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ジェイクって、やっぱりアイリーンが好きなのかなぁと思いながら書いてます。
受信を知らせる青い光が魔力通信装置から放たれている。青い光はアーチボルト・インシュバル・ルクセンハイム公爵の瞳と同じ色だ。僅かな振動と共に淡い青色は暗くなった室内によく目立つ。
スコットは通話ボタンを押した。
「はい、スコット。えぇ、すみません。今シャワーを浴びて出てきたところです。はい、今伺います」
会話終了と同時にボタンを押すと濡れている髪をワシャワシャと雑に拭き、ざっと髪の水気を取った。魔力通信装置で呼びかけてきたのは、騎士団長のスペンサーだ。
本来、暗躍部隊と騎士団は組織が異なるためあまりやり取りは行わない。公爵家で扱う仕事の種類が違うためだ。
暗躍部隊は字のごとく、秘密裏に動く仕事が多い。逆に騎士団は表舞台に出る。表舞台に出る騎士団とは使い道が異なっている。普段のやり取りは特段多くはないが、団長個人はどちらも可能な範囲で把握していた。
二人の仲が特別良いせいもあった。
「失礼します」
「すまないな。呼び立てて」
「大丈夫です。先ほど公爵様にも呼ばれ報告をしていました」
勧められた椅子に座って出されたグラスを手に取ると酒がつがれた。テーブルの上には腹持ちの良さそうなものから乾きものまで、数種類のツマミが乗っている。
「あざーす!用意、バッチリじゃないですか~団長!晩飯をくいっぱぐれちゃって。腹減ってたんですよ〜」
スコットのツマミを口に運ぶ手は止まらず、皿の上はすぐに空になっていく。グラスに注がれた酒にはあまり手を付けていない。チェイサー用として用意していた水ばかりを飲んでいる。
―― 事態に備え、酒をあえて控えてるな。
スペンサーはスコットのこういった真面目な部分を好ましく思っていた。
「今はどんな状況だ?公爵様、アイリーン様はどんな具合なんだ?」
「うーーん。アイリーンのケガはヒドイ。完治までは時間がかかると思います。心身ともに」
「アイリーン??」
や、やべっ!言われたそばから癖ででちまったぁぁぁぁぁ
「あーーいやぁ。友達なんですよ。俺達。とはいえ、俺もアイリーンを救出した時に初めて同一人物だってわかったんです。まさかっ雇用主のフィアンセと友達が同じ人物だなんて驚きですよぉ」
―― コイツ。いつか公爵に殺されるんじゃないか?
スペンサーに一抹の不安がよぎる。
次第に夜が更け、テーブルのツマミも空になるころには経緯を話し終えていた。
「今晩っていっても今は明け方に近いですが、公爵様が付き添ってます。彼女はずっと苦しんでいたから。早く、誰よりも幸せになって欲しいって思ってます」
さっき執事が公爵に訴えていたように、愛が、きっと、アイリーンに笑顔を与えてくれる。
「ところで、、、スタール家には誰か残してきたのか?」
「えぇ。交代要員、情報取集と見張りを兼ねて。アイリーンの笑顔を奪い、ケガまで負わせるクズどもを俺は許す気はさらさらないから」
友達か、、、仲の良さは十二分に伝わってくるが、スコットにはそれ以上の思いがあるみたいだな。なかったとしても、今回のことは酷すぎだ。
あと数年もすれば、アイリーンと同じ年齢の娘を持つスペンサーには、とても他人事とは思えななかった。
◆◆◆◆◆
「アイリーン嬢。待ってください!」
後ろから公爵様が呼び止める。その声を無視して私は走った。応接間の扉を開け、脱兎のごとく廊下を走って、走って、走り去る。息を切らしながら走り続けた。後ろには公爵が迫っている。まるで追いかけっこをしているみたい。扉という扉を開け、いくつもの部屋を通り抜ける。駆け抜けながら庭に繋がる窓を見つけ、迷わず外に飛び出した。
ヒラヒラと風に舞うスカートは、妖精がダンスをするようにはためいている。
途中で脱いだ両足のパンプス。素足に感じる芝生の感触。さわやかな風。
逃げていることを忘れてしまうほど気持ちがいい。
「ハァハァハァ。びっびっくりして逃げ出しちゃった。こ・ここまで、ハァ。くれば・・だい・じょ。ぶかな」
久しぶりの全力疾走に息が切れ呼吸がままならない。
私が!公爵様のコンヤクシャ??
ルードベキアの婚約者だと父に騙されてた??
公爵様の求婚状が、実は私宛だったなんて・・・・
それも驚きだけど。
もっと驚いたのは!!
