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五木

「弥生」

「関係ないなんて……酷いよ。私の亮太を好きな気持ち、そんなものだと思ってたの?」

 弥生は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、亮太の双眸をじっと見つめた。

 コドモの頃からずっと好きだった。

 どんな事も、一緒に乗り越えていきたかった。

 楽しい事も、嬉しい事もそして辛い事も……。

「亮太。見くびらないで。私、そんなに弱くない。亮太の苦しみを一緒に背負って行く覚悟なんかとっくにできてた」

 ただ、一緒にいて心地良いから、この先も二人でいたいんじゃない。

 どんな道も、二人で歩いて行く。

 でこぼこでも、曲がりくねっていても、険しくても……いや、そんな時だからこそ傍にいて共に乗り越えたい。

 そう思うから、自分は……。

「りょう……たぁ」

 涙がさらにこみ上げ、弥生はその額を亮太の胸に押し当てた。

「私、亮太が思うほど、平気じゃないよ。亮太がいなくなっても普通でいられるほど強くなんかない。私、本当は、本当は……」

「すまない」

 亮太は静かにそう言うと、弥生の震える肩を抱きしめた。

 大きな手が弥生のその冷えた体を抱きしめ、広い胸が全てを丸ごと受け止めてくれる。

 温かい。

 やっぱり、亮太じゃないと私は、だめだ。

 弥生は目を閉じると息苦しいほどの感情に、身を委ねた。

 別れて以来、どこかアンバランスで不自然だった世界が、静かに形を取り戻していく。

 頬にあたる夕陽が遠くなっていくのを感じた。

 新しい夜が来るのだ。

 弥生は目を開けると、すぐ間近にある彼の目を見つめた。

 本当に、本当に、馬鹿なんだから。

 弥生は心の中で呟く。

 結局、どこにいっても、何があっても、どれほど時が流れても、変えられない想い。

 不変なものがない世界で、唯一、呆れるほどに変わらず胸の中に息づく、祈りの様な感情。

 覗きあう瞳に、お互いが映ったその時、弥生はその気持ちをそのまま声にした。

「私、亮太の事が好き」

「弥生」

 亮太の頬に僅かに赤みがさした。

 弥生は小さく微笑むと

「付き合ってください」

 そう告白した。

 一度終わった恋だ。でも、その恋は枯れた花の様にそこから種をまき、新しい恋を芽生えさせてくれた。

 今度はもっと、根のしっかりとした、太くて折れない茎を伴って。

 それが、どんな花を咲かせるのかは、わからないけど……。

「俺なんかで、いいのか?」

 亮太の声が途切れ途切れに問いかける。

 そんな質問、この期に及んでするなんて失礼だ。

「『俺なんか』がいいの。あ、でも、前のまんまは嫌」

 弥生は悪戯っぽく微笑むと、軽く亮太の鼻をつまんだ。

「お願い。もっと、私を信じて。私に迷惑かけて。楽しい事も辛い事も、一緒に感じていきたいの」

 鼻をつままれ、キョトンとする亮太に、弥生はさらに微笑んだ。

 優しい風が世界を包む夜を連れて来ていた。

 亮太は弥生のそんな笑顔に、ようやくその心をほぐすと、照れ笑いを浮かべる。

「告白してきた方が条件付けるのなんか、可笑しくないか?」

「あ」

 それもそうだ。

 亮太は「そうだよね」とはにかむ弥生に目を細めると、ぎゅっとその腕に力を込め、彼女を引き寄せた。

 鼓動と鼓動が重なり、一つのリズムを生み出していく。

「すまなかった。ありがとう」

 二つの言葉の意味を、もう形にする必要はないように思えた。

 一番大切な事は、言葉にも形にもできない。

 だから、人は理屈をこねる唇を封じ、その命の証である体温を分け合うのかもしれない。

 二人の影が、引きあうように重なった。

 変わりゆく関係。

 目を開けた時にそこにある、新しい世界はどんな表情をしているのだろう。

 けど、たぶん、どんな表情をしていても怖くはない。

 だって、もう、自分には……。

 弥生は静かに体をはなすと、そっと目を開けた。

 瞳に映った世界。

 それはすっかり色を変え、星空が瞬き始めていた。そして、自分の一番近い場所には、彼の瞳。

 地図も、タイムスケジュールも、マニュアルも、何にも存在しない、役に立たな

い道の上、確かなものをようやく見つけられた気がした。

「行こうか」

 亮太が手を握った。

「うん」

 それを握り返した。


歩いて行ける

一緒に

それがどんな道でも


この恋に

後悔だけは

きっとしない


 弥生は改めて亮太を見つめた。

 長い一日が終わろうとしていた。

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