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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

リアル・グレーテル

作者: じょう44

 ヘンデルとグレーテルの話が、いまの世界でリアルに起きたら,と考えてできた空想のお話です。残酷なお話で、ほのぼのする童話とはほど遠いです。

 鏡の中を覗いて、わたしはわたしと目を合わせてた。


「知らなかったのぉ?!」

 突然、教室に甲高い声が響いた。

「えーっ? 知ってたのぉ?! ヘンデルとグレーテルのお母さんは継母じゃなくて、実の親だったって?」

「ああいう昔話って本当は残酷だけど、日本では子供向けにいろいろ変えられてんだよ〜。」

「えーっ、残酷過ぎだよ! だって、ヘンデルとグレーテルは、実の親に森に捨てられたってこと?!」

「バカ! 声が大きいよっ!」

 それまで大声で話していた女子グループが、急に声をひそめた。

「『親に捨てられた』とか、禁句でしょ?! このクラスでは!」

 声をひそめつつも、しっかりわたしに聞こえる程度に抑えてるのが、さすが。

「リアル・グレーテルがいるんだから!」

悪意のこもった視線が集まるのを感じる。わたしは変わらず鏡とにらめっこ中。


 ヘンデルとグレーテルのお話は、実の両親に口減らしのために森に捨てられたとこから始まる。お菓子の家に騙され、魔女に捕まるけど、機転を利かせて魔女を殺して、宝石とかを持ち出して家に帰ったという。すると、家では母親はすでに死んでいて、優しかった父親と三人で裕福に暮らしたって話よね。

 残酷? そうかなぁ?

 捨てられただけでしょ?

 この話で、人殺しは誰かしら?


 わたしは今、高校生。双子のお兄ちゃんと二人兄妹。でも、一人で施設にいる。パパのことはよく知らない。小さい頃、写真で見ただけ。

ずっと、ママとお兄ちゃん、三人で暮らしてた。幼稚園や保育園には行ってない。別に寂しくなかったな。お家で遊んでるのは楽しかったし。ママもわたし達と一緒にいてくれたから。いっつも、一緒だった。

まぁ、ママは引っ越しが好きだったから、よその子と仲良くなるのも難しかったんだけどね。


 もうすぐ一年生、小学校入学って頃になると、ママはわたしとお兄ちゃんを家に置いて出かけることが増えた。夜になっても帰って来なくて、お腹が空いたわたし達は自分達のお小遣いでコンビニに食べ物を買いに行ったこともあった。そしてママの外出はどんどん増えて、とうとう外泊までするようになった。でも、わたし達にご飯を置いて行ってはくれない。お小遣いを使うしかない。

そして、お小遣いも底をついた。何も食べるものがなくなり、水道の水だけ飲んでた。お腹が空いて、でもどうにもできなくて、お兄ちゃんと二人顔を見合わせて泣いた。

そうして、ママが帰って来た。

「お腹空いたでしょ?」

 ママは笑顔で、でも食べるものは何もくれなかった。

「遊園地に行こうね!」

 お腹空いたと言っても聞いてはくれず、ママはわたし達を遊園地まで連れ出した。


 遊園地っていっても、今にして思えば、デパートの屋上にあるただの遊び場。それまでも三人で行ったことのある楽しい思い出のところ。でもその日は、今まで見たことのない小さな小屋があった。

 お菓子の家だった。

 子供心に、まさかぁ! と思ったのを覚えている。お腹ぺこぺこだから、そんな風に見えるだけだと。でも、甘いいい香りがただよってきて、お兄ちゃんとわたしはふらふらと小屋に吸い寄せられた。

 そばで見ても、やっぱりそれはお菓子の家だった。屋根はチョコレート、窓は砂糖菓子、壁はクッキーで出来ていた。見るだけならいいかな、ともう一歩近づいた。ああ、チョコレートのいい匂い!

「おいしい!」

 見ると、お兄ちゃんが屋根に嚙りついていた。ママに怒られると思って振り返ったら、ママはニコニコしてた。だからわたしも屋根に嚙りついちゃった。本当にチョコレート! おいしい!