ルードベキアから助けてくれたのが、公爵様の家臣であるジェイク = スコットということよ!
誰が同一人物だなんて思うのよ!
はぁぁ。なにがなんだか、わからないわ。
ジェイクがスコットで、スコットがジェイク?!
私たち三人がなんらかの形で繋がっていたのを「最近知った」なんて、そんな偶然て、ある?ある?
私はじっとしていられなくて、その場を行ったり来たり。うろうろしながら先ほど聞いた話を思い返す。
私が伯爵家から逃亡する計画も、ルートも行き先も全て公爵様にはすべて筒抜けだったのよ。
信頼していたジェイクが・・・信頼してたのに。
きっと、どこへ逃げても連れ戻されたんだわ。
「アイリーン嬢。落ち着いて下さい。体に触ります」
私に追い付いた公爵様から声を掛けられる。
お、落ち着けるわけ、ないですっ!公爵様が私の婚約者なんて、ホントありえないです!!
「会話の途中で中座し逃げてしまったこと、謝罪致します。頭が混乱しているので、申し訳ないのですが落ち着くまで一人にして頂けませんか?」
「それは、残念ですが出来ません。落ち着かれるまでご理解頂けるまで私が何度でもご説明致します」
公爵は脱ぎ捨てたパンプスを取り出すとアイリーンの前に跪いた。そして片方の靴を差し出す。
アイリーンが足を差し出すのを待っている。片手には靴、もう片方の手には公爵家の家紋が刺繍されてるハンカチ。
こ、これはっ、靴を履かせてくれるってポーズですかっ?!足裏も拭いてくださる気ですかっ?!
ですよね?顔にそう書いてある!!伯爵令嬢に公爵様が跪くなんて、ありえないでしょー
「こ、こうしゃくさま。お膝が、、お願いでございますからお立ちくださいませっ」
私も同じように公爵様の隣にしゃがみ込む。顔の高さが同じになり目と目が合った。ブルーの瞳が真っ直ぐ私を見ている。急にテレが押し寄せてきた。
顔が熱い。
公爵様の腕を掴んで、立ち上がろうとさせるけど、微動もしない。公爵様は口端が上がるのを我慢しているのか、変なお顔。
「ぷっ あははは」
アイリーンはこらえきれずに笑い出した。一度笑うと我慢がきかない。公爵の腕をつかんだまま笑い転げる。
こんなに笑ったのはいつぶりかしら?
ひとしきり笑い落ち着くと、ハッとして公爵と目が合った。ニコニコと笑いながら私を見ている。
「楽しいことがあって良かったです。私もアイリーン嬢のマネをしてもいいでしょうか?」
?どういう事でしょうか?
公爵様は靴を脱ぎ靴下も脱ぎ、私と同じように裸足になった。
「気持ちがいいですね。このまま裸足で少し散歩しましょう」
「えっ?」
公爵はアイリーンに腕を差し出すと躊躇いながら自分の腕を差し入れる。二人は歩き出した。
「ある夜会で私は初めてあなたに会いました。邸園の噴水をキラキラ輝く瞳で見つめ、水の中に手を入れている美しい女性に心を奪われました。その後、私はあなたを探し、あなたに求婚状を送ったのです」
思い返すと、数か月前に行われたハイルレーン侯爵家の夜会に出席をしていた。スタール伯爵は挨拶回りに義妹のルードベキアのみを連れ歩き、手持ち無沙汰になったアイリーンは庭園に設置された噴水を見て楽しい時間を一人で過ごしていたことを思い出した。
「この公爵邸にも噴水を建てたのです。ご覧になりませんか?」
あの噴水だわ!私が近くで見たいと思った素晴らしい噴水!見たい!!
