サテュロスの森
「ユシル、お前まで付き添わなくてよかったんだけど。」
「マーサ様は婆ちゃんのこと知らないでしょう、それに、何かあった時は俺が囮になりますよ!」
「いやあ荷が重すぎる…。」
俺はエキドナから村の主な戦闘武器である石槍とパチンコを貰った。勇者の初期装備としては少し頼りないが素手パンチよりは格好がつく。
エキドナが無事村に帰還できた暁には俺の服を用意してくれるとのことだ。本当に人情溢れる村だ。
「ユシル、お前は婆ちゃんがどの方向に行ったかなんていう想像はついたりするのか?」
「ああ、マーサ様。それなら多分、サテュロスの森の方に行ったんじゃないかと思います。」
「お前たちがいつも水を汲みに行ってるっていう森か?」
「はい、婆ちゃんはいつもサテュロスの森に住む女神様の話をしていました。女神様の加護があるからあの森は安全なんだと。でも俺、森までの行き道がわからなくて…村の周りは岩で覆われてるからわかりやすいんだけど森はすげえ見つけづらいんだ、見渡しても同じような景色だし。」
たしかにユシルの言う通り、村の外の高原は岩と砂、それに動物の骨にゴブリンやマンイーターなどの低級魔族がうろついていてどこを向いてもそんな感じだ。
いくら若くて記憶力がいいと言っても、どこを歩いてもこの景色ではなかなか覚えにくいだろう。
森が果たしてどの程度の大きさなのかはわからないけど。
「じゃあいつもどうやって水を汲みにいってるんだ?」
「正確に道を覚えてるのは村の中でも数人なんです、一番最短で行く道を知ってるのはエキドナ様で、俺ら若い奴らでエキドナ様を担いで、周囲を防衛隊で護衛する。そして水を持ち歩く大人が四人。だから水を汲みに行く時、それだけの人数が村を出るから村の護衛が手薄になるんですよ。」
「ほんと、水汲むのにも大変だな…。」
俺の特異能力は幸いにも水を出す能力だ。
この力があればこの村を救えそうだな。
「とにかく、村から森までは五キロくらいなんだろ?じゃあ俺が、村から半径五キロ圏内をぐるっと一周してやるよ。」
そう言って俺はユシルが乗りやすいようにしゃがみこむ。
「ええ…!?それ、めちゃくちゃ大変なんでは…。」
「大丈夫大丈夫、俺勇者だから。婆ちゃんが一昨日からもう外に出てるんだろ?早く見つけ出してやらねえとな。」
俺はグッと親指をたてた。
正直、こんな水も食料もなくて魔族がうろつく荒れ果てた高原で年寄りが生きている可能性はかなり少ないだろう。
それでもユシルが信じているのだから、俺は勇者としてコイツを出来うる限り助けてやらないとな。
「マーサ様…!ありがとうございます…!」
俺はさっきと同じくユシルを背負うと、村から半径五キロ程の周囲をジェットコースターのように駆け抜けた。
ユシルには全体を見渡すようにお願いする。
俺は前だけを向いて走るよう徹底した。
どれぐらい走っただろうか、三十分程するとユシルが大きな声をあげた。
「マーサ様!あれです、みつけました!サテュロスの森です!」
俺は足を止めてユシルが指さす方向を見た。
たしかに、遠くの方に木が生い茂ってるのが見える。
「見つけてしまえば案外分かりやすいものだな。」
「ですね、こんなに早く見つけられるなんてビックリです…流石勇者様!」
「いやいや、ユシルがいなかったら俺だけだと見逃してたかもしれねえ。連れてきて正解だったよ。」
「へへっ。」
俺はそのままユシルを担いで森へと近づいた。
森の前まで来ると、本当に違和感が凄い。この荒れ果てた高原の中に聳え立つ木々。
この一帯だけ匂いが違う。木と水の匂いだ。
「マイナスイオンってやつかな、すげー落ち着く。」
「サテュロス様の加護のお陰でしょう。」
「じゃあ、中に入って婆ちゃんを探し出すか。」
「はい!」
俺たちは、早速森の中に足を踏み入れる。
ガサッガサッと草を踏み潰す感覚。鳥が住んでいるのか、ピーヒョロロと動物園のような音がする。
道中には透き通った綺麗な川が通っていて、小さな魚が泳いでいるのも見える。
「本当に魔族は住んでいないんだな。」
「魔族は精霊を嫌って近寄らないそうです。俺は会ったことがないんですけど、この川は精霊が守ってるそうで、とても美味しくて綺麗なんですよ。」
「ふーん、ならいっそのこと、この森ごと村にしてしまったほうがいいんじゃないか?そしたら水不足も解消するし、魔族に襲われる心配もないんじゃ…。」
「そんな恐れ多い…!村には森の女神と共存することはとても罪深いことだという言い伝えがあって、俺たちはこうやって足を運んでここまで水を汲みに来るんです。」
「色々な理由があるんだなあ…。」
奥へ入っていくが、魔族は勿論人の気配を感じない。
森へ向かったからと言ってユシルの婆ちゃんが森にたどり着いているとは限らない。
「おーい、ユシルの婆ちゃんー、いたら返事してくれー。」
「ばーちゃーん!俺だー!いるんだろう婆ちゃんー!」
声かけをしながら奥へ奥へと進んでいく。
「なんだここ…?」
木や生い茂る草をかき分けて進むと、大きな泉にたどり着いた。水色に光り、太陽の光が反射して輝いている。
そのど真ん中にめちゃくちゃ大きな木がそびえ立っている。
「婆ちゃん…?婆ちゃんだ!!」
ユシルは大きな声を出した。よく見ると、大きな木の下に二人の人間がいる。
とても綺麗な女性と、その膝を枕にして寝ているようだ。フードを被っていて顔は見えない。
「婆ちゃん!婆ちゃん!俺だーユシルだ!」
ユシルは大きく手を振った。
女性はユシルに気付くと大きく目を見開き、そして涙をポロポロと零した。
「ユシル…!!!貴方なんでここに!?」
「婆ちゃんを探しにきたんだ!一緒に帰ろう!勇者様が来てくれたんだ!もう大丈夫だ!村は助かるんだ!」
どうやらあそこにいる綺麗な女性がユシルの婆ちゃんらしい。とても婆ちゃんという顔ではない。お姉さん、うん、お姉さんだな。
白くキラキラと光る長い髪を一つに束ね、長く綺麗な指をユシルに向けて伸ばす。
俺の婆ちゃんとは大違いだ…いや、ユシルの婆ちゃんが化け物だな。今いくつなんだ?
