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3   だが納得いかねえ

 日高(ひだか)市は埼玉県の中央南寄りに位置する人口五万五千人ほどの市だ。

 有名な観光地といえば「巾着田」。調べたところによると五百万本の曼珠沙華(彼岸花)が咲く地らしい。

 ……想像もつかないな。

 というのも、残念なことに俺は一度も行ったことがないのだ。

 一人で行っても虚しいってのもあるが、時期が微妙なのもある。……そもそもインドア派なのが根本原因かもしれない。

 なお、読み方は「きんちゃくだ」である。

 日高市は元々、三つの村が合併してできた市で、その名残は鉄道の駅名に残っている。西からそれぞれ「高麗」「高麗川」「武蔵高萩」だ。

 さて、ここで問題だ。先の二つ、何と読むだろうか? ちなみに三つ目は「むさしたかはぎ」である。

 こうれい?

 たかれい?

 ちょっと歴史を知っていたり、ストリートファイターをプレイしたりしたことのある人ならば、「こうり」とか「こり」とか読むかもしれない。実際、俺も最初は「こうり」だと思っていた。

 じゃ、正解の発表だ。

 正解は――「こま」と「こまがわ」。

 何をどうやってその読みになったのかはさっぱりだが、おそらく難読地名ではあるだろう。

 ちなみに、付近には「高麗川」という名の川や、「高麗神社」という有名な神社もある。

 ……何、この程度余裕で読める? それはお前が埼玉県民で、しかも西側に住んでいるからか、もしくは朝鮮半島の歴史オタクだからだ。

 そう、「高麗」「高麗川」という地名の由来は朝鮮半島にあるのだ。

 そして三つの村の名前は「高麗村」「高麗川村」「高萩村」だったのだという。

 ……この並びだと逆に「高萩村」を読み間違えそうだ。

 さて、そんな日高市だが……何と鉄道の路線が三つも走っている。

 人口五万人強のわりにすごいって?

 いや、地図をよく見るんだ。そして時刻表も調べるんだ。

 そうすればわかる。

 三つともいわゆる「ローカル鉄道」なのだということが!

 まず、高麗駅は西武鉄道の駅だ。

 路線名は西武池袋線だが……はっきり言ってこれは建前。事実上は西武秩父線の駅だ。

 なお、特急は止まらない。

 次に、高麗川駅だが、この駅は何と二つの路線が走っている。

 まあ、二つともJRなんだがな。

 一つはJR八高線。

 もう一つはJR川越線。

 JR川越線はこの高麗川駅から始まる。

 なお、よく勘違いしている人がいるようだが……JR川越線は高麗川駅から大宮駅までを結ぶ路線だ。

 川越駅までじゃない。

 そこの親子連れ、川越駅で乗るJRは全て川越線だ、埼京線じゃないんだよ……?

 とまあ、その他にもいろいろある川越駅に関するあれやこれやは川越市の話の時に回すとして。

 最後に、武蔵高萩駅はJR川越線の駅だ。

 これ以上の説明は要らない。

 さて、ここで地図を見て時刻表を調べた君なら「あれ?」と思ったことだろう。

 JR八高線は東京都の八王子駅から群馬県の高崎駅まで(書類上は隣駅の倉賀野駅)を結ぶ路線だ。「八」王子と「高」崎で「八高」線というわけだが、時刻表を見ると八王子始発に高崎行はない。ほとんどが川越線直通川越行で、そうでなければ高麗川止まりだ。

 では逆に高崎始発はどうかというと、こちらも八王子行はない。行けても高麗川までだ。

 これはどういうことかというと、実は八王子――高麗川間は電化されているが、高麗川――倉賀野間は電化されていないのだ(倉賀野――高崎は電化されている)。

 つまり、運行車両が全く違うのである。

 そのため、正確には八王子――高麗川間を八高南線、高麗川――高崎間を八高北線と呼ぶらしいが……川越線直通川越行がほとんどであることを考えると、もはや実質的には八川線と高高線ではないだろうか。いや別に変えろとは言わないが。

