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12月 第1日曜日

 


 花岡朱兎は、夕月リトルユニコーンズの試合を観戦しに来ていた。

 さつきから誘いがあったのは、連絡先を交換した翌日だった。

『Satsuki:こんばんは。一柳さつきです。昨日はありがとうございました』

『Satsuki:来週末、お時間あったら試合見に来てくれませんか?』

「Satsuki:あ、でも、忙しかったら無理しないでくださいね?』

『Satsuki:この前みたいに具合悪くなっちゃってもいけませんし』

 ぽぽぽんっと連続で送られてきたメッセージはどれもさつきらしさが表れていた。礼儀正しく、率直だけどちゃんと気遣ってもくれる。朱兎がさっそく場所と日時を尋ねると、『大歓喜!』というクマのキャラクターのスタンプが送られてきた。

 十二月に入ったわりには暖かい日だった。朱兎はいつものようにばっちりおめかしし、つば付きのハットも忘れない。緋馬とのイメージから少しでも遠ざけられるよう、女子らしさを徹底している。

 電車に乗ること一時間。バスで乗り継ぐこと二十分。結構な田園風景を経由し、相手チームのホームグラウンドにやってきた。思わず「ほへぇ……」とお間抜けな声が漏れる。リトルリーグの施設とは思えぬ立派な球場がそこにあったからだ。

 同じバスから降りてきた乗客たちが、次々に球場へ吸い込まれて行く。みな観客がなのだろう。『祝・一周年』と大きく書かれた看板を見上げながら、朱兎もあとに続いた。

 球場内のコンコースでは、チームや選手の応援グッズまで販売していた。相手チームは女子プロ野球チームを母体とするソフトボールチームらしい。近年は大リーグでの日本人の活躍もあり、野球やソフトボールも人気が上がりつつある。

 とはいえ、さすがに小学生選手の顔写真が使用されている物はなく、あくまでチームロゴや背番号の書かれたグッズばかり。それでも目前でどんどん購入されていく様子を眺めていると、自分もさつきのグッズを買ってあげようかな……という気になり、きょろきょろする。

 だが、右も左も相手チームの物ばかり。そりゃそうよねぇ……と諦めかけた時、一番奥の一角にリトユニのロゴを発見した。

 グッズではなく、昨年優勝時の記事が掲載されている雑誌だった。表紙には大きく『月刊・ソフトボールしようよ!』と書かれている。一周回ってオシャレなネーミングなのかもしれないが、もう少しセンスのある候補はなかったのかと内心ツッコむ。

「これ一冊くださーい」

 朱兎は決済アプリで支払い、ついでに試合開始まで小腹を満たすことにした。隣の飲食カウンターでジャンボホットドックとフライドポテト、焼きそばとたこ焼き、それにあっぷるサイダーを購入。

 独りで全部食べるの? という視線には慣れている。混雑はしているが、席はぽつぽつ空いていた。グラウンドが映し出されているモニターの前の席を陣取り、熱いうちに頬張る。

 グラウンドでは、ちょうど相手チームのウォーミングアップが行われていた。もぐつきながらじぃっと観察する。最近の小学生はどの子も早熟だ。とりわけ、このチームに所属する選手は特別だろう。

 朱兎は体育講師でありプロ野球選手の妹でもあるとはいえ、ソフトボール事情に詳しいかと言えばそうでもない。たまに星花の出場する試合を見に行く程度だ。モニターから雑誌へと目を移し、リトユニの特集ページまでめくってみた。

「ほへぇ、すごいじゃん!」

 思わず感嘆の声を上げた。優勝に貢献したさつきがクローズアップされていたのだ。さつきの成績や活躍がずらりと並んでいた。バットを振り抜いた際のりりしい表情も、仲間とハイタッチする笑顔も輝いている。

「なんだぁ、私よか有名人なんじゃーん」

 先日の武勇伝トークを思い出し、朱兎はちょっとだけ恥ずかしくなった。自分も小学生から活躍はしていたが、今やソフトボールや野球の注目度は新体操の比ではない。この子はどんどん注目されていくだろう。そう考えると朱兎はわくわくしてきた。

 そんな有望選手だが、自分を追いかけて星花に入学するという。もちろん星花ソフト部は近年目覚ましい成長を遂げている。強い選手が強いチームを選ぶのは自然なことだ。朱兎の存在だけが理由ではないことは百も承知なのだが……。

「お嬢ちゃんも一柳さつき推し?」

 顔を上げると、隣のおっちゃんが雑誌を覗き込んできていた。

「んー、まぁ推しといえば推しですかねぇ。唯一応援してるし」

「そっかそっか、さつきは人気あるからなぁ。おじさんはね、リナのパパなんだ。リナのことも応援してあげてね」

「リナ……」

 口にして思い出した。レフトを守っていた、お目々の大きな少女だ。リトユニの偵察に行った際、スタッフらしきおっちゃんに『姉でーす』と嘘をついてしまった。リナパパがその嘘つき女が朱兎であることを知っている可能性は低いが、ちょっとだけ気まずい。

「リトユニも、一昨年泉原監督が就任してから変わったよねぇ。あの人は見る目も違うし、育てるのも上手い! うちのリナはピッチャーをやりたがっていたんだけどね、泉原監督が言いくるめて外野に回したんだ。さつきもミサもいるからねぇ。リナはしぶしぶピッチャーを諦めたけど、監督の見立てがドンピシャで今じゃ外野手で一番だよ」

