GMG-054「治療の現実」
「はい、終わりです。無理はしないでくださいね」
「ありがたい! これでまた訓練に参加できる」
ちょっと!?と止める間もなく、兵士な男の人は外に駆け出して行ってしまった。
来た時と同じく、ドタバタと走る音が遠ざかっていくのをため息をつきながら聞くことになった。
「気にしないでくださいね。みんな、ああなんですよ」
「体力が回復したわけじゃ、ないんですけどね……」
前に出されたカップには、湯気の立つお茶。
王城の中にある医務室、救護室とでも呼べそうな場所。
そこで私は、常駐しているお医者さん(女医さんだ)と一緒にいた。
ちなみに、エリナさんの同期らしい。
「水薬も、使い方を守ってほしいのですけど……たくさん飲めば早く治るのか!?なんて飲んだり」
「うーん、一度痛い目にあったほうが納得するんじゃないですかね、それ」
思わずそう言ってしまうほどには、ひどい状況だった。
気になって、在庫とかどうしてるのかなんて聞いて……抱き付いてしまった。
これはひどい、と一言で言えばそんな感じ。
ほぼ赤字というか、女医さんの持ち出しがあるじゃないか!
(これは見過ごせませんよ、ええ。エリナさんはこの辺は知ってるのか知らないのか……)
なんとなく、知らないんだと思う。結構ぶつかるのを怖がらない人だからなあ。
こんな状況、知ったら突撃するに違いない。
「でもいい人ばかりなんですよ? 国民のためにって外に討伐にもよく行ってますし」
「それとこれとは別です! マリウスさーん!」
本当は、癒しの魔法の実験台と言えば聞こえが悪いけど、けが人には事欠かさないだろうとここに来た。
でも、それよりも先にどうにかすべき状況が目の前にあったのだ。
「ターニャ様、どうしました?」
「城下町でいいんで、私のお金で薬草と水薬をちょっと買うように手配お願いします。後、生きたままのネズミを10匹ぐらい確保してほしいです」
マリウスさんとしては、無茶振りだったかもしれない。
けれど、彼は嫌な顔1つせず、承諾してくれた。
あまり、甘えないようにしないとな……後でちゃんとお話しよう。
「あの……?」
「さすがに兵士たち本人でやるのはアレですけど、わかりやすく授業しましょう!」
苦労しているのか、随分と細身に感じる女医さんの手を掴み、私は断言した。
半日もたたないうちに、木箱に入った薬草と水薬、そして縛られたネズミがやってきた。
そして私は、ここに来る頻度が高い兵士さんたちを選び出し、呼ぶことにした。
一応、私はそれが出来るだけの立場にいるらしいから遠慮なく、だ。
「あのー、俺たちに用があるって」
なぜ呼ばれたか、が不安らしい兵士達に、簡単に説明していく。
薬草や水薬を使い過ぎであること、使えば使うほど治るってわけじゃないこと。
むしろ、効果が減る場合もあること、等。
何より、女医さんの言うことは聞かないとだめだ、ということを。
(あんまり納得してなさそう……まあ、そうかなあ)
私は子供だし、何より自分たちが戦っているという自負があるんだと思う。
というわけで、ネズミの出番だ。
同じ体格のネズミ2匹を、同時にナイフで切り……お互いに水薬を飲ませた。
ただし、片方にはたくさんだ。倍以上だと思う。
結果は……兵士達のどよめきが示している。
「見ての通り、本来必要な量より飲んだりすると、こうやって動きが鈍くなったり、最悪の場合倒れます。これは、治ろうとする体の力を、さらに増やそうとして栄養が使われるからです。たくさん飲んだ後、妙にだるかったりしませんか?」
「あ、ああ……体力は戻らないっていうから、そんなもんだと思ってた」
やっぱり、その辺が誤解の元だったのかもしれない。
使う薬草の種類や量、組み合わせによってこの効力は違いが出ることも簡単に。
一番の理想は、体力の消耗も少なく、大怪我も治ること、なんだけど……。
「普段使われている水薬に必要な薬草量が、こちら。ちなみにお値段はこんな感じです」
「えっ!? 昨日、3本も飲んじまった……」
一人の兵士の、バツの悪そうな告白を皮切りに、反省の空気が広がっていく。
彼らにもわかったのだ。好き勝手に使っていた水薬、それもタダじゃない。
必要だからって、どんどん補充されるわけじゃないだろうことも。
なら、どこから来たのか? 答えは1つ、女医さんの持ち出しや、交渉による努力だ。
「治るからいいやと、不用意に怪我をしないこと、それが結果として国庫への貢献ということだ! 返事は!」
「「「はいっ!!」」」
マリウスさんの迫力のこもった声に、兵士達も思わず姿勢を正している。
私が言ったんじゃ、迫力が無いからお願いしておいたのだ。
ひとまずの、問題はこれでなんとなるかな?
後は、兵士の偉い人たちともお話を……ってそれは私の役目だろうか?
「ターニャちゃんはすごいですね。私、何もできませんでした」
「そんなことありませんよ。今日まで現場を支えたのは誰でもない、貴女だと思います」
これは本当にそう思う。水薬を作る腕もいいみたいだし、お給料も上げたり、部下を増やしたり……あれ?
改めて女医さんを眺めて、気が付いた。
「???」
「魔法、使ってみませんか」
そう、思った以上に、魔素を多く持つ人だったのだ。
最初は、薬草とかが常にそばにあるからかなと思ってたけど、違う。
これだけの魔素があるなら……たぶん!
「それで、教えた挙句、さっさと覚えたわけ? なんだか自信が無くなるなあ」
「普段、治療で体のこととかよく知ってるからですね、きっと」
騒ぎを聞きつけてやってきたエリナさんが見た物は、ネズミ相手に回復魔法を成功させたところだった。
目的が、予想外のところで達成できたことにエリナさんは喜んでるような、疲れてるような。
「ま、こっちに振ったのは私だしね。ちょうどいいわ。食事の後、陛下とお話よ。この子のことで、話があるみたい」
「シロの……?」
エリナさんの手元で、袋に入ったまま顔を出し、いつものようにシロが鳴く。
ようやく、私以外の人にも慣れて来た感じの姿は、結構大きくなった。
お婆ちゃんの記憶でいうと、子犬や猫ぐらいにはなったかな?
調べたいことがあるからと、エリナさんに預けていたのだけど……。
「そ、なんでも古い文献が見つかったらしくてね。ちょっとした騒動よ」
出来ればそこそこで暮らしたい私だけど、どうやら世界はそれを許してくれないようだった。




