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次回は、本日3時ごろアップ予定でいます。ぜひ読んでくださいね!

先ほどからこちらを見ている公爵様の眼差しがトゲトゲしている。

そんな気がする。いや、気のせいじゃない。


光加減によって、漆黒の髪に天使の輪ができる。柔らかそうな黒髪。長いまつげに宝石を思い起こさせるブルーの瞳。運動で鍛えられた引き締まった体躯。逞しい胸、太くがっちりとした腕。


二階からの高さとまではいかなくても、それなりに落下速度はあった。

あったのに。受け取目られた衝撃は想像よりもずっと軽くて。

抱きしめられたとき、公爵の足元が動くことも、ふらつくこともなかった。自分自身の膝をバネのように使い、瞬時に衝撃を逃すその判断力。


あの胸に抱かれたのね、私・・・

いやだ、私ったらはしたない。


男性に免疫がないのに、どうしても公爵の身体から目が離せない。ちらちら盗み見てしまう。

仕方がないので、メイドが入れたお茶に口をつけた。


「あっつっぅ」


口に入れたお茶はとても熱くて。

頑張って噴出さずに飲み込んだものの。口内も喉も瞬時に火傷を負う。すぐさま公爵が私に近づき、カップを受け取ってくれた。メイドの皆さんは公爵の指示がなくともテキパキと動いている。

冷えたお水に、氷、タオルと必要なものを次々手渡してくれた。


氷水を飲むことで焼けた喉が冷やされていく。氷を火傷した場所に押し当てる。氷をどかしながら舌で口内をまさぐるとぷっくりと水ぶくれができていた。


こういう水ぶくれって、どうしても破きたくなっちゃうのよね。

破けたら何を食べても飲んでも痛い傷だわ。

あぁ昨日から踏んだり蹴ったり。


口の中を水泡を潰そうと舌を忙しなく動かしているとき。

公爵はそっと私の顎を上向きにさせ「ちょっと失礼します」と、そのまま指を私の口の中に差し込んだ。


「な、なにふぉされるんれすかっ!」


公爵は無理やり口を開き、口内を覗き込む。


やーめーてー!は、恥ずかしいっ!


