一幕 1 平野旭と鴎
「2」
……精霊の話はそうそう理解できるものじゃない。
一度でも精霊と言を交し合えば、大抵、そういう感想を口にするのが人間だ。そのような感想を耳にする人間のまた大抵は精霊を眼にすることさえ叶わない凡庸な類である。ただ、視認の出来る出来ないで優劣を決定されるのであれば、それは人類のうち九割が凡庸或いはそれ以下ということになる。
さて、では精霊の立場からしてみればどうだろう。その前に精霊の基本概要をば。まず精霊を不特定多数に括って指定するとき、結構”彼ら”としてしまうが、それでは精霊が例えば先ほどの花の精霊みたく知性を揮う生物の総称になって語弊を生んでしまうやもしれない。
そも精霊とは世界の遍く物質又は物体に何某かの奇蹟又は企図があって憑依し、そうすることで現実世界と干渉できるようになる魔術生物である。これが一応の精霊の発生と正体であるが、語次にて更に噛砕いて解説していこう。
兎にも角にもまず前提も前提である魔術についてだが、これは例に挙げると掌より数センチの空に火を発生させたり、より甚だしいものでは快晴の大空一面に怠く、重厚な雨雲を出現させたりなども理論的にはと前置きするが可能だ。
雨雲を出現、それだけの大魔術が用いられれば魔術師としての本懐を遂げられるのも容易であるし、精力的に名を売らずとも知らぬ間に名代な一人として数えられても不思議ではない。魔術師の本懐とは仔細を後述に口述することになるが、人の為、地域の為、自然の為、と地方の個人自営の企業理念のような、つまり何かにとって善行となるような行いをするべく行使する、斯様な言ってしまえば慈善団体に近しい職柄である。
彼らが行使する魔術は大気中に円満している酸素やらの気体のなかに紛れるようにして揺曳しているイグノの名称で俗世に、魔力の名称で一部の精霊に浸透している、当たり前の気体の一で、そのイグノと親和性・互換性の高い者ものが体の裡で想像、構築、統合、結実の行程にて変容させ形を成す、他にも不明瞭な行程や不明確な理論が秘匿されているが、世界的に不文律を根底に敷いた形で、真理か否かは別にして、否定のしようのない凡そ真理に近しい現状を学ばせ、フォーマル化させている。
これが魔術理論の探求の乏しい時分には国から国へ仕様禁止の法度が出され、必然敷衍し、結局、進捗のないことの弁明として魔術そのものを歳月をかけて忘却させようという空前絶後の悪法が許諾され、それは現代に至る後年にかけても語り継がれ揶揄満載に『阿法」と呼ばれるまでになった。
閑話休題、魔術とはイグノを介す、イグノとは空中に漂う精気のエーテルと考えると想像しやすい、とまあ、この段階では未だ想定されない幾つかの疑問が散見されると予想されるものの、やはり講義の体で世の成り立ちを説くというのは、子供にモノクロの時代劇を鑑賞させるのに等しい。人類がそうであるように、日常に眼に見えるだけの疑念なく魔術が傍にある。
決まりさえ遵守できれば扱うのに危険はほとんどない、と断言しても過言ではない。歴史が過ち、歴史が正している。不明であることに恐れを抱くのは間違っていない、だがそれでここまで普及してしまった魔術を棄て去るなど今更できないだろう。
――「先生、また脱線したし! あと言ってることも教科書に書いてることも難しいんだけど!」
「……っと、あぁ、すまん。教科書はどうにもできないけど。ほら先生、精霊様とお話できちゃからね。頭の良い人と会話していたら自分も同じくらいとはいかないまでもちょっと物知りっぽく感じてしまうだろう。それが、今の先生」
「あー先生自慢してる! 先生ね、自慢するときとか、リィカ先生と話しているときと同じ顔してる」「リィカ先生のこと好きなのー?」「ねえ好きなのー?」「精霊さんは知ってるかな? 今度、ヨルクくんに頼んで聞いてもらおう」
子供たちの楽しそうな声々は町の或る公園から響いている。子供らしければ、男子らしく、女子らしく、年相応の話題に食いつき、際限ない質問攻めに赤髪の短髪の青年はたじろいでいて、それが壁にも天井にも遮られていない真昼間の公園の中心で行われているのもあって周囲の主婦層や商売人らはちらちらと様子を伺いながら、朗らかな微笑を浮かべている。
