GMG-053「種蒔きはサボれない」
「むむむ……」
部屋に響くのは、苦戦しているエリナさんの声。
試す魔法は……癒しの魔法だ。
さすがに互いをナイフで切って、なんてことは難しく傷をつけた野菜が実験対象。
これがなかなか馬鹿に出来なくて、たくさん練習できるし、何より結果がすぐわかる。
ちょっとお水に浸しておけば、成功するとぎゅんって水を吸うし、伸びるのだ。
(ダメだったとしても、ご飯にしたらいいもんね)
残念ながら、今回もご飯の材料になってしまいそうである。
エリナさんの滞在2日目、今のところ回復魔法というべき物は発動していない。
魔素自体は、動いているのが見えるから魔法が全部不発って事じゃあないと思う。
なら、なんで発動しないのか?
「やはり、ターニャ様の聖女たる素質が物を言うのでしょうか」
「あはは……たぶん、違うと思いますよ」
既に新人3人は、実体験として魔法を受けているけれどそれはそれ。
下手に多くは知らない方がいいと考え、仕事に戻ってもらっている。
最近じゃ、私がいなくても薬草をお店に卸してなんてことや、貝殻集めもしてもらっている。
出来るだけ荷物を減らしたいという海の男の視点から、薬草入り石鹸なんて新製品も出来たりした。
その分、私はこうして魔法の特訓に集中したりできるわけだけど……。
「ターニャちゃんには、理由がわかってるの?」
「そうじゃないかなあという物なんですけど、説明が難しいんですよね」
これは私じゃなく、お婆ちゃんの記憶の問題もある。
要は、エリナさんは2つの回復魔法を区別せずに使おうとしてるのだ。
私のイメージでは、回復魔法は2つある。
1つは、本人の怪我を治す力をマシマシにしていくもの。
これは、栄養を取って、安静にしてれば治りが早いよねっていうのの究極系。
もう1つは、建物を直すように物を持ってくるもの。
言い換えれば、元に戻すものだ。
結果とかだけ見ると、同じなんだけど経過があるかがどうかが大きく違うんだ。
ちなみに、術者の消耗は前者の方が軽い。
で、前者は本人の体力とか栄養状況が悪いと負担をかけちゃう。
「そうですね……頑張れって応援するやつと、ここは任せてってするやつ。私は2つあると思ってるんですよ」
「2つ……ああ、でもなんとなく違いはわかるわ。火を産み出す魔法でも、火種を大きくするのか、最初から巨大な火球を作ろうとするかでだいぶ違うもの」
さすがに、王城そばで研究所を任されているエリナさん。
私のつたないヒントで、何かをつかんだようだ。
最後の1回!と野菜、水に浸かった大根みたいなの……に向き合い、むむむっと集中。
結果は……傷が消え、ぴょこっと芽が伸びて花になった。
「! やりましたよ、エリナさん!」
「お見事ですね」
「ああ、よかったわあ……これでターニャちゃんを隠さずにすむわ」
「「え!?」」
思わずの声に、部屋の隅で寝ていたシロが顔をこちらに向ける。
そちらも見ながら部屋を見渡して……うん、窓も閉まってる。
甲虫の殻をはめた窓からは日が差してるから十分明るいけどってそうじゃなくて。
「簡単な話で、さすがにこの回復魔法? 治癒魔法? まあどちらでもいいけど、隠しきれないわけ。そうなれば次は、他の人も使えないのか、研究しろとこうなるわけよね」
「休暇ついでに私に、聞きに来たってわけですか」
別に嫌な気分にはならない。言われてみれば、そうなるよねってところだもん。
魔法使いの数は、多いという訳じゃないけれどそのうちの1人でも回復魔法を覚えていけば……。
間違いなく、世界が変わる。少なくとも、怪物と戦い今も領土を広げようとする国にとって。
「ターニャちゃんだけってなると、王都に連れて行って一緒に研究しないとってとこだけど。私が使えるようになったなら話は別。いてもらった方がいいのは一緒だけど、だいぶ違うわね」
「ターニャ様、差し出がましいようですが……ここは、ご一緒されては」
「マリウスさんもそう思います? 私も、その方がいいかなって思ったんですよ。私の魔法、ほとんど独学ですしね」
色々な理由がある。1つは、自身の好奇心。どこまで出来るようになるのかってところかな?
他にも、何かある度にこうしてエリナさんが苦労するぐらいなら、協力した方が早いなってとこ。
魔法は、争いを呼ぶかもしれないけど……私が他にも知ってるんじゃないかって人が来る方が面倒だ。
そう思って、王都への同行を了承した私だった。
「聖女様は、忙しいんだね。みんな、頼りにしてる」
「私はただの子供なんだけどねー」
新人3人は、私の王都への出発を聞いてもあまり驚かなかった。
その代わりに、不在の間の自分たちの扱いに関して心配して来た。
一応、私が雇っている形だけど……町の住民なのは変わらない。
お仕事以外は、好きにしていいことは伝えておく。
(神父様も、なんなら教会に住み込みでもいいっていってくれたんだよね)
弟たちは寂しがったし、人が増えたことで最初はびっくりしていた。
でも、変な話だけど私も含めてみんなよそ者だ。
そのことを思い出した弟たちは、3人を温かく迎えた。
今じゃ、親戚のおじさん2人に、友達が1人ってとこかな。
「普通の子供は、あんなの作らないと思う」
「あんなの? ああ、燻製かー」
カイ君が指さすのは、試作した燻製機。
海に出た時に干し肉は嫌だけど、保存食はあんまりないなあと思って、作った奴だ。
作って見せれば、職人な人たちも「ああ!」ってな感じになっていた覚えがある。
別に普段食べてもいいやつだから、これで宿の食事も少し変わるんじゃなかろうか?
「カイ君、必要は発明の母って言ってね、不便だなとか、こういうのが出来たらいいなとか、考えるのが大事なんだよ」
「考える……わかった。聖女様が帰ってきた時に、相談できるような物を考える!」
少しずつ、聖女扱いが崩れてきたのを感じながら、私は迎えに来たエリナさんと一緒に王都へと旅立った。




