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初めての・・・

「入って」

 荻野は部屋の明かりをつけ、由佳子を中へと誘った。

「とりあえず、着替えろよ。俺のパジャマを貸すから。ああ、その前に風呂に入れ。体が冷え切ってるだろ。暖めた方がいい」

 そう言って、荻野は半ば強引に由佳子をバスルームへと放り込んだ。


 暫くして、シャワーの水音が聞こえて来て、荻野はひとまず安心する。


 それにしても。


 あれから、自分の部屋(マンシヨン)に車を走らせた。

 由佳子は、呆けたようにただ前を見つめていた。

 会話はない。

 荻野の言うことも聞いているのかいないのか、しかし、とりあえず荻野の言う通りに由佳子は動いている。


 荻野は、1Kの部屋の中央の炬燵の前で腕を組んだ。


「ああ。あがったか。パジャマも一応着れるな」

 由佳子が風呂から上がってきて、荻野が用意した男物のパジャマにちゃんと着替え、部屋の隅にいる。

「そんなところに立ってないで、炬燵に入れよ」

 荻野は、言った。

 由佳子は無言のまま荻野の言う通りにしたが、炬燵に入るとやはり俯き、涙を流し始めた。


「津田……」

 そのあまりに身も世もない頼りない風情に、荻野は言葉をなくす。


 しかし。


 由佳子を抱き寄せてしまったのだ。

 それは、男の本能だったと言って良い。

 瞬間、びくりと体を震わせた由佳子だが、抵抗もせず、荻野の胸の中で泣き続ける。


 荻野は、不意に由佳子に口づけた。

 びっくりしたように、由佳子は目を見開いたが、やはり抵抗はしなかった。


「津田……好きだ」


 荻野は呟いた。


 その夜。


 荻野は由佳子を抱いた────── 




 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「津田」


 由佳子に腕枕を貸しながら、荻野が言った。


「何を考えてる」


 由佳子は暫く黙っていたが、ぽつんと言った。


「こんなに簡単なことだったのね……」


 荻野には、由佳子が言いたいことがよくわかる。

 由佳子を抱くことは酷く困難を予想したにも関わらず、由佳子は意外なほどすんなりと荻野に抱かれたのだ。


「何があんなに怖かったのかしら……」


 呟く由佳子は蒼白で、荻野は胸が締め付けられる。

 本来なら、由佳子は恋人の晃輝とこうなるべきだったのだ。

 それなのに、自分が由佳子の初めてを散らせてしまった。

 これで良かったのか……

 荻野は考えるが、答えは簡単には出てきそうになかった。


 けれど、その時……

 荻野は気付いたのだ。


 由佳子は、不思議とすっきりとした顔つきをしている。

 まるで、胸につかえていた異物が取り除かれたかのように、それは清々しいともいえる表情だった。


「津田」

 荻野は、由佳子を胸にかき抱いた。

「俺とつきあえよ」

「え……?」

「俺は、いい加減な気持ちじゃない。ずっと前から、お前のことが好きだった」


 由佳子は、荻野の目を見つめる。

そのまなざしは、痛いほど真剣だった。


「荻野君……」


 そう呟くと、由佳子はきゅっと口唇(くちびる)を噛みしめた。


「私は……。晃輝さんのことが忘れられないかもしれない……。それでもいいの?」

「ああ。例えどれだけかかっても、いつかは俺のことを振り向かせるよ。お前が……あいつのことを忘れられるように」


 それは力強い言葉だった。


「荻野君……」


 由佳子はそれ以上言葉はなかったが、ただ荻野に抱き締められるまま、そっと瞳を伏せた。



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