 リナパパは、聞いてもいないのにぺらぺらとよく喋る。泉原監督とやらを褒めてると思いきや、リナの自慢話をしたかったらしい。その後もリナトークはしばらく続いた。

「泉原監督になってなかったら、去年の優勝はなかっただろうね。リナもさつきも今年でリトユニ抜けるけど、あの監督ならこれからも安胎じゃないかなぁ」

「そんなにすごい人なんですか? 泉原監督って。イズハラって名前はどっかで聞いたことあるような気がしますけど……」

「あぁ、若い子は知らないよねぇ。元プロ野球選手だよ。本人は日本の選手だけど、息子は現役の大リーガー。息子のほうは甲子園じゃドルフィンズの本郷と投げ合った豪腕でさ、噂だと本郷は泉原に負けたからプロ入りせずに大学へ進んだって話しだよ。あれ? そういえばお嬢ちゃん……」

 まじまじと見つめられ、こりゃバレそうだなと席を立つ朱兎。

「い、色々教えてくれてありがとうございましたー。リナちゃんも応援しときますねー」

 そそくさとコンコースを抜け、全席自由になっている内野席をチョイスする。何万人入る球場なのか知らないが、プロの試合ではないので内野も外野もすかすかだった。

 朱兎は三塁側ベンチ上近くを選んだ。新設球場だけあって芝は青々しているし、座席はぴかぴかだ。交通の便は悪いが、それさえなければ恵まれた環境だろう。

 三塁側ベンチが賑やかになってきた。選手が話しながらぱらぱらと出てくる。最後のほうに背番号『51』が出てきた。さつきだ。ざっとグラウンドを長めたかと思えば、急にきょろきょろとスタンドを見渡し始めた。

 目が合った。さつきがぱぁっと笑顔になる。大きく手を振ってくるので、朱兎も笑顔で振り返す。こんなに大きな球場でもリラックスしているのはさすがだ。戦う少女はどこへやらの満面の笑みで円陣に加わって行った。

 試合は序盤から一方的な展開だった。今日の先発はさつきだったのだ。ピッチャーとしてのさつきを見るのは初めてだった朱兎は、口がお間抜けにぽかんと開きっぱなしになっていた。

 プロ附属のチームと言っても過言ではない相手を前に、剛速球で次々に三振を取っていく。どの子も完全に振り遅れていた。あちらの監督も予想以上だったらしく、コーチらしきお姉さんに怒鳴り散らしている。

 どうりで星花のエース、忍のボールを打ち返せたわけだ。球速は忍には敵わないものの、さつき自身がそれに近いボールを投げられるので目が慣れていたのだ。あの百面相のさつきがマウンド上では無表情をきめている。朱兎はぞくっと鳥肌が立った。

 打っては勢いづいているリトユニがヒットで繋ぎ、一イニングに六打点と絶好調。ホームランにこそならなかったものの、さつきの打球もフェンス直撃のタイムリーツーベースで打点に大きく貢献した。

 圧倒的な強さを見せつけたリトユニは、終わってみれば19ー0の快勝。相手チームの監督は苦虫をつぶしたような顔でリトユニ監督と握手した。せっかくの一周年記念試合だったのに、お気の毒だ。

「しゅーうさーぁんっ!」

 完全にただの小学生に戻ったさつきがぴょんぴょん飛び跳ねている。さっきまでの気迫は一切感じられない。全く別人だな……と思いながら、朱兎はバックネットまで降りて行った。

「お疲れー! 相変わらずすごいねぇ、さつきちゃん」

「えへへ、朱兎さんが見に来てくれてるのに、ダサいとこ見せられませんもん!」

 そう眩しい笑顔を向けてくるさつきの後ろでは、インタビューしたいんですけどぉ……と言いたげな報道陣が、カメラやメモ帳を持って取り囲んでいた。丸無視なさつきはバックネットぎりぎりで喋り続ける。

「今日はお弁当にオムライス入れてもらったんです! オムライス好きな朱兎さんみたいに元気いっぱいできたらいいなーって思って! それとですね……」

「さつきちゃん、後ろ後ろー。また今度ゆっくり聞くからー」

「えぇーっ!」

 朱兎が指指すほうを向き、露骨な迷惑顔をするさつき。報道陣は申し訳なさげにおずおずインタビューを始めた。答え出すと、またいつものさわやかなスポーツ少女の表情になる。それを見て朱兎もホッと胸を撫で下ろした。

「やっぱり、知り合いだったんだね」

 インタビューを続けるさつきを見守っていると、いつの間にか隣に来ていた女性が声をかけてきた。

 くるりと振り向く。首からカメラを提げたショートカットの女性が立っていた。その女性の顔を見て、朱兎の心臓はドクンと跳ねた。

「な……凪……?」

 くらりとめまいがした。ふわりと優しく抱き留められる。ネット越しに「朱兎さんっ!」と叫んださつきの声は、朱兎の耳には届かなかった。

 どこかで聞いたことがあると思っていた『泉原』という姓……。

「うん。久しぶりだね、朱兎ちゃん」

 泉原凪との、八年ぶりの再会であった……。



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