私はコクコク頷く。
「では、参りましょう」
噴水は見事だった。以前見かけたハイルレーン侯爵家の噴水とは規模が違った。直径10mほどの大きさに水が張られ、水の中に無数の石のようなものが散らばっている。中央に設置された装置は円形が4段重ねられ、段重ねのケーキのようだ。一番上の段に女性の彫刻が乗っている。水の吹き出し口から勢いよく飛び出している。
「きれい・・・」
ルードベキアは噴水に近寄り、手を水に浸した。天気が良いせいかたまった水は温く冷たくない。
「この水の中に落ちているたくさんの粒?はなんなのですか?」
「これはライトです。正面の4段の噴水にも設置していますが、夜になると暗闇の中に光り、昼間みるのとは違った良さがあります。今晩、夜の噴水周辺を散歩しましょう。ぜひあなたに見せたい」
ライトアップされる噴水は昼間の顔と違い、それはそれは美しいだろう。ライトの色も、公爵の瞳と同じくブルーに違いない。アイリーンは興味を引かれ、賛成した。
ハイルレーン侯爵家の噴水に彼女がずっと座って眺めていたことを思い出す。
やはりアイリーンは噴水が好きなのだな。職人に急いで作らせたかいがあった。昼間の噴水であの笑顔だ。夜の噴水の雰囲気の変化はさらに楽しんでもらえるだろう。
今はまだ、この距離で十分だ。急いで仲を深めて逃げられても困るからな。
公爵は焦る気持ちを抑えるため、自分自身に言い聞かせた。
「公爵様・・・お耳に入れたいことがございます」
執事が後ろから声を掛けた。スタール家の内容であることを察知する。執事の横にはメイドが立っている。
「公爵様、どうぞお戻りください。私はまだこちらで噴水を見ていても宜しいでしょうか」
「申し訳ありません。すぐに戻ります。メイドと一緒にこちらでお待ち頂けますか」
公爵が執事と共に邸宅に戻ると、アイリーンはにっこりと笑って、スカートの裾をまくり上げた。
「お嬢様??まぁお止めください」
慌ててメイドが止めに入るが、制止を無視し噴水の中に足を入れ歩き出した。先ほど手を入れて感じた温度が足に心地よい。足の裏には噴水に埋められているものがゴツゴツ当たる。足のツボも刺激される。中央の噴水に向かって歩き始めたとき、アイリーンの目の端にジェイクの姿が入った。
「ジェイク!あなたねー酷いわ。騙していたの?」
もぉもぉもぉ!一体 どういうつもりよっ!
騙されたという思いが湧き上がってくる。感情を抑えきれず、アイリーンは水しぶきを派手に上げながらジェイクに詰め寄った。
「アイリーン、服が・・・ビショビショじゃないか」
「そんなことはどうでもいいの!全部、全部嘘だったの。あなたの優しい言葉も相談に乗ってくれたことも」
「違うっ!そうじゃない。俺は嘘なんてついてない。アイリーンと公爵様の婚約者が同じことは、助けに行ったときに初めて知ったんだ。小屋の中で微かに聞こえてきた君の声で気づいたんだよ。決してアイリーンを騙していたわけじゃない」
「公爵様に私の計画を報告していたんじゃなくて?」
「そんなことはしていない。俺がお前を騙すわけない」
「なぜそんなことを言えるの?」
「俺も、、、一緒についていく気だったからだ。あぁ、ほら。危なっかしいんだよ、アイリーンは。伯爵家のお嬢だし、世間知らずだし、ほら、可愛いし危ないだろ?生活が落ち着くまで一緒にいようと思ってたんだ」
本当に、信じていいのかしら。でも、ジェイクがウソを言っているようには見えないわ。
でも・・・
「他に隠し事はしていない?」
「誓う。俺はお前に一度も嘘を吐いたことがない。公爵家の仕事の話は別だけどな。ほら、水からあがれよ。今日は天気がいいけど、風邪ひくぞ。あの時の傷、まだ完治してないだろう?」
「・・・・それは別にいいの。公爵家の皆さんにとてもよくして頂いてるし。。。スタール家は・・ルードベキアはどうなったの?」
公爵にも誰にも聞けなかった質問をジェイクに尋ねた。ジェイクはアイリーンに手を差し伸べ噴水から出るのに手を貸した。まくり上げたドレスはすでに水の中。膝から下がぐっしょりだ。
「・・・・アイリーン、よく聞け。公爵様を何があっても信じろ。あの方は絶対お前を裏切らない。必ずお前を守り抜く。公爵様は・・・・ふっお前にベタ惚れだぞ」
ほら、降りろ!と一気にアイリーンを噴水から出した。地面に足をつけると途端に周りが濡れ色が変わる。
「お嬢様。お召し替えを。このままではお風邪を召してしまいますよ」
メイドに促され邸宅へ向かって重いドレスを引きずりながら歩き始めた。振り返ればジェイクがアイリーンを見ている。一緒についてくるのかと思っていたが、ジェイクは動く素振りを見せない。
「ジェイク!ありがとう。私、あなたのお陰で頑張れたの。遅くなってごめんなさい。助けてくれてありがとう。私たち、これからも友達よね?」
ジェイクは答えることなく、早くいけというようにシッシと手を振る。
アイリーン、もう友達ではいられないんだ。俺とお前は。
公爵夫人とその臣下になるんだ。それでもアイリーンを大事にする気持ちは永遠に変わらない。
ジェイクはアイリーンの姿が見えなくなるまで目を離さなかった。見えなくなると次の任務の指示をえるため、公爵の元に歩き出した。