『第 章 瓦解』
暴走するシーナを救ったレジーナ。
シーナはダンジョン跡の大穴を覗き込んで何やら話し合っていた。
(良かった。シーナさんが無事で。)
レジーナが心底ホッと胸を撫で下ろすと、父親である国王の言葉が突如浮かび上がった。
『レジーナよ。必ず黒魔から魔石を奪うのだ。期待しておるぞ。』
(っ!)
レジーナの心臓がドクンと大きな鼓動を発する。
(そうだ。私は、私の目的は・・・。)
震える手で短剣を握るレジーナ。
(でも、恩人であるシーナさんを裏切るなんて、私には・・・!)
しかし何度も父の言葉が脳内を過り、その短剣をシーナの背に突き刺したのだった。
「レ、ジーナ・・・?」
胸に風穴が空いてしまったシーナはその場に倒れてしまった。
「シーナ⁉」
「レジーナ⁉お前何してやがる⁉」
「わ、私は・・・!」
血の滴る短剣を持ち震えるレジーナ。
その時、周りの建物の隙間から次々と甲冑を着た兵士の軍勢が現れバハムート達を囲う。
「な、何だコイツ等⁉」
「レイラス王国の兵士⁉何故このタイミングでこれ程の数が?」
すると正面の兵士が道を開けると高貴な身なりの中年男性が歩いてきた。
それは国王だった。
「ヨルムンガンドや神の襲撃は想定外だったが、よくやった。レジーナ。」
「貴様が国王か?どういうことだ?」
「初めから我々レイラス王国の目的は黒魔が長年溜め続けてきた物。」
すると国王は倒れるシーナの身体に手を突っ込み、七色に輝く結晶がついた心臓を引き抜きだした。
「この魔石だ。」
「き、貴様あぁぁぁぁ!!!」
激しく怒号するニーズヘッグが国王を襲うも瞬間移動魔法のスクロールで転移し後ろに下がった。
「バハムート!これ以上シーナの醜態を晒させるな‼」
バハムートは心臓を抜き取られたシーナを抱える。
心臓を失いここの出血量。
とても人間が生きてられる状態ではない。
バハムートはギリッと歯を食い縛る。
「ニーズヘッグ。かの混沌竜の末裔。我ら人類にとっても脅威となり得る存在。」
「なら今すぐお前等の脅威となってやろうか⁉俺達の主をよくもやってくれたな‼」
特にニーズヘッグは座り込み震えてるレジーナを睨みつける。
「テメェも最初からグルだったわけか、レジーナ・・・!」
彼の殺気に当てられ怯えるレジーナ。
「バハムート!シーナを連れて離れろ!」
「お主は?」
「コイツ等はドラゴンの逆鱗に触れた!生かしてはおけない‼」
凄まじい殺気で兵士を後ずさりさせるが国王は依然平常を装っていた。
「それはこちらも同じだ。我が国の脅威となる存在は、先に排除せねばな。」
国王が腕を掲げると後方から巨大な槍が飛んできた。
「「っ⁉」」
咄嗟にかわす二頭。
そして大穴の向かい側の壁に突き刺さった槍が爆発するのを見て驚愕する。
「『滅竜槍』。我が国が作り出した竜をも殺す兵器だ。」
アレを受けてしまったら流石のバハムート達でもただでは済まない。
(とんだ隠し玉を仕込んでいやがったか!)
