GMG-038「ようこそ、世界へ」
魔石は、ありふれたものだ。
名前に魔とついているように、魔素が関係する石。
と言っても、そう高い物じゃないの。
「そこらの河原にある物も、魔石なんですよっと」
「ターニャ様、こちらに分けてあるのは?」
振り返れば、いつの間にか集めた魔石と候補も、結構な数になっているのに気が付いた。
手にしたままの魔石を一方の樽に入れて、もう片方の中身を手にする。
「こっちはまだ魔石じゃないけど、魔石になりそうなやつです。魔素の通りが違うんですよねー」
見た目には、違いが判らない。
だけど、魔法を使うように込めてみると丸わかり。
そういう機械があれば、成分が―とか、造りがーとか言えるかもしれないかな。
魔法使いか、素質が無いとわからないような違いじゃないかなあと思うけど……。
「後ろへ。出たようです」
「大丈夫ですよ、見えてますから。追い返しても?」
頷きを肯定として、川のそばの森から顔を出した異形、多分ゴブリンかな?に向けて魔法を放つ。
と言っても、足元で大きな音を立てて風が弾けるだけだ。
爆竹、とかかんしゃく玉に違い感じかな?
慌てて逃げていく推定ゴブリンを見送りながら、腕組み。
「最近、増えましたね。街道沿いの警備は別に減ってないんですよね?」
「ええ、むしろシーベイラと他の町の間に限れば、増えているはずでしょう」
少なくないお金を産む金の卵、それが今のシーベイラだ。
お塩だって、ブランド品みたいな扱いになっている。
そりゃ、護衛の人も増えるだろう……アンリ兄さんもあちこちを行ったり来たり。
「念のため、薬傷と水薬は少し増やすように、町長やカンツ兄さんと相談しようかしら」
「備えは大事です。おかげで私もさびを落とすことが出来ましたよ」
何かといえば、マリウスさんは私の護衛を臨時ではなく、ずっと続けることになったらしい。
もちろん、ワンダ様たちとお話をするタイミングもあるから文字通りずっと一緒、ではないのだけど。
確かに、体つきなんかも出会った頃と比べると随分と引き締まったように見える。
「それに、ターニャ様も私以外で実験をして、変な結果が出ても気にするでしょう」
「実験? ああ、そっか! マリウスさん、ばくばく私の作ったのを食べてる……」
実験とは失礼な、と思わないでもないけれども……確かに、いわゆる異世界の料理なんか怖いよね。
お婆ちゃんの記憶にある料理を、出来るだけ再現できないかと色々やったんだった。
それからも、途中で野草なんかを摘み取りながら帰宅。
食事の後は、自由時間という名の研究だ。
「やっぱり、属性によって魔素の動きやすい方向とかが違うんだ……」
「エリナ所長がすっ飛んできそうな発見ですな」
今日やっているのは、魔石に対する魔素の注ぎ方、属性の違いによる変化だ。
まん丸の魔石に、決まった属性の力を込めていくことで魔素の動きを見ようとしたのだ。
例えば、火だとその場でぐるぐるしやすい。風だとどこかに向かって動かしやすい。
水は魔石自体が濡れやすい。土だと硬さが変わる、みたいな。
それは魔石になっても変わりがなかった。火の魔素をこめた石は、それっぽいものになる。
「出来たのは偶然だったけど、この湯沸かし板もこの仕組みが上手く行ったのかな」
またお金の匂いである。例えばそう、火種に出来るような道具があれば?
他にもいろんなことが考えられる。
魔素は誰でも持っている力、それをうまく利用できれば……。
「下手な武器にならないよう、今のうちに注意が必要でしょう」
「確かに、それは困るなあ」
今のところ、火薬の類は見てない。でも、どこかで作られるだろうことは目に見えている。
そうなったとき、私はどうするのか? 何もできないかもしれないし、何かできるかもしれない。
「ひとまず、作るだけ作って考えます。既にあるものなら対処は考えやすいはずです」
そうしてあれこれと、実験を繰り返していく。
最後に狙ったのは、中央に魔素を集めていくだけの仕組みだ。
魔素の圧縮って言えばわかるだろうか?
これ自体は、意外と簡単だった。
なんだか、魔法陣とか呼べそうな位置に魔石をおいて力を籠めるだけ。
すると、見るからに魔素が集まり始める。
後はこれを適当に魔法に変えてしまえばいい……あ、そうだ。
「この子が吸えるかな?」
言いながら、卵石を袋から出して中央に置いた時だ。
一気に、自分から魔素が出ていく感じがあった。
「うわっ!?」
「ターニャ様!」
ぐぐっと、私から魔素が出ていき、装置に注がれ……卵石へと吸い込まれた。
長いような短いような時間の後、それは収まった。
マリウスさんが体を支えてくれるのを感じながら、卵石を見ると……。
「あれ、ヒビ?」
そうつぶやいてからは早かった。
音を立て、ヒビが大きくなる。
その時に、マリウスさんに任せて下がっていたらまた未来は違ったのかもしれない。
けれども、私はその時、ふと前に出て卵石を見守る選択をしたのだ。
「産まれる……頑張れ、もう少し!」
『ピギィ!』
最後に1回、大きな音をたてた卵石からは、白いトカゲみたいなのが産まれた。
手のひらに乗るような大きさで、背中には小さいけど翼。
未知の生き物。触るのは本当は危ない……とわかってはいる。
じっと見守っていると、その瞳が私を見た。
くりっとした瞳で、じっと……。
「おめでとう、かな? ターニャよ」
「ピィ……ピィ!」
何を言ってるかはわからないけど、そっと指先を向けると舐められた。
そのままだと体が冷えてしまいそうと思い、卵石の入っていた袋に入れ直すことにした。
ちょっとだけ顔を出してくるところが、可愛い。
「これ、なんでしょう。ただのトカゲじゃなさそうですよね。鳴き声は鳥みたいだし」
「魔素をだいぶ吸っているようですからね。エリナ所長らに相談するのが早いかと」
確かに、マリウスさんの言う通りだ。
何を食べるのか、危険なのかもわからないのでは放し飼いという訳にもいかないだろう。
「早く名前も決めてあげないとね」
袋から出ている頭を指先で撫でつつ、ある意味、のんきなことを言う私だった。




