花散る里のダイイングメッセージ
革新プロジェクトの主宰者である桜崎哲氏が死体で発見されたのは、『花散る里』と呼ばれる総合レジャー施設の開幕式での出来事だった。
『花散る里』のランドマークとも言える『一本桜』、施設を一望できる小高い丘に一本だけ生える桜の古木の、その下で桜崎氏は息絶えた状態で発見されたのだった。
その桜崎氏が発見された桜の木の下で武田信子警部補は静かに物思いに沈んでいた。
視線は木の根の地面に張られた白い人型のテープに注がれている。
死体は既に検視に回されていた。
もっとも今回の事件において検視はそれほど重要事項ではなかった。なぜなら、死因は正面から肝臓を一突きされての出血死であることが明らかであったからだ。
さらに言うなら、『一本桜』が殺害現場でないことも明白であった。というのも、木の根本から丘の下へ延々と血の跡が残っていたからだ。血の跡は丘の中腹辺りで大きな血だまりを作って終わっていた。つまり、桜崎氏は丘の中腹で刺された後、這いずって『一本桜』の下まで行き、そこでついに息絶えたと言うことだった。
「ああ、武田警部補。こんなところにいたんですか」
信子は我に帰ると声の方へと目を向けた。
無精髭の小男がそこにいた。名前を山本勘太という。信子の補佐をしている男。階級は巡査部長だ。
「ねえ、桜崎さんはなんでこんなところまで来たんでしょうね?」
「えっ? なんでって……
犯人から逃げようとしたんでしょう?」
唐突な信子の質問の真意を計りかね、山本は自信なさげに答えた。
「う~ん、それなら丘の下へ逃げると思うんですよね。
この辺は人気はないですけど少し下りれば開幕式でたくさんの人がいたじゃないですか。それなのになんでここよりもっと人のいなさそうな、それも上るのが大変な丘の上へ逃げたんでしょう?」
「さぁ、仏さんに聞いてみないとわからないですね。
それよか、警部補。わたしゃぁ、生きている人間に聞いた方が確実だと思いますよ」
「生きている人?」
「へい、へい、4人の容疑者にですよ。
そろそろ、4人の取り調べを始めませんか?」
実は今回の事件。すでに四人の容疑者が見つかっていた。
桜崎の元秘書兼元恋人である風祭早苗。
『花散る里』のある村の村長の林栗太。
某自然保護団体の会長、火野白桃。
革新プロジェクトの専務、山田実。
この4人であった。
「ああ、風林火山ね。良く揃えたわね、こんな面白い組み合わせの容疑者。感心しちゃう」
信子はコロコロと可笑しそうに笑ったが、山本は逆に渋い顔をした。
「別にあたしが揃えたわけじゃねぇすよ。
自然にこうなっちまったんですからしゃーねーす。
それよか、4人のプロフィールとか頭に入ってますか?」
「えっと、風林火山になるなーって思ったら、そこから何にも頭に入らなくなっちゃった。てへっ」
「てへっ、じゃないですよ!
4人とも下に待たせているんですから。歩きながら話しますんで、下に降りるまでに頭に叩き込んでおいてくださいよ!」
山本は胸ポケットから手帳を取り出すと、ずんずんと丘を下り始めた。信子は、名残惜しそうに桜の木へ一瞥を送ったが、大人しく山本の後ろについて歩き出した。
「まず、風祭。
こいつは、桜崎の秘書やっていて、どうやら愛人みたいな関係でもあったみたいです。不倫ってやつですね。2年ほど前に秘書を辞めています。
っていうか辞めさせられたってのかな。
桜崎の子供を身ごもっていたって噂もありますね。相当恨んでいたようですね。
で、次が林。
これはこの村の村長ですね。この『花散る里』のプロジェクトでは桜崎に随分協力したらしいです。自分も甘い汁が吸えると踏んでいたんですが、蓋を開けたら、桜崎に利権を全部持って行かれて怒り心頭だってことです。
それから、火野ってじいさんね。
『桜を愛でる会』っていう自然保護団体の会長らしいですが、ほら、さっきの『一本桜』の桜ね。あれは、もとはどっかの山に咲いていた樹齢数百年の由緒ある桜だそうですわ。
『桜を愛でる会』が大事に保護していたのを、今回の施設の目玉にするってんで仏さんが強引にもっていっちまったそうですわ。それでもう火野のじいさんが何度も抗議に来ていたって話ですよ。
それで、最後が山田ですね。
こいつは仏さんところの会社の専務らしいです。専務って言うと聞こえはいいが、その実はパシリみたいにいいようにこき使われていて相当鬱憤が溜まっていたみたいですね。
まあ、こうやってみると4人が4人とも……って、あれ? なに立ち止まってるんですか?」
後ろからついて来ているはずの信子の気配が途絶えたため、振り返った。信子は話の途中で立ち止まっていたらしく、山本とは10メートル近く離れていた。
「えへへ、わたし、犯人が分かっちゃった!」
突然の言葉に山本の口がばっくりと開く。内心、何言ってんだこの人は、と思ったが、それすら口から出てこない。パクパクと酸欠の金魚のように口を動かすと、ようやくしゃべれるようになった。
「は? 今の説明だけで犯人が分かったんですか?」
驚く山本に信子はニコニコ笑いながら首を振った。
「ううん、死んだ人に教えてもらったの」
「死んだ人? 桜崎のことですか? え? 警部補って、そっち系の人だったんですかい?」
「ちがう、ちがう。桜崎さんのダイイングメッセージよ」
「ダイイングメッセージ? そんなもの現場にはなかったじゃないですか。
奴さん、単に桜の木の下でうつ伏せで死んでただけでしょ」
それよ! と、信子は山本を指さした。
「それよって、どれですかい?」
「だから、『桜崎さんが桜の木の下で死んでいた』。それがダイイングメッセージなの」
「は……? 意味が分かりません」
「うんとね、桜崎っていう字を縦に書いてみるでしょ。
こんな風……
桜
崎
で、桜の木の下には何がある?
「縦に書いて、桜の木の下にあるもの……山……
山だ!!」
「そう、山田さんが犯人ってことよ。死ぬことを悟った桜崎さんはダイイングメッセージを残すため、ワザと桜の木の下へいったのよ」
その時、一陣の風が吹き、地面に落ちていた桜の花びらを空高く舞い上げていった。
2022/04/15 初稿
降りてきました。同じネタがないことを祈るのです。
■おまけ■
「しかし、犯人が分かったとして、物的証拠がなんもないですぜ、警部補」
「その辺は、勘ちゃんのほうが得意じゃない。細かいことネチネチ、クドクド。
後は、任せるんで、証拠探し、よろしく~」
「ええええ、また、それですか!!」