「このブレスレットをしてね。中にはもっとたくさんあるよ。」

 ママは、お兄ちゃんとわたしにキラキラ光るブレスレットをくれた。すぐに左手につけて、二人で中に入った。

 小屋の中にはテーブルがあって、サンドイッチやフライドポテト、チキンにスープ、イチゴにメロンにマンゴー、もう本当に美味しそうなご馳走がいっぱい並べられていた。お兄ちゃんがチキンに飛びついた。わたしも負けじとポテトを頬張った。わたし達はお行儀悪く、あれやこれやと食べ散らかした。

そしていつの間にか、わたしもお兄ちゃんも眠っていた。


 どれくらい時間が経ったんだろう? 目が覚めたとき、わたし達はお菓子の家ではない、知らない部屋にいた。お兄ちゃんがドアに駆け寄り、開けようとしたけど開かない。わたしも一緒にノブをガチャガチャしたけど、ドアはビクともしなかった。

「ドアを壊す気かい?」

 しわがれた声が聞こえて、驚いてふり返ると、そこには小さなお婆さんが立っていた。怒られると思った。

「……ごめんなさい。」

 お兄ちゃんが小声で呟いた。

 すると、お婆さんは顔を崩した。それが笑顔だと気づくのに少し時間がかかったくらい、お婆さんの顔は醜く歪んでいた。

「いいんだよ、可愛い坊や。あんた達はブレスレットを付けた特別な子さ。こっちへおいで。ママからの言いつけだよ。」

 ママはしばらく戻らないから、お婆さんの言うことをよく聞いて、良い子にしていなさいって。

それから毎日、ブレスレットをつけて二人であのお菓子の家に行かされた。家の周りで自由に遊んで良くて、外のお菓子も食べてよかった。他の子が来たら、お菓子を勧めて、中に入れる。そして、一緒に好きにご馳走を食べて遊ぶ。

 でも、わたし達二人はジュースだけは飲んじゃダメ。逆に、他の子にはジュースを勧める。もし、その子が眠ってしまったら、お婆さんに電話で知らせる。すると、男の人がやって来て、眠っている子を連れ出す。そして、その子の家族みたいな人が探しに来ても、「知らない」としか言わない。そういう約束だった。


 ある日、男の子三人がお菓子の家に来た。兄弟のようだった。中で飲み食いしてるうちに、三人とも眠ってしまったので、約束通りにお婆さんに電話した。男の人がやって来て、一人の子を抱え上げたとき、その子は目を覚ましてしまった。

 男の人は黙って男の子の頭を掴むと、首を捻った。嫌な鈍い音が聞こえて、男の子は頭をガックリとたれ動かなくなった。そして男の人はニヤニヤしながらわたし達の前にやって来ると、しゃがんで、ナイフを向けた。

「お前らも、車に乗れ。口は開くなよ。」

 ナイフは、わたしとお兄ちゃんの鼻先を順にかすっていった。

 車には、お婆さんがいた。

「何やってんだい! 価値が下がったじゃあないか! 全く、余計なことしやがって……早く車だしなっ!」

 お婆さんは、足元に転がったあの男の子を蹴飛ばしながら、男の人を怒鳴りつけた。

「あんた達もさっさと車にお乗り! で、これを飲むんだよ!」

 いつもは飲んではいけないと言われていたジュースを手渡され、わたしとお兄ちゃんも後部座席に押し込まれた。あの三人の男の子のうちの二人も、眠ったまま手足を縛られ、座らされていた。首を捻られた子は、座席の足元に転がっていた。

お兄ちゃんは素直にジュースを飲んで眠ってしまったけど、わたしは飲んだふりをして、そして眠ったふりをしていた。


 いつしか車は高速道路に入っていた。薄目を開けると、お婆さんも眠っていた。

 後部座席のドアはスライド式。もう何度も乗せられたから、ロック開閉のやり方はわかっていた。わたしは飛び起きるとロックを外してドアを開き、床に転がっていた男の子を思いっきり蹴り飛ばして外へ落とした。

「何やってんだ!?」

 運転していた男の人が怒鳴り声を上げ、お婆さんは目を覚まし、そしてわたしに掴みかかって来た。わたしはドアにしがみつき、お婆さんを力いっぱい蹴った。お婆さんも、車から転がり落ちて行った。

