にモテてませんが?」
正月明けの後期試験期間、学内で会って昼食を一緒にとっている時急に真秀がそんなことを言い出して読真は唖然とした。何を言っているんだこの男は。
真秀は唐揚げをむぐむぐ口いっぱいに頬張りながら続けた。
「俺、結構学内で読真といるときあんじゃん?めっちゃ聞かれる、あのイケメン誰?とか彼女いんの?とか」
「‥‥俺に、何の用があるんでしょうか」
すっとぼけた返事をする読真を、真秀は唐揚げをごくりと呑み込んでからじいっと見つめた。
「‥読真本気で言ってるんだよなあ、それ‥人付き合いをしてこなかったにもほどがあるよ」
「俺は今、何かけなされてるんですか?」
既に食べ終わっている読真は珈琲を飲みながら返事をした。真秀の言いたいことがよくわからない。
「あのねえ、女子がお前の事かっこいいと思ってるわけ!んでお前は誰とも基本喋らねえから俺のとこに色々質問が回ってきちゃうわけ!」
「失礼な、別に喋らない事なんてないです、必要がある時はちゃんと喋ってます」
「必要、って‥」
はあ、と疲れたため息をついて、真秀は白飯をかっ込んだ。今現在、この時でも読真の後ろでちらちらこっちを見ている女子がいるのだ。なんであれに気づかないのか。そしてなぜ不思議に思わないのか。
「お前さ、彼女欲しい、とか思わないわけ?」
「今、そんな暇はないでしょう?」
「まあ、そうだけどさ‥」
読真は冷静に答える。
「仮に今お付き合いを始めたとしても、訓練もありますし大学もありますし、封殺現場に行くこともこれからはありますよね。その中で一緒にいる時間なんて取れないじゃないですか。そういう状態でお付き合いをするというのはちょっと無責任じゃ‥」
「あーーわかったわかった、ストップ!」
真秀は味噌汁を飲むのをやめて手を振り、読真を制した。だめだ、こいつはまじめの上に正論武装しやがる厄介なやつだ。
「流文字読真は誰ともつき合う予定はないそうです!‥って言っとくわ」
主に前半部分をデカい声で叫んで真秀は味噌汁を飲み干した。真秀のデカい声は学食内になかなかに響き渡り、一瞬しんとしたがすぐにまたざわめいていった。
「‥相変わらずデカい声ですね‥普通に喋ってもらえば聞こえますから」
読真が嫌そうに片耳を押さえながら言った。その後ろで女子たちががっくり肩を落としているのを見て、真秀はごめん、と心の中で頭を下げておいた。
後期試験も終わり、長い休みに入った。と、同時にチームでの訓練も本格化していった。チームでの訓練は二週間おきに第六と第九が交替で入っている。メンバーの名前や性格も少しずつわかってきていた。
今日は第六隊、シダのチームだ。シダは細かいことは言わずおおざっぱな指示だけしてあとは各自で動け、というタイプの指揮官だった。それが合わない人もいるだろうが、第六隊にいる他の三人はシダと息の合う者たちばかりのようでうまく訓練もこなしていた。
疑似異生物がいる錬地での訓練に入ることを最初安西は渋っていたが、シダの「そのために俺たちがいるんだろうが。ぶっつけ本番よりは錬地でやっといた方がマシだろ」という言葉に説得されたようだった。
チーム訓練には観音寺よみねも参加していた。よみねの役割は癒字で外傷を治すことなので、訓練中にケガでも発生しない限りやることはないのだが、それでも重い装備をつけて隊員とともに走り回り自分の位置取りの確認などを行っていた。
「よみね、お前ちっこいのに頑張るなあ!」
シダはいつもそう言って豪快に笑い、よみねの頭をぐしゃぐしゃと撫でていた。そのたびによみねが怒って「髪が乱れる!」とシダのむこうずねを蹴り飛ばしていた。シダは「いってえ!」と言いながらもよみねをからかうのをやめなかった。
ある時、真秀は気づいてしまった。よみねがシダを蹴り飛ばして、シダが「いてえ!」と言いながら去っていく時その後ろ姿をじっと見つめていることに。
それに気づいてしまえば、訓練の時のよみねの視線に気づくのも早かった。
よみねは、シダが好きなのだろう。
確かに年齢だけで言えば三十六歳と二十四歳で、まあ離れてはいるがおかしくはない。
ただ、外見で言えば親子にしか見えない二人だ。
真秀はその事に気づくと胸が苦しくなった。よみねはずっとこんな気持ちで過ごしていかねばならないのだろうか。よみねが肉体的に恋愛ができるようになるまで、あと十五年はかかるのだ。
そんなことをいろいろ考えていたら、よみねにバレた。
休憩時間になった時よみねは真秀の傍まで寄ってきて、何考えてんのよ、と真秀の頭をはたいた後、はあとため息をついた。
「よりによってあんたなんかにバレるとは‥。あたしもまだまだ脇が甘いわね」
まあ、流文字はその辺鈍そうだけど、と呟きつつ隣に腰を下ろす。
真秀は何といっていいかわからず、ただ黙っていた。
「‥‥どうしようもないのよ。身体は子どもなんだから。あと十五年か二十年か、そういう気持ちを持たないようにしなきゃなんだけどね」
「‥‥しんどいな」
ようやくその一言を絞り出した真秀に、よみねはからりと笑う。
「しんどいわね。でも仕方ないの。これがあたしの人生だから」
「観音寺は強いな」
そう、心から思って言った真秀の言葉には、よみねは苦い顔をした。
「‥強くない。本当に強ければこんな風にあんたに悟られたりしない。‥どこかであたしも期待してるのかもね。こんなあたしでもいいって言ってもらえるのを。だから強くないのよ。自分の人生を受容してるだけ」
よみねはそう言って立ち上がった。小さい背中は、そこに負うにはあまりに重いものを背負っている。
「思いが通じたとしても絶対に相手を見送らなきゃいけないんだから‥一門の者と結婚しない限りはね」
お読みいただきありがとうございます。




