4 答えはまだ出せそうにない
「幸福って何なのでしょう?」
などという問いが、果たして問いとして成立しているかどうかは別として、「そんなものは人によって変わる」なんて一般論を言ってしまえばそれまでだが、それじゃあどうにもつまらない。
だから少しだけ思考を前に進めよう。
……いや、この場合は、その一般論が妥当かどうかわからない、という点から始めるわけだから、後ろに退けようと言うべきか?
まあ、どっちでもいい。
さて、まずは「何が幸福かは人によって変わる」という一般論を検証してみる。
想像するに、この一般論の最も大きな根拠は、幸福の多種多様性だろう。
例えば食べること。
食べている時が幸せ。
あるいは、食べることが好き。
と言う人達がいる。
まあ、かく言う俺もその一人だ。
とはいえ、「何を」食べている時が幸せかは、それこそ人によるような気がしてならない。
甘いものが好きで好きでたまらない、という俺と同類の人もいれば。
辛いものが好きで好きでたまらない、という俺には理解不能な人もいる。別に嫌いなわけじゃなく、食べたくなる時もある。単に理解不能というだけだ。
などと言っていると、酸っぱいものが大好きだ、という人や、苦いものを愛している、という人も現れるだろう。
渋いものが好きという人は……ちょっと何が渋いものなのかよく知らないのでスルー。
だが、それぞれ百人集めれば、その中でもさらに細分化されることに気付く。
例えば、俺は甘いものの中でもある特定のクッキーが好きなのだが、その甘みはほのかなものだ。
だから、とことんとにかくどぎついくらいに甘いものが最高! という人とは相容れない。
辛いものが好きという人には、とにかく辛さを極めようというフードファイターな人ばかりというイメージがあるのだが、それだって俺の勝手なイメージで、ほどほどの辛さのものしか食べないという辛いもの好きもいるかもしれない。
酸っぱいもの好きも、苦いもの好きも、その点は同じだろう。
どうにも、どんな食べ物が好きか、という話になってしまったが、このように考えていくと、なるほど確かに幸福というものは非常に多種多様なんだなと頷ける。
ちなみに俺は寝ている時も幸福を感じるのだが、それは正確に言えば非常に限定的な瞬間で、二度寝で夢の続きを見れた時である。
これに頷いてくれる人もいれば、首を捻る人もいるだろう。
こうして考えてみると、人の幸福というものは、どうにも「好き」という感情とつながっているように思われる。
いやいや待ってくれ、私は「嫌い」なことをされた時に幸福を感じるんだ――というごく一部の界隈の声が聞こえる気もするが、それは「一般的に嫌いとされること」をあなたが「好き」だと感じているに過ぎない。
つまり、人の好き嫌いが千差万別なのと一緒で、やはり幸福も人によって変わるんじゃ? という結論に頷きそうになるが――
ちょっと待ってほしい。
これまでは、俺とあなたの好みは違う、という話をしてきたが、少し視野を広げると、好みにも多数派少数派があるとわかる。
別に統計学的調査をしたわけじゃないからあくまで「仮に」だが、甘いもの好きが最多で渋いもの好きが最少だとする。
じゃあ、最も一般的なのは甘いもの好きなのかというと、甘いもの好きの中にも多数派少数派があって、細分化していった結果、実は最多なのはパイナップルの酸っぱさが好き派かもしれない。
そしてここでさらに大問題が生じる。
複数の派閥に所属する者がいるのだ。
まあ、当たり前と言えば当たり前なんだが、この時、「どっちも同じくらい好き」という人と「こっちが一番好きだけど、そっちも好き」という人がいる。
かく言う俺も、実はとある明太子せんべいが好きで、辛いもの好きのその派閥になら所属してもいいと思っていたりする。
さて困った。
幸福にも多数派少数派があるのに、幸福の一般論というものができない。
では、質問を非常に細分化し、それを果てしなく積み上げていけばいいかと言うと、それもどうにも違う気がする。
なぜなら、同じ「幸福」であっても、その程度が違うからだ。
毎日でもカレーを食えるカレー好きもいれば、毎日はさすがに……というカレー好きがいるように。
なるほど、幸福というのはグラデーションなのだな、ということにここで気付ける。
よし、幸福度にグラデーションを加えてみよう――しかし、そこに全ての人は入らない。
なぜか?