 ちなみに高麗川――高崎間では気動車(正確にはディーゼルカー)を用いている。そのため、いつぞやの台風で停電し、周辺の電車が全滅していた時にも、八高北線だけは動いていたというよくわからんが勝った状況が生じたらしい。

 鉄道の話が長くなってしまったが、日高市について最後に一つ。

 巾着田には上手いラーメン屋があるらしいぞ。いつも行列を作っているのだとか。まあ、案の定、俺は行ったことがないのだが。




 俺の知らない間に、悪魔や天使、妖怪、精霊、その他諸々が参加する大会とやらは始まっていたらしく、

「――……にゃ。……ご主人、早くも一人脱落したみたいにゃ」

 ネロが突然、そんなことを言ったのは、「毎日毎日部屋の中でゴロゴロするのも飽きたにゃ! どっか連れてくにゃ!」と休日に駄々をこねられたことに負け、とりあえず近隣で一番広い公園に連れていった五月初めのことだった。

 相変わらず、春とかどこに行っちまったんだよ、と呻きたくなるような暑さだったが、公園の木陰は良い感じに涼しく、どこかに行きたいと駄々をこねたくせに木陰で丸くなってしまったネロに呆れつつ、俺も俺でこれは絶好の読書日和だとベンチで本を開き、うつらうつらし始めたところで、寝ていたはずのネロから先の発言が飛び出した。

「脱落……? ああ、あのお気楽な大会ってやつのか? 確か各市町村に一人いるんだっけ?」

「各行政区に、にゃ」

「どっちでもいいだろ、そんなん」

「どっちでもいいけどにゃー」

「ってか、大会始まってたのかよ」

「にゃ? 五月一日に始まってるにゃ」

「マジかよ」

 言えよ。

「で、どこの奴が脱落したんだ?」

「それはわからないにゃ」

「わからないのか」

「誰かが脱落したってことがわかるだけにゃ。ま、真っ先に脱落するなんて大したことない奴だから気にしなくていいにゃ」

「いや結構大事だと思うんだが……」

 どこの奴が脱落したかわかれば、そのブロックは安全と考えてもいいわけだし。

 まあ、同じように考える奴もいるだろうが……普通に考えれば各行政区に住んでいる奴が選ばれるだろうし、あったとしても突然の遭遇くらいのはず。

 そしてネロの能力ならその突然の遭遇という可能性を潰せる。

 実質的な安全地帯にできるわけだ。

「そういや、今、誰かが脱落するとわかるって言ってたけど、他にもわかることってあんの?」

「にゃ? んー……他には、残り人数くらいかにゃー……。あ、あと他の大会参加者が担当ブロックに入るとそれがわかるにゃ」

「それめちゃくちゃ大事じゃね!?」

 迂闊に他の行政区に行くとダメってことじゃん!

 ゴールデンウィークに帰省するのやめといてよかった……!

 大学も市内だし、参加者数が減るまで市外に出るのはやめておこう。

「さてと。目え覚めちゃったし、そろそろ帰るか?」

「そうだにゃー……そうするかにゃ。――……にゃ?」

 その時、ネロの耳がピクリと動いた。

「ん? どした?」

「……ご主人、帰るのはやっぱやめるにゃ。あと十五分くらいここでゴロゴロするにゃ」

「何だよ、さっきまで帰るのに賛成してたじゃん。あ、もしかして今帰ると不幸な目に遭うとか?」

「にゃー……ま、そんな感じにゃ」

「そんな感じって何だよ。そんな感じだろうとこんな感じだろうと、不幸に変わりはないだろ」

「ま、変わりはないけどにゃー……」

「……何か歯切れ悪いな……。いったい、どんなことを予知したんだよ?」

「それ訊いちゃうかにゃ」

「気になるだろ」

「んー……ま、端的に言えばご主人が死ぬにゃ」

「回避一択じゃねえか!」

「しかも頭を潰されて死ぬにゃ」

「この現代日本で!? ま、まさか救急車か!?」

 どこぞの爆破系吉良みたいに!