身をよじって振り解こうとしても、がっちりホールドされた頬は微動だもしない。空いている両手で彼の胸を叩き態度で抗議する。


「申し訳ありません。あぁやはり水ぶくれができています。火傷に効く軟膏を持ってこさせましょう」


そう言い、やっと手を離してくれた。傍にいたメイドに向かって手を上げる。

それを見たメイドは何も言わずに部屋を出ていく。

軟膏を取りにいったのだろう。


メイドの顔を見ることなく、ただ、手を挙げただけ。

私との立場や環境の違いを目の当たりにした。


あぁ、この方はずっとこういう生活をされていらっしゃったんだわ。

私とは、全く違う。

本当に立場が違う。


「公爵様。いくら火傷の確認とはいえ、未婚女性の頬に触れ、口を無理やり開けさせるなど、紳士としてありえませんわ」


「申し訳ありません、一刻を争う事態でした。次回から気を付けます」


「公爵様。もう次はございませんわ」


「どういう意味でしょうか?」


ずいっと距離を詰めてくる公爵。距離を取るため私はズリズリと少しずつ下がる。とうとうソファーの端まできてしまい、これ以上はもう下がることができない。


私は平然とした態度を崩さず。


「そのままの意味ですわ。意図などございません」


もぉこれ以上近づかないでください、公爵様。


私は我慢の限界がきて、前のソファーに移動しようと立ち上がった。一歩足を出したとき、公爵に手首を掴まれる。公爵の細く長いしなやかな指先は私の手首を優しく絡めとる。


ドキッ


心臓の音が跳ね上がり体温が上昇していく。掴まれた手首を見ていた私の視線が、自然と下がり公爵と目が合った。視線が絡まる。二人の視線が解けて一つになる感覚を覚える。


いつから私を見て・・・・


「ずっとだ、ずっと」


ブルーの瞳に吸い込まれそう。


私の体は微動だもしない。動かなきゃ、動いて反対側のソファーへって頭では理解できてるのに、体はちっともいうことをきいてくれない。

公爵は掴んでいる手を引っ張り、私を膝に座らせた。


「なっ!何をなさるんですか?!」


人の膝の上に座らせてもらった経験など、一度もない。もちろん、こんなに男性と密着するのも初めて。


「なぜ?なぜ、窓から出ようとなさったんですか?伯爵家では二階の窓から出るのは普通のことでしょうか?」


いつのまにか手首をつかんでいた手は、私の腰に回されている。


「ちっ違います!!ともかくっ!離していただけますか」


「離したら逃げるでしょう?」


逃げたいから、離してってお願いしてるんです!

女性経験豊富な公爵様は、駆け引きのつもりでも私には糖度が高すぎますっ!


「公爵様、当然です。それに、どなたか入ってこられたらお互いに困りますでしょう?」


「入ってくるのはメイドです。特別困ることなど何もありません。が・・・では、入ってこなければいいんですか?」


いやいや、違うし。いや会話のやり取りは間違ってはいませんけど。

そもそも。こういうあまーい雰囲気を出す間柄ではないでしょう。


この言葉のやり取りを始めてから、公爵の頬はさらに緩み。

でろでろ甘甘に変化している気がする。ほんとにルードベキアは愛され婚約したのを理解する。


いいな。


いけない、流されてる公爵に。


状況が理解できないまま流されたらどこで失敗するかわからない。この公爵のことだ。

言質を取った。態度に出ていた。などと言い出しかねない。自分にプラスになることのみ好き勝手にいいそうだ。容易に想像できる。


かといって、今までのことの説明を求める気もない。昨晩の騒動。

ジェラルミン伯爵、婚約者騒動。目覚めたら公爵家にいたこと。密着度合いがひどすぎること。


聞きたいことは山のようにあるけど、ガマンガマン。

呼び水となって止めどもなく話が続きそうで、不安しか感じられない。


ともかくっ!

一刻も早く、夜着を1枚頂いて、ここからでなくちゃ!!!


そう思った矢先、私の体がビクリとした。

控えめなノックの音が部屋に響き、体が反応して私は立ち上がろうとした。びっちり体に腕を回されているので立てない。


「なんだ?」


公爵の声音は硬い。不機嫌をまとった返事に私もドアの外の人も緊張が走る。返答を躊躇した短い間に、公爵は再び尋ねる。


「用件はなんだと聞いている」


扉が開き執事が部屋に入ってきた。我が家の執事は初老の男性だったけど、公爵家の執事はとても若い。


30代くらいかしら?前半?


私は彼の顔をジーと見つめ、洞察する。


「わっ!!」


突然目の前が覆われ、視界が遮られた。公爵の手が私の視界をふさいでいる。手をどかそうと公爵の手を掴むけど、全く動かない。


手っ!手が顔に触れてます、公爵様。


「手をお離してください。突然何をなさるんですか」


「見過ぎですよ」


??

いったい何を見すぎだと言ってるのかしら公爵様は。


「何もみておりません」


「うっとりしながら見惚れていました」


誰がうっとり見惚れるんですかっ。その目は節穴ですか?!

