GMG-023「手にする力の危なさを知れ」
(二人とも、ごめんなさい)
心の中でこっそりと、手持ち無沙汰に座ったままの兄さんたちに謝っておく。
でも、お話はやめられない。だって、楽しいんだもん。
「それでね、こっちが北の森にいる蜂の怪物の巣にあった蜜なの」
「すごく濃い、ですね。なんというか、魔素をたくさん混ぜ込んだみたい」
案内されたのは、女性の個人的な研究室のようだった。
外と比べると、整頓されていて色んなものがあるなあという印象。
気のせいか、普通の研究者としては色々豪華なような……?
部屋に入るなり、簡単な自己紹介の後に始まったのは、雑談だった。
うん、雑談としかいいようがない。
私が気になる物を言えば、それに関して説明をしてくれる。
かと思えば、こんなものもあるのよなんて楽しそうに語ってくれるのだ。
しかも、美味しいお菓子とお茶付き。
そりゃあ、私だって食いつく。サラ姉だっていたら食いつく、間違いない。
「ターニャちゃんは優秀ね。うちの老人たちにも見習ってほしいわ。やっぱり、若い方が魔素に敏感なのかしらね」
「ええっと、それはどういう? エリナさんはもしかして……」
恐る恐る、聞いてみた。
これが当たると、先に入っていったワンダ様が可愛そうなことになるのだけど。
「うん。私が現所長、エリナですよ。陛下から聞いてなかった?」
(やっぱり……何か変だと思った)
ちらりとマリウスさんを見ると、首を横に振られた。どうも彼も知らなかったらしい。
気を取り直し、改めてエリナさんを見ると……ああ、どうして気が付かなかったのか。
彼女はこんなにも大量の魔素を、細い体に抱えて制御している。
「魔素はどこにでもあって、誰でも持ってる物。だから、下手に出したままだと影響を与えることがあるんですよ。なので、普段は隠してます。今はターニャちゃんでも感じられそうなぐらいにしてみたんですよ」
私は魔法使いを多く知らない。でも、エリナさんがすごい魔法使いなんだろうなと感じる。
そこまで考えて、ワンダ様をある意味放っておいていることに気が付いた。
「その……ワンダ様、領主様が所長に会いに来てるはずなんですけど」
「ん? ああ、そういうこと。大丈夫よ、必要な物は準備してあるから、文句はないと思うわ。前に来た時には、用意が出来なくてちょっと迷惑かけちゃったからね」
茶目っ気たっぷりに笑う姿は、どう考えてもお爺ちゃんな魔法使いたちの上にいる人には見えなかった。
と、そこに響くノックの音。部屋に入ってきたのは、いかにもなお爺ちゃん数名だった。
「所長、引き渡しは終わりましたよ」
「ええ、ありがとう。ちょうどいいかな……ほら、ターニャちゃん。あのお爺ちゃんたちがいわゆる、一般的な魔法使いよ」
その紹介もどうかと思うのだけど、紹介された以上は私もそちらを見るしかない。
ゆったりとしたローブに、魔素を扱いやすいようにか長い杖。
伸ばしてるんだろう白いひげ……とまあ、おとぎ話に出てきそうな姿だ。
(感じる……うん、魔素が多い)
確かに、お爺ちゃんたちは他の人たちより魔素が多かった。
これが魔法使いなんだって言われると、なんだか感動ばかりがこみあげてくる。
「ターニャちゃんは偉いわね。魔法に頼り切るんじゃなく、あくまでも力の一部として活用している。ここにもあるのよ、ほら」
指差し示すのは、私が抱えるぐらいの樽……って、浄化樽だ。
わざわざ魔法の話が出るってことは、海水を飲めるようにするほうのタイプだ。
「魔法でなくてもいい部分はそのままに、この魔素を使う部分はいい考えね。そう、私たちに今足りないのはこれよ。これなのよ」
だんだんとエリナさんの語りは熱を帯びてきた。
聞いている分には面白いのだけど、兄さんたちは……あ、あきらめてる。
代わりに、お爺ちゃんたちもその瞳はきらきら輝いていたりする。
「所長、やりましょう!」
「出来上がる前に寿命で、なんてことのないようにいかないとね」
盛り上がってるとこをどうかとは思うのだけど、そろそろ退散したほうがいいのだろうか?