カレーを食べることが幸福じゃない人達が確実にいるからだ。
つまり、幸福とは幸福だけで語れるものではなく、そこには不幸か否かも含めなければならない。
要はマイナスだ。
待て待て、そうなると「どちらでもない」という人達も出てくるのでは?
となり、グラデーションにはゼロとマイナスが加えられた。
ところが、これでもまだ足りない気がする。
そう、幅が足りない。
好きや普通、嫌いには、それぞれの人にそれぞれの人なりの幅があるものなのだ。
両方とも五が上限の人もいれば、幸福が三で不幸が十という人もいる。
きっと普通の幅がやたらデカい人もいるだろう。
基準まで人によって違うとはまさに千差万別。
ということは、「何が幸福かは人によって変わる」というあの一般論には、「そもそも幸福の基準は人によって様々だ」と言い加えることもできそうだ。
――だがしかし。
そう、だがしかし、だ。
今までのことを踏まえて統計学的調査をすると、程度の差はあれ、どうにも多くの人が幸福だと感じる事柄があるという結果が出そうではないか?
例えば、好きな人と一緒にいること、とか。
それこそ、好きな食べ物を食べている時、とか。
やはりキーワードは「好き」らしい。
つまり、好きな何かと肯定的に関わっている時が幸福なのか?
と問われれば、俺は「否」と答えるしかない。
俺がいくら甘いもの好きとはいえ、毎日毎食あのクッキーだけを食べ続けろ、と言われれば、それはいつしか不幸に変わると確信できるからだ。
要は飽きるのだ。
そう、飽きる。
何とも罪深いことに、人は幸福に飽きる生き物だった。
そりゃ人の欲が尽きないわけだ。
今ある幸福に飽きれば、次の幸福を求めるしかないからだ。
そうでなければ不幸になる。
次の幸福は全く別の幸福かもしれないし、同じようでより大きな幸福かもしれない。
あるいは、少し足せば今ある幸福も復活する幸福かも?
――さて、俺の結論を言おう。
何が幸福かは人によって変わるのか?
散々遠回りさせたが、結局、俺の答えも是だ。
ただし、この一般論は正確じゃないと付け加えたい。
そもそも幸福の基準は人によって様々だ――ということもそうだが、それ以上に。
何がその人にとっての幸福かは――時と場合によって違う。
そして最初の問いに戻ろう。
「幸福って何なのでしょう?」
だから、そう呟いた彼女が、俺との出会いを幸福だと言ったことは素直に嬉しかったが、それがいつまでも幸福であり続けるかはわからない。
俺にできることは、俺との出会いが彼女にとって幸福であり続けるように、必死に努力することだけだ。
当たり前のことを――当たり前であり続けるために。
納得いかなくても時は流れる。
いきなり何の話かと言えば、言わずもがな、運命的に、俺が生きている方がおかしく、頭を潰されて死ぬのが当然ということについてだ。
とりあえず、お気楽だという大会で負けない決意はしたものの、じゃあ具体的に何をどうするかと問われれば、住んでいる行政区からなるべく出ないようにする程度のことしかできることはない。
あとは他の大会参加者が来たら閉じこもるくらいだろう。
なるべく人通りの多いところを避ければ、偶然出会う確率は相当に減るはずだからだ。
ちなみに、大会会場である埼玉県から出たらどうなるのか、とネロに訊いたところ、
「居住実態があれば大丈夫にゃ」
という大変ありがたい実に曖昧な答えをもらった。
地方自治体選挙かよ……。
まあ、多少の旅行は大丈夫。行政区外への引っ越しはアウトということだろう。
などと思っていたら、ふと気になって調べたところ、三か月以上住んでいればOKだった。