この人が公爵なんて、公爵家も世も末ね・・・


「公爵様のカンチガイです」


「お楽しみのところ誠に申し訳ございません」


「誤解です。楽しんでおりませんから!!」


私は執事の誤解を招く発言を即座に否定する。

不愉快極まりない。どこをどうみたら、楽しんでいるように見えるのか、そちらをじっくり教えてほしいくらい。


「早く用件を言え」


公爵の有無を言わさぬ抑揚に、さらに場の空気が凍り付く。


「申し訳ございません。お嬢様に伯爵家よりお迎えの馬車が来ております。今は正面エントランス前で待機頂いておりますがいかがいたしましょう?」


「迎え?馬車だけか?」


「左様でございます」



迎えの馬車・・・聞こえはいいけど。要は私がここに滞在しているのが気に入らないのでしょうね。

早く帰って来いという意味。

このまま家に帰れば、怒り狂ったサファイアとルードベキアに何をされるかわからない。

腹の虫が収まらなければ、日の目を見ることは、もうないかもしれない。


帰路の間で馬車から下りることができれば、町でできた友達の家に匿ってもらえる。


「手紙はちゃんと届けたんだろうな」


「もちろんでございます」


「こちらの要望をまるで無視だな、スタール伯爵は」


呆れたようにため息を吐く公爵。


公爵様。申し訳ありません。スタール家の人間は、自分本位の塊の家なんです。


心の中で公爵に謝罪する。あの家族、といっても父だけだけど。同じ血が流れていることさえも私は嫌気がする。早く縁を切らないと本当に私自身が消滅しちゃう。


緊張しながら公爵の目を見て発言許可を求めた。


「公爵様。発言をお許しいただけますか?父母が迎えの馬車を寄越したということは、私のことを心配してのことだと思います。私、今まで外泊を一度もしたことがありませんの。今回お世話になりましたお礼は、後日伯爵家を通し正式にさせていただきます。どうかこのまま伯爵家へ戻ることをお許しいただけませんか?」


誤解が生まれそうで不安だけど。公爵の手をぎゅっと握って。

目を逸らしたいのをぐっと堪えて、公爵様が喜ぶだろうと予想できる笑顔をまき散らす。


「・・・この邸宅はお気に召しませんでしたか?」


「短い時間でしたが素晴らしいお屋敷だと思います。公爵様の細やかな気遣いを感じました」


「そう思って下さるならぜひ、こちらで暫くお過ごしください。伯爵家に戻ることを本当にお望みですか?」


戻りたくなんてない。

戻る場所なんてない。

でもそれを公爵に伝えてたところで何も変わらない。だって私はルードベキアではないんだから。


笑顔の効果は少し時間が経ってからあらわれた。


「すぐにまたお目にかかれますわ。お時間があるとき伯爵家にお越しくださいませ。公爵様が宜しければ私の部屋でお話しさせて頂ければ幸せですわ」


「・・・あなたの部屋でお茶を頂けるのですか?とても楽しみです」


「ぜひ、心よりお待ち申し上げております」


「すぐにお伺いいたします」


私は最後のとどめと公爵の手を優しく包み、少し顔を近づけて微笑んだ。公爵様の頬がうっすら染まったのは私のカンチガイではないと思う。

私が握った手は、公爵にしっかりと握られ、手を離そうにも離せない。無理をすれば公爵に不信感を抱かせてしまう。


「公爵様。私も楽しみにしていますわ。馬車まで送って頂けますか?」


「もちろんです」


公爵様は私の片手を自分の唇に押し付けた。紳士が淑女にするような挨拶。優しい唇だった、思っていたよりも、ずっと。


「大変申し訳ないのですが、今着用している洋服をお借りしてもよろしいでしょうか?」


この服を借りられなければ、胸元に隠した夜着も動きやすい乗馬服も手放すことは出来ない。

私が逃げ切るためにはどちらも必要不可欠。


「もちろんです。昨晩お休みになられた部屋のものは、すべてあなたのものです」


あれ全部?ルードベキアのために用意されたものなの?未来の公爵夫人の立場はすごいのね。

私には関係ないけれど。


公爵様、執事と共に私は玄関へ向かった。執事が扉を開けてくれる。玄関前には、伯爵家の馬車がとまっていた。伯爵家で一番いい馬車を寄越したようだ。公爵の婚約者を迎えにいくのだから当然か。


私は公爵様のエスコートで馬車の踏み台を上り椅子に座った。公爵様は名残惜しそうに私の手を離し、執事が馬車の扉を閉める。


「すぐにお目にかかりに参ります。私のことを思い出してくだされば嬉しいです」


「もちろんですわ。お別れした瞬間からすぐに恋しくなりますわ」


行かせたくない。離れたくない。

閉じ込めて甘やかし、何も不安がることなく、この屋敷に慣れてほしいと思う気持ちは伝わらないものだな。


御者は鞭をふるい馬車がゆっくりと動き出す。公爵家のメインゲートを通過するまでだいぶ時間がかかった。窓から見た景色が馬車の外を流れさっていく。馬車は公爵家の敷地を出た途端、速度を上げた。短時間で戻って来いと言われているようだ。


ここから一直線で伯爵家に戻ったら私の計画が水の泡。どうにか途中で下りないとっ!



