12月第4金曜日 その4
一柳さつきは、目の前のごちそうに舌鼓を打っていた。
別館最上階でのビュッフェ会場は静かにクラシックが流れており、カトラリーと皿が触れる音や、上品そうな客たちの談笑で溢れていた。
会場に入った途端、「うはぁ……」と気まずそうに顔をしかめていた朱兎だったが開き直ったのか、いつものテンションで次々に料理を運んでくる。
「さつきちゃん、ステーキもっと持ってこよっか?」
「えっ! いいんですか? でもバイキングって三度目はダメだってチームメイトだちが……」
始めからバイキングと言ってくれれば知っていたのに……とビュッフェ会場でホッとするさつき。『要は食べ放題よ!』と優勝祝賀会でチームメイトが教えてくれたのを思い出した。
だが、あの時はステーキ肉を取りに行こうとして止められた。『三回目はさすがにダメでしょ!』とみんなに笑われたのだ。食べ放題じゃなかったのか? と人生初のバイキングで恥ずかしい思いをした。
「ぜーんぜんダメじゃないよ? 普段はお母さんが作ってくれるバランスいい食生活なんだろうから、こーゆー時こそ好きなものを好きなだけ食べなきゃ!」
言って、両手に皿を持ち席を立つ朱兎。るんるんと軽い足取りで鉄板焼きコーナーへ向かって行く。よく通る体育教師の発声で「大きいの二枚くださーい」と、焼き立ての肉を盛っもらっている。
すでにステーキ肉は二枚ずつ、他にもハンバーグやローストビーフも食べた。パスタに寿司、カレーにオムレツ、それと名前は分からないが初めて口にしたものまで片っ端から食べている朱兎とさつき。
高級ホテルとあって、料理で大はしゃぎしている客は二人だけ。だが、スタッフの目も客の目も気にせずもりもり食べ続ける。
「さっきなかったフライドチキンが出てたからもらってきたよー。やっぱクリスマスはチキンだよねぇ」
ステーキとチキンが山盛り乗った皿がドンと置かれた。フライドチキンはクーネルヨンダースおじさんが目印のチキンタッキーでしか食べたことがない。肉類も揚げ物も相当食べたが、さつきは躊躇なくホイルを握った。
「おいしい! 朱兎さん、これチキンタッキーのよりおいしいですよ!」
「あははっ、足りなかったらもっと持ってくるよー。私は一休みしてデザート食べよっかな?」
あっという間にチキンをたいらげた朱兎は、今度はデザートコーナーへ。クレープを注文し、その間にフルーツコーナーで色とりどりのフルーツを盛っている。さつきは三本目のチキンにかぶりつきながら、あの小柄な身体のどこに入るんだか……と苦笑いを浮かべていた。
贅沢にたらふく堪能したあとは、お決まりの温泉卓球でガチンコ勝負。「球技なら負けませんよ!」と自信満々なさつきに、「ふふーん、体育教師ナメちゃダメだよ?」とにんまりする朱兎。
勝負は数十分、見物客で溢れるほどのラリーが続いた。さすがの運動神経を見せる体育教師だったが、普段から素振りで上枝を鍛えているさつきとはスタミナの差が出た。「くーっ、覚えてろー!」と敵前逃亡するザコキャラのような台詞を吐く朱兎をご満悦で見下ろすさつき。
お次はゲームコーナー。卓球で負けたのがよほど悔しかったのか、「今度はレースで勝負よ!」とバイク型のレースゲームを挑まれた。
お互い一歩も引かないデッドヒートが繰り広げられた。浴衣のまま跨がっているので太腿まで丸出しになっているのもお構いなしな二人。結果は僅差で朱兎が勝ち、今度はさつきが歯軋りする。
負けず嫌いな二人が一勝一敗になったところで、「仲直りしよう!」と手招きされたのはクレーンゲームコーナー。朱兎は慣れた手付きでカメのぬいぐるみをゲットすると、「カメさんも泳ぎ上手だから、お守りね」と胸に押しつけてきた。
丸いフォルムとつぶらなお目々が愛らしい。口元がにっこりしていて、こちらまで口端が緩む。さつきの部屋にはルカちゃんの抱き枕以外にぬいぐるみはないので、ぬいぐるみって意外とかわいいな……と頭を撫でながら「ありがとうございます!」と抱きしめた。
最後にボウリングコーナーへ。地下にあるらしく、二人は地下へ続くエスカレーターに乗った。
「うわぁ、見てください朱兎さん! お魚がいっぱいですよ!」
下りエスカレーターを囲むのは、たくさんの熱帯魚が泳ぐ大きな水槽。下っていくほど、まるで海の中へ潜っているような幻想的な光景になっていく。ライトアップされた水槽の中でキラキラ輝く熱帯魚たちを、二人はぽかんと口を開けて眺めていた。
長いエスカレーターが終わると、ガコンガコンという大きな音で現実に返る。シューズとボールを選び、いざ勝負!
さつきにとってボウリングは人生二度目だ。先日チームメイトたちと『遊技館レオンレオン』で初体験したばかり。
ここでもソフトボールで鍛えたパワーボールのさつきに叶う者はない。言い出しっぺの朱兎もコツコツとスペアを取りはするが、二度目とは思えないほどストライクを連発するさつきに、朱兎は早々白旗を揚げた。
三ゲームで指が痛くなった朱兎はリタイヤし、さつきのみがひたすら投げ続けること八ゲーム。気付けばほったらかしにしていた朱兎は、スマホをいじりだしていた。
「ご、ごめんなさい! あたし、つい夢中になっちゃってて……」
「あー、いーのいーの。どうせここもタダなんだから、心置きなく投げちゃって?」
言った矢先、朱兎のスマホがぴろんと鳴った。再び画面に目を戻す。さつきも隣に腰かけ、傍らのオレンジジュースを一気に飲み干した。
ふーっと息を吐いて「そろそろ部屋戻りましょっか」と言い出そうとしたところで、朱兎の指が画面の上で止まっているのに気付いた。どんぐり目が更に大きく見開かれている。
「朱兎さん、どうしたんですか?」
朱兎は金縛りが解けたようにびくっと肩を上下させた。急いで画面をロックする。
しかし、さつきの動体視力が直前の文字を捕らえていた。
一行目は不在着信の通知。そして、二行目からは同じ時刻で並んでいた。
『会いたい』
『話したい』
『出て?』
もう一つ、不在着信という文字を挟んだ。
『もしかして、さつきと一緒?』
メッセージアプリの画面だった。しかも、差出人の欄には『nagi izuhara』とあった……。
「あの、朱兎さん……」
「さつきちゃん」
立ち上がり、朱兎が振り返った。
「凪に、私のアカウント教えた?」
一つ先のレーンが、ガッコーンと大きな音を立てた。ストライクに喜ぶ拍手にかき消されたが、朱兎の唇が「教えたでしょ」と動いたのが分かった。