人外の社会も意外と緩いらしい。
だから、暦の上ではとっくに夏だったのか……、と暑さに負けながら遠い目をしていた五月下旬、
「にゃ~~~~…………にゃ? ご主人、何か、他の大会参加者が来たっぽいにゃ」
小型扇風機が気に入ったネロがそんなことを言っても、俺は特に気にせず聞き流していた。
「そっか……じゃ、今日はとりあえず閉じこもるか」
「そうするにゃ」
そんな感じで軽く確認し合い、ネロは再び小型扇風機の前でだらけ、俺はスマホゲームの操作を再開した。
――そうして三十分ほど経った頃のこと。
ピポンッ――と、ドア・チャイムが鳴らされた。
さて、俺はこの時、特に何も考えずに玄関へと向かった。
また妙な新興宗教の人達が的外れな話をしにきたのか。
それとも両親から何か宅配便で送られてきたのか。
なお、友達が訪ねてきたという可能性は最初からない(泣)。
だからまあ、テキトーに「はーい」とか言いながらドアを開けた先に、
「――初めまして。突然ですけど、わたくしと一勝負しませんか?」
「互いが視界に入った段階で勝負は成立していますので、尋ねる必要はありませんよ、我が主」
なんて会話を、鳥籠の中の鳩とする同年代の女性が立っているとは思いもしなかった。
肩口で揃えられたストレートの黒髪。その上の大きな麦わら帽子。真っ白な袖なしワンピース。そして右腕に抱えた白い鳥籠in鳩。
そんな、片田舎の不思議系お嬢様のような姿――からは想像もできない黒地にショッキングピンクな本格的スポーツシューズ。
「???」
「……?」
互いに首を傾げ、とりあえず、一度、ドアを閉める。
再び、ピポンッ――と、ドア・チャイムが鳴らされた。
ああ、さっきのは白昼夢か、と一人納得し、ドアを開ける。
「――初めまして。突然ですけど、わたくしと一勝負――」
「ネエエエエロオオオオオオォォォォ!!!?」
「……うるさい人間ですね。参加者の程度が低いと契約者の程度も低くなるのでしょうか」
鳩が何やら失礼なことを言った気がするが、俺はそれどころじゃなかった。
この人、どう考えても普通じゃない!
きっと大会参加者だ!
大会参加者が来た!
行政区どころじゃなく、俺が住んでるアパートに直接!!
こんなん想定外に決まってるだろう!?
「にゃー……銀鳩、程度が低いのはご主人だけにゃ」
「おいネロ!?」
お前まで俺に失礼なことを言うのか!?
「しっかり聞いているではないですか」
「それはほら……様式美ってものがさ」
言わせんなよ、恥ずかしい。
「はあ、様式美。私にはさっぱ――」
「わかります!」
「――ちょっ!?」
時でも止めたのかと見まがうほどの速度で片田舎のお嬢様風な女性が俺の両手を両手で包み込んでズイッと体を寄せてきた。
なお、間に鳥籠があるため普通に痛い。
そして近い。
「様式美いいですよね! 様式美!」
「え、あ、うん、そそうだね、いいよね、様式美」
「離れて今すぐ離れて籠が壊れるもうギシギシいってるただでさえ粗悪品なのにああああぁぁぁぁ!!!」
「わたくし、物語のような世界に憧れているんです。だから今日はこのような恰好できたんですけど――どうですか? 殿方は好きだと聞きましたけど」
「あ、うん、好きだと思――好きですよ、俺も。(靴以外は)」
「待って私を無視しないでもう本当に限界なんだって籠が!! 籠がああああああぁぁぁぁ!!??」
「にゃ~……何か騒がしいのが来たにゃー……」
呆れた声出してないで助けてやれよ、ネロ。
まあ、俺もなんだけどさ。
「大変、失礼しました……」