「いや、違うにゃ。ご主人、公園に来る途中、道路を工事してたのは覚えてるかにゃ?」

「え? ああ……覚えてるけど」

「帰りも同じ道を通ったご主人は、ランマー(人が持ってアスファルトをめっちゃ叩いてるあの機械だ)が跳ね上げた小石が運悪く側頭部に当たり昏倒。ふらりと倒れたところにまたしても運悪くロードローラーが……」

「そっちかああああああああ!!!」

 叫びながら頭を抱えて天を仰ぐ。

 四部じゃなくて三部だったか! いやどっちも嫌だけど!!

「なるほど、つまり十五分後にその工事は終わるんだな?」

「そういうことにゃ」

 突然叫んだら周囲に不審がられるって?

 大丈夫だ、外でネロと話す時はスマホを耳に当てている!

 そして近くに人がいない場所を選んである!

 ……じゃなきゃ猫と話せるわけないだろ……?

「というか、頭を潰されるって聞いて真っ先に出てくるのが救急車って何言ってるにゃ。普通にあり得ないにゃ」

 全くもっておっしゃる通りでございます。

 それはそれとして。

「――なあ、ネロさんや」

「何かにゃ、ご主人」

「やっぱ、外に出る時くらいは人化してくれない?」

「えー……」

 不満気な声をもらすネロ。

 この通り、ネロは人化にあまり乗り気じゃない。

 人化してくれれば外でも周囲を気にせず話せるのにだ。

 なぜ乗り気じゃないかというと、

「ご主人がリア充っぽく見えるのは嫌にゃ」

 という、わりとアホな理由だったりする。

 いやまあ、それだけでネロが雌なのはわかるんだが……。

「つまり、俺とネロが恋人っぽく見えるのは嫌と」

「兄妹ですら嫌にゃ」

「まあ、ある意味、同棲してるわけだしなあ……」

 とはいえ、飼い主と猫に見えるのは嫌じゃないらしい。

 つまり、これは要するにあれだ。

 好感度が足りないんだ。

 ネロ人化モードを見るには、「まあ恋人同士に見えてもいいかな」と思われる程度には好感度を稼がなければならないんだ。

 初期は猫の好感度を稼ぐとか、どんなギャルゲーだよ……。

 めっちゃ売れなさそう。

 そのくせ難易度高そう。

 親戚に猫をたくさん飼ってる人がいて、何度か家にも行っているが、一匹たりとも懐いてくれた記憶がない。

 何をどうすりゃいいんだよ。

 とりあえずあれか? 鶏ささみを買ってくればいいのか?

 公園からの帰り道、コンビニに立ち寄った俺が鶏ささみを買ったのは言うまでもない。

 好感度一くらいは上がったかなあ……?




「――……にゃ? ご主人、今日はバスじゃなくて自転車で行くにゃ」

 ネロがそんなことを告げたのは、公園で一人と一匹惰眠をむさぼった日から数日後の朝、そろそろ大学に行こうかと着替え始めた時のことだった。

 なお、着替えはジャージからスラックスに履き替えるだけで完了だ。

「まさか、またバスが崖下に落ちるんじゃないだろうな……?」

 思い出したのはネロと出会った四月下旬のことだ。

 ついこの間の出来事なのに、また同じような事故が起こるのだろうか。

「いや、そういうわけじゃないにゃ」

「そうか……良かった」

「ただ単に、ご主人とは全然関係ないとこで交通事故が起こって、バスに乗ったら渋滞にはまって遅刻するだけにゃ」

「また地味な不幸だな……」

 いやまあ交通事故は起きてるんだけどね。

「ちなみにその交通事故は追突事故にゃ。死人は出ないにゃ」

「俺と全然関係ないのにそこまでわかんの!?」

「原因と結果までが補足範囲にゃ」

「意外と便利なのな」

「意外と便利なのにゃ」

 俺と直接関係がなくてもわかるのか……。

 でもそれってどこまでが原因扱いなんだろう?

