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GMG-027「必要は発明の母である」


「ずっとは疲れる!」


「確かに、そうですなあ」


 悲しみを込めた叫びが、作業場にこだまする。

 今日も今日とて、私は蒸留装置の前にいた。


 なんとか、色々試せそうな分のアルコールは確保したけれど……うっかり酔っぱらうのが怖い。

 私にはよくわからないけれど、マリウスさんにはお酒としては試してもらった後だからなおさら。


「ごめんなさい、私が嗅ぐと倒れちゃうかもしれないし」


「ええ、確かに……まさか数口であそこまで効くとは……かなりの酒精ですね」


 曰く、まだ元のお酒らしき香りが少し残ってるような気がするけども……というところまで来た。

 蒸留を繰り返せばいいんだろうけど、目的を考えるとこれぐらいでいいんじゃないだろうか?


 というか、火の調整が大変だから、やるならワンダ様や王様に丸投げしたい。

 果汁で割れば、強いお酒とすることもできるけど、本当の目的はサラ姉周辺の消毒だ。


(お婆ちゃんの子供の頃、大変だったみたいだもんね)


 ターニャとして生きるこの世界より、色々すごそうなタナエお婆ちゃんの世界の記憶。

 そんな世界でも、赤ちゃんとお母さんは命がけなのだ。

 たくさんの危険の1つが、見えない何かによるもの。


 それをどう意識して、この粘土で蓋をした中身を使ってもらうかだ。

 幸い、石鹸自体はあるから、綺麗にした方が気分もいいよとかいうことは出来そう。


「ものすごく単純な話、泥だらけでは触らないでしょう?」


「それはそうですね。他にも例えば、汚物を触った後ではいくら洗っても残ってるような気がする……そういう物のことと言えば、前向きには出来るでしょうね」


 そうなのだ。目に見えないものを、どうにかしてでも説明するのは難しい。

 だけど、大体の人が共通して持つだろう気分的な物を前に出せば納得しやすいはず。


 ここは、壊血病の時と同じで潮騒の聖女なるあだ名の力を存分に使おうと思う。

 悪しきものを押し流す、聖水扱い……されそうだ。まあ、それも仕方ない。


「ターニャ様は、魔法の特訓もされているのですね」


「便利ですからね、魔法。でも所長たちみたいに攻撃にはなかなか使えないんですよね」


 使うつもりもあまりないんですが、と告げると納得した表情で頷かれた。

 もともとマリウスさんも、そう思っていたのかな?


「詳しくはありませんが、魔法は使い手の意志で大きく変動すると言います。脅威を取り除きたいと強く思う物ほど、魔法も強くなるとか。その分、消耗も激しいようですが……向き不向き、そう思えばいいのではないですか」


「なるほど……あ、でも嫌がらせには使えるかもしれませんね!」


 魔法の腕自体は、自分でもわかるほど上がってきているのだ。

 そうしますよと宣言した後でも、マリウスさんが思わず肩をビクンとさせるほどに。

 見えていない彼の背中に、ちょっとだけ冷気を産んだのだ。

 冷たい水や氷がちょっと出てきたようなものだけど、効果はばっちり。


「牽制をして、私のようなものが仕留める、そういったことは出来そうですね。ターニャ様、よろしければ魔石堀にいきましょうか」


「魔石……掘り?」


 マリウスさんに聞いたところによると、近くにある大きな川沿いにそういう場所があるのだとか。

 本当は上流にある山が本体らしいのだけど、流されてきた魔石とやらがたまってるらしいのだ。


「魔法使いでなければ見極めは難しいそうですが、魔素がたまっている石だそうですよ。川にあるのは細かいのばかりでしょうが、試す価値はあるやもしれません」


「魔素が……」


(上手くやれば外付けの魔素タンクみたいになるのかな? 道具も作れそう)


 新しいことを知ってしまえば、それでまた生活が改善されるかもしれないという欲求も湧いてくる。

 マリウスさんに頷いて、アンリ兄さんに声をかけにいくことにした。


 この時間だと、もう出かけてるかもしれないけど……。


 普段、アンリ兄さんたちが定宿にしているという宿屋兼酒場に向かうと、昼間だというのに少々騒がしい。

 そっと覗き込むと、馴染のある顔が何人もいた。


「アンリ兄さん!」


「ん? どうした、ターニャ。怪物の素材でも欲しいのか? だったら……」


 ちょっとばかし、間が悪いなと言われてしまった。

 実際には怪物の素材が欲しいわけじゃないけれど、外にでかけたいのだからほぼ同じ意味だ。


 どういうことかと思いながら、高い椅子に苦労して座る。

 酒場の主さんとは、はちみつの納品とかで知り合いだ。

 だから、お話みたいに酒しかないよなんて言われることなく、果汁の水割りが出て来た。


「塩の町が襲われた件、全部は解決してないんだ?」


「ああ、そうだ。近場なら、まあ……まだ原因はわからないが、怪物の数が多い気がする」


「そうそう、だからちょっと町と町を移動するにも俺らみたいなのまで護衛に駆り出されるんだ」


 普段、アンリ兄さんと一緒の討伐者の1人も話しかけてくる。

 討伐者のわりに私服が整ってるのは、そうじゃない人と組むのを私が嫌がるから。

 弟たちの教育にも悪いし……ね。


(それにしても、まだ原因不明、か。怖いなあ)


 通称、泳ぐ水筒の皮を使っての塩造りを必要とした原因である、塩の町の襲撃事件。

 近くの森からと、海から怪物がやってきたという話だけど……ほぼ同時というのが都合が良すぎるらしい。

 難しいことはわからないけれど、敵が外にいるのか中にいるのか……。


「私に大事なのは、目の前の生活! というわけで、川に魔石堀にいきたいの」


「魔石堀? ああ、そういうことか。たまにいいのが転がってるからな。さくっといってみるか」


 どうやら兄さんたちは、先ほど言っていたような護衛の話を終えた後らしい。

 次に町を出るのは何日か後だそうで、安くやとわれてくれることになった。


 もっとも、私も自衛のために魔法を使う経験を積むのもいいんじゃないかと言われたからなんだけども。


「マリウスのおっさんは、妹を守るために来てくれるんだろう?」


「そうなりますね。命を受けているのはターニャ様の護衛、ですので皆さんは含まれませんが……」


 兄さんたちと協力することが結果として私の安全につながることもある。

 そんなことを思いながら聞いていると、マリウスさんに微笑まれた。

 どうやら、私が考えていることはお見通しらしい。


 兄さんたちもそのあたりはわかってるのか、特にぴりぴりすることなく握手が交わされた。


 行って帰ってくるだけなら簡単らしく、そのまま川へと向かうために町を出る。


「最近、出歩いてないんだよねえ」


「いやいや、あちこちに出かけて……まあ、護衛付きの馬車ばかりか」


 苦笑しながら頷き、いつの間にか随分とたくましくなった兄の後姿を見る。

 私とは違う髪の色、瞳の色も違う。だけど、私の兄だ。

 今の仕事をやめてなんていうつもりはないけれど、少しでも楽になってほしい。


 魔石がどんなものか、何に使えるかもわからないけれど、そんなことを思うのだった。



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