様式美に興奮する系な女性は机を挟んだ真向かいでしおらしく頭を下げた。
なお、鳥籠が壊れて中身が大変なことに――はならなかった。
「いや、気にしてませんよ……はい」
気にしてはないよ、本当に。
ただ、怖かっただけで。
女性に手を握られて嬉しくないのか、と問われれば、お前は初対面の人にいきなり手を握られて怖くないのか? と問い返したい。
たとえどれほどの美男美女だったとしても、そんなことをされたら最初に恐怖を覚えるのが正常だと俺は思う。
そこで鼻の下を伸ばしたり、照れたりするような奴は、危機感が足りないか、もしくは異性のことを自身の欲を満たすための単なる物として見ているかのどちらかだ。
まあ、今回の場合は、この人が興奮するとある意味見境がなくなるタイプだとわかったから、謝罪に対して気にしていないと返しただけだ。
「――で、そろそろお話してもよろしいでしょうか?」
「ああ、はい……どうぞ」
「あなたもお気付きの通り、私は大会の参加者です。そしてこちらの迂闊な子が契約者」
「うぅ……わたくしは迂闊な子です……」
「……はい。まあ、そうじゃないかなとは思ってました。それで、勝負をしたいんでしたっけ?」
正直、断りたい。
鳩はともかく、契約者の女性の方はいい人そうだし、負けると死ぬって事情を話せば何とか――
「したいのではなく、さっさとしましょう、というお話です。参加者か契約者のそれぞれが互いの視界に入った時点で勝負は成立。あなたもご存じのはずですが。それとも……まさか、大会のルールを把握していないのですか?」
ああ、そういやさっきもそんなこと言ってたな――と思い出し、
「ふぎゃ!?」
こっそり逃げ出そうとしていたネロの尻尾をつかむ。
「ネエエロオオオオォォ?」
「いや忘れてたわけじゃないにゃただ言わなくてもわかるかなと思ってただけにゃごめんにゃさい!」
とりあえず、ネロが逃げ出さないように両前足をホールドした。
それを見て「かわいい……」と呟いた向かいに座る女性はいろいろ大丈夫かなと思いました。
ため息しか出ねえわ……。
「――……つまり、勝負は絶対にしないといけないわけですね?」
「そうです」
「お恥ずかしいことにうちの黒猫はルールの説明とか全くと言っていいほどしない性質でして、ひいては俺も大会のルールを全くと言っていいほど知らないんで教えてほしいんですが、ちなみに勝負をしないと何かしらのペナルティがあったりするんでしょうか?」
「特にペナルティと呼べるようなことがあるわけではありませんが、このまま勝負をせずに私共が帰った場合、両組ともに大会に参加する意思なしと判断される可能性があります」
いや誰が判断するんだよ。
というツッコミは置いといて、
「そのように判断された場合は?」
「当然、両組とも失格となります」
「ですよねー……」
ヤバい、まだ一か月も経ってないのに詰んだかもしれん……。
「……それにしても、契約者にルールすら説明していないとは……。この黒猫は相変わらずですね」
「……? ネロとお知り合いなんですか?」
「ええ、この黒猫――今はネロというのですか――とは旧知の間柄です。それこそ百六十一年前から」
ああ、うん、アメリカ南北戦争ね。
「あの時もこの黒猫は契約者にルールを全く説明せず、今のように怒られていましたよ。そういう意味では、相変わらずと言うより、失敗から何も学んでいないと言うべきですね」
ネロって名前を自分で確認したのに、頑なに「黒猫」って呼ぶな……。
そういやネロも「銀鳩」って呼んでたし、参加者同士のそういう決まりでもあるのかな?