敢えてらしくない点を挙げるならば、公園、とするには足下の芝生の他に遊具がない、公衆便所もない、というように些か設備に不備が多いところだろうか。
教室の盛り上がりは先生がたまに口を辷らせることで始り、生徒たちの興味の度合を見計らったかのような絶妙な時期にやらかすものだから、成程時間が培わせた技と言っても差支えないかもしれない。
実際、赤髪の面持ちの微細な変化に傾注すると、それらしく動揺しながら、ふとした時にどこか遠くを透かような幽かな微笑みを生徒らに向け、次の瞬間には違和感なく動揺しているのだ。生徒は勿論、周囲の銘々も彼の手腕を知らなければ、うっかり騙されて仕舞いかねない円熟のほどであった。
それは換言してみれば役者のようである。悪く取れば道化である。わざわざ後者が浮かぶ輩などそう何人もいないと信じているが、もしいるとするならばその人は歪曲した視点の持ち主であろう。捻じ曲がり、対岸を目指す川を紆曲して進む普通より、いっそ泳いで渡るような。協調性が最善視される魔術社会の絶頂期に、ともすると斯様な人材とは重宝されこそいないまでも、全くの不要ではない。
つまるところ、誰かの曲がりに曲がった視点というのは本質を捉えるの点において、蓋し正鵠を射た結論と成り得る可能性も確かにあるのである。穿った感性は群れを外れた一匹狼の隠れ潜む獲物を見逃さぬ獰猛さ。
「違いますっ、違います! リィカ先生とはただのお友達です! じゃ、今度は皆に質問するぞー。あーはいはい先生の渡した教科書あの通りに読んでもわからなかったでしょ。これ教訓ね、学びは大人ぶるくらいなら子供に立ち帰れ、はい復唱」
「おー、けいけんそく? けいけんそくでしょ」「けいけんそくってなあに?」「けいけんそくとはほっぽうはルミネイリスとしょかんにぞうしょされているル・ヴィティちょのこくごじてんだいはっぱんせんさんびゃくよんじゅうななページさんだんらくにきさいされ――――」「先生、トイレー」
茶飯事の騒々しさであるが、子供の言は渾沌の様相を呈している。この瞬間、あの公園に秩序は幽きも見出せそうになかった。と、言うのにやはり人間の適応は見事なもので、周囲の面々に主だった様子の差異はない。と、すれば必然的に彼が場から浮いているように思われるのだ。
平野旭、彼はただ一人青年の苦心を偲んでいた。平素からの状況だろうとは薄々と察していたけれども、あの渾沌の只中にいて、しかも一人で場を収めなくてはならない身空であるので、如何様な状況下に置かれようとも釈迦でなければならないし、生徒たちは掌の上の孫悟空でなければならないのだ。
「あれ、この場合は孫悟空は複数形になるべきなのか……?」
身も蓋もないことを呟きながら公園の外周に点々と伸びている樹々の麓に腰を落ち着かせた。どこか湿り気を含んだ土と蔓延る苔に躊躇いもなく。秋日のやっと涼感を纏いだした微風に梢は揺れ、葉はさあさあと音を鳴らして靡いた。規則性のない揺らめきをする濃い緑の淵叢に木漏れ日が燦爛する。星辰の鋭い瞬きに似た、光りの散らばり。
頭上を仰いで、重心を止めずゆらゆらと動かして、葉々の揺蕩いに倣うと、光りは万華鏡の如く幾何学模様を描き、たちどころに別の模様に変わった。変わった、というより彼にしてみれば切り替わったように思えた。
背中の方では今なお子供たちの自由奔放な発言のあれこれが、頭上の騒めきに多少遮音されながらに聴こえてくる。ほどなくして先生が大きく数度手を叩いたのが耳に届いた。最初は無駄なことだとなおも子供たちは止まらなかったが、何やら催眠の類でもかけられたのかというほどに静まっていき、突とした静寂が旭をどうにもむず痒くさせた。
先生は再びパンと手を叩き、本来の径庭に矛先を戻した。
「はいはいはいはい、皆が静かになるまで……えっとー、何十秒かかかりました。ってことで、授業を再開するね。時間の関係で精霊の話はまた次回、残りは魔術のお勉強、教科書は片づけていいよ」
先生はアサヒの印象より遥かに先生らしかった。故に生徒は生徒らしく振る舞えるのだ。
