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2   クーリングオフとかないの?

 人間というものは、案外、突拍子もない出来事にも冷静に対応できるものだと俺は知った。

 黒猫が人語を話すという異常事態に邂逅して、俺が真っ先にしたことは、

「昨日の肉――鶏ささみは人間用にいろいろ入ってるから、あんまり喰うと良くないぞ?」

 いろいろ脇に置いといて、鶏ささみを買いにコンビニへ行くのを回避することだった。

「いや、ご主人、普通に考えて人間の言葉を話す猫にその手の心配は要らないんじゃないかにゃ?」

「でも猫なのに違いはないだろ?」

「ないけどにゃー」

「ならやっぱり良くないと思うんだ」

 たとえ人語を話しても猫は猫だ。

「にゃー……つまり、猫じゃなければ昨日の肉をくれるのかにゃ?」

「その場合、俺はお前を追い出すぞ」

「にゃっ!?」

「俺は捨て猫だから拾ったんだ」

 いや、拾ってないけど。

 勝手に上がり込まれただけだけど。

 問題はそこじゃない。

「このアパートで飼える動物だから拾っても問題なかったんだ。そうじゃなくなるなら――つまり、このアパートじゃ飼えない大きさの動物になるなら、俺はお前を追い出さざるを得なくなる」

「何だ、そういうことかにゃ……。さすがにそんな巨大生物にはなれないから安心するにゃ」

「ちなみに人間になっても追い出すぞ」

「……………………」

 ネロは黙った。

 おかしいな……猫なのに、顔が汗でいっぱいなのが何となくわかる。

 ……え、何、この猫、人化できるの?

 妖怪? 猫又的な? あるいは猫娘的な?

 でも尻尾は一本だしなぁ……。

 ……いや、待てよ……?

 仮に。

 仮に、この黒猫が人化できるとしよう。

 パターン1・完全人化。

 ネロにキャットフードを食べるよう強要する。

 つまり、人にキャットフードを食べるよう強要したことになる。

 ――何かしらの罪には問われないかもしれないが、身バレした場合、社会的に死ぬ。

 BADEND.

 パターン2・不完全人化(つまり猫耳尻尾有り)。

 ネロにキャットフードを食べるよう強要する。

 つまり、猫耳と尻尾がある人にキャットフードを食べるよう強要したことになる。

 おそらく、ネロは猫耳と尻尾がある人という新人類扱いになる。

 ――何かしらの罪には問われないかもしれないが、身バレした場合、社会的に死ぬ。そして、オタク界隈のある種の性癖の人達の嫉妬の炎で物理的にも死ぬ。

 DEADEND.

 ――よし、シミュレーションは完璧だ。

 つまり詰んだ。

 ネロが人化できる場合、キャットフードを食べさせた時点で終わりだった。

 いやもうさっき食べてるじゃん。もう終わってるじゃん。

 ……いや、まだだ。ネロが黙っててくれれば……!

 目を開くと、黒猫がニヤリと粘ついた笑みを浮かべていた。

「…………ネロ――いやさネロ様」

「何かにゃ、ご主人?」

「ネロ様は如何様な動物に変身することが可能で?」

「ボクはこの黒猫と人間の姿にしかなれないにゃ」

「人間の姿には猫耳や尻尾はお有りですか?」

「付けてほしいなら付けられるにゃ」

 つまり、どっちも可能、と。

「ぜひ付けない方向でお願いします」

 大袈裟なまでに深々と土下座して頼む俺だった。

 物理的にだけは死にたくない。




「――で? 結局、お前って何なの?」

 あの後、近くのコンビニへ全力でダッシュし、鶏ささみの燻製をあるだけ買ってきてネロのご機嫌を取った俺は、ようやくと言えばようやくと言うべき質問をしていた。

「お前じゃなくて『ネロ』にゃ。自分で付けた名前くらいちゃんと呼ぶにゃ」

「あ、はい、すんません」

 至極もっともなお説教が飛んできた。

 TAKE2。

「――で? 結局、ネロって何なの?」

「ボクは人間達が言うところのいわゆる悪魔にゃ」

「あ、そっち」

 妖怪じゃなくて悪魔だった。

 道理で普通の猫にしか見えないわけだ。

「日本に来たのはある大会に参加するためにゃ」

「へえ」

「そしてその大会の開催場所として今いるこの県が選ばれたにゃ」

「……うん」

 嫌な予感がするがとりあえずこのまま聞こう。

「この県が選ばれたのは、大会参加者数の関係上、都合が良かったからにゃ」

「……何で?」

「今回の大会の参加者数は七十二。そしてこの県は六十三の市町村があり、政令指定都市の市は十の行政区に分かれてるにゃ。つまり、同じく七十二のブロックに分けられるのにゃ!」

「うん、ボカシてくれてたけど、その解説でどの県か完全に特定されちゃうね」

 はい、埼玉県でーす。

 俺がどこに住んでるかまでは特定できないから大丈夫だよね? お願いだから大丈夫だと言って!

