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オフィスミステリー

副社長の小悪魔娘。縁談を断ったら即破滅! (3000)

作者: 栗色マロン

「 岡田君、副社長のお嬢様と見合いする気はないか? 」


大谷部長が開口一番に聞いてくる。

部長は大学の先輩で、リクルート活動中から今日に至るまで非常にお世話になっている方だ。

社内的にも顔が広く、本社重役達にも一目置かれた存在らしい。


「副社長には娘さんが1人いるんだが、見合い相手に適う有望そうな若手はいないかと聞かれてな。お前のことを紹介しようと思うんだ。問題ないよな?」


問題などあるはずはない。そのお嬢様、つまり北川美麗とは同期入社の仲だ。

ただし重役親族であるコネ入社組は最初から本社配属が決まっている特別な扱いで、入社直後に行われた集合研修でも俺たち一般入社組とは適度な距離感があった。


その中で一体感がもっとも盛り上がった瞬間と言えば、研修最終日の打ち上げパーティーだろう。

グループ企業が経営するホテルで行われたそのパーティーは、豪勢な料理に人気バンドの生演奏。

重役の娘たちは、煌びやかにドレスアップした姿で華を添えた。


北川美麗はその中でも別格の存在感を放っていた。

痩せ型で胸元も膨らみも薄く、白いドレスから突き出た手足は今にも折れそうなくらいに華奢だったが、彼女が会話の輪に加わるだけで、男性社員達の雰囲気は一変した。


「安田くんったら昨日の座学中、ずっと寝てたでしょう。わたし寝息が気になって、集中できなかったんだから。」


胸元に飾られたネックレスのチェーンを指で弄びながら、少し不機嫌そうにそれでいて甘えるような声で上目遣いに話す。

そんな小悪魔振りに俺たちは皆、魂を奪われてしまったのだった。


――――――――――――――――――


翌週の月曜日。俺は本社ビルの正面入口を見上げていた。副社長に呼ばれたのだ。

入口の天井はどこまでも高く、床には大理石が敷き詰められ、受付には着飾った女性が並んでいる。さすがは本社ロビーだ。


ただこれは来客用の受付ロビーで、俺たち従業員の通用口はその隣だった。

俺は認証ゲートに社員カードをかざした後、天井の低い薄暗い通路を進んでいく。


ゲート脇に立つ守衛服の男が、焦点の定まらない目でしきりと何かを呟いている。

口をパクパクさせて魚みたいだな。俺は少しおかしくなった。


「失礼します。多摩事業所営業1課の岡田です。」

俺は本社最上階にある役員専用ロビーの受付にいる。


「岡田様ですね。少々お待ち下さい。」

長い髪を一つに束ねた小顔の女子社員が、手元の書類に目を通す。


「16時に北川副社長とお約束ですね。ご案内します。」

女性はそう言って立ち上がると、副社長がいる応接室まで案内してくれる。


―――――――――――――――――――


「君が岡田君かね。話しは大谷から聞いているよ。若いのに優秀らしいじゃないか。」


副社長の声は大きくて自信に満ち溢れている。周りを寄せ付けない行動力でここまで上り詰め、次期社長の座を虎視眈々と狙っているだけのことはある。その隣には北川美麗が上品な姿勢で腰掛けていた。


