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第9話 アンドロイドは迷えない

 ――ピピピ……と、部屋の隅で電子音が鳴った。


 もう朝か、なんて思いながら瞬きをして、徐々に意識を覚醒させる。


 琉夏はもう、私に腕を回してはいなかった。

 私が動いたのか、琉夏が動いたのかはわからないが、いつものようにくっついてすらいない。


「……おはよう、琉夏。」


 欠伸を噛み殺して、琉夏に挨拶をする。

 いつもならすぐにおはようございます、と返ってくるのに、今日はなにも聞こえてこない。


「……琉夏? 朝だよー?」


 身体を起こして、琉夏の方を見る。

 琉夏は目を閉じたまま、まだ起きていないようだった。

 珍しい。私が呼ぶと、すぐにスリープを解除していたのに。


「琉夏ってば、起きてよ。」


 とんとん、と肩を叩いても、少し揺すってみても、琉夏は動かない。

 ……少し、様子がおかしいのではないだろうか。


 充電切れ――なんてミスは侵さないだろう。

 けれどこれは間違いなく、スリープ状態ではない。

 目を閉じているだけ、なんてわけもなく、明らかに、起動していないように見える。


 ……起動していない?


「――琉夏!?!?」


 慌てて布団を捲り、琉夏の様子を伺う。

 やっぱりぴくりとも動かない琉夏が、昨日書いた楽譜を抱いていた。

 何だか嫌な予感がして、そっと琉夏から楽譜を取り上げる。


 何枚も束になった楽譜の、一番最後のページ。の、裏。

 琉夏の丸っこい、可愛らしい文字で、たった2行、何かが書かれていた。


 ――自分でシャットダウンしました。


 ――ごめんなさい。


 自然と手の力が抜けて、楽譜が膝の上に落ちた。

 更にその上に、水滴が落ちる。


「何で……!」


 琉夏は、私を選ばなかった。

 1日の猶予すら拒んだ。


 昨晩の琉夏の言葉の意味を、ようやく理解する。


『――アンドロイドは、()()()()んです。』


 迷えない。

 琉夏は初めから、私を選ばないことを決めていたんだ。

 決めていたのに、私のために、今まで一緒にいてくれていたんだ。


 なのに私は思いあがって、1人で勝手に恋をして――

 ――そうだ。私は、恋をしていた。

 本当の本当に、琉夏が好きだった。

 見知らぬアンドロイドを、人間ですらない彼を、愛してしまっていた。


 きっと琉夏は、それに気づいていたのだろう。

 気づいていたから、ずっと一緒にいてくれたのだろう。

 自分は、琉莉さんだけを愛していたのに。


 水面のように揺れる視界。

 楽譜の上にしみが増えていくのが、かろうじて目に入る。

 慌てて、楽譜を払った。


 たった1夜で、これは私の宝物になっていて。

 私はこれを、濡らしたくなかった。


 パラパラっと散った紙のうち1枚が、琉夏の顔にかかった。


 琉夏は私のために、一緒にいてくれたのだろう。

 けれどそうならば、私のためならば、どうせこうなるのなら。

 あと1日くらい、一緒にいてくれてもよかったじゃないか。


「……琉夏のせいだよ?」


 昨日琉夏が心配していたように、今日、遅刻するよ?

 もしかしたら、休むかもしれないよ?


 どうせこうなるのなら、なるべく長く、一緒にいたかった。

 せめてありがとうと、好きだよ、と伝えたかった。


 ――ごめんなさい。


 なんて、事後報告されても、困るよ。

 許すしかないじゃないか。

 それとも私は、一生怒りを抱えて生きていくのか。


「――ごめん、こっちこそ、ごめん……!」


 どうして私の思考は、こんなに自分勝手なのだろう。

 どうしてこんな、自己中な理由だけで泣いているのだろう。


 やっぱり私が思った通り、人間とアンドロイドの違いは『涙』だ。

 やっぱり琉夏の言う通り、人間とアンドロイドの『思考』は違うみたいだ。


 だって琉夏なら、こんな自分勝手な理由で泣いたりしない。

 だって琉夏なら、こうやって琉夏を責めたりしない。


「ごめん、ごめん――!」


 ごめん、と何度謝っても、もう琉夏には届いていなくて。

 琉夏に言いたいことも、琉夏に届けたい思いも、空中に散って、あやふやになってしまいそうだ。


 涙も謝罪も止まらないまま、息が上がっても、止まらないまま。


 別のページに、もう1行。


 ――大切な人の記憶を、2人分保持したまま死ねるアンドロイドなんて、贅沢ですね。


 そう書いてあることに、私は気づかず泣き続けた。

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