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12月 第2日曜日

 



「えぇーっ! ソフトボール辞めたのーぉっ?」

 昼下がりのはなおかの店内に、花岡朱兎の絶叫が響いた。

 二人がけのテーブルを挟み、向かい合って座る朱兎とさつき。カウンターの中から「朱兎、うるさいわよ!」と母・鷹枝の叱咤が飛んできた。

「ちーがいますって! ソフト自体は辞めないですよ。もうあたしは泉原監督の元では成長できないと思って、リ・ト・ユ・ニ・を、辞めたんです」

 さつきの訂正に、若干冷静さを取り戻す朱兎。乗り出していた上半身を背もたれに預け、どんぐり目をぱちぱちさせた。

「うはー! さつきちゃん、発言がおっとなー!」

「朱兎さん、落ち着いてくださいよ。あたしがソフト辞めると思いますか? 星花の推薦までもらっといて? あたしからソフト取ったら何も残りませんよ」

「うん、確かに」

「……ちょっと、そこは『そんなことないよー』とか言うとこなんじゃないですか? 納得しないでくださいよー」

 ジト目でストローを咥え、ミルクセーキを口にするさつき。初めて飲んだらしく「えっ、何これうまっ!」と感激し出した。美味しいものでご機嫌が戻ったらしい。

 昨晩、さつきから『お土産があるので、明日渡しに行ってもいいですか?』とメッセージが届いた。日曜は代行がない限り基本的に休みなので、ティータイムにはなおかで待ち合わせした二人。

 どこのお土産かと思えば、大きな紙袋に『遊戯館レオンレオン』のロゴ。レオンレオンはゲームセンターやカラオケの他にも、ボウリング場やバッティングセンターなども楽しめる大型アミューズメント施設だ。一日遊べるので、朱兎も友人や家族と何度か行ったことがある。

「それでですね、元々遊びに行く予定だったんですけど、急遽あたしの送別会ってことになって。そしたらちょうどバッティングセンターのフロアで、ドルフィンズとコラボしたストラックアウトの企画がやってたんですよー。めっちゃかわいかったから絶対朱兎さんにあげようと思って頑張りました! 早く開けてみてください」

「えー、そうだったんだぁ。うん、ありがと。どれどれー?」

 さつきから受け取った紙袋はぱんぱんに膨らんでいた。無理矢理突っ込んだ感満載である。柔らかい中身をむんずと掴んで引っ張り出すと、ピンク色のイルカがこんにちはした。

「おー、ルカちゃん? でもこれって……」

 朱兎の上半身と同等のサイズのそれをまじまじ見つめた。顔も形もドルフィンズのマスコットキャラクター『ルカちゃん』そのものなのだが、通常のルカちゃんであれば、水色のボディに青いキャップを被っている。

 しかし、このピンクルカちゃんはピンク色のボディにラベンダー色のキャップ。ついでに目元をよく見れば、ラベンダー色のアイシャドーをしているではないか。

「レディルカちゃんの抱き枕です!  新キャラ発売記念の企画だったんですよ。でねでね、あたしはノーマルルカちゃんのをゲットしたんです。えへへ、お揃いですよー」

 ドヤ顔のさつきが、スマホをふりふりした。画面には、いつも見かけるルカちゃんに頬を寄せる笑顔のさつきが映っている。

「かっわいいねー! レディルカちゃんっていうんだ? 新キャラなんて知らなかったぁ。二つもってことは、もしかして二回もクリアしたってこと?」

「ふふーん、お店の人にも周りの人にも驚かれました。しかも二つゲットしたのは、今んとこあたしだけみたいですよ?」

「すっご! なのにソフトボール辞めるなんて、ほんともったいないなぁ。さつきちゃんからソフトボール取ったら……」

「朱兎さん? 今のはさすがにわざとですよね?」

 さつきがテーブル越しにレディルカちゃんの頭をむんずと掴んだ。このままではその豪腕でレディルカちゃんの頭部が破壊されてしまう。

「あ、あははっ、じょーだんじょーだん! かわいそうだから掴まないであげてぇ。痛いって言ってるよー」

 慌ててレディルカちゃんを抱き寄せた朱兎。小鼻を膨らませていたさつきは何かを思い出したらしく、ふと手を引っ込めた。

「……そういえばリナたちにも言われました。『さつきはぬいぐるみの扱いが雑だ』って。クレーンゲームで取ったお菓子を入れてた袋があったから、その中にぎゅーぎゅー詰め込んでたら『かわいそう!』ってみんなに止められました」

 聞けば、さつきはぬいぐるみの類いを一切持っていないという。女の子らしい物が嫌いというわけではなく、単にソフトボール以外に興味がなかっただけらしい。野球にもかわいいものにも貪欲な誰かさんとは大違いだ。