「婆ちゃん、そっちに行きたいんだけど、どうやっていけばいい?泉を泳いでいけばいいのか?」
「いいえユシル。私がそっちに行くわ、ユシルは待ってなさい。」
そう言うと、ユシルの婆ちゃんは膝で眠るフードの人間を揺さぶり起こした。
そいつが起きると、ユシルの婆ちゃんがこっちを指さして説明している。
こくりと頷くと、そいつは手を翳しファっと光を放った。するとザワザワと木が生えてくる。その木がうねうねと伸びて、絡まり、そして橋になる。
「転生者…!」
間違いない、あいつは転生者だ。
ユシルはその橋を、二人が渡る前に走っていった。
「婆ちゃん!!」
ユシルは婆ちゃん…いや、婆ちゃんと呼ぶのはやめよう。エリシアに抱きついた。
エリシアも涙を流しながらユシルを抱き締め返した。
うんうん、生きてて良かった本当に。
「俺、婆ちゃんなら絶対生きてると思ったんだ!森にいるって…だから探しに来たんだけど森がどこかわからなくて…そしたらマーサ様にあったんだ、勇者様だぜ!やっとこの村にも勇者様がきたんだ!」
「まあ、勇者様…?」
「勇者だって…?」
フードのやつとエリシアはこっちを見た。
「君は…!」
フードのやつが驚いた様子を見せた。
そしてフードを脱ぐ。その瞬間ようやく理解した。
「お前、優太…!?」
「やっぱり、そうだったんだ…!まさか同じ場所に転生してるなんて思わなかったよ真麻君!」
メガネをかけたおカッパのヒョロッチイやつ、工藤優太。
あの転生ハローワークに並んでいた時に後ろにいた勇者希望のやつだ。
まさかこんなにも早く再開するなんて思っていなかった。
「お前、こんなところで何してるんだよ!?」
「え、僕?僕、目を開けたらこの外の高原だったんだけど、ちょうど魔族に追いかけられるエリシアさんを見つけて、そしたらこの森が安全だということで逃げてきたんだ。」
「なるほど、俺は飛ばされてすぐユシルを、お前はユシルの婆ちゃんを見つけたってわけか…凄い確率だな。」
「ええっ婆ちゃんって、本当に彼がエリシアさんのお婆さんなんですか…!?」
優太はエリシアの顔をまじまじとみる。
エリシアはふふふっと手を口元にあてて可愛く微笑んだ。
「ええ、そうよ。って言っても、まだ54だからお婆さんって程でもないかも知れないわね。」
54歳、思ったより若いかもしれないけれど、54歳にも到底見えない。
たしかに若干の小じわはよく見ればあるかもしれないが、どうみても30代ぐらいだ。
足が速い婆ちゃんなんてたかが知れてると思ったけど、エリシアさんは本当に凄い人なのかもしれない。
そしてあることを思い出した。
「エリシアさんで54ってことは、エキドナはエリシアさんより年下で…?」
「彼は52歳よ。」
なんとビックリ。
うーん、エキドナって70歳くらいに見えるけど、人は見た目ではわからないもんだな。
とまあ失礼は置いておいて。
「まさかユシルも勇者様に助けて貰っていたなんて本当に凄い偶然ね。流石の私ももうダメかと思ったけど、ユータ様に助けて頂いてここまで来れたの。」
エリシアは優太の肩にぽんと手をかけた。
優太は照れくさそうに頬をかいてる。
「それにしても優太、お前の得意能力すげーじゃん!俺、そんなに力を使いこなせなくてさ、まじですげえ!」
「え、そ、そうかな?あ、でも、今修行してもらっているんだ、サテュロス様に。」
「え、サテュロス様?」
エリシアが答える。
「ここの森の女神様よ。ユータ様が森の加護を受けた勇者様だと聞いて、これは年寄りが出しゃばらなきゃ!と思って、ちょっと待っててごらんなさい。」
エリシアは泉の縁まで行ってしゃがみこむと、手を翳した。
「ナイアードさん、貴方にお客様が来られたわ、また出てきて下さるかしら?」
その問いかけに、泉がぱああっと光り輝く。
「なっなんだ…!?」
ポコポコと、泉から泡が出てくると、ばしゃあっと水を弾いて一人の女の子が泉の中から飛び出した。