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【番外編】 12年前の1月7日

1月7日は花岡兄妹の誕生日ということで、今回は番外編です。

 


 小学四年生になると、学校で『二分の一成人式』なる行事をする。

 一月七日、今日は双子の誕生日。二人仲良く十歳を迎えた。

 低体重出生児ということを告げられた時は健康や障がいを心配したが、保育器の中の我が子はどの子よりも元気にもがいていた。髪や肌の色素が少し薄いというだけで身体には全く問題なく、順調に退院できた。

 先に寝返りができるようになったのは緋馬。先にはいはいができるようになったのは朱兎。先に歯が生えたのは緋馬。先に「ママ」と言えるようになったのは朱兎。先に掴まり立ちができるようになったのは緋馬。先に歩けるようになったのは朱兎……。

 追いつけ追い越せで競うように日に日に大きくなっていく双子。愛想もよく人見知りしないので、商店街のアイドル的存在でもあった。

 驚いたのは瓜二つな顔。男女の二卵性とは思えないほどそっくりなのだ。乳児の時はあまり不思議に思わなかったが、幼稚園にあがっても、小学校にあがっても、ほとんど同じ顔のまま育っていった。

 大きなどんぐり目は、母の鷹枝譲り。女の子の朱兎は、鷹枝の幼い頃の生き写しだった。しかし、男の子である緋馬もまた女の子のようにかわいらしく、男の子用の服を着せていても、いつも女の子と間違われていた。

 誕生日には鷹枝がケーキを焼くのが毎年恒例になっている。双子は産まれた時からずっと小柄だったのだが、同い年の中で一番食欲おおせい。なので鷹枝がホールケーキを焼いても、二人が一瞬でぺろりと平らげてしまう。

 似ているのは食の好みもで、二人とも卵料理が好物。一際プリンは大好物で、どんぶりプリンもこれまた一瞬で「おかわりー!」と声を揃える。

 今年はフルーツケーキに決めた。「私も手伝うー!」と張り切っていた朱兎だったが、学校から帰るや否やランドセルを放り投げ、「公園行ってくるねー!」と出かけて行った。

 店と家事とを両立させている鷹枝にとっては、元気が有り余っている双子が外で遊んでいるほうが助かるのが本音。示し合わせたように「ただいまー!」と帰ってくる頃には、それはそれは豪勢なフルーツケーキが出来上がった。

「ねぇねぇママぁ? 二分の一成人式は今度の土曜日だけど、お店休んできてくれるでしょー?」

 朱兎がぐいぐいとエプロンを引っ張る。まだ五時半だったがキリがよく客が切れたので、鷹枝はパーティーの準備を、父の虎吉は閉店の片付けを始めた。

「うーん、そうね。その時間だけジージとバーバにお店お願いしようかな?」

「やったー! あのね、あのね、二分の一成人式ではね、生い立ちのお写真見せたりとか、作文読んだりとかするんだよー。私はねぇ、えっとねぇ……」

「ぼくはプロ野球選手になりまーすって書いたんだー! でねでね、あのね……」

 双子は一緒に喋り出す。耳は二つあるといえど、普通は二人の話を同時には聞き取れない。だが鷹枝はもうそれを十年経験しているので、二人の話を平等に聞き取ることができる。

「そうなのー? 楽しみだなぁ。さぁさ、お席に座ってくださいなー、主役さん方?」

 四人がけテーブルに椅子を一つ足す。この四月に小学校にあがる末っ子の夏鶴を隣に座らせ、鷹枝はテーブルの真ん中に大きなフルーツケーキを置いた。

「うわーぁ! おいしそー!」

 言うこともタイミングもぴったりな双子。おとなしい夏鶴はじぃっとケーキを見つめているだけ。双子はこんなにもそっくりなのに比べ、妹の夏鶴は真逆なので不思議だ。

 虎吉が片付けを終え席についた。パーティーの始まりだ。蝋燭に火を点け、照明を全て消す。

 元野球部の虎吉は声がデカい。双子と合わせ、外まで聞こえそうなほど大ボリュームのバースディソングを歌い終えると、鷹枝の「せーのっ」で蝋燭消しが行われた。

「あーっ! 朱兎がフライングしたーぁ! ぼく四つしか消せなかったじゃんかー!」

「してないもーん! 緋馬のフーっが弱かったんでしょー」

 これも毎年恒例。だが虎吉も鷹枝もいちいち仲裁に入らない。ぎゃーぎゃーなるのはいつものことだし、お互いいつの間にかけろっとしているからだ。今も蝋燭を無言で抜きだした夏鶴に「なっちゃんありがとねー」とすでににこにこ。

