GMG-002「感じる不便さ」
「なあ、ター坊」
「アンリ兄さん、ターニャって呼んでちょうだい。あ、こっちも行けるわね。この日当たりだと……うん、あった」
見張りをしてくれているアンリ兄さんが声をかけてくるけど、私は採取に忙しい。
なにせ、ターバが大きくなる前に採取しないと、効力が半減してしまうからだ。
そのくせ、乾燥させても大丈夫なのだから自然って難しい。
「少し、変わったか?」
「え? そ、そうかしら……どこか変? 見えない場所にあざとかある?」
子供のころから、外に出るのが好きだったらしいアンリ兄さん。
最近じゃ、探索者、討伐者の大人たちについていくこともあったはずだ。
そう、探索者と討伐者。
昔々の遺跡なんかに潜る人たちと、外にいる怪物、魔物たちと戦う人たち。
「怪我は大丈夫そうだな。逆さ、そんなに手際よかったかなって思ってさ」
「ならいいわ。そりゃあ、たくさん採って帰りたいもの。その方がいいじゃない?」
ごまかすように言うけれど、理由ははっきりしている。
私の中の、苦労した時代のタナエお婆ちゃんが覚えているからだ。
畑の野菜だってすぐに育つわけじゃない。
季節となれば、野山に潜った物だ……という記憶が浮かんでくる。
「良い風ね。兄さん、繭は見当たらない?」
「今のところはないな。拳ぐらいあるからなあ……確か糸が作れるんだったかな?」
そう、ターバの採取と並行して見つけたかったのは繭、ギグという大きな蛾の繭だ。
れっきとした魔物なのだけど、花の蜜しか食べられないという虫で、春過ぎに成虫になる。
繭の状態からは強い糸が採れるのだ。
「お湯がたくさんいるからまとめてやりたいのよね。ターバをゆでた後でもいいんだけど」
そうそううまい話はないか……そう少しばかりがっかりしていた時の事。
視界に入った物は一見すると、何の変哲もない葉の落ちた木々。
「この木……兄さん、下を少し掘るわよ」
「お、おう」
戸惑った様子の兄さんを促し、一緒に木の根元を少し掘る。
と言っても、落ち葉をどかすぐらいなものだ。
そうして見つかるのは、少しだけ芽を出している何か。
「よかった。たぶん、ネリネだわ。確か薬草の1種で、水薬に溶かすと効力が増すのよね?」
「良く知っているな。俺も出来上がった物を見たことがあるぐらいだ」
見た目はただの球根というか、上側はネギのような感じに育つ。
たまたま、私の目にはこの木が他と違うように見え、根元に力を感じたのだ。
これはお婆ちゃんの知識という訳でも、私の元々の知識でもない。
新しい、何かだ。
さっきの「よかった」は、なんとなくのカンのようなものが当たってよかったということなのだ。
理由はよくわからない、だけど自分には有用そうだ。
これが何かを見つけるだけなのか、予感のような全体に使える物なのかははっきりしないけど……。
(何かぼんやり靄のようなものが見えたのは気のせいだったのかな?)
さっき、ネリネがあった付近に少しだけ光の靄のようなものが見えたのだ。
それはまるで、孫と一緒にやったゲームの中で、拾える物がある時に光っていた時のような……。
と、物音。風の音ではない……動く物の音だ。
寒々しい山の中で周囲を見渡し、その痕跡を見つけると私はすぐに足を止めた。
兄さんも私の様子に気が付いて、腰に下げた手斧に手をやるのが見える。
でも今回の相手はそこまでの相手じゃあ、ない。
無言で足跡のついた地面を指さし、両手で大きさを表して見せる。
それはちょうどバスケットボールほどの大きさ。
「野兎か……でも準備の方はって、ごそごそしてると思ったら、持ってきてたのか」
「こんなこともあるかなって。さ、袋は自分が持つわ。兄さんは火付けをお願い」
そういって手渡すのは煙が良く出る類の木の枝。
お婆ちゃんの世界でいうと、松みたいなものかな。
そのままゆっくりと周囲を探索したら、目当ての巣穴がすぐに見つかる。
この時期は落ち葉が多いけど、そんなものは風で飛んでいくか、貯まるかどちらかだ。
何か言いたそうな兄さんが気になるけれど、一番使われていそうな巣穴に向かい、袋を構える。
弟たちなら1人は入りそうな大きな袋。それを構えていると鼻に届く煙の臭い。
別の巣穴から、兄さんが野兎をいぶりだすべく火をつけた結果だ。
「……来たっ」
袋の中に確かな勢いのある重量を感じてから、兄さんの言いたいことが分かった気がした。
病み上がりにしては随分と豪快、いや……無理してるように見えることをしているなと。
(体が冷えるといけないし、帰ろっか)
都合、3羽。他にもターバを売れば、数日食べる分には十分な収入が得られるんじゃないだろうか?
それでも、まだ足りない。ただ生活するだけじゃ駄目なのだ。
上を、向かなければ。
「ターニャ、処理は俺がやる。お前は帰り支度を頼む」
「ええ、兄さん。ふふっ、ちゃんと名前で呼んでね。私だって女の子なんだから」
そんな風に言うと、アンリ兄さんが急に戸惑うのがわかる。
今まで言われるままだった私が、ちゃんと意見を言ったからだと思う。
私は、変わっていかないといけない。
それは悪い意味じゃなく、みんなで前を向いた生活をするために必要なんだ。
「高いビルなんか1つもない……当り前よね」
帰り支度をしながら、兄さんに聞こえない位置でそんなことを呟く。
いつの間にか少し山を登っていたから、景色が良く見えるのだ。
眼下に広がるのは港町シーベイラ。
町のそばを流れる大きな川、そして今登っている山という立地の町。
そこにはたくさんの家が立ち並ぶが、高さという点では大したことはない。
見張り台兼鐘を備え付けてある火の見櫓ぐらいなものだ。
「家は教会があるからなんとかなるとして……」
まずは食生活、次に家事……お金を稼いで、ちょっとした贅沢を夢じゃなくさせる。
私自身はただの小娘で、お婆ちゃんだって特別な職人さんだったわけじゃあない。
それでも、こっちの世界で使えること、やれることはたくさんあるはず。
「……まずは寒い中やることを、少しでも楽にすることかしらね」
町に戻りながらの道すがら、普段やっている家事を思い出して一人気持ちが落ち込みそうになるのだった。