公爵は去っていく馬車から目を離さず「スコット」と静かに部下の名を呼んだ。

男の名を呼ぶと後ろに控えていた男が一歩前に出る。


「はっ!」


「わかってるな」


「承知いたしております」


男は数人を引き連れ、馬車を追いかけるためその場を離れた。正面ゲートを走ればすぐに馬車に追い付ける。しかし、すぐにバレてしまうため別ルートから馬車を追いかけ馬を走らせた。


「お前もようよう察しと手際が良いな」


公爵は口端を上げて執事を見た。


「恐れ入ります」と執事は慇懃(いんぎん)に礼をした。


「褒めているんだぞ」


「お褒めに預かり光栄でございます。公爵様はいつ頃ご出発なさいますか?」


「やはり、察しがいい。馬車と馬の用意を頼む」



執事は伯爵家から迎えの馬車が到着後、すぐに伯爵家が乗っていないかを確認した。御者と馬車のみとわかると、公爵家騎士団長の元に足を運んだ。団長にはかいつまんで今までの経緯を説明する。


「公爵様はお嬢様がご自宅に戻りたいと仰れば断ることは出来ません。そこで護衛をつけたいとご指示を出されると存じます」


「了解だ。暗躍部隊のトップクラスを護衛に回そう。秘かにな。で?他のご要望は?」


「伯爵家内でのご様子、待遇、過去。現在どのようなお立場でいらっしゃるかをお調べいただけますか?ついでに危害を加えるものすべてのリストを要望いたします」


「して・・・・公爵様のご婚約者殿のお名前をお伺いしても?」


「アイリーン・ド・スタール様でございます」


かくして、アイリーンを守るため、公爵家の暗躍部隊が動き出した。




◆◆◆◆◆◆


『公爵様。侍女長がお話ししたいことがあるようです。こちらに通しても宜しいでしょうか?』


公爵は伯爵家宛に令嬢を預かっている書簡をしたためていた。

舞踏会から気を失った我が婚約者を胸に抱き、公爵邸に連れてきた。伯爵家に送ることも考えなかったわけではない。考えた結果、会場にほど近い我が家へ連れえ来れてきた。単に令嬢と離れがたい気持ちを抑えきれなかっただけだ。


この屋敷を気に入ってくれたなら、慣れてもらうためにも当面暮らしてもらい、調度品や部屋の間取りなど彼女の気に入るように改装しよう。


『わかった。通してくれ』


すでにドアの外に待機していたようで、許可と同時に二人が室内へ入ってきた。執事は話すように侍女長に目くばせをした。


『先ほど、お嬢様のお召し替えをさせて頂きました。今はお部屋でお休みでございます。ただ・・・』


侍女長は続ける言葉に躊躇して言葉を詰まらせた。


『ただ、なんだ』


『・・・お召し替えを手伝いました侍女の話ですと・・・・お衣装で隠れる場所に傷があるようです』


公爵は瞳を大きく見開き、呼吸が止まる。


『なに?!傷の具合は?』


『古いものから新しいものまで至る所、無数に傷があるようです。打撲や鞭打ちの跡が多く、新しい傷には薬を塗っております』


どういうことだ?伯爵家の令嬢が・・・・

伯爵か?後妻か・・・はたまた一家全員か・・・・

細く嫋やかな(たおやか)な心身に消えぬ傷をつけるなど許すわけにはいかない。常時そんな生活を強いられていたのであれば、昨夜のことはさぞ恐怖したことだろう。やはり我が家に連れてきて正解だった。

制裁を与えねばならないな。人間ではなくなった生き物たちに。


『家族といわれる者たちからそんな仕打ちを常に受けたれば信用を得るのは難しいかもしれない。しかし皆で協力し彼女を労わって欲しい』


『『畏まりました』』

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