GMG-030「刃を研ぎ澄ます」
その日、私は魔法使いだった。
朝の支度を終えてからは、エリナ所長がつきっきりで魔法の練習をさせてくれたのだ。
砂浜で、流木を相手にひたすら練習だ。
「そうよ、次は右から左に曲がるように……いいわ、完璧よ」
「魔法ってこんなことも出来るんですねえ」
1つ1つはすごい大げさな魔法ってわけじゃないんだけど、出来ることが増えるのは楽しい。
そばで護衛をしてくれているマリウスさんの顔が、時々変わるのも楽しい。
複数の属性を私が使えることを、エリナさんはすぐに見抜いた。
だからこその、複数同時発動の練習。
確かに、風の力に火を乗せると、少しの魔素でも枯れ枝程度ならすぐに燃え上がるような力になった。
「何でも使いようよ? 魔法も、知識も、ね」
「知識も……」
ここ数日は、エリナさんがいつもそばにいた。
もちろん、町を案内していたのもあるのだけど、私が魔素、魔法を持て余していないかを気にしてくれてたらしい。
結果は、自分的にはもうちょっと頑張りましょう、だった。
私は魔法使いの中でも、かなり魔素が多い方になっているらしい。
たぶん、いや……間違いなくターニャという私と、タナエお婆ちゃんの私の2人がいるからだ。
確か魂の力だったかは、減った状態でくっついたけどそれでも1人より多いんだろう。
「今はまだ、芽吹いたばかり。でも、何年もしたらそれは大きく伸び、広がっていくわ。もし、自分の手で全部というのなら、王都に来なさい。そうでなければ悪意に飲まれる。もっとも、今みたいに領主様や王様に美味しいとこを投げるぐらいなら大丈夫かしらね」
「あはは。面倒なことは、嫌いなんですよ」
私の脳裏によぎるのは、お婆ちゃんの世界で宝くじとかいうのが当たった人の話だった。
どこからか見知らぬ親戚がきたり、寄付を募られたり、生活の仕方が変わりすぎて身を亡ぼしたり。
過ぎたお金は、持ち主に悪さをすることがある……そう学んだのだ。
「それに、私だけだと国中のお母さんのためになんて動けないですから」
「あの井戸、いいわよね! 洗濯も楽になったし、助かってるわ!」
やっぱり、実験が多いと汚れることも多いんだろうか?
喜ぶエリナさんの顔には、嘘はないように見える。
魔法の特訓はこのぐらいにしようということになり、3人で町に戻る。
途中、市場そばで買い食いをしてしまうのはご愛嬌だ。
内地に売りに行くには数が揃わなかった魚なんかを、煮付けにしたり、スープにしたり。
切り身を塩焼きにするのなんかは、お店にするまでもないほどにこのあたりでは普通だ。
「やっぱり塩漬けや干物じゃない魚は、いいわね」
「またいい調理方法が見つかったら、お土産に送りますね」
こっそり燻製なら、作り始めている。
まだまだ、どんな木材のチップが合うかを試しながらだし、少量だけしか作れていない。
あんまり大規模にすると、山が荒れるし……むずかしいのよね、このあたり。
「お土産と言えば、あのたぶんお酒はなんなのかしら? 毒見をした担当がひっくり返ってたわよ。王様は笑いながら舐めてたけど」
「ええ? もしかして、そのまま飲んじゃったんでしょうか。すごく強いから、豆ぐらいの量から試してくださいって添え書きもしておいたのに……」
その点、王様はさすがだ。未知の物に手を付けつつも、ちゃんと約束事は守っている。
他でもない、蒸留を繰り返して消毒用アルコールを作る時に、別に作った蒸留酒のことだ。
まだまだ売り物にはならないような、なんちゃってって感じである。
強い酒、というのはそれだけで使い道があるのは、お婆ちゃんの記憶からもわかる。
今のところ、この世界には麻酔ってないから……最悪、泥酔させて痛みをごかますしかない日が来るかもしれないのだ。
(絶対、手術なんてしたくないけどね! てれび?とかで見たり、調べたぐらいなんだもん)
さすがに、先生を目指していたおばちゃんも、お医者さんのようにはいかない。
色々と知ることは出来たけど、専門家、ではないのだ。
「ふふふ……他国の使者が目を回したり、交渉事で戸惑うのが目に見えるようだわ。間違いなく、数年のうちにこの国は力をつけるでしょうね。民の余裕は、国の余裕だもの」
「お母さんたちが笑って暮らせるのは、大事です」
本当に、そう思う。私は少ししか経験していないけれど、お婆ちゃんはたくさん経験している。
家族の中での、母という物の苦労は、並大抵じゃあない。
そう考えると、欲しい物が買えて、飢えることが無い今の状況はとても恵まれている。
「これから先に増える家族も、みんな笑顔だといいです」
「ええ、そうね。夜は、魔素を触る訓練を追加でしましょうか。いざという時が来るかもしれないわ」
夏が終わる前には、サラ姉の家に家族が増える。
私の感覚が間違えていなければ、その魔素はとても多い。
エリナさんに相談すると、今言ったような訓練をしてくれるようになった。
小さい頃、特に赤ん坊だと魔素の制御が甘いらしい。
ほとんどの魔法使いは、このころに素質がわかるそうで私みたいなのは珍しいのだとか。
それはともかくとして、赤ちゃんが泣いているときにそのまま原始的な魔法を使うことがあるらしい。
(そんなことになったら、大変だわ)
もっとも、町に10年で1人産まれればいいほう、ぐらいらしいけど……。
残念ながら、サラ姉に私が感じた魔素の量は、そのまさかの場合に近いらしい。
これが双子なら、何も問題ないらしいのだ。
「でもそうなったら、この子に吸ってもらおうかな」
「そうね、それがあったわね」
胸元に揺れる、大きな袋。
中身は不思議な乳白色の石っぽい卵だ。
そう、卵。エリナさんの鑑定により、何かの卵なのは間違いないとされた。
正体は不明だけど、嫌な物にはならなそうという判断を、私は信じた。
ただのカンだけど、そう思ったのだ。
この卵は、魔素を吸う。
ずっとってわけじゃないし、勝手にというよりは餌をあげるように向けると吸う、みたいな?
たぶん、卵だけどもう本能的にか外のことがわかってるんじゃないかなと思うのだ。
「幾多の魔法を操り、多くの知を与え、そして何者かを眷属として従える……うーん、完璧に聖女ね」
「まったくです。その身は、必ずお守りいたします」
「大げさですよ。私はそんなんじゃありません」
マリウスさんは、普段寡黙なくせにこういう時だけ、びしっと決めるようなことを言ってくる。
そういうところ、ズルイと思うのは私だけだろうか?
そんなことを思いながら、特訓に戻った。




