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「伯爵様」


「なんだ、騒々しい」


「申し訳ございません。只今・・・・ルクセンハイム公爵様がお越しになられました」


「な、なんだと?どううことだっ!」


書斎の椅子にどっかりと座り酒を愉しんでいるところに執事が呼びに来た。

昨晩、アイリーンを公爵邸で預かると書簡が届いている。公爵自身が訪ねてくる理由が全く思いつかない。


「公爵は?」


「応接間にお通ししております。伯爵様、アイリーン様にお会いしたいと仰っておられます」


意味がまったくわからない。アイリーンがここに帰ってきているということか?昨晩の書簡は偽物か。何がどうなってるんだ?


伯爵は動揺していた。出せと言われても、邸宅に居ないものなど応接間に連れて行けるはずがない。とはいえ公爵を待たせるわけにはいかない。


「ルードベキアはどこだ?」


アイリーンが不在の今、ルードベキアを同席させよう。公爵もルードベキアを気に入るはずだ。どうちらかを正妻に、どちらかを愛人にすればいいだけの話。そうすれば我が家は安泰だ。サリヴァン・ド・スタールは下種な考えに一人ほくそ笑んだ。


何を考えているか丸わかりの伯爵を見ながら執事は答えた。


「ルードベキア様はお出かけになられ、まだお戻りではございません」


「なに!どこへ行った?なぜ出かけたことを言いに来ない!」


伯爵は動揺からか怒りが沸点に達するのは早かった。手近にあった大理石の灰皿を執事に向かって投げつける。石でできている灰皿はとても重く、コントロールがきかず執事ではなく花瓶にあたり盛大に割れた。行けられた花は破片とともにあちこち散らばっている。

はぁはぁと伯爵の荒い呼吸が室内に響いている。


どいつもこいつも つかえんっ!


「なんだ?この家は・・・客人を待たせておいて派手に口論か。どうしようもないな」


公爵はモノが落ちる低い音を応接間で聞きながら独りごちた。通されたこの部屋のソファーには掛けず窓を開け庭を眺めた。木々は剪定され整っている。時期の問題か花が咲き乱れているということはなかった。

メイドが淹れたお茶には口をつけなかった。この家で出されたものに口をつける気にはなれない。

公爵の後ろには騎士団が守るように立ち、登場する伯爵を威嚇するように立っている。


―― またすぐにお目にかかります。


そう言って別れてから時間はほとんど経っていない。


私がもう会いに来たとわかったら、さぞや驚くだろうな。彼女はどんな表情を見せてくれるのだろう。

必要なものなどないだろうが、このまま公爵家へ連れて帰ろう。

この家で叶わなかった安心・安全・安らぎを惜しみなく与えたい。

本当に自分の家だと早く感じてもらえるように。彼女が驚く顔を見るのが楽しみだ。


ノックが聞こえ扉が開き伯爵が入ってきた。狡猾そうな目つき仕草。この男がアイリーンに危害を加えたと人物の一人かと思うと(はらわた)が煮えくり返る。アイリーンが正式に公爵家の籍に入っていない今はおとなしくしているのが得策だ。


―― ひとりか。乗馬服で慌てて戻ったのだから、着替えているのだろうか。


「公爵様。至らない邸宅ではございますがどうぞお寛ぎください」


その一言で二人はソファに腰を落ち着ける。新しい茶器が運ばれてきた。


「昨晩は、、、娘が大変お世話になり申し訳ございません。父としてお礼を申し上げます。して本日は、どのようなご用件でございましょうか?」


公爵はピクリと眉根を寄せた。


何かが・・・おかしい。


「今朝ほど、伯爵家からの迎えの馬車に乗り令嬢がお帰りになっています。私は彼女を迎えに参りました」


「迎えの・・・馬車ですか。私は馬車を出しておりませんが・・・」


伯爵はテーブルにあるベルを鳴らし、外に控えていたメイドを呼んだ。


「執事を呼んでくれ!」


ほどなくして、執事が顔を出した。遠くから走ってきたのか息が上がり額にうっすら汗をかいている。


「今朝、馬車を出すように指示したのは誰だ?」


「・・・奥様でございます」


「サファイアが?ここに呼べ、いや、私が行く。どこにいる?」


公爵がすぐそばにいることを失念し目くじらを立て立ち上がる。公爵が目の前にいることに気づき慌てて。


「公爵様。お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ございません。妻が・・・馬車を出したようです。ただいま確認をしてまいります。しばしお待ちください」


この慌てよう・・・伯爵の指示ではないようだな。


「妹君はご在宅ですか?」


「ルードベキアは出かけております。次回は必ずご挨拶させて頂きます。お恥ずかしいのですが、気立てが良く優しい娘に育ちまして」


―― ルードベキアにも興味があるのだな。これは、計画がうまくいきそうだな。


ルードベキアのことを尋ねられた伯爵はほくそ笑んだ。


「スタール伯爵、アイリーン嬢はどちらでしょうか?まだお戻りではないのですか?」


焦る気持ちをできるだけ抑え、伯爵に尋ねる。


まさか、まだ戻っていないのか。であれば馬車はどこへ向かってどこにいる。


「えぇ、アイリーンが戻ったという報告は受けておりません。馬車を向かわせた妻に確認いたします」


血の気が引いていくのがわかる。公爵家を出てから約二時間半ほど経つ。

ゆっくり進んだとしても到着できない時間ではない。

公爵は後方に控える騎士団に指示を出した。


「スコットと連絡を取って状況を把握し報告しろ。伯爵、奥様をこちらへ呼んで頂けますか?」


命を受けた騎士二人はバタバタと部屋を出ていく。

騎士団には通信手段として魔力通信装置を持たせている。この機械が流行するのはあっという間で今は入手困難な品物だ。ただ難点は、形が大きいこと。持ち歩くには大きい上に重い。戦争や密偵の時に必要不可欠なこの機械だが、難点の為に使用を躊躇されることが多かった。