「はーい! パパとママからプレゼントだぞー?」

 強面の虎吉もにこにこで、プレゼントを二人に差し出す。「やったーぁ!」と飛び上がって喜ぶ双子。

「わーぁ! 新しいグローブだーぁ! 最近ちょっとキツくなってきたから欲しかったんだー! パパありがとー!」

 緋馬はさっそく左手にグローブをはめ、虎吉に抱きついた。朱兎もいそいそと包装紙を剥がしていく。

「わーぁ! 天寿のお洋服だーぁ! かーわいーい! ママありがとー!」

 ブラウスごと鷹枝に抱きつく朱兎。大成功の虎吉と鷹枝が満足げに微笑んでいると、緋馬がものすごい形相で振り返った。

「朱兎だけかわいいお洋服ずるいっ!」

「なに言ってんだ。パパが選んだグローブだってかっこいいだろー?」

「そうだけど、そうだけどぉ、グローブは欲しかったけどぉ、ぼくもかわいいお洋服欲しかったぁー!」

 うるうると涙目で地団駄を踏み出す緋馬……。虎吉と鷹枝は目を合わせ、やっぱり……とため息をついた。この光景を容易に想像できたからだ。

 緋馬は幼稚園の頃から女の子の服を着て楽しんでいた。初めは「どっちがどっちか分かんないねー」なんて呑気に見守っていた両親だったが、緋馬は商店街をそのまま歩くようになった。

 制服だった幼稚園はまだいい。「学校にも着ていくー」と言いだし、両親は慌てて止めた。

 野球でもやらせれば男の子らしくなってくれるだろうという虎吉の提案で、一年生で地域の少年野球チームに入れた。生まれ持った運動神経とセンスでめきめき上達したはいいが、相変わらず朱兎の服を着たがる……。

「ねー、どうしてぼくはかわいい服着ちゃダメなのー? 朱兎よりぼくのほうが似合うのに、どうしてぼくだけ怒られるのー?」

 ひっくひっくと泣きながら訴えてくる緋馬。それを聞いた朱兎が黙っていなかった。

「私のほうが似合うもんっ! 私のほうがかわいいもんっ! 緋馬は男の子でしょー? 男の子はかわいくないお洋服着るのー!」

「違うもんっ! ぼくはかわいいの似合うから、かわいいの着ていいんだもんっ! 絶対、ずうぇーったいぼくのほうが似合うーっ!」

「違うもんっ! 私のほうが絶対、ずうぇーったい似合うーっ!」

 こうなるとどちらも譲らない。自尊心もプライドも高く、頑固なところまでお揃いなのだ。朱兎まで泣きだし、口ゲンカは続く。両親は放置しつつ、やれやれとビールを飲み出した。

「ほらほら、ケンカばっかりしてると、ケーキなっちゃんに全部あげちゃうぞー?」

 虎吉が煽る。双子は涙顔のままくるっと振り返った。

「ダメーっ!」

 煽ったのは虎吉なのだが、双子の矛先が夏鶴に向いてしまった。二人に睨まれ、夏鶴は迷惑そうに顔をしかめる。

「冗談よ、冗談! ねー、パパ? じゃあケーキ食べましょ? じゃんけんで負けたほうがケーキを切るの。勝ったほうから選んでいいわよ?」

 鷹枝はホールケーキを真ん中から半分にし、片方を双子に差し出した。もう半分は両親と夏鶴で三等分する。

「よーし! 勝負だ朱兎ー!」

「よーし! 最初はグーだかんねー!」

 これも毎回のことだが、双子のじゃんけんはなかなか決着がつかない。夏鶴がぶつぶつと「37、38、39……」と数えている。両親のビールはそろそろ空になりそうだ。

 47回目で勝ったのは朱兎。負けた緋馬は慎重に二等分する。食いしん坊の二人はどちらが大きいか食い入るように見比べた。見た感じ大きさは同じだったが、飾られたフルーツの奇麗さで「私こっちー!」と朱兎が選んだ。

