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11月 第2日曜日

 


 一柳さつきは、コンビニ・ニアマートの駐輪場でそわそわしていた。

 今日は練習試合が入っていたのだが、相手チームの数名がインフルエンザを発症したとのことで中止の連絡が回ってきた。

 急にオフだと言われても戦闘状態を治めるのに早々切り替えもできず、さつきは午前中から当てもなくぐるぐるとサイクリング状態で徘徊していた。そう、当てもなく……。

 ……だったはずなのだが、気が付けば無意識に星花女子学園の前まで来ていた。自分でも驚いた。あんぐり口を開けていると、女性の警備員と目が合った。

 本当は例の写真をもらいに行きたかった。朱兎に会いに行きたかった。なのに腹をくくることも諦めることもできず、結局一週間以上も経ってしまった。

 だからって無意識に足が向いてしまったことにはびっくりだ。心の中でどんだけー……とツッコミを入れてしまったほどだ。

 そして我に返ったさつきが自転車を止めたのが星花女子学園前のニアマート。コンビニフードの匂いを嗅ぐが早いか、育ち盛りの腹がぐぅっと鳴った。吸い込まれるように自動扉をくぐる。

 といっても財布を持ってこなかったことを思い出し、慌てて店を出た。兄に『あとで返すから、三百円貸して』と電子マネーを送ってくれるよう要求。既読がついてもなかなか返事が来ないのをもどかしく思っていると、『ちょい待ち』とあいまいな返事が返ってきた。

 が、待てど暮らせど送金されない。送ってくれるのかくれないのか、さつきは兄の適当さと空腹でイラつき、駐輪場でため息をついていたところだった。

「待ち合わせ?」

 不意に声をかけられて顔を上げれば、ニアマートの制服を着た女性が覗き込んでいた。マスクをしているが美人さんだ。美人店員はさつきと目が合うと、にっこり笑った。

「もう二十分くらいここにいるでしょ? よかったら中で待たない?」

 店員はマスクをしていても美人と分かる。二十代前半だ。星花の卒業生だろうか。優しげな笑顔で首を傾けている。

「い、いえ……待ち合わせじゃないんです。ごめんなさい、買い物もしないのに居座ってて……」

「いいのいいの。今日は学校もお休みでお客さんも自転車も少ないし。……あ、そうだ。ちょっと待っててね」

 言うと美人店員はそそくさと店内へ入り、小さなビニール袋を片手に戻ってきた。

「ニアまん、好き? よかったらどうぞ? 取り出す時にトングの形がくっきりついちゃってね。売り物にならないけど、味は保証するから」

 差し出されたのは『ニアまん』と書かれた肉まん。野菜は好きではないのだが肉料理なら何でも食べるさつきのお目々がぱぁっと輝いた。

「え! いいんですか? ありがとうございます!」

「うんうん。こちらこそ、もらってくれてありがとう。大量注文が入ったから急いで作ったのに、慌てちゃってもったいないことしちゃったなって思ってたの。無駄にならなくてよかったぁ」

「そうなんですか? いただきまーす!」

 遠慮無くその場でパクつく。美人店員はリスのように頬を膨らませているさつきを見て満足げに頷いた。

「もみじさーん、すいませーん!」

 自転車を背にしてもぐもぐしていると、校門から生徒が飛び出してくるのが見えた。おだんご頭が特徴的な、どこか小動物を連想させる少女だ。こちらに大きく手を振っている。「出来てるよー」と美人店員が手を振り替えした。どうやら店員はもみじというらしい。

「ごめんねぇ、二度手間させちゃって」

 美人店員のもみじが申し訳なさげに眉尻を下げると、おだんご頭は「いえいえ!」と首を振った。

「いえいえ、こっちこそ急がせちゃってすいません! 急に買いに行っても、普通二十個なんて蒸かしてないですもんね」

「あははっ、今度から早めに言っておいてくれれば用意しておくから。今持ってくるね」

 もみじはそう言って店内へ消えた。さつきと、おだんご頭の星花生だけが残る。ちょっと気まずい空気の中、最後の一口を口に入れようとした瞬間、おだんご頭の視線がさつきに向いた。そしてぎょっと見開かれる。