 この騒ぎに寝ていた二人の男の子達が目を覚まし、そして大声で泣き出した。男の人はしばらく車を走らせた後、高速バスのバス停に車を停め、わたし達には目もくれず、車を降りて逃げてしまった。そしてわたし達は、警察に保護された。


 一緒にいた男の子達は、両親とすぐに対面できたみたいだけど、わたしとお兄ちゃんは、ママには会えなかった。だって、ママも逮捕されちゃったんだもん。わたし達のママは、自分の子供を売っていた。

 あのお婆さんは、子供を外国に売り飛ばす人さらいだった。わたしとお兄ちゃんはママに「捨て」られ、しばらくサクラとしてあのお菓子の家で使われていたわけだ。あの日、運転手の男の人が男の子を一人殺してしまったトラブルのせいで、わたし達兄妹もついに外国に売り飛ばされるところだった。

 ママに捨てられた? ううん、そんな単純な話でもない。ママは、最初からわたし達兄妹を育て上げる気なんて、なかったんだもん。

 事件後、わたし達は施設に入った。園長先生は、わたし達の事件のニュースやワイドショーの特集がテレビでやってると必ず見せてくれた。そればかりか、週刊誌を買っては、読み聞かせまでしてくれた。逃げ出そうとすると、叩かれた。でも、泣くと頭を撫でてくれる。そして、もっともっと酷い話を耳元で囁いて、わたし達が大声で泣くのを楽しそうに眺めていた。

正直、最初の頃は、園長先生に聞かされる話の意味はよくわからなかった。でも、何度もくり返し聞かされ、そして成長するにつれ、ママのしたことの全容が理解できるようになっていった。


 全く知らなかったけど、わたし達にはお姉ちゃんがいた。二人も。会ったことはない。だって、ママが売り飛ばしちゃったんだもの。

 わたし達のママは、子供を産んでは売って、お金を貰う生活をしていた。というより、生活の為に、出産をくり返していた。二人の姉は、三歳くらいで売られていったらしい。女の子は高く売れる。どんなに小さな子にでも、欲情する男の人はいるもの。それに、そういう価値がない子でも、子供は高く売れるんだって。臓器売買のブラックマーケットで。

 子供の臓器は、捨てるところがないって。大人と違って、病気で傷んでることがほとんどないし。どこの国でも合法的な臓器提供者が少ないから、全ての部位が飛ぶように売れるらしい。子供は外国に売られていくけど、その子供の身体を買う人の中に日本人もいるらしいよ。

嘘かホントか知らないけど、ママは、お兄ちゃんとわたしを売るのは躊躇したんだって。わたし達のパパのこと結構好きだったし、お兄ちゃんは初めての男の子で、やっぱりかわいかったって。じゃあ、わたしは? わたしは、ママに瓜二つだから、気に入ってたんだって。お姉ちゃん達は好きでもない男の人の子で、ママにも顔が全然似てなかったらしく。

でも、だんだん生活が苦しくなって、とうとうわたし達も手放すことにしたんだって。ママの頭の中には、「働く」って概念がないからね。

 施設では、わたし達は宣伝にもよく使われてた。「あの事件の子達」って世間も注目するから、園長先生が事ある毎にテレビを呼んでた。お蔭で、施設には寄付金が絶えなかったらしい。何一つ、わたし達には還元されなかった気がするけど。

 お兄ちゃんは、中学に入る頃からすっかりヤンキーになっちゃって。卒業までにはすっかりシャブ中。だから、今は別の施設にいる。

 これがリアル、ヘンデルとグレーテルだけど、何か?


 おとぎ話の世界では、ハッピーエンドが待っている。でも、わたし達には温かく迎えてくれるパパはいなかった。

 もうすぐママが出所してくる。

 絶望? してない、してない。

 今日まで生きて来られたことに感謝してるし、これからの毎日も楽しみ。

 さぁ、今度はわたしの番ね。ママよりもっと上手くやってみせるわ。

 刑務所暮らしですっかり老け込んだママには、お菓子の家のお婆さん役がぴったりなんじゃない?


 だって、鏡を見れば、そこにはママがいるの。日に日に、わたしの顔は、あの日ブレスレットを微笑みながら着けてくれたママの顔と同じになっている。

 第二章の始まり。

 まずは、こちらも出所してくる、お兄ちゃんの有効利用を考えないとね。


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