 現実逃避終了。

「七十二ってことは、もしかしてネロってソロモンの悪魔の――」

「違うにゃ」

「あ、違うんだ」

「参加者数が七十二なのはたまたま偶然にゃ。ソロモンとかいう昔の王様は無関係にゃ」

 何て紛らわしい参加者数……!

「……で、その大会って?」

「誰の契約者が一番かを競う大会にゃ」

「ほう……」

 それはつまり、悪魔と契約してバトルロワイヤル的な――

「あ、そういうのじゃないにゃ」

「違うんかい」

「人間に迷惑かけるような内容にはしないにゃ。それに、参加者も悪魔だけじゃなくて天使とか妖怪とか精霊もいるにゃ」

「結構、いろんな奴が出るんだな?」

 悪魔と天使って敵対してなかったっけ?

 それで穏便に済むの?

「別に天使とは敵対してないにゃ。そういうのはだいぶ前にやめたにゃ。……不毛すぎて。まあ、仲は良くないけどにゃー」

「ふーん……」

 天使も悪魔も戦争はやめる時代か。

「そういや、今回の参加者数は七十二って言ってたけど、前回とかあったのか?」

「あったにゃ。忘れもしない、あれは百六十一年前のこと――」

 ずいぶん具体的だな……。

「――史上最大の参加者数六百六十六もの悪魔や天使や妖怪や精霊など諸々がアメリカで数年間しのぎを削ったそれはそれは熱い戦いだったにゃ」

「うん……。うん?」

 百六十一年前? アメリカ?

「……なあ、ネロ。それって南北戦争と時期被ってね?」

「確かに人間にはそう呼ばれていたにゃ」

「南北戦争のことかよ!」

 え、何、アメリカ史で欠かせないあの戦争の裏側に悪魔とか天使とか妖怪とか精霊とかあとその他諸々がいたの!?

 うわー、知りたくなかったー……。

 忘れよう。この記憶はなかったことにしよう。




「……で? その大会参加者の悪魔が何で段ボールに入れられて捨てられてたんだ?」

「別に捨てられてたわけじゃないにゃ。契約者を探してただけにゃ」

「……『拾ってくれたまえ』って書かれた段ボールに入って?」

「拾ってくれた奴を契約者にしようと思ってたにゃ」

 雑……! 

 探し方がすげえ雑……!!

 拾ってくれたら誰でも良かったのかよ!

 ……いや、待て。

 その理屈で行くとその契約者とやらは――

「つまり、俺……?」

「そうにゃ」

「いやでも俺、ネロを拾ったつもりないんだけど」

「ご飯を与えて部屋に入れたらそれは拾ったも同じにゃ」

「むぅ……」

 一理ある。

「でも契約する気はないからな? 契約者とやらは他を当たってくれ」

「何言ってるにゃ、とっくに契約済みにゃ」

「え……?」

「じゃなかったら『ご主人』なんて呼ばないにゃ」

 契約?

 いつ? どこで?

「……全く記憶にないんだが?」

「悪魔に供物を差し出して力を使ってもらったら仮契約。さらに名付けしたら本契約にゃ」

 供物? 

 ……鶏ささみの燻製か?

 いやまあ、それでいいのか悪魔、と思わなくもないが、そう見えなくもない。

 だが、力を使ってもらったとは……?

「ってまさか――今朝のあれか!?」

「そうにゃ。死ぬはずだった運命を変えたにゃ。おかげで強力な繋がりができたにゃ」

「で、名付けがトドメと……」

 いつの間にか地雷を踏みまくってたわけね……。

「……クーリングオフとかないの?」

「悪魔にそんなものあるわけないにゃ」

「…………本当にない?」

「本当にないにゃ」

「………………実はあったりしない?」

「しないにゃしつこいにゃ諦めるにゃ!」

 ――こうして。

 春とかどこに行っちまったんだよ、と呻きたくなるほど地味に暑い日が続いた四月下旬――俺は、悪魔の契約者となった。




「――でも、大会って結構お気楽な感じなんだろ? なら別にいいかー」

「ご主人と同じで、確かに大会自体はお気楽にゃ。――でも、気を付けるにゃ、ご主人」

「え……?」

「毎回毎回、悪魔と契約して参加する大会だからって、ご主人が言うところのバトルロワイヤル的なものだと勘違いする契約者がいるにゃ。そして、その勘違いを放っておく参加者も」

「(ごくり)……」

「――ま、 ボクの契約者のご主人は心配ないけどにゃー」

「あれ?」

 今の結構大事な警告じゃなかった?

 そんなふわっとした感じでいいの?

「全然問題ないにゃー。ボクの能力は『あらゆる凶事を予知し回避する』ってものにゃ。いつも通り過ごしてれば、周りが勝手に脱落していくにゃ」

「え、それめっちゃ強くね?」

 つまり、狙われてもそれをことごとく回避できるってことだろ?

 楽勝じゃん。

「たまーに、ボクの能力を突破してくる奴もいるけど、そういうのと戦うのは大抵終盤にゃ。まだ準備期間だからゴロゴロしてていいにゃー」

 そんなフラグとしか思えないことを言って、ネロはベッドの上で丸くなった。

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