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GMG-017「聖女たる条件」



「ああ、聖女様……私をお救いください」


「貴方を救うのは、自身の心がけと努力です。私の手を、より恵まれない人のために空けておく、それが大事ではないでしょうか?」


 綺麗になった教会の礼拝堂に、私の本気の声が響く。

 私に向けて、すがるような声を出していた人の動きが止まり……どこか芯の戻った視線が向けられる。


 別にこの人の願いを、絶対かなえたくないとかそういうことではない。

 出来ることと出来ないことは当然あるし、何より……祈りたいだけなのだ。

 私も、弱者だったからよくわかる。


「自分の足で立ち上がれるのなら、立ち上がりましょう」


「確かに……こうして祈りに来ることも出来ない人は他にもいる……」


 幸い、今日の信者さんは短い時間で納得したようだった。

 とはいえ、何もしないというのも私だって気になる。


(ええっと、この人のお悩みは……)


「港そばにいるこの人に相談すると、恐らく良いんじゃないでしょうか」


 紹介状も書きますよと添えれば、後は笑顔が広がるばかり。

 最近ようやく、人に見せれるようになった文字をさらさらと板に書き、手渡す。

 山の向こう側にあった、竹によく似た奴を板に加工したやつだ。


「ありがとうございます。それでは……」


 来た時の足取りとは別物の、軽い足取りで帰っていく信者さん。

 まだ悩みが解決したわけじゃあないのに……。


「お見事ですね、ターニャ」


「神父様……いいんでしょうか、これで」


 この教会が教えている宗教とは、確かに違いはないかもしれないけれども。

 少なくとも、聖女というものは正式にお話に出てくることはあまりない。


「宗教は、心の平穏のためです。木の枝1本、石ころ1つでも人の心が救えるのならばそのほうがいい」


「神父様がそれを言っちゃうと……いえ、なんでもありません」


 実際、教会で教えているのは、自力救済を是とするものだ。

 堅苦しい意味じゃなく、自分で切り開いてこそ自分の糧となるって感じかな?

 神様は、見守りもするし、お手伝いもするけど施しはあまりしない。

 小さい頃はなんだかよくわからなかったけれど、最近ようやくわかってきた気がする。


「聖女役も様になってきましたね」


「ただのお水ですし、薬という訳じゃないんですけどね」


 一応、祈りをささげた水、としているのは本当のことだ。

 それに、ハーブティーの要領で水だけということもない。

 たったそれだけでも、人は新鮮さと、神秘を感じるのだ。


「絶対、そのうち領主様から他の土地でも同じことをやれって言われると思うんです」


「かもしれませんね。税収は上手く伸びてるそうですよ」


 神父様は私とは別口で、色んな懺悔やお話を聞くことが多い。

 それは神父様が街に長く住んでいるから、色々と人脈があるためだ。

 気が付けば、この教会もぼろさはなくなってきた。

 人が集まるのに恥ずかしくない程度に、綺麗になってきたと思う。


(神様の像も磨く余裕が出来て来て何より、かな?)


 見上げれば、甲虫の殻越しに陽光を浴びる像。

 顔はないけれど、全体的に優しさを感じる立派な像だ。


 改めて神様の像にお祈りを捧げ、私は着替えて別の場所に向かう。

 マリウスさんを付き添いにし、向かった先はサラ姉のお店。

 正確にはサラ姉の嫁ぎ先のお店、だけどまあ、いいよね。

 腕の良さは町の評判が証明しているし、何より身内だ。


「おはようございます」


「あら、ターニャ。今日は買い物?」


 言いながらカウンターから出てくるサラ姉は、少しふっくらしたような気がする。

 妊娠が私以外にもわかるぐらいになってくると、すぐにカウンターには椅子が用意された。

 それに、生活面でも色々変わったはずだ。


「ううん。加工をお願いに来たの。マリウスさん」


「ええ、こちらですね。ターニャ様の手書きによるものですが」


 出来れば様付は遠慮したいのだけど、それだけの立場にいるのだと自覚するためには必要なことだった。

 どこかまだ慣れない物を感じながら、マリウスさんに広げてもらうのは作ってほしい物。


「ええと……太い心棒が2つに固定の器具? 聞いても大丈夫かしら」


「大丈夫だよ。洗濯板みたいにみんなで使う奴だから。脱水機って名付けたわ」


 私の腕より太いぐらいの棒で、洗濯物を挟んで手回しで棒を動かすことで出来るものだ。

 お婆ちゃんの、懐かしいなあって気持ちが伝わってくる。

 工房へと案内され、詳細な説明をしてさっそく試作をしてもらう。

 隙間が調整できるように段々も作る必要があるしね。


「なるほど。となると木材も考えないといけないね」


「はい、そうなんです。そこはお任せします」


 こういうのは、その道の人間に頼むのが何よりの近道だもの。

 今後の制作スケジュールの相談をして、お店を後にする。

 さあ、これから薬草小屋も見に行かないと。


「ターニャ様、そう忙しくしなくてもいいのでは?」


「うーん、ちょっとそうかなって思うんですけどね。怖いんですよ」


 まだ管理人はいないけれど、今のところ泥棒の入っていない薬草小屋の扉を開ける。

 外より確かに温かい中へと入った私は、立ち並ぶ鉢植えたちの様子を見ながら返事をした。


 指摘の通り、もっとゆっくりでいいはずなのだ。

 というか、一通り儲けたらそれで静かに暮らせばいい。

 でも……これはお婆ちゃんの魂の影響なのか、私が元々持っていた欲望なのかはっきりしないけど。


「のんびりしてるのが、なんだか怖いんです。だから、動いていたい」


「ある意味、ターニャ様はワンダ様に似ている人だ。あの方も、立ち止まることを良しとしない」


 意外な話だった。若くして領主の立場になったとは知っているけれど、そんな人だったとは。

 もっとも、言われてみれば納得する。そうでなくちゃ、私みたいな怪しい女を部屋に招かないだろう。

 何か少しでも、変化をもたらす何かを探しているんだ。


 それからしばらくは、薬草たちのお世話を続ける。

 薬草の中には、花を咲かせて多くの蜜を蓄える種類もある。

 そんな甘い香りが小屋の一角に漂い……んん?


「この匂い……あら、少し発酵してる」


 小屋が温かいからか、花の蜜は独特のにおいを発していた。

 なんとなく、むかーし飲んだはちみつ酒を思い出す。


(お父さんが、好きだったな……)


 もうおぼろげな記憶は段々と薄れている。

 悲しいことに、両親の顔だって碌に覚えていない。

 でも、思い出はこうして私の中に残っている。

 

 マリウスさんに声をかけられるまで、私はしばらくそうして思い出に浸っていた。


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