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五月雨と虹と思い出

作者: 月影ましろ

これは、ある少年とある少女の物語の一ページ――




五月の空は、どこまでも澄み渡る。

その空の下で、一人の少年が学園に向かっている。

少年の名前は加賀(かが) 蒼羽(あおば)、戸津田学園の二年生。

整った五官と黒い髪、一見にしてはイケメンの類ですが、それ以外はごく普通の男の子です。

「あつい…土曜日なのに生徒会室に来るなんて、先輩も人使いが荒いものだな。」

そう言いつつも、蒼羽は学園へ足を向かっている。

「また何か手伝って欲しいことあるかな…先輩にも、そろそろ生徒会への勧誘が諦めさせて欲しいものだな。」


歩いてから十数分、蒼羽はある扉の前に着いた。

表札には、「生徒会室」が書いている。

トントン――

「開いている。入ってください。」

部屋の中から、少女の声がする。

「失礼します――」

蒼羽は一言を応じて、生徒会室に入る。


「どうしましたか、先輩?いきなり呼び出して。」

生徒会室に入ってから、蒼羽は「生徒会長」という札が置く位置に座っている少女に質問を投げる。

長くて整えた黒髪、エメラルドのようなひとみ。制服に包まれるその姿は、どこか近寄りがたい雰囲気を放っている。

少女の名前は朝倉(あさくら) 美月(みつき)、戸津田学園の三年生で、生徒会会長を務めている。

「あら、来たわね、加賀くん。こちらに座ってちょうだい。」

美月は目の前の書類の山から目を離せ、蒼羽に自分の隣のイスを示す。

それは、蒼羽が生徒会の仕事を手伝う時、いつも使っていたイスでもある。

「それでは、失礼します。」

そう言って、蒼羽は美月の隣で腰を落とす。


「それにしても、どういうことですか、先輩?その書類の山は。」

「ああ、これですね。昨日緊急追加された書類で、私一人だけじゃどうしても間に合わないですから、手伝いに呼んできたの。」

「そんなこと、他の生徒会員に手伝わせてすればいいじゃないですか。」

「そこはね、書類をざっと読んだけど、こういうのは加賀くんが適任かなっと思っていたの。それとも、加賀くんは私の仕事を手伝うのはイヤですか?」

「いえ、そんなことは決してありません。」

それは紛れもなく蒼羽の本心。

(学園一の美人である先輩と生徒会室で二人きりだなんて、他の男子に知られたら、部屋を出る瞬間に刺されるに間違いないな。)

これまでもよく生徒会の仕事を手伝ったが、普段なら他の生徒会員がいて、週末の手伝いは美月と二人きりなのは、誰も知らない。

そう思いつつも、口にしなかった蒼羽は、一番上の書類に手を伸ばす。

「どれどれ…なるほど、確かにこれなら僕の得意分野かもしれないですね。」

書類の内容は、部活予算の追加申請と検定。蒼羽は昔から数字に敏感で、計算が得意です。

「それでは、始めましょう。今日中に終えるといいですね。」

「はい、先輩。」


広い生徒会室で、字を書く声だけが響いている。

(ここでこの数をプラスして…そしてこの数をマイナス…)

一つの書類を計算し終わると、蒼羽はそれを美月に渡し、その度美月の横顔が目に映る。

(本当に、そこで座るだけでも絵になるくらいキレイな人だな。もし先輩と…って何考えているんだ僕は。仕事に集中しないと…)

