5 さてはお前ら似た者同士だな?
様式美に興奮する系で片田舎のお嬢様風なシロさん(仮名)と、人間とネロに対してマウントを取りたがる真っ白な鳩こと「幸福」の天使ダヴエル。
俺とネロが、図らずもお気楽な大会で同盟関係を結ぶことになったのは、そんな一人と一羽のペアだった。
なお、同盟というのは、本人達が認識していればいいわけじゃなく、きちんと書類にして提出する必要があるらしい。だから誰に提出するんだよ。
とまあ、そんなこんなで無事に同盟を結んだあと、彼女達が最初に言ったことは――
「ところで、男の子の部屋に来たからには、やっぱりあれをすべきでしょうか?」
「あれとは何です?」
「エロ本探しです!」
――だった。
「……なぜ???」
いや本当になぜ???
そして、鳩ともに首を傾げる俺がいた。
「え!? それが様式美というものなのでは!?」
違うよ?
「いや……その考えはもう古いな」
「な、何ということでしょう……! まさかエロ本探しがもはや古くさいだなんて……!!」
むしろあんたはいったい、何年前に生まれた人なんだよ。
二十代……だよな? うん、二十代だ、二十代にしか見えない。
「あ、ところでご主人君はおいくつですか? たぶん、わたくしの方が年上だと思うのですけど」
「今年、二十歳になったばかりだけど」
「そうですか! やっぱりわたくしの方が年上ですね!」
「あ、うん……」
訊……かない方がいいんだろうな、たぶん……。
あえて「年上」で誤魔化したわけだし。
……誤魔化したんだよな?
怖くて訊けねえ……。
「となりますと、あのセリフを言わなければなりませんね!」
「うん……?」
あのセリフって……まさか、あのセリフか!?
「お、」
「お……!?」
やはりあのセリフか!?
「お、おお、お姉ちゃんと呼んでも――わたくしにはやっぱり無理ですぅ!!」
「いやまあ、うん、何となくわかってた……。大丈夫だ、シロさん、そんなことで無理する必要はない」
確かにそういうやり取りはよくあるけどさ。
無理なら無理でいいんだよ?
……なお、俺の方が割と無理という点については、絶対に言及してはいけない。
「こういう時のテンプレと言えば、あとは何でしょうか?」
「さあ……」
俺に訊かれてもな……。
この人はなぜそこまで様式美にこだわるんだ……?
確かにテンプレというのは、それが面白いと思われやすい、あるいは大衆受けするとわかっているからこそよく使われる演出だ。まあ、だからこそテンプレと呼ばれるわけだが。
たとえ展開がわかっていても、出た時には「で、出たー!」という感動を共有しやすいこともテンプレの利点だとは思う。
トラックに撥ねられたら異世界転生するとか。
学校の教室で魔法陣が出たら異世界転移するとか。
少し古いが、曲がり角でボーイミーツガールするとか。
だが、昨今は、そういったテンプレを踏襲した上で、あえて外すという演出も流行っている。
異世界転生したのに全く冒険してないとか。
学校の教室で魔法陣が出たのに異世界転移してないとか。
あえて曲がり角でボーイスルーガールして別の形でミーツするとか。
だからまあ、別に、今時はテンプレをこなす必要性はそこまでないわけで。
むしろ、そこからどう外すか? どう解釈を変えるか? ということの方が重要だと言えるだろう。
……まあ、中には、そんなの関係ねえ! とばかりにテンプレをガン無視する作品も多いわけだが。
「ん~……」
「テンプレねえ……」
だからこの呟きも、別に真剣に考えてるってわけじゃ――
「………………」
「……?」
「…………」
「…………」
え、何? 何かすげえジッと見つめられてるんだが……。
いかん、ちょっと照れるな……。
「――やっぱりエロ本探しをしましょう! こう、古式ゆかしい大和撫子ということで!!」
「帰れ!!!」
大和撫子はエロ本探しなんかしねえよ!!
「私とあなたが手を組むのは致し方ないとして、真っ先に絡んできそうなのは……灰鼠ですかね?」
「紅雀とかも絡んできそうだにゃー」
「確かにそうですね……」
「いや待て、なぜまだいる?」
シロさんは帰っただろ?
「確かに、ご主人に『帰れ』って言われて涙目で帰っていったけどにゃー」
「うっ……」
それを言われると、少し、罪悪感が……わかねえんだよなぁ……。
何であの人、様式美に対してだけ暴走しがちなんだよ?
「我が主は少々、世間知らずと言いますか、箱入りと申しますか、ともかく周囲の人間とどこか感性がズレていまして。故に、テンプレを踏襲することでそのズレを無くそうと努力したらしいのですが……」
「努力しすぎちゃったと」
「むしろズレが酷くなってる気がするにゃー」
「あまりの本末転倒っぷりに少々哀れみが浮かびまして。我が『幸福』の恩寵を授けることにしたのです」
「なるほど……」
確かに、強く生きてほしいと願いたくなるような人ではあったが。
まあ、それはそれとして、
「で、何でダヴエルは残ってるんだよ?」
「今後のことを多少は相談しておこうかと思いまして。ああ、もちろん、あなたではなく、黒猫とですよ」
「いやそれはわかってるけど……一羽だけで帰れんの?」
「ハ、何を言い出すかと思えば、そんなことですか。私は鳩ですよ? 家に帰るなど余裕しゃくしゃくです」
「鳥籠は?」
「はい?」
「いや、だから、ダヴエル、鳥籠に入ったままだけど……どうやって出んの?」
「あ」
「ってかどうやって持って帰んの?」
「あああ」
「あとこれ、錠前ついてるにゃー。鍵は君のご主人が持ってるんじゃないかにゃー?」
「ああああああああ――……すぐに呼び戻してください! 電話を! 黒猫の主よ、電話を――!!」
いやまあ、かけるよ?
