恐怖の理由
「ねぇ美里、ちょっと提案があるんだけど・・・・・・」
あの日から1週間たっていた。
次の日から何事もなかったように、いつもの日常を過ごしていた。
変わった事と言えば、私が前よりもまた少しだけ里香の事を好きになったことぐらいだろうか。
「なんてね。」
照れ隠しがつい唇から漏れてしまう。
「――――って、ねぇ! 聞いてる?」
「聞いているよ、大丈夫だって。前にお医者さんにも見てもらった事あるし、大学になってから少し間隔も開いてきたし、そのうち無くなると思うんだ。」
「でも、万が一って事もあるでしょ? 結構有名な霊能力者みたいだからお祓いしてもらおうよ。
うん、私もそう言うの嫌いじゃないし!ね?」
あの日から私の金縛りの話は全然してこなかった里香だったが、どうやら私の事を心配して色々調べてくれていたようだった。
「大丈夫だって。心配して不安になるのがもっとよく無いっても言われたし、何か幽霊よりそっちの方が怖くない?
私は、里香が心配してくれるだけでうれしいよ! ありがとう。」
「でも・・・」
里香の声を遮る様に始業のチャイムが鳴り響く。
「あ、次の授業始まっちゃう!ほら、早くいこう!」
まだ何か言いたげな里香の腕を引っ張って、小走りに教室に向かう。
この話はここまで。いいんだよ里香。
このままで――――
それから何事もなく2ヶ月が過ぎた。
それからは、”アイツ”の話をすることは無くなり、里香ももう忘れかけているようだった。
だから―――
里香に心配をかけたくなくて、今日は学校に行かず家で一人でいる事にした。
「マンガ、タオル、着替え――」
ベットの周りに準備したモノをチェックする。
「スマホ、懐中電灯、防犯ブザー。」
そう。
今日・・・・・・来る。 ”アイツ”が。
徹夜で一夜を過ごそうとしたことは何度もあるが、どうしても寝てしまう。
3回目くらいであきらめて、寝ないよりもすぐに金縛りを解く方法をあれこれ考えて試してみた。
一番効果があったのは防犯ブザーだ。
片手でも、少し力が入れば大きな音が出せる。そうすると”アイツ”は一瞬で消えてしまい、一気に金縛りが解ける。
その後は眠れなくなるので、汗で濡れたパジャマを着替えて気分転換にお気に入りのマンガを読んで朝まで過ごすというのがいつものパターンになっている。
「さて、準備万端。あとは寝るだけかな。」
まだ夜の7時前。
”アイツ”が来るのは深夜の2時から3時の間と決まっている。
時間はまだまだあると思った時に、玄関のインターホンが鳴った。
『美里、大丈夫? えへっ。きちゃった!』
インターホンの小さな液晶の中に、大きなバックを抱えた里香が立っていた。
「やっぱり、今日”アイツ”が来るんだね?」
里香は何も言わずに休んだ私にピンと来たらしく、また一緒に一夜を明かすつもりで来てくれたらしい。
電話で確認すると断られると思い、私以上に準備万端で現れたのだ。
「・・・うん。そうだけど、、心配しすぎだよ。
ほら、見て。準備万端で慣れっこなんだから。」
里香は、私が準備したものをその理由と一緒に一つ一つ確認していった。
「私も準備してきたの!」
里香のバックの中には、お札やお守りから、ビデオカメラまで入っていた。
「もう、大げさすぎだよ・・・・・・
でも、ありがとう。」
本当に心配してくれるのが伝わってくる。
お札やお守りをあちこちに貼ったり置いた後、一緒に夕食を食べ、過去の金縛りや里香が探した霊能者の話をしていると、いつの間にか12時を過ぎてしまっていた。
なぜか、夜が更けるにつれて里香に恐怖の感情が見え隠れし始めた。
「大丈夫だよ、ビックリするかもしれないけど、里香には何も起こらないんだから・・・・・・」
「・・・・・」
微妙な沈黙で部屋に少し闇が落ちてきたような気がした。
「・・・見えたの――――」
「え?」
「私にも見えたの。」
「何が?」
「この前、美里がうなされてた時。
私が目を覚ました時・・・・・・”アイツ”・・・が」
「――― え?」
「気のせいかもしれないって思ったんだけど、やっぱり何度思い出してみても見えたとしか思えないの。
黒い靄のような人影が・・・
だから!・・・だから今日もう一度確かめたくて・・・
心配で・・・ 美里の事が――――」
里香から必死さと恐怖とやさしさが伝わってくる。
「ありがとう。
でも、大丈夫だよ――― 大丈夫だから。」
何てい言えばいいんだろう、こんな気持ち。
でも言葉を探す時間はもうなさそうだ。
もうすぐ2時になる―――
「美里・・・
やっぱり明日一緒にお祓いに・・・・」
里香の口からはその後のセリフは出てこなかった。
突然、何かに引き込まれてしまったように眠りに落ちてしまった。
スッと部屋の空気が冷たく変わる。
「―――― 大丈夫だよ里香。
でも、みえちゃったんだね。」
電気は付いたままなのに、部屋の闇がまた少し深くなった。
部屋のドアから闇が少しづつ滲みだしてくる。
怖い・・・
何が?
”アイツ”が?
いいえ。 たぶん私が怖いのは―――――
美里の視線がドアの方に向く。
そこの闇が濃くなっていくのを確かめた後、座ったまま眠ってしまった里香を床にそっと寝かせ、柔らかな頬に唇を寄せた。
「里香、アナタはきっと大丈夫よ。」
美里は、自分が初めて金縛りに遇った日の事を思い出していた。
朝から妙に気分が悪く、そんな私を心配して隣で寝てくれていた大好きだった祖母。
金縛りが解けず、動けないまま意識が薄れていく感覚――――
その数カ月前に寝ている祖母の脇に立っていた黒い闇を見た事を思い出しながら。
『大丈夫よ―――』
という言葉と微笑みを最後に、朝目覚めると暖かい微笑みを浮かべたまま、その表情とは真逆に冷たくなっていた祖母―――――
今夜、これからどんな事が起きるのかは分からない。
でも、きっと里香は大丈夫。それだけはなぜか確信がある。
そして、あの時どうしてもわからなかった祖母の笑顔の意味が、今夜分かるかもしれない。
『でも――― 』
ギュッと固めた拳に決意を込めて、闇の中に居る、闇そのものの”アイツ”を睨む。
その闇の瞳は今はまだ――― じっと私を見ている・・・・・・
ここでこの怪談は終わりとさせていただきます。
たぶんこれから長く短い夜が始まります。
ハッピーエンドかバットエンドか?
先が分からない、ターゲットとなるきっかけが相手への思いやりと言う理不尽さ、この後の事いろいろ想像してしてしまって眠れない。
それが恐怖の種になるのではないか?というテーマで書いてみました。
裏野ハイツでは繋がり、広がる恐怖をテーマとしてみましたが、今年は逆を狙いました。
表現や間が難しく、伝わらないかもしれないという不安を抱え、恐怖の夜を過ごさせていただいております。
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