そう思って、ふと窓を見た時のことだ。なんだか、外に気配を感じる。
(何かしら? 呼んでる?)
席を立ち、窓から外を見ると……若い魔法使いらしき人たちが何やら集まっていた。
なんだ、お爺ちゃん以外もいるんじゃないかと思っていると、彼らの中央に置かれた壺に気配を感じた。
なんだか普通じゃない感じで煙が出てるし、室内だとアレな実験かな?
ここからでも少し力を感じる。でも、ここに出てきていい力なんだろうか?
「エリナさん、あれ、何やってるんですか? 薬の実験です?」
「え? 確かこの時間は使い魔召喚のはずだけど……」
一緒に狭い窓に寄り添いながら外を見てもらうと、エリナさんの表情が変わるのを感じた。
すぐさまお爺ちゃんたちをけ飛ばす勢いで、外に飛び出していく。
「兄さん、マリウスさん!」
私も、声をかけて外に飛び出した。何故だか、放っておくのも行けないという気がしたのだ。
突然の呼びかけに慌てる2人と、動きの遅いお爺ちゃんたちがついてくるのを感じつつ、外。
エリナさんが壺に近づいたところで、それがあふれた。
どろりとした、何か。
「なあっ!? マッドスライム! 鉄さえ溶かしきるとかいうやばい奴だ!」
「そんな危ない存在が何故!」
飛び出そうとした私をアンリ兄さんが抱え、その前にマリウスさんが立つという構図になった。
エリナさんと魔法使いの人たちも、距離をとっている。
「どうも、召喚の媒体に使った物がまずかったみたいね。あんたたち、何を使ったの?」
「北の山脈から仕入れたっていう石を一欠けら……まさかこんなことに」
私にはよくわからないけれど、使い魔召喚という言葉からするに、別の場所から何者かを呼び出す魔法だ。
それが、呼び出す方法はあっていても、代償になる物を間違えた……ってとこ?
「送還します。気合入れなさい!」
「「はいっ!!」」
エリナさんの号令に従い、魔法使いたちが魔素を操作するのを感じる。
魔法使いたちから伸びる魔素の糸。それはマッドスライムに絡みつき、どこかに押し出そうとしている。
(でも、ちょっとずれてる……? そこじゃない……ような)
「兄さん、降ろして」
「お、おう」
「ターニャ様、貴女が手を出す必要はないのですよ?」
マリウスさんの優しい言葉に、首を振ってこたえる。
数歩前に出て、エリナさんたちみたいに両手を突き出して魔素の操作を始める。
でも、少し糸を伸ばす先は違う。スライムより少し後ろ、壺との間ぐらいだ。
そこに、渦が見えるのだ。たぶん、これが召喚されてきた跡。
これを広げれば……きっと。
「ターニャちゃん? そう、そういうこと……彼女の糸が向かう先にスライムを誘導しなさい、早く!」
さすがに所長だけあってか、私の見えている物をエリナさんも見たらしい。
すぐに魔法使いたちの力の向きが変わり、マッドスライムを私が押し出したい方向に押してくれる。
そうして……今度は抵抗なくスライムは移動し、ひゅんって音を立てるかのようにどこかに消えた。
「はぁ……助けられちゃったわね。お礼代わりにおみやげを上げるわ。ついてらっしゃい」
ちょっと汗をかいて、髪の毛が貼りついたエリナさんは同性から見ても魅力的だった。
所長になるような人が?と思うけれど、よく考えてみると逆だ。
普通にやると、多分力が強すぎるんだ。だから、手加減に苦労したんだと気が付いた。
美味しいお菓子だといいなと思いながら、エリナさんについていく私だった。




