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邸宅のアイリーンの部屋に戻ると、すぐさまメイドたちの手によって服を脱がされ、湯船に浸かった。
風呂の準備がなぜこんなにも早いのか・・・公爵邸は温泉が潤沢に湧き出ており、絶えず風呂場にはお湯が張られてた。先代公爵の指示で、使用人が利用する風呂場にも引かれ、公爵邸に住まう全ての人が利用できるようになっている。
ふぁぁあったかーい。公爵様はじめ皆さんには本当によくしてくださる。お父様やお義母、ルードベキアはどうなったのかしら。公爵様の婚約者だなんて、私のような傷だらけの女が嫁げるお相手じゃないことくらい自分でわかってる。わかってるの。
『・・・・アイリーン、よく聞け。公爵様を何があっても信じろ。あの方は絶対お前を裏切らない。必ずお前を守り抜く。公爵様は・・・・ふっお前にベタ惚れだぞ』
ジェイクはああ言っていたけれど。公爵様に相応しい女性はもっと他にいらっしゃるわ。
体が温まり頬が桜色に色づき始めたころ、浴槽から出ることにした。これから公爵との晩餐があるとのことで念入りに支度をされる。ドレスは淡いピンク色を選んだ。選ぶドレスがあることにアイリーンは気持ちが高ぶった。血色がよくなった肌に化粧映えする。
階下の食堂へ降りるため階段を下りようとしたとき、その下で公爵が待っていた。アイリーンの姿をみると目を細め顔を綻ばせる。
「お待たせして申し訳ありません」
「綺麗だ・・・・あなたと出会えたことが私の人生で一番の幸せです」
「大げさです、公爵様」
公爵様は、どうしてこうストレートに心をさらけ出せるのかしら?メイドの目もあるのに、羞恥心を感じないのかな。私は・・・気になって仕方ないけど。みんな私たちこと見てるし。
テーブルにはたくさんの料理が並べられていた。この邸宅で過ごすようになってから、アイリーンは食べ過ぎて太った気がする。どの料理もとても美味しく公爵に勧められるまま食べている。
美味しい食事を食べさせてもらえるだけで、幸せすぎて涙が出そう。
「噴水はいかがでしたか?水遊びを楽しまれていたという話を聞いてます。、スコッ、いえ、ジェイクにもお会いになられたんですね?」
心臓がどきんと跳ね上がる。隠すことなど何一つない。ないのだが、なんとなく気持ち的には浮気を指摘された・・・そんな気分だ。慌てる必要はないはずなのに、体温があがって汗が出てくる。
「はい。偶然会って少し会話をしました」
わぁ、、、余計なことを言わないようにしよう。(どこが余計なコト??それがわかんない)
「何をお話しされたんですか?」
わぁぁ!尋問?質問?疑問?討論開始?
だめ、ジェイクと何話したのかすっかり欠如してる・・・・
「・・・・・」
いえ、本当に何を話したのか思い出せないだけなんです~
「無理に話さなくても大丈夫ですよ。さぁ食後の散歩に噴水を見に行きましょうか」
言葉を間違えて公爵様に悲しい顔をさせてしまったらと思うと答えられなかった。返事をしないだんまりの私に、さりげなく会話を変えてくれる。その優しさに甘えている自分自身が情けなかった。
公爵様のようにさりげない気遣いが出来ればいいのに。
昼間の気温とは異なり、太陽が沈んだ外は空気が少しヒンヤリしている。食事に出された食前酒のせいか、顔が少し火照っていた。公爵にエスコートされながら噴水までゆっくりと歩を進める。
遠くからでもよくわかるほど、噴水は明るくライトアップされ、その中で水が溢れる様子がロマンティックだ。ライトの色は薄いピンク色。アイリーンが着ているドレスの色とよく似ている。
「きれい・・・・・ライトの色、公爵様の瞳と同じだと思ってました」
「アイリーン嬢の瞳の色を模しました」
噴水に近づくと、おもむろに跪いた。
「アイリーン嬢。愛しています。どうかこのアーチボルト・インシュバル・ルクセンハイムと結婚して下さい。私にあなたのそばにいる喜びを、共に歩む幸せを私に与えて下さい」
公爵はブルーの瞳で私を真っすぐに見ている。目を逸らさず、ずっと私を・・・私も同じように公爵様を見つめた。
きっと私は公爵様と一緒に人生を歩いていければ幸せになれると思う。この差し伸べられた手を取れば・・・でもスタール家が起した今回のことを考えれば、公爵家に迷惑が・・・・
「アイリーン。今すぐ返事を…とは言いません。ですがもし、スタール家やご自身の問題で返答を悩まれているのであれば気にしないで欲しい」
「ですが・・・私は・・・・私よりもっと他のご令嬢が・・・ふさわ」
「私は、アイリーン以外に妻を娶る気はありません。あなたがどんな境遇におられても、私はあなたを守り抜きます。私と共に歩んでいけるか・・・ただ、それだけを考えてください」
不意にジェイクの声が頭に響いた。
『公爵様を何があっても信じろ。あの方は絶対お前を裏切らない。必ずお前を守り抜く』
共に人生を歩きたいと言われるなんて思わなかった・・・そんな人に巡り合えるなんて。
今まで辛かったことがウソみたい。
ジェイク・・・私、信じてみる!
「公爵様・・・・私・・・本当に私で宜しいのですか?」
「他の誰でもない。アイリーンがいいのです」
「はい。謹んでお受けいたします」
「アイリーン!!嬉しいです」
返事を口にした瞬間、私は公爵様に抱きしめられていた。
大きな胸板。長く逞しい腕。初めての抱擁だというのにすごい安心感。守られるってことなのかな。
「アイリーン、アイリーン!アイリーン!!」
公爵様は何度も私の名前を呼びながら抱きしめた。同じように公爵様の背に腕を回して、抱きしめ返した。私が公爵様に安心をもらったように、公爵様にも分けたかった。さっきまで聞こえていた噴水の音が聞こえなくなり、公爵様と私の心臓の音だけがトクントクンと大きくなっていった。