変わらぬ願いをあなたに
ꕤ•*⋆ 。
私には好きな人がいる。
憧れ、尊敬から始まったこの想いは、いつからか恋に変わっていた。
───キンキンキン
剣と剣がぶつかり合う音が響く。
「やるなっ!」
「ありがとうございます、皇帝陛下」
陛下の騎士となって早数年。
陛下とのこの朝練は、今や日課となった。こうして定期的に剣を振るっておかないと、陛下は仕事をしてくれないから。
「はぁ、嫌だけど……仕事に行くかぁ」
机に座っているのが嫌いな陛下からは、先程まで剣を握っていた時の少年のような笑みは消え、不快なオーラさえ見える気がする。
「お手伝いします」
「おう!」
陛下は嬉しそうに、子供っぽい笑顔を向けてくる。本当に、可愛い人。
「そういや、もうすぐお前の誕生日だな!何か欲しいものはあるか?」
そう言われて、またその日が来たのだと知った。全く、歳月とは早いものだ。
「好きです!結婚しましょう!」
「それ以外」
毎年こうして冗談交じりに告白してみるが、答えはいつも同じ。
あぁ、今年も振られてしまった。
「なら……いつまでも、笑っていて下さい」
「欲のない奴め」
どうやら、陛下と結婚したいという私の欲は換算されないらしい。
私は一生独身かもしれないな。一生を陛下の剣として生きるのも悪くは無いか……。
❖。:*
俺に仕え、支えてくれる騎士がひとり。
「誕生日、何が欲しい?」
気に入った奴には毎度そう聞く。騎士、臣下、民、どんな者であっても俺にとって大切な者に……。そうして、与えられるだけのものを俺は与えたい。貰うだけは嫌だから。
「結婚がダメなら、いつまでも笑っていて下さい」
そいつは何度聞いても、毎年そう言う。
正直、その言葉が嫌いだ。
他のやつは、親密になるにつれ、何度も聞くにつれ、何かを願ってくれるのに。分かってる。そいつは本気で言っていると……。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、陛下」
大々的なのは嫌だと言うから、こいつとは人気のない屋上で二人だけで祝う事にしている。
「ほい、プレゼントっ!」
何をあげたらいいか分からないから、今年は髪飾りを送った。いつもただの紐で結っているのが気になったから。
「綺麗…ありがとうございますっ!大切に使わせていただきます!」
そいつは満面の笑みで、早速それを身につける。
細々とした模様が描かれた、特注品の髪飾り。喜んでくれたようで、俺の口元も自然と笑顔になる。こいつは欲しい物を言わないため、毎年、目に付いた古い物を中心にあげている。
剣、服、靴、万年筆、そして髪飾り……あと何かあるだろうか。来年はどうしようか。
「本気で欲しいもにが出来たら、ちゃんと言えよ?」
「え~?一番は陛下の心ですよ」
こいつは笑顔で、漢前にそう言う。
こいつは女ながらに剣を取り、俺の護衛になった。漢顔負けな性格だからモテる……女にだが。断り続ければ諦めるかと思ったが、こいつは性懲りも無くよくプロポーズしてくる。
「そういうのはいいから」
全く興味がないという口調で、わざとそう言った。
毎年こいつの誕生日は屋上で、綺麗な夕焼け空を一緒に見るのが常。たった数分だが、こいつは心底幸せそうな顔をする。だから、日照りが強く猛暑の続くこの国でも、外でも過ごしやすいように魔法を使う。
あぁ、この時間が一番……嫌いだ。
「私、夕焼け空がいっちばんっ!好きです。陛下みたいに、あたたかいから」
俺の心の声と裏腹に、そいつはそう言いながら夕焼け空を見ていた。とても幸せそうな顔で目を茜色に輝かせて。
あぁ、こっちを見てなくてよかった。…本当に、恥ずかしい事を言うんだから。
ꕤ•*⋆ 。
私の誕生日から、数ヶ月後。
陛下の妹君がいらっしゃった。
妹君は隣国の王だったはず。冷たく、強かな、女王様。常に無表情で、コロコロ表情を変える陛下の妹とは思えない、そんな印象だ。
さて、なぜ私はそんな女王様に睨まれているのでしょうか?何かしてしまった?話したこともないのに?