頭から邪な考えを振り払って、蒼羽は目の前の書類に目を落とす。


それから数時間後…

「ようやく終わった…」

全ての書類を計算し終わって、蒼羽は大きな背伸びをする。

「お疲れ様です、加賀くん。紅茶はいかがですか?」

書類のサインが終わった美月は後ろにいる棚に向かって、電気ケトルのスイッチを入る。

「はい、ありがとうございます。」

美月先輩が淹れた紅茶、それは蒼羽にとって一番の褒美でもある。

そして待つから数分後…

「はい、できました。まだ熱いですから気をつけてください。」

「ありがとうございます、先輩。」

蒼羽はコップを受け、紅茶を一口啜る。

「やはり先輩の淹れた紅茶、いつ飲んでも美味しいですね。」

「それならよかったですね。」

そう言って、美月はお菓子をテーブルに置いて、蒼羽の隣に腰を落とす。

美月と一緒に、ただ紅茶を飲む、そういう安らかな時間、蒼羽はとっても好きです。

「そういえば先輩、ずっと気になりますが、どうして僕なんかを生徒会に誘うのですか?」

「それは加賀くんには才能がありますから。」

「先輩はいつもそうやって誤魔化すから。」

「誤魔化すなんて、そんなことありませんよ。」

「ならば先輩、本当の理由を教えていただきませんか。才能があるかどうかはさておき、先輩は僕のような目立たない男の子に目を配るはずがありませんし。」

「それはまた今度の機会で。」

「またそうやってごまか――」


「パタ。パタ。」

「あれ?」

窓からの声を聞いて、蒼羽は窓の外を見る。

いつのまにか、さっきまで晴れ渡る空は、厚い雲に満ちていく。

そして――

「ざあざあ――」

大きな雨が降ってくる。

「あ…雨が降ってきた。これじゃ帰れそうにないか。」

「加賀くんは今帰りたいのですか?」

「いえ、そういうつもりじゃありませんが…五月の雨は、なかなか止まないものですから。」

「そうですね。これじゃ雨が止むまで加賀くんと二人きりになりますね。」

「今更ですか!?」思わずツッコム蒼羽。

「さっきは仕事の仲間として、でも今は…」

美月はまっすぐ蒼羽の目を見つめる。蒼羽を見つめる

「…え?先輩、なんか雰囲気が違ったような…」

「加賀くんは、さっき『どうしてあなたを生徒会に誘った』と聞きましたね。」

美月は椅子から立って、蒼羽の前まで歩く。

「そ、そうですが…せ、先輩、近いです。」

蒼羽も一応健全な男の子。こんな美少女が目の前までやって来ると、どうしてもドキっとする。

「だから、その理由を、教えて、あ・げ・る。」

美月は、鼻が触れ合う距離まで近づき、蒼羽のあごを摘む。大きな胸が、蒼羽の体に押しかけていく。人から見れば、どうしても「加賀蒼羽という男の子が、朝倉美月という女の子に迫られてる」としか見えない。

(うわ、柔らか…ってそうじゃなくて、いったい何がどうなっているんだこれは!)

突然の出来事、そして美月の態度で、混乱に陥る蒼羽。

「せ、先輩、こ、こ、これはいったい、どういう――」

視線だけでも逃げたい蒼羽ですが、美月にあごを摘まれて、どうしても美月と視線が合う。

その目には、いつも見ていた頼れるお姉さんの目じゃなくて、まるで捕らえた獲物を見つめている目がしている。その中に、かすかな蠱惑な色も滲んでいて、まるで見つめる相手を魅了するとしている。

「私は君が誘おうとしたのは、君のことが気になりますから。」

「気になるって…え?」

突然の告白に、一層混乱していた蒼羽。

「君のことをずっと見ていたの。生徒会の手伝いはもちろん、先生の仕事も、部活も手伝って、よほどのことじゃない限り、君は他人からのお願いは断らない。今日も、土曜日の早朝にも関わらず、私を手伝いに来ました。こんなお人好しさん、世界中じゃそうそうないでしょう。」

「うぅ…」

蒼羽は恥ずかしくて目をそらす。

お人好し、蒼羽はよくそう言われている。困る人がいたら放っておけないし、人からの願いもほとんど断らない。どうしてそんな性格になったのか、今になっては蒼羽自身もよく覚えていない。

