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6   今度こそ詰んだかもしれない

 川島(かわじま)町は埼玉県の中央やや東寄りに位置する人口一万九千人ほどの町だ。比企(ひき)郡という郡に属するらしい。

 有名な観光地は――……これといって特にない。などと書くのは簡単だが、さすがにそれじゃ申し訳ないため、少々調べてはみた。みたが……やはり、無い。

 真っ先に出てきたのは「遠山記念館」なるものだったが、日興証券創設者の遠山元一の邸宅と美術コレクションをもとに開館した美術館――というのは、間違いなく需要があるにしても、少々、ピンポイント過ぎる。

 他には、イチゴ関連や釣り堀、寺、公園、古い建築物などが出てきたが、いまいちピンと来ない。……醤油工場と、ホンダのエアポート……それは観光地なのか……?

 まあ、鉄道路線がない川島町に観光地となりそうなものを造ったとしても、川越市という一大観光地に隣接している以上、集客はそこまで見込めない気がする。

 それじゃあ、川島町について書くことは、それ以上無いのかというと、そうでもない。

 俺が注目したのは道路だった。

 川島町には首都圏中央連絡自動車道(圏央道)が通っていて、川島IC(インターチェンジ)もあるが、そちらではなく、国道254号線の方だ。

 国道254号線は東京都文京区から長野県松本市までをつなぐ一般国道だが……まあ、今、重要なのはあくまで埼玉県。言わずもがな、この国道は川島町も通る。南の川越市から川島町を通り、北西の東松山市へ抜けるわけだ。

 この道路を航空写真で見ると、川越市は街中を通り、東松山市も街中を通っているが、川島町では大半が田畑の中を通っていることがわかる。実際に車で何度も通ったことがあるという知人は、「254(にーごーよん)を通ってて、田んぼとか畑が見えると、『ああ、川島町に入ったんだな』って気がするよ」と言っていた。

 だから何なのか、と言われそうだが、街と街の間に農業地帯があることは、確実に価値があると俺は思う。たとえ、不便で何も無いように思われたとしても、そこには人間がどうやって生きてきたかの確かな証拠があるんだ。

 最後に、川島町という名の由来だが……川島町は、その名の通り、川に囲まれた島のような場所だ。北に市野川、東に荒川、南に入間川、西には越辺(おっぺ)川が流れている。

 さすがに、完全に閉じているわけじゃないようだが……いずれにしても、大規模な水害が起きれば大変なことになりそうな地形だ――などと思っていたら、何と川島町は全体的に平たく、そのほぼ全域が浸水域らしい。

 唯一の高台が川島ICだそうで、そこを避難場所にできないかと動いている人達もいるんだとか。だが、圏央道を管理しているのは営利企業だし、素直に頷くわけがない。実現には、多くの住民が望んでいるという証明が必要だろう。




 上里(かみさと)町は埼玉県の最北西端に位置する人口三万人ほどの町だ。児玉(こだま)郡という郡に属するらしい。

 こちらもやはり観光地と言われてピンと来る場所はない。というわけで少々調べてみたが……。

 まず、町役場のHPの観光ガイドは食べ物関連の施設ばかりだった。「このはなパーク上里」というのが、上里町の一大観光施設らしく、フードコート併設の農作物直売所、スイーツやパスタ、ピザ、パンが楽しめるという「上里カンターレ」、蕎麦や豆腐、どら焼きなどを取りそろえたという「健康工房 上里いろどり庵」、老舗の煎餅屋などがあるのだという。他は定番の神社仏閣、公園など。ゴルフ場は果たして観光地と呼べるのか疑問だが……。

 個人的にちょっと気になったのは「上里いちご&トマト園」だ。県内にはあまりないらしい、いちご狩りができる観光農園なんだが……もしかしてトマト狩りもできたりするのか? と。いや、わざわざ「いちご&トマト」としているわけだし。さすがにないかなあ……?

 ついでのようになってしまうが、歴史好きの人ならば、「畑時熊公の供養祠」や金窪城址、神流(かんな)川古戦場跡もいいかもしれない。まあ、案の定、俺はピンと来なかったが。

 とりあえずここまで書いたが、実を言うと上里町についてはあまり情報がない。知人が「あの辺の人は、さいたま市から遠いから、大きな買い物をする時は群馬県の高崎市に行くらしい」と言っていた程度だ。

 鉄道についても、JR高崎線の神保原(じんぼはら)駅があるくらいで、特筆すべき点はない。

 ……ああ、いや、もう一つだけあった。

 その知人は、仕事で上里町に行かなければならない時があったらしいんだが、その時はまだ車を持っていなくて鉄道で行ったらしい。

 ところが、埼玉県というのは南北の移動が非常に不便で、知人の住んでいるところから鉄道で上里町に行くには、一度、大宮駅まで行くか、群馬県の倉賀野駅まで行って埼玉県に戻るしかなかったらしい。

 そして知人は後者を選んだ。そう、日高市の時に話題に出したあの八高北線に乗ったんだ。そして――

 曰く、「倉賀野で高崎線の上りを待ってたら、『上り列車が来ます』ってアナウンスが流れて、ベンチから立ち上がったんだけど、来たのは八高線だったんだよね……」。

 ――埼玉県じゃなくて群馬県の話だが、まあ、関連する話ということで。というかJR東日本が悪いんじゃね、これ……。

 さて、最後に上里町という名の由来だが……県内で一番北(上)にある農村だかららしい。そのまんまだった。




 二人目と三人目の脱落者が出た、とネロが言ったのは、ほぼ同時のことだった。

 いや、ネロは一匹しかいないし、意味がわからないと思うが、実際にそうだったんだから、こうとしか表現のしようがない。

 いったい、どういうことかというと、

「にゃ~~~~――……にゃ? ご主人、どうやら二人目の脱ら――ご主人、どうやら三人目の脱落者が出たみたいだにゃ」

 っていう感じだったんだ。

「……何か、今、台詞の途中で台詞再生ボタン押した時のゲームキャラみたいになってなかったか?」

「気のせいにゃ」

「そうか、気のせいか」

 なわけねえだろ……。

 あんなあからさまにおかしくて誤魔化せると思ってるのか?