可愛らしい整ったお顔なのに、目が据わっている。陛下と二人で話をしている間に何かあったのか、鋭い目がこちらに向いていた。
「どうかなさいましたか?」
耐えられず、ついに声をかけていた。
「…あまり兄を苦しめないでね?」
怒っているのだろうか、悲しんでいるのだろうか、女王様は冷たくそう言い放った。
そして、私に口を開く時間も許さず帰ってしまった。
私には、女王様の言葉の真意が分からない。ただ、私が陛下を苦しめているかもしれないという事が、頭から離れなかった。
❖。:*
「って、事でいいか?」
貿易の交渉に来た妹にそう尋ねるが、妹はもう飽きている。
「そういうのは姉様とやってよ」
「お前の国との交渉に姉貴を出すなよ…」
妹に呆れつつ、勝手に商談を進めた。
俺らが兄妹じゃなかったら利益独占されてるぞと、忠告するがこの妹は聞く耳を持たない。
「はぁ。んじゃ、これで以上だな」
「よし、帰るわ!」
嬉々として帰り支度をする。どうせ魔法で帰るのだから、急ぐ事もないのに。
「あ、兄様から伝言預かってるんだった」
妹は思い出したと、扉に向かっていた足を止めた。
「どっちの兄様?」
「一番上のお兄様よ。『いい報告を待ってる』って。まだ一人身なの、兄様だけだものね」
妹が悪戯な笑みを浮かべ、そう言った。
「……なぁ、お前、何で結婚しようと思った?誰も、俺たちと時間を共にはしてくれない。いつか、俺たちは置いて逝かれるのに」
「だからじゃない。だから、たった数十年を共に生きたいの。共に笑いたいの」
妹は言い終わるや否や、足早に部屋を出て行った。
部屋に残された俺は、少しの間、茫然としていた。
全く、幸せそうな良い笑顔だこと。
ꕤ•*⋆ 。
妹君が来てから、また数ヶ月後。
その間、私と陛下の間には少しの溝ができていた。
陛下を苦しめているかもしれないと思うと、陛下との接し方が分からなくなった。何が陛下の苦痛になるかも分からないから、何が良くて何が悪いか、頭の中はグチャグチャだ。
だが、陛下も陛下で態度がおかしい。
あの日から、浮かない顔でボーとしている事が多くなった。何も無いと口では言っているが、愚痴を言わず淡々と仕事をこなしたり、日課だった剣は今や埃をかぶっている。
普段の私なら元気づけようとするところだが、今の私は普段の私ではない。
これは私のせいでは?と、増々不安を募らせた。
「なあ、今年の誕生日プレゼント、何がいい?」
仕事の手を止め、陛下がそう尋ねる。
あれから、また1年が経ったのか。ついこないだ誕生日を祝ってもらった気がするのに。
いつもみたいに〝結婚してください〟と反射的に声にしようとした。でも、それは喉まで出かかっているのに、言葉にはならなかった。
困らせるかな?迷惑かな?執拗いかな?
「……っ、いつまでも笑っていて下さい」
不自然な沈黙の後、笑顔を作ってそう言った。
あぁ、今、私はどんな顔をしているだろう。ちゃんと、笑えているかな?