「精霊の話、聞きたかったな」
独り言ちて、背中の背嚢から一冊の分厚い教科書を取り出した。旧く、表紙の文字を絵もすっかり褪せ、なにより適当な頁を開くそれだけで億劫になりそうな具合の、教科書より専門書のような感じだ。内容も論文の文書をそのまま写したみたくやっと読み書きが一般に比しても差しさわりなくなった彼には到底読解は難しかった。しかし、この辺りではこの教科書『魔術入門<1>』が公式であり、あの子供たちの一切も同じ本で勉強している。
話によると、この本は一二世代旧式であり、四年前に長年の或る要望が叶い、一定層向けに専門家が大々的に再編した子供用新公式教科書『魔術入門』により大分難解さは解消されたとのことだ。或る一定層というのが一体どこを指しているのか既に解っていることだと了解し、敢えて詳述を避けるが、末尾に関係者一同の名が長々と連なっていて、最後に小文字で、『霊歴六百八十三年 初版』と記載され、その日付が示すのは今日より約二十年も過去である事実。つまるところ、アサヒが開いた教科書は都合十六年ただの一度として改編されてこなかったというのだ。
と、それを念頭に置いて考えると、青年の授業形式が至極理に叶った構成であるのに疑う必要が欠片もない証左に等しい。
――僕もあそこに混ぜてほしいな、なんて。
彼らが解散した後に、隙をみて赤髪の青年に問い合わせてみようか、とアサヒは頭で彼に相対する自身を空想した。気のよさそうな人なのは声音から容易に推量れたが、さて。
―――そんな思考のなか、
「迷惑なのは推量らなくてもわかるよね。それでも、彼の、二桁近い歳の差対象の授業を教授されに行くのかい?」
「……本気にしないでくれ、冗談だ」
「あっそう。あたしのような若輩ならともかく、年長に同じこと発言すると一瞬で首がさかさまになってることでしょうね」
「あ、そう。てか年長さんらはどんだけ短気なのかね」
――鴎、である。
正しくは鴎に憑依した精霊。
「あたしも思うわぁ。やあよねぇ、下手に博識な連中の集いだから、自分らが間違ってると本気で信じてない。加えて長年の付き合いのよしみとやらで一人が癇癪を起して殺せ殺せ言えば大方賛成される。腐敗してるね。どこぞの連邦みたい」
「また婆さんのアニメ感想の贄にされたのか」
「ほんの情報でアニメだって判るあんたもあんたね」
うっせえ、と返しながら、掌を鴎の精霊―ゼノ体―の傍へ差出した。ゼノ体の精霊は精霊を目視可能な者たちにとって、精霊か否かを判別する手段はイグノしかない。イグノとの親和性に欠けるアサヒでも鴎の裡に渦巻くイグノ奔流は見て取れる。見て取れる程度ならばアサヒなどよりもっとイグノに嫌われている人物でさえ視覚で判る。例外の可能性を抜きにして大胆に述べるならば、人類皆等しくイグノを見ることはできる。
「だからゼノ体は見かけでは精霊とそれ以外との境界を限りなく曖昧にするのよ」
「思考を読まないでくれ」
「読もうとして読んでるんじゃないって何度質せばわかるの」
「周波数がどうたらだっけか。一方的なテレパシーみたいってレティは表現してたっけ」
「そんなところよ。あと、レティじゃなくってレティネアとお呼び」
「わざわざ二文字も長くする理由がないだろう。僕と君の間だけの愛称なんだから。ちゃんとした場ではちゃんとするし」
鴎は呆れたような仕草の代弁とばかりに黄みがかった足でアサヒの皮膚を蹴った。
「悪いんだけど勉強したいから、退いてくれないかな。足でも腹でも好きなとこにいてもらっていいから」
「ふん」
とぷいと顔を背け、手から飛び降りて腹に乗った。ちょっとした重量に、
「ぐぇ」
と苦し気な声を上げる。
「辛そうなフリをするんじゃあないの。まるで―――」
「はいはい」アサヒはそれであれば、と生え伸ばしている根の丁度いい段差に背嚢を寝かせ、頭を載せた。根もまた幽かであれイグノの流れがあって、圧迫されても大丈夫だろうか、と思い、自身でもけったいな疑問に苦笑した。
眼前には長らく直視することを憚られる陽の煌めきがあった。アサヒは厚い本を掲げて、長くは続かないだろうな、と腕の力などを考慮した上でそのような結論を出した。