GMG-035「白いアイツ」
「大きくなあれ、大きくなあれ」
早朝、まだ太陽もそこまで暑さを発揮しない頃、私は怪しい姿で外にいた。
変な服装という訳じゃなく、上に向かって体を伸ばすなんて格好、っていうことなんだけどね。
何の意味もないわけじゃ、ない。しっかり意味があるのだ。
それは、魔法の力。
「お……おお? 伸びてる伸びてる!」
記憶にある、早回しみたいに家の壁に植えた植物がぐんぐんと伸びていく。
お水を桶からばしゃばしゃと注げば、それをどんどん吸い取っているようだった。
瞬く前に、私のひざ下ぐらいだったのが見上げるほどに伸び……さらに伸びる。
「畑にこれをやるのは……土が枯れそうだからやめておこうかな」
今回は食べるんじゃなく、緑で覆うことが目的なので大丈夫だろうと判断した。
近くの人は驚くかな……昨日は全然だったもんね。
温度計が無いからはっきりわからないけれど、これでうまく行けば多少暑さがマシになるはず。
シーベイラが、緑と潮騒の町、なんて呼ばれるようになったら面白い気もする。
(あーでも、こういうのって育ちすぎて駆除できなくなるんだっけ?)
一応、今後のことはよく考えたほうがいいような気もする。
町長あたりに相談かな?と思いつつ家に戻る。
今のところ、私は何かを仕事にはしていないけれど、ただお金が入ってくるのを待つというのも問題だ。
「農家や漁師さんになるのは、少し違うような気もするし……カンツ兄さんみたいにどこかに勤める? もしくはアンリ兄さんみたいに探索に出ようかしら」
一人きりの部屋で、壁に置いてあるのは一応そろえてある旅支度。
丈夫そうな革鎧に、外套、それに籠手等だ。武器もこん棒と、槍を用意した。
持つだけなら短剣ぐらいがいいのだけど、そこまで接近するつもりはない。
夏ならではの何かを採取にでも、と思った時にノックと気配。
最近、こういった気配のようなものがわかるようになってきたんだよね。
たぶん、魔素を感じてるんだと思うけど……と扉を開けば、マリウスさんだ。
「戻りましたよ、ターニャ様」
「お帰りなさい。あれ? 随分汚れてますね」
ワンダ様のところへ報告に戻り、そのまま帰ってくる予定だったからそんなに汚れる予定はないはずだった。
ひとまず、汲み置きの水で手足を洗ってもらう。
掃除も普段してるし、汚れっぱなしだとね。
「少し、森の様子がおかしいようで。街道に飛び出て来た獣を少々。ああ、良く冷えた水だ……」
ただの水と、濡らした布なのに随分と気持ちよさそうだった。
マリウスさんから聞いた内容には、私も不安を覚えたけど今すぐどうこうってことはないみたい。
「この季節だと、すぐ処理しないと食べることも難しいですよねえ。ああ、脂はとれるのかな?」
「家畜はすぐに潰せませんからね。外の獣、あるいは怪物は狙い目かもしれませんね」
そうだ、外には獣だけじゃない、怪物もいたんだった。
恐ろしさばかりが気になるけど、人型じゃない怪物だって多い。
そもそも、獣と思ったら怪物だったなんてことのほうがほとんどのはずだ。
試す物があれば、試したくなるのが人情ってやつ……だよね!