「そうか」
陛下は特に何も言わず、再び手を動かす。
❖。:*
「笑っていて下さい」
いつも〝結婚して下さい〟と真っ先に言っていた騎士が、1発目から無欲な願いを言った。
あからさまに無理をしている顔だった。ここ最近様子がおかしかったし、何かあったのだろうか。こいつがこんなだと、調子が狂う。
ずっと、笑っていて欲しいのに。
─────迎えてしまった誕生日当日、俺はひとつの覚悟を胸に、騎士と屋上に向かった。
まだ夕焼けと呼ぶには太陽は高くて、少しの間俺たちは太陽が沈むのを無言で待っていた。少しすると、太陽は地平線の彼方に沈み始め、辺りは茜色に染まっていく。
「誕生日おめでとう。俺と結婚してください」
ꕤ•*⋆ 。
お互い挙動不審な中でも、誕生日を祝ってくれる陛下を惚れ直しながら、世界が赤くなっていくのを見ていた。
不意に陛下を見ると、優しいほほ笑みで私を見ていた。
「誕生日おめでとう、結婚して下さい」
唐突な言葉に、頭がついて行かない。
「誕生日プレゼントは俺っ!……嫌?」
無垢な笑みで陛下は笑っていた。
私は陛下が好きだ。尊敬してる。どんな陛下でも愛せると思った。でも……これは。
「バカにしてるんですか?」
子供だと蔑ろにされた気がした。想いを侮辱された気がした。
陛下の顔を見ていると、陛下の顔からスっと笑顔が消えた。いつになく、真剣な顔だった。
「『結婚してください』『いつまでも、笑っていてください』『夕焼け空が1番好き』……お前のそういうセリフが大っ嫌いだった。お前の笑顔も嫌い、お前の喜ぶ顔も嫌い。……お前の幸せそうな顔が大っ嫌いだ」
初めて聞いた、陛下の冷たい声。涙すら出てこない。悲しいというより、絶望に近い思いが胸を締め付ける。
「……ごめん……なさい」
自分の声とは思えない、弱々しい声だった。嫌われてるなんて、思わなかった。何もかも……。
「お前だけじゃない」
その言葉に、俯いていた顔が自然と上がった。だって、とても優しくて、とても悲しい声だったから。
陛下は夕焼け空を見ていた。
「みんな嫌いだった。今までの側近も、従者も、臣下も…民も…、みんな嫌い。大っ嫌いだ」
そう言う陛下の顔は、嫌いというより、寧ろ愛しいと言っていた。
「本当に、嫌いなんですか?」
「嫌いだよ、俺を置いて死んで逝っちゃうお前らなんか大っ嫌いだ。どれだけ仲良くなっても、どれだけ愛しても、俺は見送るばかりだ」
陛下とその兄弟は、その強さと長寿であることで知られている。聞いた話では、龍がいた神話の時代から生きていると聴く。
陛下はいつも笑顔で、身分関係なく誰とでも仲良くなっていた。国中の者たちが友達みたいに…。
今まで、どれだけの者を見送ったのだろう。
人好きな陛下は、どれだけの者と出会い、見送ってきたのか。それでも人と関わることをやめなかった彼は、やはり人が好きなのだろう。
「お前も、俺を置いて行くんだろ?」
その言葉に、何も言い返せない。私は、ただの人間だ。
「それでもいい。それでもいいから、それまで、俺と笑って生きてくれ」
悲しい笑顔を私に向けて、陛下はそう言った。
暗くなってきた辺りが、陛下をいっそう悲しく見せた。
「私、できるだけ長生きしますね」
それだけが、私に出来る唯一の誠意だと思った。
─────それから数年後、私たちは陛下の兄君の開いた茶会に呼ばれた。
似てない兄弟だが、仲がいいのは見て取れた。
楽しい茶会はあっという間に終わり、その帰り際、陛下の兄君は笑って言った。
「我が兄弟の伴侶たちよ、俺らは死ぬよ。どうか、兄弟たちを見送ってやってくれ」
その次の日、不死と云われた王の訃報が届いた。
呪いのように続いた、かの王たちの寿命が尽きようとしている。それは悲しいものかもしれない。でも、きっとやっと訪れた彼らへの休息なのだと思う。
彼があと何年生きられるかは分からない。でも、決心した。私は彼と笑って生きて、笑って彼を見送ろう。決して、先には逝かない。
読んでいただき、ありがとうございます。
名前は読者の皆さんにお任せしようとおもいます。
皇帝陛下は次男で、5人兄弟の三番目です。デスクワークが嫌で、しょっちゅう街に降りて友達を作って遊んでます。それを探し出すのが騎士ちゃんの一番嫌な仕事です。