「そのくせ、なまじ能力が強力なものですから、何だかんだ終盤まで生き残り、いざ潰そうと思ったら、その頃には相性の良い参加者がいなかったなんてこともざらですよ」
「にゃっははははは、それは君達の戦略が甘いだけにゃ」
「あなたのような戦略を採る参加者がいるなんて普通は思いませんよ……。黒猫の主、この黒猫は過去に一度だけ優勝したことがあるのですが、どうやって優勝したと思います?」
「どうやって……?」
わざわざ強調して言うってことは、何か特殊な優勝だったんだろう。
それとネロの能力を合わせて考えると……、
「……ネロを含めて三組残って、他の二組が相打ちになった?」
「他の契約者が全員老衰で死んだことによる不戦優勝です」
「………………」
いやそれは……ある意味凄いが、そんなんありか!? って感じだな……。
「それほどまでにこの黒猫の能力は厄介なのです。あの時の大会はこの黒猫のせいで五十年もかかりましたし。ですので、私は今回、真っ先にあなたを潰すことにしました」
「にゃ~……それでこんな早々に君と会ったのかにゃ」
「あなたも私の恩寵はご存じでしょう。『黒猫の姿をした悪魔』ということさえわかっていれば、探し出すことなど造作もありません」
マジで!?
この鳩、偶然じゃなくて、狙って俺が住んでる市に来たのか!?
「ご主人、この銀鳩は契約者をめちゃくちゃラッキーにするんだにゃ」
「その表現は正確ではありませんね。我が恩寵は『幸福』。契約者の行動が契約者にとってより良い結果を生むようにするのです」
「つまりめちゃくちゃラッキーにするんだにゃ」
「……まあ、我が恩寵が難解であれば、その理解でも構いませんが」
構わねえのかよ。
なら何で言い直したんだよ。
「――あ、ってことは、もしかして、俺の部屋のドア・チャイムを鳴らしたのも――」
「当然、我が主が『黒猫の悪魔が住んでいそうな場所』を探した結果です」
その通りと言えば確かにその通りなんだが、その表現だと何か俺の部屋がヤバいところみたいな感じがしてちょっと嫌だな……。
「省エネモードの姿は参加者同士で被らないようにするから、そこまで具体的ならもはや百発百中だろうにゃ」
「それこそが我が恩寵の強みですから」
にしても、鳥籠の中の鳩と話すって凄いシュールだな……。
もしくはメルヘン。
いやまあ、すでに黒猫と話してるし、今更か。
「――ああ、それと、一つ訂正しておきますが――今大会、私は銀鳩ではなくシラコバトですので! そこのところ、お間違えの無いようにお願いします!」
「……ごめん、何て?」
「銀鳩ではなくシラコバトなのです!」
「シラコバト……?」
何それ。
「何とっ!! あなた、埼玉県に住んでいながら県の鳥をご存じないのですか!?」
そんな「知ってて当然」みたいなリアクションされても……。
たぶん、大抵の人は知らないよ。
……知らないよね?
なお、シラコバトとは白子鳩と書くらしい。
ちなみに、お気楽な大会(俺だけ負ければ死)の勝負の方だが、
「我が恩寵は『幸福』。ですので、勝負の内容によってはこの黒猫に確勝できるのです」
「ま、言ってしまえば、ボクの能力は『常に負けを回避する能力』。最後までやればどちらかが確実に負ける勝負なら、ボクの能力じゃどうにもならないにゃ」
と、ネロが相性の悪さを認めたことで、俺は「完全に詰んだ……」と絶望に打ちひしがれることになった。
「それじゃ、勝負内容を決めるにゃ」
「さあ、私が確勝できる勝負内容よ、来なさい!!」
黒猫とシラコバトがそう言った直後、ポンッと天井で音がし、そこから一枚の紙がヒラヒラと机の上に舞い落ち――
『勝負内容:ジャンケン』
――と、そこに書かれていることがわかった瞬間、一匹と一羽は同時に盛大なため息をついた。
「無いにゃ……これは無いにゃ……」
「私とあなたの勝負でジャンケン……? あり得ません……」
「「???」」
わからぬは契約者ばかりなり。
俺とようやく「迂闊な子」呼ばわりから立ち直った女性が首を傾げていると、シラコバトが「やればわかります……」と死んだ魚のような目で言った。
よくわからないままにジャンケンをし――
十回連続であいこになったところでその意味を理解した。