「それじゃ、先輩が僕を誘おうとしたのも…?」

「それもありますが、そうじゃありません。私は、君のそんな一所懸命な姿がとても眩しく見えて、そして心配もしていた。この男の子、ここまで他人のために頑張っているけど、自分のことは考えているかなって。」

「それは…」

「だから、君を生徒会に誘おうとした。私の目が見えるところなら、君は無理をしなくていいですし、そして私もその頑張っている姿を近くに見える。」

「先輩…」

「でも、君はいつしか言ったよね、生徒会に入るつもりはないって。だから生徒会を手伝う形で、君を誘っていた。君の性格だから、きっと断らないと信じていたから。」

「私の思った通り、声をかける度に、君は生徒会室に顔を出る。自分では気づいていないかもしれないですが、君はもう立派な生徒会の一員です。」

「そして、休日でも、頼めばこうやって生徒会室に来ます。君の考えはわからないですが、二人きりで紅茶を飲む時間、私結構好きですよ。」

二人きりの時間。その単語を聞くと、蒼羽はまたドキっとした。

「それは、僕も同じです…」

「そうですか、同じく考えているなんて、嬉しいですね。本当に、どこまでも一所懸命で、まっすぐな男の子です。」

美月はそっと蒼羽の頬を撫でる。柔らかい手が頬を触れる感じで、蒼羽の心の鼓動がまた早くなる。

「そんな君ですから、私は…」

そう囁いて、美月の顔が近づいていく。


蒼羽は、前から美月のことが好きでした。

そこには何の理由もなく、強いて言えば「一目惚れ」くらいとしか言えない。

だが、美月は学園で誰も憧れる人気者で、自分はただの普通な生徒、どう考えても美月とは釣り合わない。

だから、美月に生徒会の手伝いを呼びかけたとき、蒼羽はただただ嬉しかった。

「憧れの美月先輩の隣でいられるだけでも、すごく幸せだから。」

そう思って、この感情を今まで封じ込んでいた。

でも今、美月に煽られて、その気持ちが再び燃え盛る。

今すぐ目の前の女の子を抱きしめたい。

今すぐ「好き」って言いたい。


その時、一縷の陽光が窓の外から二人の顔を射す。

どうやらいつのまにか、雨はもう止めた。

「残念ですが、時間切れみたいですね。遊びはここまでにしましょう。」

そう言いつつ、美月は蒼羽から離れる。

「遊びって…え?ええ!?」また混乱に陥る蒼羽。

「もう午後ですから、溜まった仕事も終わったし、そろそろ帰りましょう。」

「ま、待ってください、先輩!」

慌てて立ち上がる蒼羽だったが、美月はその呼びかけを聞かなかったように、生徒会室から去っていこうとすると、扉で立ち止まって。


「さっき遊びと言いましたが、あれは実は半分本気です。それじゃ、加賀くん。また月曜日で。」


そう言い残し、美月は生徒会室から去っていた。


残された蒼羽は、ただただそこで立ち止まっている。

「先輩…」

美月先輩への気持ちは、もう抑えきれない。

でも美月先輩は、どう思っているのだろう。

「さっき半分本気と言ったけど、まさか…」

数秒の思考を巡って、蒼羽は静かに頭を振る。

「それこそまさか、ね。」

そう呟いて、蒼羽は窓辺に行って、空を見上げる。

雨のち晴れ渡る空には、一筋の虹。

「それでも…」

虹を見て、蒼羽は呟く。

「例えこの想いは、虹のように美しくて、でもすぐ消え去るものだったとしても。」

蒼羽は空にいる虹に、そっと手を伸ばす。

「その輝きは、いつまでも心に刻み込む。」

「きっと、これも『青春』の一ページです。そうですよね、美月先輩。」

今は、もう少しこの気持ちを胸にしまっておこう。

いつか、きちんと美月先輩に伝えるためにも。


晴れ渡る青い空は、どこまでも続く。

これは、一人の少年と、一人の少女の青春の物語。


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