かけるけどさ……何で初連絡がこんなしょうもないことなんだろうな……。
結局、ダヴエルはとんぼ返りしてきたシロさんと一緒に帰っていった。
……電話に出た時のシロさんの声、とても嬉しそうだったな。
「悪いんだけど、戻ってきてくれる?」
って言った時の返事はさらに嬉しそうだったな。
そのあとに、
「ダヴエルが鳥籠から出られなくて、このままじゃ帰れないんだよ」
って言ったあとの、「あ、はい……そ、そうですよね……」というトーンが暴落した声には――さすがにちょっとだけ申し訳なくなりましたとさ。
いったい、誰が想像するだろうか。
ピポンッ――と、ドア・チャイムが鳴らされ、ドアを開けたら昨日と同じ顔がそこにあるなどと。
「こんにちは、ご主人君」
「お邪魔しますね、黒猫の主」
「いやそこは別の大会参加者がいるのがテンプレだろ!!?」
確かに今日は日曜日だが!
何でまた来てんの、シロさん!?
「いえ、私もそう言ったのですが」
「同盟を組んだからには親睦を深めるのが様式美です!」
「と、このように聞く耳持たずでして」
「いやまあ確かにそれはそれでテンプレだが『にゃ、何か他の大会参加者が来たにゃ』ってネロに言われたらまた別の奴が!? って思うだろ!?」
「ええ、はい、思いますね。で? 我が主がそれに配慮する必要があるのですか?」
「…………ないですね……」
「わかっているならさっさとお茶とお菓子と親睦を深められそうなゲームを用意しなさい」
「一応、言っておくけどにゃ、銀鳩。君はあくまで君のご主人のついでだからにゃ?」
「ああん? 私はお客ですよ? 黒猫。あなたも芸の一つでもして楽しませたらどうです?」
「そんなボロい鳥籠に入れられた鳩を『客』とは呼ばないにゃ。せいぜい、喰われるとも知らず人間に捕まった間抜けな鳩にゃ」
「…………」
「…………」
にゃーにゃーぽっぽっぽぽぽぽと騒がしい一匹と一羽を、「好きなだけ喋りたまえ」と言わんばかりに玄関へ放置し、契約者二人は机を挟んで向かい合った。
…………で、何を話せと?
「……わたくしって、ダヴエルを食べるような人に見えるのかしら?」
「いやあれはただの比喩だから」
鳩を食べる異文化はあるが、ネロの言葉に本当に「シロさんは喋る鳩を食べるような人に見える」なんて意味が含まれていたら、それはとんでもない暴言だからな?
あいつはテキトーな性格だが、さすがにそんな酷いことは言わない。
……言わないはずだ。
…………たぶん、言わないんじゃないかな。
まあ、ちと覚悟はしておく。
「そんな覚悟はしなくていいにゃ!」
ドアの向こうからネロの的確なツッコミが飛んできた。
聞こえてるのかよ、心の声。
「まあ、契約者の心を読めるのは、悪魔の専売特許みたいなものですからね」
「何でダヴエルまで俺の心読めてんの?」
「いえ、私のはただの推測です」
推測で他人の心読まないでくれます?
「で、口喧嘩はもう終わったのか?」
「いや、まだまだこれからにゃ!」
「あっそう」
とすら言い切る前に、再びぽっぽっにゃにゃっぽぽーと騒がしくなったドアの向こうにため息をつきつつ、意識から追い出す。
つまり現実と向き合う時だ。
問い:昨日知り合ったばかりの異性と親睦を深められるゲームとは何か答えなさい。
答え――
「あ、わたくし、トランプなら持ってきましたよ。あと、チェスとか、将棋とか、バックギャモンとか、リバーシとか、UNOとか」
「何でテーブルゲームばっかりなんだよ!」
あとUNOは二人でやるものじゃねえから!
「えっ、最初に親睦を深める時ってテーブルゲームをするものですよね?」
「発想が貧乏な学生サークルなんだが!?」
イメージ!
片田舎のお嬢様なイメージをもっと大切にして!?
なお、シロさんの今日の出で立ちは、昨日とは若干違う白いワンピースに、(テーブルゲームが大量に入った)大きめの白い手提げバッグ、内が黒く外が白い日傘、あとダヴエルが入った白い鳥籠、そして黒地にショッキングピンクの本格的スポーツシューズである。
「あ、花札もありますよ」
「うん……たぶん、正解はそれだったと思うんだが――」
片田舎のお嬢様っぽいし。
「――俺がルールを知らない……」
「でしたらお教えします! 大丈夫です、わたくし、時間だけはありますから!」
……さては暇だな? この人。
初めてやる花札は意外に面白かったという。
ちなみに、ネロとダヴエルだが。
……やけに静かになったな? と思ったタイミングでドアを開けて様子を見たところ、口喧嘩に疲れてどちらも眠っていた。
一匹と一羽は数時間後に目を覚ましたが……その後、シロさん主催で(なぜか)開かれたテーブルゲーム大会に参加し(参加人数:二人と一匹と一羽)、これで決着をつけると言わんばかりに燃えに燃え、見事に両方揃ってシロさんに惨敗していた(なお、俺は二位だった)。
「契約者に関係ないことじゃ能力は発動しないのにゃ~……」
「『幸福』の恩寵は、私自身には授けられないのです……」
なるほど。
さてはお前ら、似た者同士だな?