そう自分を説得した私は、すぐにマリウスさんにお願いをした。
木桶一杯分の脂を、使いたいと。
それなりに装備をしていて、暑さも厳しいだろうにマリウスさんは承諾してくれた。
気になって聞いてみれば、なんだかんだと気を使って差し入れとかもするからか、何の問題もないらしい。
他の場所はどれだけ体育系というのか、根性でなんとかしているのか……少し怖くなったりした。
適当に木桶を背負い、町から出る。
本当なら川のそばでやったりするのがいいんだけど、私の場合は魔法がある。
街道から少し離れて森に近づけば、感じる感じる……獣か怪物かはわからないけど、いるね。
「雨が降ってないからか、森が痩せてるなあ」
「でしょうね。各所の泉は、争いだらけでしょう」
予定通りなら、狼みたいなの一頭でよかったんだけど……。
探索を始めてすぐ、相手をすることになったのは、痩せ気味の熊だった。
さすがに驚いたのだけど、マリウスさんは余裕の表情だ。
「ターニャ様は、目つぶしか牽制をしていただけると」
「了解! ええいっ!」
周囲はかなり乾燥している。となれば風を産めばすぐに砂塵。
熊の周囲に砂煙の渦のようなものを産み出して、黒っぽい見た目から茶色っぽい見た目にしてしまう。
悲鳴を上げて暴れる熊の隙を突いて、駆け込んだマリウスさんの槍がちょうど鼻ぐらいから頭を突き抜けた。
大きな音を立て、横倒しになる熊……こんなのがそばにいたんじゃ、やっぱり危ないかな?
でもちゃんと準備したら……って。
「一度戻りましょうか。2人だけだと持ち帰るの大変です」
その間に他の獣に食べられる可能性はあるけれど、ここは仕方ない。
走ってシーベイラに戻り、人を募って町の近くまで熊を運ぶ。
そうして解体し……いらない部分は掘って埋めた。
お肉とか皮は町に流し、目的の脂を手に入れた私がすることは……石鹸の製造だ。
お婆ちゃんの記憶でも、家庭で作れなくはない仕組みなんだけど……問題は材料の一部。
大っぴらに作ると、事故が怖いんだよね。
(薬品らしいから……本格的にやるなら、エリナさんに相談かな?)
「じゃ、はじめますよー。目に入ると大変なので、木枠に水晶をはめたものを装備します」
「そんなに危険なのですね……それに、これは随分と薪が必要だ」
そう、問題の1つは温度だ。鉄を熔かすようなまでじゃなくても、かなりの高温。
それで何をするかと言えば、貝殻を燃やすのだ。
幸い、この場所は港町。いくらでも貝殻は手に入るし、事前に実験として準備もしていた。
今回は、魔法でなんとかした。魔法は想像力だ。
お婆ちゃんが知っているような、高温を目指して魔素を籠めたらなんとかなった。
焼いて焼いて、焼き尽くして出来上がった物にお水を気を付けて混ぜる。
夏にこれをやるのもどうかと思うけど、しょうがない。
次に、色んな海藻を集めてきてこれも燃やす。
どの海藻がいいかは、わからないので手当たり次第だ。
両方を混ぜたところに水を入れて、さらに脂と混ぜていく。
汗だくだけど、ここでうっかり目をこすった日には、大変なことになる。
柔らかい肉が溶けるんですよ、なんて誇張して言う必要があるなと思うほどだ。
「怪物も生き物ですからね。もしかしてこれは……ものすごい武器になるのでは?」
「かもしれません。そのあたりは領主様とかに丸投げです!」
劇物の管理なんて、したくない!
本音を心に、作業を進める。
と言っても、後は混ぜて出来上がった物に塩を入れていくだけだ。
本当は、色々と時間がかかる部分があるはずだから、うまくできるかは運しだい。
調整や、いいタイミングの把握は何度もやるしかない。
なにせ、お婆ちゃんの知識から見ると、見知らぬものばかりの組み合わせ。
おんなじ結果になるとは限らないのが、悩ましいところだ。
「なんだか白っぽい物が出来てきましたね」
「都合が良すぎる気もするけど、運がいいみたい」
2人で見守る中、木桶の中身はどんどんと変化していった。
材料の確保さえなんとかしたら、思ったより作れるのかもしれない。
なにせ、怪物は尽きることが無いって言われてるし、海藻も海にたくさん。
塩は言うまでもなく、たくさん。問題は燃料だけかな?
「上手く行けば、夏でも汗臭くなくなりますよ」
何でもないようにそういうと、妙に力強く頷かれてしまった。
やっぱり、気になる物は気になるのかな?
そんなことを思いながら、お肌のテストをするべく知り合いのおばさんたちに相談に行く私だった。