 まあ、あえて触れねえけど。

「三人目の脱落者が出たってことは、お気楽な大会も本格化してきたってことか?」

「ま、そんな感じだにゃー」

「で、どこの参加者が脱落したかはわからないんだったよな?」

「ま、そんな感じだにゃー」

「……一度で二人同時に脱落することってあんの?」

「ま、ない感じだにゃー」

「…………複数対複数は?」

「ま、ない感じだにゃー」

 こいつ……今度は微妙にBOT化してやがる……!

 まあ、それはともかく、ってことは、別々の場所、別々の組み合わせで、一対一で勝負したってことだよな。

 積極的に大会に参加してるのが最低でも二人いるってことなのか、それとも単なる偶然か?

 今日は平日……午後五時三十二分……微妙なとこだな……。通勤帰りについでで探したって感じもするし、通勤帰り同士でバッティングしたって感じもするし……。

「あ……ってか、シロさんじゃねえだろうな……?」

「それはないにゃ。同盟相手が脱落したらちゃんとわかるようになってるにゃ」

「そうなのか……。っておい、また大事な話じゃねえか、それ!?」

「元々、同盟なんて組むつもりはなかったからにゃ~……忘れてたにゃ。それに、あの銀鳩の恩寵はそう簡単に破れるものじゃないにゃ」

「いやまあ、そりゃそうだろうけどさ……」

 報連相は大事だって言うじゃん……。実感したことは、まだ一度もないけど……。

「それより、ご主人、そろそろ大学に行く時間じゃないかにゃ?」

「え? うわ、マジだ! やっべえ……!」

「ま、遅刻する未来は見えてないけどにゃー。……まだ」

「最後に不穏な言葉を足すなよ!!」

 そろそろ冷房をつけるのが当たり前になってきたな、と感じる六月上旬のこと。

 俺とネロは、相変わらずバカな会話を繰り広げていた。

 ネロと出会ってから早くも一か月以上が過ぎたが、相変わらずネロは黒猫の姿のままで、人化した姿を見せてはくれない。だが一方で、もしもこれが最初に猫の好感度を上げるギャルゲーだとしたら、もう少しでメインヒロインの真の姿が解放されるんじゃないかな、なんて、そんなのん気なことを考えられる程度には、俺はネロとの生活に慣れてきていた。

 バカな会話を繰り広げることも。

 説明を面倒がるネロに呆れることも。

 唐突な死亡予告には慣れたくないが。

 ……だから、そこに「まだ」という言葉が隠れ潜んでいたなんて思いもしなかったし、こんな日々が当たり前のように続くと心のどこかで信じ切っていた。

 それがどれほど甘い見込みだったかを俺が知ったのは――わずか数日後のことだった。




「にゃ~~~~――……にゃ? …………ご主人、今日は大学に行くのやめるにゃ」

「は? どした、突然?」

「他の大会参加者が来たにゃ」

「またシロさんじゃね? あれ、でも今日、平日だな……」

 あの人、土日祝日しか来れないって言ってたし……。

 なお、土日祝日はほぼ全て来てるという点はもはや今更だ。友達……いないんだろうなあ……俺と一緒で(泣)。

「ほぼ確実に違うと思うけど、一応、確認してみるにゃ」

「お、おう」

 シロさんに電話をかけて確認した結果、やはり今日は仕事だということだった。

 ……ところで、あの人、何の仕事してるんだろうか……? 午前十時だってのに、プライベートな電話にツーコールで出たぞ。

「違ったみたいだけど……」

「………………」

 こんな真剣な表情のネロは初めて見る。まあ、あくまで猫だから頭に「たぶん」が付くんだけどさ。

「……ご主人、市内でも辺鄙な場所に心当たりはないかにゃ? できれば市外に行きたいにゃ」

「辺鄙な場所??? 心当たりはあるけど……徒歩や自転車で行ける距離じゃねえぞ? 市外は電車使わないと無理かなあ……」

「結構、不便だにゃ、ここ……」

「まあ、市内でも中心地のさらに中心地だし……。でも、そんなこと言うなんて初めてだな。いったい、どうしたってんだよ?」

「いいかにゃ、ご主人……落ち着いて聞くにゃ」

「お、おう」

「さっき来た他の大会参加者は――四人にゃ」

「マジ……? なら、なおさら大学に行った方が良くないか?」

 部外者は基本的に入れないし、図書館は学生証か職員証が必要だから、さらに安全だ。

 まさに安全地帯、略して安地。

「いや、人が集まる場所は待ち伏せされてる可能性が高いにゃ。複数の大会参加者が同時に来るなんて普通はあり得ないにゃ。しかも入ってきたタイミングもコンマ差程度にゃ。つまり――間違いなく徒党を組んでるにゃ」

「それは……ヤバいな……」

 ――今度こそ詰んだかもしれない。

 そう思ったのは、言わずもがなというものだろう。

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