 バタフライエフェクトみたいな考え方をすれば、根本的な原因って相当前のことになるんじゃ……?

 ……ああ、いや、そうか、「原因と結果」までが補足範囲ってのは、俺という人間に起こる結果に対する原因までってことなのか。

「んじゃまあ、とりあえず今日は自転車で行くか……」

 少々、早過ぎるが、もう着替えてしまったし、何か飲みながらのんびり待つとしよう。

「――それと、帰りはバスで帰ってくるにゃ」

「ん……?」

 え?

 自転車で行くのに、自転車を置いてバスで帰ってこいって???

「何で……?」

「自転車で帰路についたご主人は、その道中でバランスを崩し転倒。そして偶然にもそこに大型トラックが走ってきて、車道に出てた頭を――」

「潰されんの!? また俺、頭潰されんの!? ねえ!?」

 数日前も頭潰されて死ぬところじゃなかったっけ、俺!?

 そんな数日の間に二回も頭を潰されて死ぬ不幸が襲ってくるっておかしくね!?

 ……いやまあ、ネロの能力で回避できるけどさ。それとこれとは別じゃない?

「……ま、ご主人は死ぬ運命だったとこを、ボクの力で無理矢理捻じ曲げて生きてるからにゃー……。修正力的なあれで死ぬような不幸ばかりになるのは仕方ないにゃ」

「ああ、なるほど、俺が今、生きている方がおかしいのか――ってなるかぁ!!!」

 まだ大学生だってのに死ぬ運命なんざクソ喰らえだわ!!

 まだ恋愛も結婚も子育ても就職もしてねえってのに!!!

「――………………」

「にゃ? どしたにゃ? 怒髪天を衝くような形相をしてたのに、急に真顔になって」

「いや……あのバスに乗ってた奴らもそうだっただろうなって思ってさ」

「…………」

「これからやりたいことなんていくらでもあっただろうな……」

 それこそ、死んだ人それぞれに。

「にゃー……死んだ奴のことを思えるのは人間の美徳だけど、これ以上はないくらい無駄な部分でもあるにゃ。今、ご主人が感じてるものなんてその最たるものにゃ。覚えなくてもいい罪悪感を勝手に覚えて、その罪悪感を紛らわせるために死んだ奴を利用してるだけにゃ」

「そうかもしれないけどさ……」

「ご主人のやるべきことはただ一つ、このお気楽な大会で負けないことにゃ。負けない限り、ボクはご主人のそばにいて、ご主人はボクの能力で不幸な死を回避できるにゃ」

「それって……」

 裏を言えば、この大会で負ければ俺は死ぬってことじゃね?

 でも、言い換えれば、負けない限り幸福な死を迎えるまで生きられるってことだ。幸福な死というものがあるかどうかは別として。

「……ああ、そうだな」

 死んだ人の分まで生きることはできないけど。

 死ぬまで足掻き続けることはできる。

「俺は負けないよ、ネロ。諦めずに生き続けてみせる」

 それがたぶん、悪魔の力で死から逃げた俺がやるべきことだ。

 ……いやまあ、ネロが勝手に逃がしたんだけどさ……。

「――あ、あと、頭を潰されて死ぬのは、本来の運命でも頭を潰されて死ぬからだと思うにゃ」

「え……!?」

「いわゆる類似の法則って奴だにゃー」

「そんな法則あんの!?」

 だがやっぱりそれは納得いかねえ――!!!

 なお、本作品に書かれている情報は今後正確ではなくなる可能性があります。

 ほら、高麗川―高崎間が電化するとか。

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