このまま戦っては分が悪い。
シーナの事もある。
ここは撤退をしなくては。
そう思った矢先、突然身体の力が入らなくなり膝をついてしまう二頭。
(な、何だ⁉)
(身体に力が入らぬ⁉)
「計画通りだ。よくやったレジーナ。」
「は、はい・・・。」
彼等はこの国に入った時、レジーナがブレンドした木の実を食べていた。
しかしそれには遅効性の神経毒が仕込まれており、レジーナはお礼と称してそれを彼らに食べさせていたのだった。
(あの時食った木の実⁉)
これでは思ったように動けず逃げることも困難だ。
バハムート達は完全に袋のネズミ状態となってしまっていた。
「最強種のドラゴンと言えど、我が国の兵器力の前ではトカゲ同然。さぁ、今こそドラゴンを倒し栄光を手にするのだ‼」
国王が宣言を上げると城の方で『滅竜槍』を装填し終える兵士の前にあの男が立っていた。
「ここで汚名返上してやる!」
常闇のより倒されたはずの第一王子マルクが重傷を負いながらも生きていたのだ。
「撃てぇ‼」
城から放たれる滅竜槍は真っ直ぐバハムートの方へ飛ばされる。
神経毒で身体の自由が効かない今避けるのは不可能。
「くっ!」
せめて自身の身でシーナを守ろうと構えるバハムート。
だがその彼をニーズヘッグが突き飛ばした。
「っ⁉」
「シーナを頼むぜ。親友!」
ニーズヘッグの腹部に滅竜槍が突き刺さり起爆する。
爆発したニーズヘッグは煙にまみれながら大穴へ倒れ込んでしまう。
「ニーズヘッグーー‼」
バハムートが前足を伸ばすもその手を掴むことは出来ず、ニーズヘッグは大穴の暗闇へ落ち姿を消したのだった。
親友がやられ言葉を失うバハムート。
「ドラゴンにも他者を庇う心があったとは。愚の骨頂であるな。」
拍手をしながら笑う国王であった。
「・・・何故だ。我らはただ共に旅をしたいだけだったはずなのに。何故奪う・・・。我らが一体、貴様らに何をしたというのだ‼」
怒りを露わにするバハムートの威圧に半数の兵士が意識を刈り取られ倒れていく。
残った兵士は怒り狂うバハムートを見て竜の怒りを買ってしまったと恐れを成す。
しかし、
「主人と親友を失って尚向かってくるか。所詮は獣。怒りに任せ暴れまわるとは小心者だな。」
国王は呆れたように首を振った。
「黙れ‼貴様らは我らの逆鱗に触れたのだ!今ここで!貴様ら全てを消し炭にしてくれる‼」
口部に高密度の魔力を溜めるバハムート。
一部の兵士が恐れのあまり逃げ出し始める。
「死ねい‼」
ブレスを放とうとしたその時、シーナが黒炎を放ち、噴煙をまき散らした。
「っ⁉シーナ!」
ブレスをキャンセルしシーナに向き直る。
「ゴホッ!逃げるんだ、バハムート。毒で弱ってる今あの軍勢を相手にするのは得策じゃない・・・。お前も分かってるだろ?」
図星を突かれ言葉を詰まらせる。
「だがお主、心臓が・・・!」
「ありったけの魔力を消費して無理やり血脈を動かしてる。長く持たないけどね。ゴフッ!」
咳き込み血を吐くシーナ。
「シーナ!」
「ニーズヘッグも無事だ。あの程度でくたばる奴じゃない。アイツのためにも、逃げろ!バハムート!」
「っ!」
噴煙の中で咳き込む国王。
「黒魔め!まだ息があったか!小癪な真似を!奴等を生きて返すな!必ず止めをさせ‼」
号令と共に兵士や竜騎兵が進軍し始める。
神経毒で飛べないバハムートはブレスを足元へ放ちその爆風へ大穴の向こう側へ飛び門へ向かって走り出す。
「逃がすな!追え!」
シーナを抱え崩れた街を全力疾走する。
後方から馬に乗った兵士と空から翼竜に乗った竜騎兵が弓矢や魔法攻撃でバハムートを追撃してくる。
シーナは苦しそうに息を荒くしていた。
(必ず逃げ延びる!)
しかし盛られた神経毒は思った以上に効いていたのか突如足に力が入りづらくなってしまう。
「ぐっ!毒が足に!」
なんとか踏ん張るもこの速度ではいずれ追いつかれてしまう。
滅竜の陣が刻印された矢じりが一斉に放たれバハムートは身を固めた。
その時、矢が全て切り裂かれ地面に落ちる。
「っ⁉」
バハムートの前には一人の茶髪の男がサーベルを持って立っていた。
「いやな予感がしたんで独断で王都に来てみれば、とんでもない事になってるな?」
それは護衛依頼を受けた街の冒険者ギルド、そのギルド長であった。
「お主は!」
「状況は大体察している。すまなかったな。まさかお姫さんの狙いがお前さんの心臓だったとは。いや、正確には王国の狙い、か。」
「ギルド、長・・・?」
「お前さんはあまり喋んな。どうやって延命してるのか知らねぇが心臓を抜かれてんだ。安静にしてろ。」
話してる間に王国軍が迫ってくる。
「ここは俺に任せな。依頼を出した責任はしっかりやらせてもらう。なーに。こんなおっさんに心配はいらねぇ。これでも若い頃は腕の立つ冒険者だったんでね。」
「ギルド長・・・。」
「早く行きな!」
「すまぬ。恩に着る!」
そうしてバハムートはその場から走り去っていった。
