ジャンプ買いに行ったら死んでしまった
それは不運だったー。
「どうしよう!ごめんなさい!ごめんなさい!」
消え行く視界に、ボロボロと涙を流した女の人の顔が見える。きっと可愛らしいんだろうなあ、滲んで色ももう殆ど見えないけれど、そのとても申し訳なさそうに謝る声と大きな目から溢れる涙を見れば分かる。
彼女は恐らく、俺を跳ね飛ばした人だ。
跳ね飛ばしたとはどういう意味だって?勿論、そのままの意味だ。
俺はつい先程、軽く数メートルは宙を舞った。本当に一瞬のことで何が何だかわからなかった。
ただ、あ、死んだなあとは思った。
つい数分前、今日は土曜日でいつもの近所の駄菓子屋にジャンプを買いに走ってた。特に今日は見たい漫画がいい所で終わっていたので楽しみで仕方なかった。
普段は買わないのに、駄菓子屋でついさくらんぼグミとこんにゃくゼリーまで買ってしまった。ジャンプはいつだって俺たちを少年の心に戻してくれる。まあそんな俺も今年でめでたく30歳になるんだけれど。
ジャンプと駄菓子を袋に入れて俺は少し早足になっていた。いつもならもう少し確認するであろう駄菓子屋を出て直ぐにある交差点を、その日は余り気にせず渡ってしまっていた。
信号は勿論青だ。
俺は信号無視なんかしない。
だってそんなのは誰の得にもならない、仮に信号無視をした俺の姿を少年少女が見てしまった日には、俺は犯罪者だ。
それを真似した少年少女は大人も信号無視していいんだ、信号無視をしても大丈夫なんだ!と思って同じように信号無視をしてしまいそこから死亡事故が発生してしまった日には殺人幇助と言っても過言ではないだろう。
それくらい交通ルールには厳しい俺が、この日左右確認を怠ったのが運の尽きだった。
本当にそれは音もなく、正確に俺目掛けて突っ込んできた。
右方向から、スァ……ンという機械音、右を向く間もなかった。違和感を感じた瞬間に俺は飛んでいた。
そして身体に物凄い激痛が走り、脳の奥にツンっ…と走る鋭い痛み、その直後に身体が泥のように重くなり、そして意識が身体から離れていく感覚だけが浮き彫りになる。
あの一瞬、視界に入ったのはミサイルだった。
いや、間違えた。訂正しよう、プリウスだった。
黒いプリウスは、袋を片手にいそいそと早足で横断歩道を渡る30のおっさんの身体を、それはもうミラクルヒットと言わざるを得ない命中率で当ててぶっ飛ばしてきた。
少し宙を舞った俺の身体は、激しく固いコンクリートに打ち付けられた後、更にもう一度地面に打ち付けられた反動で宙を舞った。
ゴロゴロ転がったとかじゃない、人間スーパーボール状態だ。
もしかしたらブレーキとアクセルを間違えたのかもしれない。
そんなことを確認することは今の俺にはもう出来ないことを感じた。
ドクン、ドクンと脳が脈打っている音だけが耳に張り付いてうるさくて、もう目の前で一生懸命何かを話す彼女の声は届かない。
ここで死ぬのか、凄い呆気ないな。
ただ、俺を跳ね飛ばしたのがこの彼女で、こんなにも悲しそうに謝ってくれているならそれはそれで俺としては悪くない。
彼女はきっと罪に問われるかもしれないが、俺を殺してしまったという罪の意識に囚われないでこれからも生きて欲しい。
彼女は轢いたのが子供じゃなくて、こんないかにも暇そうでビニール片手にジャンプと駄菓子買ってる結婚してなさそうなおっさんがせめて相手でましだったと思って欲しい。
まあきっとそんなこと、無理だろうけれど。
ああ、でもこれで死ぬならここが最期の言葉になるのか。
どうしよう、何か、何か言いたい。
何か…ああ、やばい…もう目が重すぎる。
「続き…読みた…かった…。」
精一杯振り絞って俺は言葉を発した。
しかし俺の意識はそこで消えてしまった。
杉田真麻の人生は、そこで最期を遂げるのだった。
最期の言葉は「続き読みたかった」であった。