「ところで、さつきちゃん?」

 朱兎はレディルカちゃんを膝に横たえ、テーブルに両肘をつけた。急に教師の顔になった朱兎に見つめられ、さつきは「はいっ」と背筋を伸ばす。

「リトユニを辞めた理由って、渡しがさつきちゃんに近付くなって言われたから、じゃないよね?」

 真っ直ぐ向けられた視線に、さつきもスポーツ少女の眼差しで応じる。

「正直、それがきっかけです。次の日監督に電話して辞めますって言いました。でも監督は『お前はまだ子供だから』とか、『俺の言う通りにしていれば間違いない』ばっかりで余計に腹立ちました。確かにプレイに関しては監督の言う通りにしてたから優勝できたようなもんですけど、個人の交友関係にまで口出す必要あります? あたしの憧れとか目標を奪う人の元で成できるとは思えませんよ。凪さんがあんな感じなのも、父親に洗脳されてるからじゃないですか?」

 鼻息荒く言い切り、さつきはミルクセーキを一気に飲み干す。相当腹を立てていたのか、思い出して「ったく!」と、今度は水もガブ飲みし出した。

 薄々感づいてはいたものの、やはり自分がきっかけだと告げられると胸が痛んだ。あれだけの才能を持ちながら、優勝へ導ける指導者の元をこうも簡単に離れてしまうなど……。

「いいんです! 両親も最終的に納得してくれましたし。きっかけはきっかけでしたけど、どっちみちあと三ヶ月で退団でしたもん。ちょっと早めただけです。中学受験組はとっくに抜けてるし、もう大会だってないし、メンバーたちとはいつだって会えるし。だから気にしないでくださいね?」

 言ってすっきりしたのか、さつきはニカッと笑った。後悔など微塵も感じられない。小学生といえど全て正論なので朱兎に返す言葉はなかった。あったところで、他人の朱兎がどうこう言えるものでもないのだが……。

 そして、進路を星花に決めたのもリトユニを辞めたのも、きっかけが自分なのだと思うと、少女の中の自分の存在の大きさに後ろめたささえ覚える……。

「朱兎さん、『もったいない!』って顔してますけど、あたし三月まで星花ソフト部で練習させてもらいますんでご心配なく!」

 テーブルに置かれた朱兎の両手をがっちり握るさつき。「仲いいわねぇ」と鷹枝が呑気に水を足しに来た。思わぬ宣言に、朱兎はぶんぶん首を振る。

「いやいやいやいや、ご心配なくじゃないよ! むしろご心配だよ? うちのソフト部来ていいって東さんや田辺先生言ってたけどさ、今からあの子たちに混じるほうが逆にご心配だよ、花岡先生はー!」

 さつきの手を振りほどき、頭を抱える朱兎。ストイックなさつきが練習メニューでついていけるかではなく、むしろ心配なのは練習以外の面だ。

 星花女子学園はお嬢様校だが、おませさんが多い。中でもソフト部は目立つ百合ップルが多いと教員の耳にも入るレベルだ。ランドセルも下ろさぬうちから、忍らの目の毒を受けないとも限らない……。

「なにをそんなに心配してるんですか? みなさんいい先輩方でしたよ? 早速午前中に挨拶と練習日教えてもらいに行ってきたんですけど、特に中等部のなんとかって先輩なんて、誰と誰はパートナーだから間に入らないようにー、とかまで教えてくださって」

「ほ、ほらぁ……。余計なことまで言うー!」

「え? 余計なことですか? 先輩方とコミュニケーション取る上で、関係性を知っておくのは大事なことだと思いますけど。チームプレイですし」

「いやぁ、そりゃそうなんだけど、そうじゃなくてだね……。はぁー……」

 朱兎はがっくりと項垂れた。対称的にさつきはご機嫌で下手くそな鼻歌を奏で出し、リトユニステッカー付きのスマホケースを外し出す。代わりに昨日クレーンゲームでゲットしたというドルフィンズのスマホケースに付け替え「おー、いい感じー」とご満悦だ。

 さつきが『パートナー』という言葉の意味をどこまで理解しているのか知らないが、その中等部生は遠回しに『手を出すな』と釘を刺してきたのだ。やはり朱兎の心配は練習メニューより人間関係で決定である。

 物質から悩ましい声が聞こえるだの、休憩中にいちゃいちゃしてるだの、あげく臨海学校では肝試し中に茂みで絡み合う姿を見ただのと、ピンク色の噂が絶えない星花ソフト部……。

 自分に憧れて入学を決めた純粋な新入部員にトラウマを植え付けないよう、こりゃ徹底的な保健指導が必要だな……と先が思いやられる保健体育講師であった。









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