GMG-046「文化の違いをお金に変える」
「これとこれと、あっ! これもください!」
「おいおい、お嬢ちゃん。そんなに払え……金があるならいいんだ」
事前にエリナさんに言われ、出来るだけのお金を持ってきておいてよかった。
ざっくり、本当なら町娘程度だと何十年もかかるだろうお金を私はもっている。
そんなお金を、惜しげもなく使う相手……それは布地だ。
「おじさん、これってやっぱりこの地方のやつですよね」
「ああ、そうさ。春になるとな、一斉に川で作業するんだ。川を布が泳いでるみたいで綺麗だぞ」
お婆ちゃんの記憶にもあるような、染め物に近いものを発見した私は、興奮したままそれらを買っていた。
柄が気に入ったのもあるし、こういうのはその土地にしかなかったりするのである。
帰ったらおしゃれもしてみたいし、ちょうどよかったかな?
手触りからして、素材自体はよくありそうなもの。
いや……ちょっと待って。よくありそうというのは、私だからこそ感じた物だ。
(これ、綿だわ……ということは、国全体で生産が出来ているってこと)
麻とも違う手触りに、選ぶふりをしながら少し考える。
確か、綿は育てるのは難しくはないけど、糸にするのは大変だったはず。
それがこんなに一般的に売られてるってことは……うん、この国も結構すごいってことだ。
結局、いくつかの布地をいわゆる反物買いした私は満足した気分で店を出た。
「納得いく物がありましたか」
「はい! とっても! これだけでも色々わかるから買い物って面白いですね」
後半は囁くように言って、お店の外で待ってくれていたマリウスさんと一緒に歩く。
預かってもらっていた白の入った袋を受け取り、首から下げる。
だいぶ大きくなってきたのに、私がぶら下げてる間は重くないんだよね……不思議だ。
向かう先は、エリナさんと合流する予定のお店だ。
宿屋兼食堂って感じの場所なんだけど、結構大きい。
出入りする人を見る限り、探索者とか討伐者が多く利用する場所って感じかな?
「あ、来た来た。どうだった、買い物は楽しめた?って野暮ってもんね」
「ええ、いいのありましたよ。やっぱり土地が違うと色々違いますね」
聞こえても問題なさそうな言葉を選んで、店先のテーブルで過ごしていたエリナさんに合流する。
お婆ちゃんの記憶から、オープンテラスなんて言葉が浮かぶけど、結構斬新なやり方じゃないだろうか?
注文を取りに来た店員さんに、マリウスさんと一緒に頼んで座る。
一見すると、年の離れた姉妹と護衛って感じに見えるだろうか?
「それはよかったわ。あっちは少し長くなるだろうし、今のところ出番はなさそうだからね」
「でもよかったんですか? 説明は私がいなくてもいいってことなんでしょうか?」
最初は、私が始まりの技術なんかで話が必要になるかもってことで呼ばれたのに。
結局、最初にそれらしいことをにおわせただけで肝心な説明なんかは一切していない。
にもかかわらず、交渉はお屋敷で進んでいるというのは不思議な気分だ。
「まあね。魔法使いだってことは出しても、それ以上は出す予定もないから……ね」
「それはそうですな。乙女の秘密は守られる方がよろしいでしょう」
それがマリウスさんなりの、冗談だということに気が付いてエリナさんと2人笑ってしまった。
そうしているうちに、注文した物が出てくる。
名前も知らないから、エリナさんに言われるままに頼んだのだけど……お茶だ。
しかも、紅茶に近い……なるほど。
「やっぱり、私のあれこれは、いつかは誰かが思いついた物ってことで間違いなさそうですね」
「そうなるわね……ただまあ、先にってのはそれだけ重要よ。それより、これを見て」
ちょっとだけ残念な気持ちを抱えた私の前に差し出されたのは、1枚のハンカチ。
私の手のひらより少しだけ大きいぐらいのだけど……なんだか気になる。
そっと手に取って、驚いた。これ……絹だ!
「その様子だと、なんだかわかるみたいね。私は初めて見たわ。これ1枚買うのも苦労したのよ。なかなか売ってくれなくてね。国の貴族から紹介状が無いとだめだって散々ごねられたの。なんとか押し切ったけど……ギグから採れるのにも似てるけど、どうも違うのよね」
確かに、シーベイラ近辺にもいる大きな蛾の怪物、ギグ。
その繭から採れる糸で作る布はまるで絹、だけど絹じゃあない。
それに、ギグは怪物だから数が安定していない。とても産業には……。
「逆に言えば、紹介状があるなら買えるぐらい供給がある……ということですな」
「ええ、そうなのよ」
咄嗟に私は口元を抑えた。
2人の会話に、思わず自分の考えを言ってしまいそうだったからだ。
これだけ騒がしいと、話も紛れてしまうから逆に話をするのにはいいかもしれない。
けれど、恐らくこの布の秘密は国の秘密だ。
これが絹なら、その生産は国の威信をかけた物、といっても過言じゃないはずなのだ。
「詳細は、戻ってからの方がいいかなと思います。どうにか出来るかも不明ですし」
「貴女が言うなら、そういうことにしておきましょ。それはそれとして、交渉だけどたぶん三日もしたら終わるわ。なんでかって? 今回の物を、献上するのは話の後だからかしらね。私たちは偵察というのか、様子見というのか、そういう感じ」
道理で、色々な物を少量ずつといった感じで運んだわけだ。
お茶が冷める前にと口を付けると、懐かしさを感じる潮の匂いも風に乗って漂って来た。
ここが港町であるということを感じさせる瞬間だ。
「夜には、ごちそうのはずよ。楽しみにしててって言われてるから。適当なところで戻りましょうか」
「この格好のままでいいんですかね」
そう、私は例の侍女服のままだったのだ。
そりゃあ、お店の人も大丈夫か心配するはずだ。
私が綿布を買い込んだのも、そこそこ高級なお店だったみたいだしね。
「着替える時間もあるだろうし……今ならどっちでも間に合うんじゃない?」
既に浮かれた様子のエリナさんに微笑みつつ、マリウスさんを伴ってお屋敷へ。
まだ日が落ちる前だったけど、準備にあわただしそうな雰囲気だった。
結局、どっちでもいいと言われたので侍女服のままでいることに決めた私だった。
ああ、早くシロと遊びたい。




