『第 章 怨鱗』
数日後、甚大な被害を受けたレイラス王国王都。
現在都市のあちこちで復興作業が行われており、ダンジョン跡の大穴も大勢の魔法使いによる穴埋め作業が行われていた。
応急処置故、土魔法で蓋のように塞ぐだけだが。
その大穴の奥底でうごめく一頭のドラゴン。
「ハァ、ハァ・・・。従魔契約の繋がりが切れた。つーことは、死んじまったのか・・・、シーナ・・・。」
致命傷を負ったニーズヘッグがダンジョン跡に残った魔力で生き永らえていたのだ。
辺りを見回すと、足元には倒した悪魔獣の亡骸。
そして、大量の人骨が地面全体に敷き詰められていた。
おそらくレイラス王家に反旗を翻した者達の末路だろう。
悪魔獣の亡骸の上でニーズヘッグは、
「何でだよ・・・。頼むって言ったじゃねぇかよ・・・!バハムート!」
拳を強く叩き歯を食い縛って悔しがるニーズヘッグ。
「何死なせてんだよ、ふざけるなよ・・・!」
後悔が何度も蘇る。
あの時こうしてれば、あの時ああしてればと。
後悔してもしきれない。
「・・・いや、アイツが悪いんじゃねぇ。悪いのは、人間だ・・・!」
レイラス王国だけじゃない。
これまでも世間の人間はシーナを化け物と忌み嫌い罵倒を浴びせてきた。
その度にシーナがどれほど心に傷を負ったか。
次第に人間、人類に対しての憎悪が膨れ上がる。
「理解しようとせず勝手に決めつけやがって・・・!許さない、許さなイ、ユルサナイ・・・‼」
憎しみが限界に達したニーズヘッグは足元の悪魔獣の亡骸を喰らい始めた。
(必ず生き延び、奴らを根絶やしにする‼人間は、一匹残らず殺す‼)
亡骸を喰らうごとに傷が再生していき、力が蓄積されていくのだった。
それから更に数日後、王宮の地下にて国王が奪い取ったシーナの心臓を魔石に吸収させる。
すると魔石は赤黒い紅色へと変色した。
「何て膨大な魔力量だ・・・。これだけの量があれば兵器など作り放題ではないか!やはり私の眼に狂いはなかった。黒魔のシーナ、噂通り化け物級の魔力量だったか。」
数か月前、シーナの噂を聞きつけた国王は彼女の持つ膨大な魔力を欲した。
しかし彼女には災害級の魔獣ドラゴンが二頭もついていたため迂闊に手出しができないでいた。
そんな時、落ちこぼれの我が子レジーナが名乗りを上げたのだ。
シーナに近づき隙を見て魔力を奪い取ると言い、成功した見返りとして自信を認めてほしいと懇願してきた。
初めこそ期待はしていなかったが主戦力である王国軍を使う訳にもいかず、仕方なくレジーナに任せることにした国王。
その結果、レジーナは見事に黒魔の意表を突き魔力を奪い取ることに成功させたのだった。
王宮の廊下をツカツカ歩く国王。
同行する側近に現状を報告してもらっていた。
「奴らの逃亡を手助けした者どもはどうした?」
「はい。男の方、別大陸のギルド長は我が国の反逆罪人として地下牢に幽閉しています。現在は筋トレなどして過ごしているようですが重い刑罰は免れないでしょう。女の方、ヨルムンガンド組織の生き残りである少女は情報聴取として性拷問を行っております。既に何人もの相手をしており、もう人として再起は不可能でしょう。特にマルク様が虐待もなさるので・・・。」
「あの馬鹿息子め。貴重な情報源を壊しおって。後で仕置きが必要だな。まぁいい。必要な物は手に入ったのだ。その褒美としてあの落ちこぼれだった娘の望みを叶えてやらねばな。」
国王が部屋の前にやってきて扉を開けた。
「では式に向かうとするぞ。レジーナよ。」
光りの差し込む窓辺には美しいドレスを着飾ったレジーナが佇んでいたのだった。
復興の進んだ王都の中心、ダンジョン跡の大穴は完全に蓋がされその上に王家の台座が設立されていた。
その中央広場には王都中の住民が集まっており周りには兵士が並んでいた。
暫くすると国王が台座の上に上がる。
「皆の者!此度お集まりいただき感謝する!これより、我が国の歴史的瞬間をお見せしよう!まずは、我が娘レジーナよ。こちらへ来たれ。」
国王に呼ばれドレス姿のレジーナが台座に上がる。
その様子を台座の外から見ていた包帯姿のマルクは密かに舌打ちをした。
(チッ。暗殺が成功していればあそこに立つのは俺のハズだったのに・・・!)