一人残ったギルド長は煙草を捨てサーベルを構える。
「さぁて。こうした以上俺も国家の反逆者だ。華麗なフィナーレでも飾ってやろうじゃねぇの!」
再び走り出したバハムートは街中を駆けていると上空から竜騎兵の団体が追ってきていた。
「やはりあの男一人では足止めしきれんわな。」
体勢を逆にし止まるバハムートは口部に炎を溜める。
「飛べずともブレスくらいは打てる!七割程打ち落とす!」
すると誰かが足元に手を添えてきた。
「っ!」
足元を見るとヨルムンガンドの一人、少女のユウナが足を引きずりながら前に出ていた。
「お主は?」
「ショウヤ達は、皆死んじゃった。どうして、私だけを助けたの?」
すると弱りながらも頭を起こすシーナ。
「そのショウヤって子に、頼まれたからだ。例え敵同士でも、仲間を想う心に悪い奴はいない。それだけ・・・。」
二ッと笑いかけるシーナを見てユウナは、
「・・・この世界には貴女みたいな人もいるのね。ここは私に任せて。助けられた恩は、ここで返すわ。」
「ダメ・・・!君も逃げるんだ!相手は王国軍なんだよ?君一人じゃ・・・!」
「『落ちて』‼」
ユウナが叫ぶと数匹の翼竜が落下していった。
「私の力は『マジックワード』。私が言った言葉は全て現実になる。異世界の転移者、舐めないで!」
今まで内気な彼女だったが今はとても勇ましく見えた。
「『毒よ、消えて』‼」
ユウナの力でバハムートとシーナの神経毒を消し去った。
「これで遠くまで逃げられる。さぁ、早く!」
「ありがとう・・・!」
「感謝するぞ。異世界の英雄よ!」
黄金を翼を羽ばたかせバハムートは王都から脱出することに成功したのだった。
「・・・英雄、私達に英雄なんて、おこがましすぎますよ。元の世界へ帰るために、いろんな人を傷つけてきたのに。でも、貴女のおかげで最後だけは、人として立ち向かえる!それと、助けてくれてありがとうございます。シーナさん。」
・・・それからどれだけ経ったかはわからない。
だが気が付けば日は暮れており、満月の月明かりが照らす青い花園にまでやってきていた。
「ハァ、ハァ・・・。」
なんとか逃げ切ったバハムートだが心身共に限界が近く足取りが重い。
抱えられるシーナも魔力で生き永らえてるとはいえ心臓を失っている。
二人はもう限界であった。
「すまぬシーナ。これ以上動けそうにない・・・。」
「十分だよ、バハムート・・・。」
月明かりが照らす花園の真ん中で休む二人。
「・・・すまなかったシーナ。まさかレジーナが裏切るとは・・・。いや、初めから仲間ではなかったのだな。」
「私もびっくりした。まんまと出し抜かれちゃったよ。」
「報復するなら手を貸すぞ?」
「流石にしないよ。そこまで器小さくないし。・・・でも、レジーナは最初から裏切るつもりだったとしても、あの子は根っから心の優しい子だったのは確かだわ。」
「どういう意味だ?」
「一緒に過ごしてたからそう感じただけ。多分、私達を裏切ったのは本心じゃないわ。それだけは言える。」
バハムートに寄り掛かりながら夜空を見上げるシーナ。
「だから、レジーナの事は許してあげて♪」
「・・・相変わらずのお人よしだな。」
「別にいいでしょ。最期の我儘くらい聞いてよ。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
沈黙が続く。
夜風が吹き花びらが舞うとシーナが口を割る。
「ねぇバハムート。」
「何だ?」
「もし、また出会えることが出来たらさ、その時はもう一度私の従魔として、一緒に旅をしてくれる?」
「愚門だな。我を従えられるのは世界広しと言えどお主だけだ。」
「そう言ってくれると嬉しいわ。・・・ニーズヘッグはレジーナの事を、やっぱり許せないかな?」
「相当怒っておったからな。なに、心配はいらん。奴もあの程度でくたばるはずもなし。再び相まみえたら我が殴ってでも説得して見せよう。」
「アイツをぶっ飛ばせるのお前くらいしかいないわ。」
そう笑い合う二人。
シーナは手元の花を摘み取る。
「バハムート・・・。私がいなくなっても、あの子、ニーズヘッグと仲良くやるのよ。二人は親友なんだから、私の事で争ってほしくないのよ・・・。貴方達が、私の事を覚えてくれているのなら、それだけで、私は幸せだから、ね・・・。」
「無論だ。」
「それと、ご飯、しっかり食べてね。」
「無論だ・・・。」
「・・・約束、守ってね。」
「・・・無論だ。」
次第に心音が小さくなっていく。
「バハムート、私の家族になってくれて、ありが、とう・・・。」
「我の方こそ、お主と出会えとても愉快な日々を送れた。我の方こそ、ありが・・・。」
花を持った手がパタリと倒れ、幸せそうな顔で彼に寄り掛かる。
バハムートは俯き、月明かりが反射する雫を零した。
「最後まで言わせぬか。馬鹿者・・・。」
この日、一つの伝説が幕を閉じたのだった。