「岡田くん班別発表のプレゼンの時、緊張しすぎて最初の挨拶から噛み噛みだったよね。」


俺は顔を赤らめる。北川美麗と俺はもっぱら集合研修時の失敗談や思い出話しに花を咲かせている。

そして副社長は話し上手で聞き上手だった。おかげで会話が途切れることもなく、3人で楽しい時間を過ごしていた。


1時間ほど経過した頃であろうか。ノックの音ともに、先程の女子社員が入ってくる。


「副社長、そろそろ経済連盟会長様との面談のお時間です。」


「もうそんな時間か。」

副社長が時計に目を見やる。


「岡田君すまんが今日はこれで失礼する。美麗も私と一緒に来なさい。折角だから会長にご紹介しよう。」


慌てて俺も立ち上がりおいとまを告げようとした時、副社長が俺を押しとどめる。


「君はここに残ってくれ。秘書室長から君の今後について説明させるから。」


副社長と北川美麗が立ち去ってからは30分程であろうか。俺は上気した顔で応接室を出る。

秘書室長からの説明はしごく簡潔だった。


「君は次の人事で特別戦略室の室長に抜擢される。副社長の肝いりで本社に新設される部署だ。心して励んでくれ。」


どうやら北川美麗は小悪魔ではなく、幸運の女神だったようだ。


―――――――――――――――――――


役員フロアを出たところで、中条海斗が待ち構えていた。

彼も俺の同期だ。コネ入社組ではあるがそれを鼻に掛けるようなところは一切なく、不思議とウマがあった。研修中もよく酒を飲んでは、理想の社員像などを語り合った仲だ。


彼はタバコ部屋に俺を誘う。そして誰もいないのを確認すると、自分のタバコに火を付けながらこんな話をする。


「お前、美麗と見合いするらしいな。その前に伝えておいた方がいいと思って。」


「実は俺、研修中から美麗と付き合っていたんだ。だけどあいつ全く同じタイミングで牧村とも付き合っていた。要するに二股だよ。」


牧村亮太も俺の同期だ。コネ入社組の一人だが、甘いマスクに歯切れのいいトーク。集合研修時もともかく目立っていた男だ。女子社員にも見境なく声を掛けまくっていたな。


「しかも牧村だけじゃないぞ。美麗のやつ、俺が聞いただけでも3人の同期と遊んでいたらしい。俺はそれが分かった時点で別れたがな。」


俺はショックを受ける。小悪魔お嬢様はとんでもない遊び人だったか!

ただ先程聞いた秘書室長の魅惑的な言葉が頭をよぎる。終わった話しなら目をつむっても良いのでは?だから俺は念のための確認をする。


「牧村とはもう切れてるんだよな?まさか、まだ付き合ってないよな?」

中条は残り短くなったタバコを一息吸ってから、こう答える。


「牧村もすぐ振られたんだ。ただ未練たらしく美麗に付きまとってさあ。

それが副社長の逆鱗に触れて、本社中から嫌がらせやパワハラ、ネグレクトとさんざんのいじめにあった後、閑職に追い出されたよ。」


「お前も会ったんじゃないか。1階の従業員通路に一日中突っ立てるよ。」

あの口をパクパクさせてた男だ!


――――――――――――


その週の金曜日、俺は再び本社を訪れた。

副社長の呼び出しを受けたからだ。「君にとっても、いい話しだ。」副社長はご機嫌で連絡してきた。


だが俺はもう腹を決めていた。人間を魚に落としめるようなことはしてはならない。

俺は本社最上階にある役員専用ロビーへと上がっていく。


「岡田さん、副社長がお待ちかねです。応接室にお入り下さい。」

長い髪を1つに束ねた小顔の女子社員が俺を呼び出す。そして、「頑張ってね」と小さな声で付け加えてくれた。

俺は覚悟を決めて応接室の扉を開く。


――――――――――――


結論から言うと俺は副社長を激怒させてしまった。立派な大人があんなに怒っている姿を見たのは、初めてかもしれない。そして突然に全てが終わりを告げる。

小悪魔も幸運の女神も、俺の前から姿を消してしまった。


その直後が特にひどかったのだが、会社での居場所が完全に消滅してしまったような時期があった。

ほとんどの会議に俺だけが呼ばれなくなった。あんなに雑談好きだった課長が、俺には全く話しかけてこなくなった。


だが私生活だけは上手くいっている。新しい彼女と今日もデートだ。

待ち合わせのカフェに行くと、彼女は先に来ていた。


「お待たせ!」

声を掛けると彼女が振り返る。今日も長い髪を1つに束ね、相変わらずの小顔ぶりである。


本社を初めて訪問した時には全く気付かなかったのだが、受け付けにいたのは石川沙織。彼女も俺の同期だった。


石川沙織とは、あの後しばらくしてから連絡を取り合い、そして付き合い始めた。

交際は至極順調だ。ドン底だった会社生活も少しずつではあるが、好転してきた気がする。

そう言えば、今週末には石川沙織の両親に挨拶に行く予定だ。


「そんなに堅苦しく考えないでね。お付き合いしている人がいるなら、きちんと紹介しなさいと両親がうるさいの。」


石川沙織の家は躾が厳しいらしい。

持っていく手土産まで指定された。

虎屋とかいう店の羊羹なのだが、金額を調べて驚いた。


「ごめんなさい高価なのは私も知ってるわ。でも大事なことだから今回は頑張って。」


そして彼女は実家への行き方を教えてくれる。


「麻布十番という駅が最寄りなの。でも歩きだと少し分かりずらいから、駅からタクシーに乗って。」

「元麻布の石川の家と言えば、すぐわかるはずだから。」


どういうことだ?元麻布と言えば、各国の大使館くらいしかないんでは?


そう言えば石川沙織もコネ入社だった。誰の親族かは聞いたことも無かったが。

そこでふと思いつく。うちの会社の社名が石川播磨重工業であることを。

そして以前から希望していた新規プロジェクトのメンバーに突然選ばれたことを。課長が最近やけに俺に気を使い出したことを。


石川沙織が束ねていた髪を振りほどく。

日に何度かは束ね直さないと乱れてしまうらしい。

肩下まで伸びた長く艶のある髪が、目の前に広がる。

俺は思わず手を伸ばしてみる。

小悪魔の尻尾は俺には短かすぎたが、幸運の女神の後ろ髪には手が届きそうだった。



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