「レジーナは偉大な功績を我が国に献上した。世間で恐れられていた怪物、黒魔のシーナを欺き見事討ち滅ぼした!その功績を称え次期王位はレジーナを選抜する!」
国王の言葉に国民は歓声を上げた。
「どうだ?望み通り国民がお前を認めたぞ。これがお前の手に入れたかった栄光だ。もっと誇るがいい。」
「はい。お父様・・・。」
しかしレジーナは暗い表情でずっと俯いていた。
(落ちこぼれと見放され、血を分けた家族からもいない存在として扱われてきた。今回の事で皆が私を認めてくれる。それが望みだった。そして今、その望みが叶ったんだ。・・・でも、何でだろう?欲しかったものが手に入ったのに・・・。)
「嬉しく、ない・・・。」
小声でつぶやくレジーナは心に大きな穴が開いた感覚に見舞われていた。
そんな事を知らず国王はレジーナを台座から降ろし演説を続ける。
「諸君!これより我々は更に軍事力に力を注ぐ!強気者は弱き者を守り、より長く平和を保つため、我々は日々力を付けてきた。それでも他国の脅威は侮れない。いついかなる時も戦争に怯え不安にさせてきてしまった。しかし!もうその心配は不要となった!」
国王の背後の幕が開くと影芝居が行われ始めた。
「我が娘レジーナが無限に等しい魔力の源を手に入れたおかげで我らの軍事力は更に力を増した!このリソースにより我が国の防衛を万全なものとし、他国を攻め落とし、我が国が戦争を終結させるのだ!その暁に、我らは世界を統一させ、我がレイラス王家は誓おう!この国に、永遠なる安寧を・・・‼」
・・・その時だった。
国王の演説が終わる間もなく、埋めたはずの大穴から一筋の熱戦が貫き台座を爆破してしまった。
何が起きたのか理解が追い付かずただ佇む住民。
国王は崩れた台座の下敷きとなり絶命していた。
すると燃える炎の中から鋭いかぎ爪を有した大きな黒い手が地上を掴み、その巨体を這い上がらせる。
這い上がってきたのは、ニーズヘッグだった。
「~~~~~~~!!!」
咆哮を上げると同時に我に返った住民たちが一斉に逃げ出した。
完全な混乱状態となり逃げ惑う住民。
「ニ、ニーズヘッグさん・・・⁉」
レジーナは死んだと思ってたニーズヘッグが現れたことに状況が理解できないでいた。
「まだ生きてたのか⁉滅竜槍でも死なないとは化け物め!何をしている!出合え!出合え!」
マルクの指示で兵士が立ち向かうが相手はドラゴン。
所詮人間が敵うはずもなく次々と薙ぎ払われてく。
踏みつぶし、引き裂き、食い殺し、今までの彼とは思えない凶暴性にレジーナは恐怖し、その場から逃走した。
「おのれ死にぞこないめ!滅竜槍を用意しろ!」
「し、しかし槍の装填には時間が!」
「俺がやれと言ってるんだ!もう父上はいない!全指揮は俺が取る!お前等は黙って俺の命令に従え!」
「は、はい‼」
兵士が走り出すも降ってきた瓦礫に押しつぶされてしまう。
「っ!くそがぁ・・・‼」
マルクも剣を握るが怪我をした身体では満足に動くこともできるはずがなく、ただ佇むだけだった。
それでもニーズヘッグは容赦なく口部に魔力を溜めていく。
「ふざけやがって‼俺はこんな所で死ぬ男じゃない!俺は、この国の王になる男なんだぁぁぁぁ!!!!」
そんな彼の叫びも虚しく、ニーズヘッグの放つブレスによって消し炭とされ、都市の大半が破壊された。
再び口部に魔力を溜め再びブレスを発射。
都市が薙ぎ払われていき王宮も破壊される。
王国が破壊される中必死に逃げるレジーナ。
「ハァ、ハァ・・・!どうして、どうしてこんな事に⁉私はただ、家族に認めてもらいたかっただけなのに・・・!」
そう言い聞かせるレジーナだがふと立ち止まった。
「いや、こうなって当然だ・・・。私が、私があの人達を騙し裏切ったからだ・・・。」
この時、レジーナは抱いた心に確信を持つ。
「そうだ・・・。私は、あの人たちと出会ってから家族なんかより、あの人たちの本当の仲間として、ずっと一緒に居たかったんだ・・・!私の事を、私として認めてくれてた・・・!」
自身の本当の気持ちに気が付き、酷く後悔した。
「ごめんなさい・・・!シーナさん、バハムートさん、ニーズヘッグさん・・・!」
ボロボロと泣き崩れていると崩壊した王宮の瓦礫がレジーナに降り注ぎ、その姿を消した。
そして王国を半壊させたニーズヘッグは崩壊した王宮の頂上へと降り立ち憤怒の咆哮を轟かせるのだった。