「……えぇっ! 君、もしかして……」

「……な、なんですか?」

「一柳さつきっ?」

「そ、そうですけど……なんであたしの名前……」

 ずずいっと顔を近付けられ、さつきは思わず仰け反る。「うはぁ、マジか!」と勝手に驚愕するおだんご頭の服装を見て、さつきはようやく合点がいった。

「星花のソフトボール部の方ですか?」

 さつきも顔を近付けると、おだんご頭は「そう! 高等部のね」と頷いた。

「いやぁ、噂には聞いてたけど、一柳さつきがほんとにうちに来てたとはねぇ」

 おだんご頭はまじまじとさつきを観察し出す。噂とはなんだろうか、とは思ったが、おそらく願書をもらいに来たことを言っているのだろう。全国大会まで行ったとはいえ、高校生にまで名が知れていることに驚いた。

「んで、今日は何しに?」

「い、いえ……近くまで来ただけです」

「ふーん、そっか。てっきり練習試合でも見に来たのかと思ったよ。せっかくだから部内の紅白戦見においでーっと言いたいとこだけど、残念ながら他校との試合の時以外は部外者は入れないんだったわ」

 おだんご頭がぽりぽりとこめかみをかいた。確かに、ここまで来たのだから部活見学できるのならしたい。さつきは最後の一口を急いで飲み込み、顔の前で両手をパンッと合わせた。

「練習、見学させてください!」

「えっ、だから今日はダメだって……」

「お願いします!」

 唐突な申し出に、おだんご頭は「そう言われてもなぁ……」と首を捻った。

「あたしが決められるわけじゃないからなぁ……。でも、来年うちのソフト部に入ってくれるんなら、先生に頼んでみるよ」

「ほんとですか? ありがとうございます!」

 さつきはおだんご頭の手をがっしり握り、ぶんぶんと上下させた。顔は笑っているが、力の強いさつきに上下され、おだんご頭は若干がくがくと揺れている。

 紙袋入りのビニール袋を四つ下げたもみじから二つずつ受け取り、二人仲良く校門を潜る。途中、警備員とチラッと目が合ったが、特に止められることもなかった。

 先月、練習試合で足を踏み入れたグラウンドだが、改めて見るとさすが金持ち学校というだけあり、グラウンドも見事に整備されている。紅白戦の準備はすでに整っているようで、スコアボードには『紅ー白』と表示されていた。

 田辺せんせー!」

 きょろきょろ見渡しているさつきを残し、おだんご頭がさっさと向かったのは、お嬢様学校になんとも不釣り合いな強面の坊主頭のおっちゃん。先生と呼ばれ振り向いたのだから先生なのだろうが、おっちゃんはおっちゃんでも、もうちょっとお嬢様学校に釣り合うおっちゃんはいなかったのだろうかと疑問に思いながら眺めるさつき。

 このまま近付いていいものなのか分からず足を止める。おだんご頭と坊主頭はこちらを見ながら一言二言交わした。

「ほー、おもろいやん!」

 坊主頭が大声を出しながら立ち上がった。にやりと口角を上げ手招きする。リトユニ関係者にも関西弁のおっちゃんはいるが、見た目と声の野太さも手伝っていよいよ迫力満点である。

「偵察とは熱心なお嬢ちゃんやな。その度胸に免じて許可したる!」

 ニアまん入りのビニール袋をぶら下げたままのさつきは「ありがとうございます」とスポーツ少女らしく、きっちり会釈した。

 すでにニアまんを配りだしていたおだんご頭が「よかったね!」とさつきからビニール袋を奪った。パシらされていたのか、お待たせーと配り歩いている。だがニアまんを受け取る選手たちの目はニアまんではない。さつきに一点集中だった。

 その中でただ一人、さつきの存在に気付いていないらしき背がある。

「ちょっとーぉ! それ私のニアまんーっ!」

 両手にニアまんを掲げた長身の選手に「届いたらねー」とからかわれ、白地にピンクラインのジャージがぴょんぴょん飛び跳ねている。

「くっそー……! こんなことしてると、体育『一』にするかんねー!」

「うわっ、先生の権限振りかざすとかさいてーですよー?」

「先生のニアまん奪うほうがさいてーだっつーのー!」

 高々と掲げられたニアまんに手を延ばすたび、栗毛のポニーテールがゆらゆら揺れる。

 本当はもっと高く飛べるのに。

 本当は誰よりも美しく飛べるのに。

 楽しくじゃれ合うその背中は……。

「朱兎さんっ!」

 振り返ったどんぐり目が「おわっ!」と変な声を上げた。






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