空
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「結局、残ったのは、私達だけってことですよね」
皐月が教会を見上げ呟く。
隣で百崎は苦笑して
「一緒にするな」
と答え、皐月はその返答に慌てた。
「え?先生、あてでも出来たんですか?」
その隣で、1才になった娘を抱えた睦月が苦笑した。
「私の結婚式の時、ブーケを受け取ったの、先生だったじゃない」
「え~。あのジンクスって、本物だったんだぁ」
涼しい顔の百崎を、皐月は恨めしそうに見つめる。
「じゃ、今回はブーケ、絶対に取らないとね。頑張って」
乙女は苦笑して皐月の背中を叩いた。依然として薬指に指輪をはめたままのその左手を、皐月はつまみ上げる。
「他人事のように言うな!そう思うんなら、いい人紹介してよ!」
「いたたたっ。本気でつねらないでよ」
「相変わらずだな、お前ら。皐月おばちゃん怖いですね~、キサラ」
直輝がデレデレの表情で娘に話しかけた。
「何よ!ちょっと、先に結婚したからって、偉そうにしないでよ!」
皐月の地獄耳が聞き捨てならない単語に飛びつく。直輝はおどけて肩をすくめる、首を横に振る。
「あ~やだやだ。独身女の嫉妬って言うのは……」
「なによ!私はね、誰よりも幸せな恋をしてやるんだからね!」
そう、直輝に掴みかかる皐月。睦月は微笑みながら、百崎、乙女と顔を見合わせる。
教会の鐘が鳴った。
「あ、出てくるよ!」
一同は乙女の声に扉に目を向ける。
出てきたのは、最高に綺麗な、幸せに笑顔を輝かせた純白のドレスを着た弥生と、緊張に固まった亮太。
そんな二人の手は、固く、しっかりと結ばれている。
一斉に周囲に歓声と祝福の言葉が飛び交い、秋晴れの空にライスシャワーが舞った。
「亮太のあの顔、傑作。あとでからかってやろうぜ」
「当然」
妙な所で気の合う皐月と直輝。
「面白いね~。キサラ」
「ほんとに、ほんとに」
それを見守るように苦笑する睦月と、乙女。
「しょうがない奴らだな」
百崎はそんな彼らに目を細めていた。
鳴り響く鐘が余韻を残して静まる。
真っ白なハトが果てしない青空に飛び立ち。
弥生の手の中にある、コスモスのブーケが掲げられた。
「来るよっ!」
誰かが声をあげた。
花嫁の手元からブーケが放たれる。
全ての人の幸せを願う気持ちを祈りに変えて。
それは高く高く舞い上がり、純白のリボンと、優しい花弁が、今、柔らかな陽光に溶けていった。
これでコイケンシリーズは完結です。
最後までお付き合いくださり本当にありがとうございました。