転生装置は試着室
「大変長らくお待たせいたしました。お名前をお願いします。」
「杉田真麻です。」
「ありがとうございます、杉田真麻様、確認がとれました。2021年3月20日土曜日、信号無視の車による交通事故でお亡くなりですね。この度はご愁傷様です。」
カウンター向かいに座る男性はペコリと頭を下げる。
「はあ、どうも…。」
一日にこんな何度も御愁傷様と言われることもない、しかも死んでるのは俺だなんてなんとも不思議な気分だ。
「杉田様は勇者希望とのことでお伺いしておりますがお間違い無いでしょうか。」
「はい、間違いないです。」
「ありがとうございます、それでは職業勇者として転生手続きをさせて戴きます。杉田様に適正する異能力をお調べ頂きますので少々お待ち下さい。」
男性はそう言うとカウンター向かいに置かれたパソコンのキーボードをカタカタと打ち始めた。
「その…俺に適正する異能力って…なんですか?」
「はい、生前の善行や素行、生きた年数等をベースに杉田様とマッチングする異能力を此方でお調べし、適合するか審査させて戴きます。審査は遅くても三分ほどで、その間にも色々説明がありますのでお時間は頂きません。」
「へえ…例えば火を出したり水を出したり、風を操ったりするような能力ってこと?」
「左様で御座います。此方転生者様への特典のように考えて頂けたらと思います。これから転生していただく社会において魔力を使えるのは転生者様のみの特権であり、例えば杉田様は勇者希望なので、この特異能力が勇者である証ともなります。」
「なるほど、じゃあ転生する社会にもとから住んでいる騎士とかは、勇者になることが出来ないわけだ。」
「とてもご理解が速くて助かります。そしてもう一つ転生者への特典があるのですが、こちらは職種によってそれぞれ内容が異なります。勇者になられる方には身体能力強化が付加されます。」
「お〜成る程。どんくらい強化されんの?」
「勇者希望の方は、本来持っている体力、攻撃力、防御、素早さから凡そ十倍ほどの身体能力強化が備わります。」
「十倍!?すげえ…。」
まあ、俺あんま元々がヒョロっちいから、どれほどの力になるのか全然想像もつかないけど…。
元々体力に自信あるやつはかなり優位なわけか。
「因みに他の職業だとどんなのがあるわけだ?」
「そうですね、一部の例ですが、エルフに転生される方は嗅覚、聴覚を通常のエルフのよりもかなり優れた機能の付加。魔導士であれば特異能力とは別に詠唱によって術が発動する魔術を一つお送りしています。しかし魔素を取り込み術を発動できるのも魔力を備える転生者のみなので新しい術を独自開発するか他の魔術士となった転生者に術を伝授してもらうかになります。また、詠唱による魔術の発動ができるのも転生者でも魔術士のみの特権です。」
少し自慢げに楽しそうに話すこの男性もきっと異世界転生に少しながらも夢や希望を抱いているものなんじゃないだろうか、とても楽しそうだ。
勿論聞いてる俺も楽しい。
「へえ、色々あるんだなあ…。時間があったら、もう少し考えても良かったかもな、って言っても、やっぱ俺は勇者を選んでしまいそうだけど…。」
男性はパッとパソコンに目をやると、またカタカタとパソコンのキーボードを叩き、印刷機から一枚の紙を出した。
「それでは杉田様の適正能力が確認できました。杉田様は水の精霊による加護により、何も無い空間から魔素を取り込み水を生み出す力が付属します。」
「ほう!水!」
差し出された紙に目を通すと、俺の名前や誕生日、住所、生年月日など細かく書かれた欄の下に、その水を出せるという特異能力についての説明や注意点、出し方が絵と文によって説明されている。
「なるほど、手を翳せて念じるだけで出てくるわけだ。」
「はい、力の出し方や使い方に関しましては御自身で特訓をして頂かなければ習得は難しいかと思いますが、頑張って下さい。」
「すっげー!ワクワクしてきた。本当に、俺勇者になれるんだ。」
俺はかつてこんなに読んでいて楽しい書類を見たことがない。ドキドキと高鳴る胸をぎゅうっと押さえた。
「あ、そういえば、ここにきている勇者希望のやつってみんな同じ世界に飛ばされんのか?」
だとしたら、せっかく貰えた俺のこのスキルも全く活かせられない。特異能力の価値が下がりまくりだ。
「いえ、世界は我々にはとても認知出来ない程に存在します。そこへ一箇所に固まらず均等に転生者をお送りするのが我々の仕事です。」
それを聞いて安堵の息を漏らす。
「そっか、じゃあここにいる全員が同じ場所に行くわけじゃないんだな。」
「はい、しかし同じ世界に行かれる方も中にはいらっしゃいますので、もしお会い出来たら是非同じ転生者として仲良くして頂けたらと思います。」
「ああ、その時は一緒にパーティを組めたらいいな。」
「それでは、勇者としての転生者の役割についての説明をさせて頂きます。」
男性は一つ一つ、わかりやすく丁寧に教えてくれた。
俺はこれから一つの世界に転生される。容姿は生前の姿から最も活動能力が優れていた年齢で設定されるらしい。
まあ、俺は精々24、5歳が一番動きやすい時期だっただろうからそんなに見た目は変わらないだろう。ちょっと肌が若くなるかな?
転生先には俺が元々住んでいた世界と同じく、普通に暮らす人たちとは別で魔物が存在するらしい。
怪鳥や獣人等の魔族が村を荒らす問題が多発する世界で、その根源となる魔王の討伐、そして世界が悪に怯えない平和に導くのが俺の仕事ということだ。
正に王道ファンタジー、RPGを実体験。
話を聞き終わる頃の俺の顔はきっと気持ち悪かっただろう。ニヤニヤが止まらなかった。
「以上でこちらからお話することは以上です、何かわからないことや質問はありますか?」
「いいや、大丈夫だ。早く行きたいよ、その世界に。」
「そう言って頂けますとこちらも嬉しいです。それでは早速、異世界へと転生して頂きます、ご準備はよろしいですか?」
「オッケー、行ってやるぜ!」
俺は席を立つと、更に奥の道に案内された。
沢山の試着室が並んでいるように見える。カーテン一枚で隠された個室だ。
「こちらへどうぞ。」
一つの部屋のカーテンをシャッと開くと、そこには本当に試着室くらいの小さな空間に、鏡もなく丸い椅子がただ一つポツリと置いてあった。
「ここが転送装置ってわけか?」
「はい、ここで十秒ほど目を閉じていただけますと、魂がこちらで指定した転生先へ移送されるようになっています。次に目を開いたら、異世界転生の完了です。」
「わかった、色々説明ありがとうな!」
「よき異世界生活をお過ごしください。」
俺は言われた通り椅子に腰掛けた。男性はぺこりと頭を下げると、カーテンをサッと閉めた。
目をそっと閉じる。ドキドキと自分の心臓の鼓動が聞こえる。それも束の間で、俺の意識は段々と遠のいていった。
ついに俺の異世界転生が始まる。