 ご満悦でようやくケーキを頬張りだした双子。口の周りいっぱいにクリームを付けながら「それでね、今日は公園でね……」と朱兎が喋り出した。

 虎吉と鷹枝はうんうんと聞いてやっていたが、いつも同時に喋り出す緋馬がおとなしいことに気付いた。よく見ると、朱兎の膝に乗せられていたブラウスに手が伸びている。

「こらっ、ひーくん?」

 鷹枝が声を上げると、緋馬はびくっと肩をすくめた。だが、その手にはしっかりブラウスが握られている。気付いた朱兎は「あーっ!」と取り返しにかかった。緋馬はブラウスを抱き抱え、ダッシュで店内を逃げ回る。

 同級生の背の順ではまだまだ一番前の二人だが、近頃は男の子である緋馬のほうが少しだけ高くなった。力だって差が出てくる年頃だ。それを薄々感じてきている朱兎は全力で追いかける。どうやら足の速さも緋馬が抜けてきたようだ。

「こらー! 店ん中を走るんじゃなーい! 言うこときかないと取り上げるぞー?」

「だって緋馬が……っ」

「だって朱兎が……っ」

 やっと足を止めたはいいが、半べそをかきながら睨み合う双子。睨みを効かせているのは虎吉も同じだ。顔面は強面だが滅多に怒らない虎吉も、店の中となると厳しく注意する。

「ひーくん、しゅーちゃんに返してあげなさい? ひーくんにはグローブがあるでしょ?」

 鷹枝がそう優しく宥めても、緋馬は睨めっこしたまま「やだっ!」とぶんぶん首を振る。

「ひーくん、しゅーちゃんに返してあげないならグローブはお店に返して来ちゃうからな?」

 虎吉がタグ付きのグローブをひらひらさせると、緋馬はちらりとそちらを向いた。心が揺れ動いているようだ。もう一押しだ、と両親は説得にかかる。

「あーそうかそうか。パパがせっかく勝ってきたグローブはいらないんだな? ひーくんは野球よりも、女の子ごっこのほうがいいんだな? じゃあもう野球なんてやめなさい。明日、パパから監督に言っておくから」

「うー……」

 煽りに負けたのか、緋馬は愛おしそうに抱き抱えていたブラウスをそっと胸から離す。緋馬は野球が大好きだということを、父である虎吉が一番良く知っているつもりだ。

 それに、自分がプロ入りを諦めたこともあり、早くも才能を秘めている緋馬にはどうしても野球を続けてもらいたい。猫じゃらしに飛びつく子ネコのように白球を追いかける緋馬の姿を、これからもずっとずっと見守りたいのだ。

「いらない……」

「え?」

 誰もが耳を疑った。

「グローブなんていらないっ! 野球やってるとかわいい服着れないんなら、ぼくは野球なんかやらないっ! 女の子ごっこのほうがいいっ!」

 ショックでハニワのような顔になる虎吉の代わりに、今度は鷹枝が説得に入る。夏鶴はお腹いっぱいになってきたのか、もめ事丸無視でケーキの中からフルーツだけをほじほじし出した。

「ひーくん? パパもママもね、ひーくんが野球やってるとこが大好きなのよ? バッティングだってすごいし、守備も盗塁もひーくんが一番だって思ってる。ひーくんが野球頑張ってるから、パパもママも鼻高々なのよー?」

「やだっ! じゃあ朱兎がやればいいじゃん。ぼくが新体操やるから、朱兎が野球やればいいよ!」

「はー? なんで私が野球やらなきゃいけないのー? ってゆーか、緋馬に新体操なんて無理だかんね? あーゆーかわいい衣装は、大会の時しか着れないんだから。大会に出れる人じゃないと着れないんだかんね!」