俺はネロの能力で『不幸を回避』――つまり、『負けを回避』できる。ジャンケンのように瞬間的な場合は強制的に発動するらしく、俺は自分が出そうと思った手とは別の手を出している時があった。
一方、シラコバトの能力――ではなく恩寵? は、契約者の女性が『幸福』だと思う結果を生みだす――つまり、『非常に勝ちやすくなる』というもの。
この二つがぶつかり合った場合、最終的にシラコバトの方が勝つらしいんだが、いかんせん、ジャンケンには「あいこ」という引き分けがあった。
しかもこれが無限に続く。
「勝負がつきませんね……」
結局、俺達は全員であまりの不毛さに打ちひしがれることになった。
ちなみに、勝負内容はネロの能力やシラコバトの恩寵とは無関係に決定されるらしい。
だから誰が決定するんだよ。
――で。
じゃあ、どうするのか、という話になったのだが、
「……こうなっては致し方ありません。大変不本意ですが、同盟を組みましょう」
「にゃ~~~~…………君と同盟とか嫌にゃ……。でもそれ以外に無いしにゃ~……」
何やらまた俺の知らないルールが適用されかけていた。
「ちょっと待て。まず一つ、確認したいんだが、勝負の内容を変えてもらうことはできないのか?」
「無理にゃ。勝負内容の決定は一度限りにゃ」
「しかも同じ組同士での再戦も不可能です」
「うわ、詰んでやがる……」
「わたくしは、せっかくですし、その同盟? というのを組むのは良いと思いますけど」
「「…………」」
黒猫とシラコバトが「マジかよ、この女……」とでも言いたそうな目をしていた。
嫌なのはこの一匹と一羽の個人的な感情だから、ちょっとかわいそうだな……。
「まあ、しょうがねえんだろう? 諦めて同盟組もうぜ。それにほら、ネロの能力とシラコバトの恩寵を合わせたら最強になりそうだし」
「……まあ、最強でしょうね……」
「……最強だろうにゃ……」
「「真っ先に狙われるけどにゃ(ますが)」」
何だかんだ言って息ピッタリじゃねえか。……内容はアレだが。
というわけで俺達は同盟を組むことになったわけだが、このことは秘密にすることになった。
理由はやはり「狙われるから」らしい。
そして連絡先を交換したわけだが、どちらかに何かあっても情報を奪われないために、俺と女性は互いにあだ名で呼び合うことになった。
ちなみに、俺の方はシラコバトからとって「シロさん」と呼ぶことにしたんだが、
「じゃあ、わたくしは『ご主人君』と呼びますね」
「はい!?」
どうやらネロが俺のことを「ご主人」と呼ぶのが気に入ったらしい。一応、他のにしてもらえないかとも言ったんだが、非常に困らせてしまったので諦めた。
「それから、せっかく同盟を組んだわけですし、敬語やめませんか?」
「え? えーっと……」
「ご主人君が敬語なのは何だか違和感があるんですよね。さっきの素のご主人君の方がいいと思います。だからやめませんか?」
「え、えと……じゃあ……今後は素で話すわ」
「うふふ……まあ、わたくしはこれが素ですけど」
「おい!?」
シロさんはやめないのかよ!
それから、これはある意味俺のミスなんだが、俺が散々ネロの名前を呼んでいたため、シロさんとシラコバトはネロという名前を知ってしまっている。
それじゃフェアじゃないってことで、シラコバトの名前を教えてもらった。
「改めまして、黒猫の主よ、私は『幸福』の恩寵を授ける天使。今の名を『ダヴエル』と申します。我が主共々、今後ともよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「……まさかとは思いますが、私にまで敬語をやめるおつもりですか?」
「え……」
「ダヴエル!」
「…………」
「あ、はい、すみません。よろしくお願いします」
「ふふんっ、それで良いのです」
「君も人間にマウント取りたがるところは相変わらずだにゃー……」
――こうして、俺はお気楽な大会の最初の勝負で、思いもよらぬことに同盟者を得ることとなった。
ネロが予知しなかった以上、この出会いが俺にとって不幸じゃないのは確実だが、じゃあ、果たして「幸福」や「幸運」と呼べるのか? というと――
――その答えは、まだ出せそうにない。