公爵家では独自に改良を続け、サイズ・重量だけでなく電波の届く範囲、音量調整、調光ライト、着信音の設定、バイブレーションなど様々なことを付加し市販よりもずっと性能が良くなっている。


相手から通信が届けば光るようになっているが、先ほど見たときは光っていなかった。ということは、スコットからの連絡がないということ。

単にアイリーンが無事で問題がないだけなのか、逆に連絡をとりたくてもできない状況なのか。

結果がわからないこの空虚な時間は非常に長く感じる。そこにスタール夫人が登場した。


派手ななりだな。顔立ちがキツそうなところがルードベキアとそっくりだ。


夫人は公爵の買いを見て微笑むとゆっくりとカーテシーをした。


「公爵閣下。お初にお目にかかります。サリヴァン・ド・スタールが妻、サファイア・ド・スタールでございます」


「夫人・・・迎えの馬車の行方はどちらですか?」


公爵はカーテシーを続ける夫人の前に立ち見下ろしていった。顔を上げようとしたサファイアを「そのままお答えください」とカーテシーを続けるよういう。

公爵の怒りを買ったと痛感するサリヴァン伯爵とサファイア。サファイアは怒りといら立ちからブルブルと体を震わせている。仕方なく、姿勢を崩さぬまま下を向き答えた。


「馬車はこちらに戻ってまいりますわ。アイリーンはまだまだ躾も行き届かず、ご迷惑をお掛けしては伯爵家に泥を塗りかねませんの迎えの馬車を出しましたの。アイリーンの妹にあたるルードベキアは姉と違って愛らしく誰からも愛される存在ですの。ですから・・」


ぺらぺらとよく口が回る。

公爵はさらに声を一段低くし、サファイアに一歩近づき言った。


「黙れ。聞かれたことだけ答えればよい」


「も・申し訳ございません」


サファイアはさらに腰を曲げ委縮する。先ほどの震えとは違い、今は恐怖が勝っているようだ。もしくは、カーテシーという無理な体勢に筋肉が悲鳴をあげているのかもしれない。いずれにせよ、公爵にはまったく関係のないことだ。


「ルードベキア嬢も一緒だな。どこにいる。答えろ」


後ろから騎士が一人近寄り、公爵にそっと耳打ちをした。

途端に顔に青筋が立つ。




「公爵様。スコットと連絡がとれたようです。現在、公爵邸に向かい急いでいるとのこと。ルードベキア様と男が一人いたようですが、男は処理しました」


「ケガは?」


「重症のようです」


「落ち合う場所を決めろ。私が向かう。馬の準備を!」



公爵はサファイアに近寄り、胸倉をつかむとサファイアを持ち上げ突き飛ばした。


「夫人・・・ずいぶんと舐めた真似をしてくれたな!」


突き飛ばされたサファイアは後ろに立っていた伯爵にぶつかり二人は絨毯に倒れこんだ。状況を理解できていない伯爵は起き上がり声を裏返しながら言った。


「何をするんですか」


「ふっ。何をするだと?何をしたのか、奥方にきくといい。これで失礼する」


伯爵家正面玄関にはすでに馬が用意されていた。

公爵が現れるとすぐに一人の騎士が近寄り、現状を告げる。


「町はすでに経過し、まもなく公爵領に入ります。湖のコテージで待っております」


「わかった。一人は私と通信を持ちついてこい。残りは邸に戻り医者を呼んで待機。行くぞ!」


早鐘のように心臓がなっているのを感じる。


やはり行かせるんじゃなかった。頼む、無事でいてくれ!


公爵は自責の念に駆られた。自問自答を繰り返ながらコテージに向かって馬を走らせる。

舗装された道路と、森に入り木々の間を縫い、最短距離で待ち合わせ場所へ向かう。焦る気持ちを抑えアイリーンの元へ駆けた。

伯爵家から公爵領のコテージまでは距離があるが、馬ならばだいぶ早く着くことができる。


「アイリーン!!!!!!」


スコットに抱かれ馬上にいるアイリーンを認めると大声で名前を呼んだ。意識がないのか腕はぐったりと力なく垂れ下がっている。顔には血の気がない。額には渇いた血、腹回りには靴跡。

腹を蹴られたことは明白だった。額だけではなく少し見ただけでも全身が傷だらけだ。


公爵はアイリーンを自分の馬へ乗せ換えた。意識のない体はとても重く、呼吸が止まっているのではないかと錯覚してしまう。壊れ物を抱くように、体に負担がかからない速度で屋敷まで走り続けた。


アイリーン。目を開けてくれ。その可愛い瞳で私を見てくれ。

あなたが生きてくれさえいれば、私は何もいらないのだから。

アイリーン! 頼む!

私を置いて逝かないでくれ!!

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