「むー! 朱兎が出れるんだからぼくだって出れるよ! 朱兎こそ、レギュラーなんかなれないからね!」

 言って自分の矛盾に気付いたのか、緋馬は「と、とにかく」と改めた。

「ぼくに野球を続けろって言うなら、ぼくにもかわいいお洋服着させてよ! そしたらもっと頑張る! でも、ダメって言うならもう野球なんかやらないっ!」

 ぷいっと顔を背ける緋馬。朱兎は途中から半ば呆れているようだったが、鷹枝に目配せし承諾を促してくる。

「ママぁ……私のお洋服、貸してあげるだけならいいよ……?」

 ほとんど同情の声で朱兎が治めようとしてきた。ハニワはハニワのままだし、鷹枝もこれ以上推しても引いてもダメなことに気付いた。自分の服を貸すのは不本意だろうに、ハニワ状態の父と頑なな兄の間を取るにはこれしかないと括ったのだろう。こういう時には、やはり女の子のほうが大人だ。

「わ、分かったわ……。その代わりお家の中だけね? お外ではダメだし、女の子のお洋服着てるっておよその人に言うのもなしよ?」

 緋馬の表情がぱぁっと晴れる。「うんっ!」と元気よく頷く。

「んじゃ野球も頑張る! 毎日頑張って甲子園行くし、プロにもなるー!」

 その言葉に、ハニワも父の顔に戻った。お目々が若干潤んでいるが、鷹枝は気付いていないふりをした。

「うんうん、パパもママも応援してるよー。じゃあそれ、しゅーちゃんに返そうね?」

 鷹枝がブラウスを指指すと、緋馬は一瞬躊躇って「はい……」と朱兎に差し出した。

「やっぱちょっとだけ着てからー」

 朱兎が掴んだ瞬間、緋馬は力一杯引き戻した。

「だ、ダメぇ! 貸してあげるって言ったけど、おニューはダメ! 一番に着るのはダメー!」

「なんでだよぉ! 一番も二番もおんなじじゃんかー。ちょっと着てみるだけだからー」

「ダメぇ! 私がもらったんだからーぁ!」

 一歩も引かない綱引きが始まった。さすがの鷹枝もこれには声を荒らげる。

「いい加減にしなさい! プレゼント大事にできない子にはもうあげません!」

 鷹枝が双子の前腕伸筋群に空手チョップを入れた。護身術で習った、掴んだ物を強引に放させる技だ。二人の手がぱっと開き、同時にブラウスが開放された。鷹枝がすかさずキャッチし、最悪の事態は免れた。

「わっ……とっと……」

 兄に負けじと力の限り引っ張っていた物が手から急に放れ、バランスを失った朱兎が後ろに倒れそうになっている。新体操で鍛えている体幹はあれど、不意に崩したバランスを取り戻すことができず、両手をぱたぱた回しながら……。

「きゃーっ!」

 ……背後でフルーツをほじくっていた夏鶴に激突した……。

「な、なっちゃん……? 大丈夫……?」

 朱兎が倒れてきたおかげで、夏鶴は顔面をケーキに埋もれさせている。ぴくりとも動かない。ハッとした鷹枝が慌てて顔を皿から離すも、夏鶴の顔面は生クリームまみれ。まるで一昔前のバラエティ番組状態だった……。

「ごごごごごごめんね? なっちゃん! 私がバランス取れなかったから……」

「ぼぼぼぼぼぼくもごめん! 元はと言えばぼくがワガママ言ったから……」

 おしろいお化けのように顔面を真っ白にした夏鶴が、沈黙したまま固まっている。その光景が恐ろしくなったのか、珍しく双子は自ら謝罪。鷹枝はそんな三人の様子がおかしくて、笑いを堪えながら夏鶴の鼻の周りのクリームを拭ってやった。

「許さん……」

 ぼそっと呟いた夏鶴が、鷹枝の脇に置かれたブラウスに手をかけた。

「あーっ!」

 双子と両親の声が重なる。静かに怒りを表した夏鶴は、二人が散々取り合っていたブラウスで顔を拭き始めた。

 もうすぐ二分の一成人式……。

 本当の成人式まで、これまでの倍の時間を費やす……。

 さすがにその時までには、この三人の子供たちも大人になっているんだろうなー……という虎吉と鷹枝の願いも虚しく、十年経っても三人揃えば相変わらずわちゃわちゃする花岡家であった……。



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